DIABETES NEWS No.141
 
No.141 2014 July/August

初代所長平田幸正先生
を偲んで
―Listen to the patient―
東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 当センター初代所長平田幸正東京女子医科大学名誉教授は平成26年2月15日、88歳の生涯を終えられました。先生は九州大学医学部ご卒業後同大学第二内科講師、昭和44年より鳥取大学第一内科教授、昭和50年より東京女子医科大学糖尿病センター初代所長/第三内科主任教授に就任されました。すべて内々で行う、偲ぶ会も無用というご遺言でしたが切にお願いし、5月31日に偲ぶ会を開催でき、ご冥福をお祈り致しました。

◆糖尿病センターの日、週、年のスケジュール
 先生が糖尿病センターで始められたシステムは今も継続しています。医局員全員が集合する8時半からの朝の会がその筆頭です。主治医による昨日の入退院患者紹介や特記事項、医局長によるその日の事務的なアナウンス、センター長からの一言に次いで、医局員の論文紹介です。先生は論文紹介を毎日お一人でなされました。1週間の新患紹介会議も先生の案です。
 このDiabetesNews(昭和60年から)も先生の発案です。患者さんをご紹介いただいた先生全員にお送りします。医療連携の始まりといえましょう。昭和58年にはコメディカル向けの「糖尿病セミナー」も始められました。

◆お一人で執筆された「糖尿病の治療」(文光堂出版)
 先生は九州大学時代の昭和32年に最初の教科書を出版され、東京女子医科大学ではご定年の超多忙時に960ページの大著「糖尿病の治療」を出版され、医局員に贈りました。その後追補版を出版され、平成15年には1500ページもの「糖尿病の治療第2版」をやはりお一人で執筆出版されました。

◆経口血糖降下薬による重症低血糖
 昭和46年の先生がなさった経口血糖降下薬による重症低血糖の警鐘はその後学会主導の調査へと進み、厚生省から注意書の作成が指示されるに至り、収束に向かいました。
◆サマーキャンプで寝食をともに
 昭和44年に福岡で、昭和49年には鳥取でもサマーキャンプを立ち上げられ、内科教授職にありながら率先して子どもたちと寝食をともにされました。そして今もキャンプは脈々と続いています。

◆インスリン自己注射健保適応化へ
 先生は日本糖尿病協会役員として厚生省に毎月陳情に出かけられ、医師会長はじめ医師会関係者、国会議員、日本糖尿病学会、小児糖尿病を守る会の関係者に何度も会われて、昭和56年の公認までの道を作られました。

◆インスリン自己免疫症候群の発見
 昭和45年に世界に先駆けて先生はインスリン自己免疫症候群を発見されました。常々、先生は「定説を疑ってかかることができたのは患者さんから多くのことを学んだからです」とおっしゃっておられました。
 この症候群は、まさしくその真骨頂といえるものです。

 

糖尿病性腎症と脂質異常症
―スタチンに腎症保護効果があるか―

東京女子医科大学糖尿病センター准教授
 馬場園 哲也
東京女子医科大学糖尿病センター助教
 花井 豪
◆糖尿病性腎症に対する血清脂質の影響
糖尿病性腎症の発症、進展に対する最も重要な危険因子が高血糖であることは、いうまでもありません。さらにそれらに対する高血圧の影響についても、すでに高いエビデンスが得られています。一方、血清脂質値の腎症に対する影響に関しては、これまでに一致した結果が得られていません。
Raileらはドイツ人1型糖尿病患者を対象としたコホート研究を行い、LDLコレステロールが高値の患者において、微量アルブミン尿の発症が有意に多かったことを報告しています(Diabetes Care、2007)。われわれは、当センターに通院中の日本人2型糖尿病患者を対象として、同様の研究を行いました。その結果、アルブミン尿の発症・進展および腎機能低下に対し、血清LDLコレステロールや中性脂肪値の影響はなく、男性においてのみ、HDLコレステロールの低値がそれらに対する有意な予測因子であることを認めました(Hanai K,etal:Nephrol Dial Transplant、2012)。このような、脂質異常症の影響に関する不一致は、糖尿病性腎症のみならず、慢性腎臓病(CKD)全体においても同様のようです。

◆ASUKA試験
一方、抗脂血薬のスタチンが、CKD患者における蛋白尿を減少させることが、近年の多くの研究で明らかにされました。さらに興味深いことに、スタチンの投与により、糸球体濾過量(GFR)が上昇するとの報告も散見されるようになり、スタチンのCKD改善効果が俄然注目されるようになりました。
そこで2009年にわが国において、脂質異常症を伴った日本人CKD患者に対する、スタチンの一つであるアトルバスタチンの腎機能に対する影響を明らかにすることを目的とし、前向き多施設無作為非盲検介入試験が開始され(ASsessment of clinical Usefulness in CKD patients with Atorvastatin(ASUCA)trial)、その結果の一部が2013年11月にアメリカ腎臓学会(アトランタ)で発表されました。
この試験では、糖尿病性腎症患者を含むCKD患者334名を、無作為にアトルバスタチン群(168名)とコントロール群(166名)に割り付け、LDLコレステロール値100mg/dL未満を目標に2年間治療を行い、血清クレアチニン、年齢、性別から算出されたGFR推算値の変化が観察されました。昨年の学会発表では、両群間の2年間にわたるGFRの変化に、有意差が認められず、現時点では「アトルバスタチンの腎臓に対する作用に優位性は認められない」と結論されました。

