DIABETES NEWS No.14
    No.14
     1988 
     SUMMER 
 

 文明国における成人の失明の原因として、糖尿病性網膜症が大きい比重を持っています。糖尿病に罹っているけれど、何年間も眼科の検査を受けていないという患者さんに、定期的な眼底検査をすすめています。そのことによって、自覚症状がないから大丈夫といっている患者さんの中に、すぐ光凝固という治療法が必要な変化を発見することも少なくありません。放置していると急に視力障害が起こり、運の悪い時は失明してしまうことがあるのです。
 また最近、日本のどこに行っても、糖尿病患者さんの壊疽が増えたという話を聞きます。現在入院中の患者さんの中にも、壊疽が進んで、やむなく下肢の切断を必要としている方が少なくありません。患者さんから、よく話を聞いてみますと、多くの場合、始まりは小さな傷であったり、固い靴をはいたあと、足先に小さな黒いところが出来ただけであったので、放っておいたら大きく腐って来たという話なのです。足先の知覚が鈍く自覚症状が少ないままに放置されていたことが切断に至る原因になることが多いのです。したがって、初診の患者さんでは必ず、また再来の患者さんでもたびたび、靴下を取り去って診察することになります。糖尿病の患者さんを診る時、網膜症や壊疽の注意を必ずしなければならないといえます。
 先日、血圧がやや高くなり始めた患者さんにその対策を御相談しましたところ、急に感情を害されました。大変に社会的地位の高い方だったのですが、どこが悪いところはないかと探し廻る先生は、お断わりだというのです。誠に申しわけのないことをしたと、大いに反省しましたが、わずかな注意が大きい障害の予防につながることをいつも経験していますと、つい小さなことまで気になってしまうのです。
 もちろん、僅かなことを気にして、全く不必要な金額の高い臨床検査をどんどん勝手にやるなどということは許されません。そのようなことは別にして、患者さんも、医療従事者も、わずかな注意を日常の生活、日常の診察の中で払うことによって、大事に至ることを防げると思います。その典型的なものが、糖尿病による失明と足の壊疽なのです。
 


合併症予防のために
 糖尿病の治療に関する長い間の研究や経験の集積から、糖尿病の合併症を予防するには出来る限り正常血糖に近づける(near normal)のがよいという結論に到達しています。網膜症や腎症、神経症などの発症の細かい機序はまだ解らないとしても、高血糖がその第一義であることは確たる事実で、現在、血糖の正常化は、糖尿病の治療の中で最も大切なことであり、かつ治療の指標となっています。糖尿病の妊婦では、正常血糖を維持することによって、正常と変わりない出産が出来るようになりました。
 正常血糖に近づける最もよい方法は、早期発見によって発症と同時にカロリー制限を行い、食事療法を守ることです。インスリン非依存型糖尿病では、確実に血糖を正常化することが出来、それをうまく持続させれば、生涯、糖尿病があっても、ほとんど正常の人と変わらない quality of life を手に出来るわけです。

血糖自己測定の意義
 家庭における血糖自己測定は、最近普及して来た血糖正常化のためのよき手段であります。これは自宅において自分で血糖を測ることで、最近多くの人々に愛用されています。インスリン注射をしている人には、健保の適用も認められています。病院に受診する時以外の血糖がモニター出来ますので、自己管理への動機づけにも役立ちます。風邪をひいたり下痢をした時など、食事摂取が不充分なときのインスリン量をどうするかと相談されたとき、血糖がわかっていると、とても便利です。妊婦では、胎盤の増大につれて、インスリンの需要量がふえます。自己測定の血糖値は朝か昼か夜か、どこで何単位インスリンをふやしていくのかのよい示唆になります。
 糖尿病センターでは、すでに 351名が血糖自己測定をして、コントロールの改善に努力しています。

尿糖の自己測定も有効
 インスリン非依存型糖尿病の高齢者達には、尿糖の自己測定を行ってもらっています。これも血糖正常化に役立ちます。食後2時間の尿糖が陰性であるということは、血糖値として凡そ 160mg/dL以下を意味するので、食後の尿糖はすべからく陰性化するように努めます。食前検査の尿糖は、当然陰性であるべきですから、あまり意味はありません。

HbAICやフルクトサミンも有効な手段
 1~2ヶ月に1回測定されている HbAICや最近健保適用となったフルクトサミンも有力な血糖正常化の手段です。血糖は変動の幅が大きいので、長い時間の血糖を集約するこれらの物質を正常化させることは大変意義深いものです。HbAICが1~2ヶ月の血糖値を反映しているのに対し、糖化蛋白であるフルクトサミンは、約2週間の血糖の平均を示すといわれています。よりきびしいコントロールを必要とする糖尿病妊婦や小児糖尿病のコントロールには、大変有益な役割を果たすものと思われます。
 


 最近、インスリン治療法がめざましく進歩しました。ここでは、その中の大切なものを取りあげてみます。

インスリン製剤の進歩
 ◆ヒトインスリン製剤
 最近のインスリンは、ヒトインスリンが主流になって来ました。これには、ヒューマリンN(NPHインスリンで作用が長い)、ヒューマリンR(レギュラーインスリンで作用が速く短い)、モノタードヒューマン(レンテ型)、アクトラビッドヒューマン(速効型)となっています。朝夕2回作用の長いものと短いものとを混ぜて注射する必要がある時、ヒューマリンNとRを混ぜるか、モノタードとアクトラビッドヒューマンを混ぜます。確実に速効型の効果を期待する時は、前者すなわちNとRを混ぜる方がすすめられます。
 ◆100単位インスリン
 従来、インスリンは1mL 40単位でした。最近、1mL 100単位インスリンが発売されました。同じ量(mL)を比較しますと後者は今までの 2.5倍も強いのです。外国(アメリカ、イギリス、オーストラリアその他)では、1mL 100単位なので旅行する人には注意が必要です。
 なお、1mL 40単位インスリン用は目盛が赤、1mL 100単位用では目盛が黒となっています。すなわち目盛が黒の場合は、100Uと示してあるところが1mL です。もし目盛が黒で1mL 40単位インスリンを使う時は、100 の目盛を1mL として計算します。

注射方法の進歩
 最近、血糖の自己測定を入れ、注射方法や注射量を変えながら、出来るだけ血糖値を正常に保とうとする強化インスリン療法が出来ました。
 ◆CS I I
 速効型インスリンを CS I I 用の機械を作って、1日中持続的にインスリンを皮下に注入します。また、とくに食事の前には、食事で血糖が上りすぎないように少し多めに注入します。機械をいつも運び、いつも針をつけるということが問題です。専門的な教育を受ける必要があります。
 ◆強化従来法
 持続性のインスリンと速効型インスリンとをうまく組合せて、たびたび皮下注射する方法です。とくに毎食前に速効型インスリンの注射をする場合、ノボペンという万年筆形の便利のよい注射器が広く使用されはじめました。この方法にも、血糖がどのくらいなら何単位くらい注射するかという教育が必要です。


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