◆糖尿病性腎症患者に対するスタチン投与の意義
このように、ASUKA試験の結果からは、スタチンのうち、少なくともアトルバスタチンのCKD進行抑制効果が認められませんでした。なお本試験の対象患者中131名(39%)が糖尿病患者でした。この糖尿病患者のみを対象としたサブ解析の結果の公表を待ちたいと思います。
糖尿病患者において、スタチンが動脈硬化性大血管障害の発症を有意に抑制することや、腎症の進展に伴い高LDLコレステロール血症の頻度が高くなること、腎症の合併が動脈硬化性疾患の発症に対する独立した危険因子であること(心腎連関)はよく知られています。現在公表されているASUKA試験の結果のみで、高LDLコレステロール血症を呈する腎症患者において、スタチンの投与をためらう必要はないと考えられます。その安全性についても担保されていると考えられます。

 

緩徐進行1型糖尿病
(SPIDDM)の臨床像
東京女子医科大学糖尿病センター 助教
 保科 早里
東京女子医科大学糖尿病センター 講師
 三浦 順之助
◆緩徐進行1型糖尿病と2型糖尿病
 1型糖尿病は成因から自己免疫性、特発性の2群に分類されます。前者には急性発症1型糖尿病と緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)があります。SPIDDMは2012年に新しく診断基準が策定され、抗GAD抗体もしくはICAが陽性で、血糖値是正のため直ちにインスリン治療を必要としない病型となりました。一般的に痩せ型が多いと報告されています。
 しかし、肥満ないし肥満歴のあるSPIDDM患者さんに遭遇することはめずらしくありません。そのような患者さんは、初診時にはそれまで2型糖尿病として治療されていることが少なくありません。早期からインスリン療法を導入することで、SPIDDMの膵β細胞機能の低下を抑制できることが前向き研究で報告されており(TokyoStudy)、肥満や肥満歴のあるSPIDDM患者さんを診断するための良い臨床指標が望まれます。

◆肥満歴をもつSPIDDM
 当センターに入院した「1型糖尿病ではない」患者さんのうち、抗GAD抗体または抗IA-2抗体が陽性で、糖尿病診断から3ヶ月以上経過してからインスリン治療が開始され、その後もインスリン治療が血糖コントロール維持に必要であった39名(男性20名、平均年齢62±12歳、平均糖尿病罹病期間16.3±10.4年、HbA1c8.1±1.9%)を対象に、診療録を後ろ向きに調査しました(Diab.Int.inpress)。

 糖尿病診断以前にBMI25kg/m2以上の肥満歴を有した患者さんは26人(67%)、糖尿病診断時の肥満には17人(53%)、SPIDDM診断時の肥満は10人(25.6%)でした。比較的多くの患者さんに肥満歴があり、糖尿病やその後のSPIDDM診断時に肥満を有することも判明しました。また、糖尿病診断時のBMIに関わらず、糖尿病が発症したり、血糖コントロールが悪化しても、体重が減りにくい人がいることも判りました。

◆肥満によりSPIDDM診断が遅れる?
 糖尿病診断時点の肥満群(25kg/m2以上)を非肥満群(BMI22kg/m2未満)と比較すると、肥満群は糖尿病診断からインスリン開始までの期間が有意に長いことが判りました。肥満があると2型糖尿病として治療されて膵島関連自己抗体の測定時期が遅くなったり、肥満によるβ細胞量の増加のため、インスリン分泌の低下がやや遅めであった可能性が考えられます。

◆肥満SPIDDM早期発見のために
 内因性インスリン分泌の指標にCペプチドインデックス(CPI)があります。これは(空腹時血清C-ペプチド×空腹時血糖値)/100によって計算され、一般にCPI<0.8の時にインスリン治療が必要とされると言われています。2型糖尿病患者さんはインスリン抵抗性があるため、CPI>1.0であることがほとんどです。本調査の平均CPIは、糖尿病診断時非肥満者は0.36、肥満者は0.47であり、両群とも全例CPI<1.0でした。肥満しているのにCPI<1.0ならば内因性インスリン分泌の低下が疑われ、SPIDDMの可能性も考慮して精査する必要があると考えられます。2型糖尿病との鑑別にCPIが有効かどうかは今後の前向き調査による検討が必要となります。

  糖尿病センターからのお知らせはこちらをご覧ください。

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