DIABETES NEWS No.126
 
No.126 2012 January/February 

糖尿病センターの各特殊外来の沿革
 糖尿病センターの二代目所長の大森安恵先生(東京女子医科大学名誉教授)が、妊娠外来を開設されたのが1973年でした。1979年には、神経障害外来、肥満外来、痛風外来、腎臓外来が開設、1980年には糖尿病眼科が診療部門として1本立ちし、小児糖尿病外来の開設もありました。
 1987年に現在の糖尿病センターの建物に病棟と外来が移転し、フットケア外来が開設、小児糖尿病外来が小児ヤング外来としてスタートしました。2001年には遺伝関連外来が開設されました。

糖尿病網膜症に対する治療は
 サブスペシャリティ化した外来がそれぞれ1本立ちしていく中で、お互いの連携が形づくられていきます。網膜症が発症しないように、内科サイドは血糖、血圧、脂質代謝管理を、そして糖尿病眼科を担当する医師は定期的な診察を行います。また、網膜症が出現してから治療を託された場合であっても、手術が必要な時は糖尿病専門内科医が全身の合併症の精査と治療管理を行った上で眼科医によって手術がなされます。そして、術後合併症が発生しないように、眼科医による診療とともに内科医は血糖を含めたきめ細かい全身管理を行います。
 しかし、これだけでは良い術後成績を得ることができません。退院後も定期的な眼科診察、眼科的眼内注射などの非手術的処置とともに、隣に控える糖尿病内科専門医による血糖、血圧、脂質代謝管理、透析中であれば適切な水分、電解質管理等があってはじめて、良い治療効果が得られております。コンサルテーションという範疇を超えた連携といえましょう。

透析中の糖尿病患者さんの治療は
 透析治療が必要になると、泌尿器科に転科や透析専門クリニックに転院となることが一般的でしょう。透析の管理は十分として、さて血糖管理はどうでしょう。食欲や身体活動量の不均一も相まって高血糖と低血糖を繰り返したり、透析日と非透析日で血糖パターンが大きく異なったりと、血糖管理は必ずしも簡単ではありません。透析治療中であっても血糖管理をないがしろにできません。

Beyond-Consultation Therapy
 コンサルテーションを超えた、より緊密に複数の主治医が寄り添って治療する疾患、これが糖尿病合併症なのではないか、最近特に感じております。
 


糖尿病性神経障害とは
 糖尿病性神経障害は手足のしびれや痛みなどの多発神経障害、慢性下痢や立ちくらみなどの自律神経障害、複視などの単神経障害、長期間高血糖持続後の急激な血糖コントロール時に呈しやすい治療後有痛性神経障害など全身に多彩な症状を呈します。発症機序として代謝障害や細小血管障害などが指摘されています。

糖尿病性多発神経障害
 患者さんは、両下肢遠位部のしびれ・疼痛・異常感覚などを訴えられますが、しびれなどやアキレス腱反射消失があるからといって直ちに糖尿病性と診断することはできません。糖尿病性多発神経障害は左右対称性・遠位部の感覚障害であることを念頭に、整形外科的疾患・虚血性神経障害、アルコール性神経障害などを除外する必要があります。また、高度の多発神経障害は無痛覚症であり、足潰瘍や火傷で発見されることもあります。

糖尿病性自律神経障害
 糖尿病性自律神経障害は循環器・消化器・泌尿器など全身の臓器が障害されます。無自覚で進行しやすく、非可逆的な状態になってから症状が出現する、ないしは無自覚のまま進行してしまう場合も少なくありません。しかし、無症状だからといって無痛性心筋梗塞、無自覚低血糖などは生命を危険にさらす可能性をはらんでいます。

糖尿病性神経障害の治療
 血糖コントロールは糖尿病性神経障害を治療する上で重要かつ基本となります。もちろん、糖尿病放置・長期間高血糖持続例では治療後有痛性神経障害に留意して緩徐に血糖を改善する必要があります。薬物療法には、アルドース還元酵素阻害薬、ビタミンB12製剤、プロスタグランジンE1製剤、抗うつ薬、抗不整脈薬などが試みられています。これらの薬物の効果については、今までに多くの報告があります。しかし、神経障害の発生機序への効果なのか、神経症状に対する対症療法的効果なのか、実地臨床での評価はまだ確立されていません。特に疼痛は多くの因子が関連し、主観的症状であるため個人差も大きいのです。近頃、末梢性神経障害性疼痛治療薬として GABA誘導体であるプレガバリン(リリカ®)という新しい選択肢が登場しました。糖尿病性有痛神経障害によって QOL が低下している患者さんにどの程度の効果があるかは検証中です。なお、副作用として浮動性めまい・傾眠などがあるため使用上の注意が必要です。

おわりに
 糖尿病性神経障害の予防・増悪防止には、定期的な患者さんとのコミュニケーションの中で「今なにが起こっているのか、何が問題なのか」をなんども聴取することが大切です。そして、飲酒・喫煙習慣や日常生活のリズムの乱れなど、血糖コントロールを悪化させている要因の改善も肝要です。
 


糖尿病と認知症
 日本は超高齢社会となり、2010年の平均寿命が 83歳に達する一方で、 65歳以上の認知症の有病率は約15%と推計されています。糖尿病があると、脳血管の動脈硬化や慢性高血糖状態、インスリンの脳内作用の低下などの複数の要因が重なり、認知機能の変化や脳の加齢性変化が加速され、認知症のリスクが高まると考えられています(Lancet Neurol, 2006)。
 慢性高血糖の指標である HbA1cが1%高くなると認知機能のスコアが僅かながら低下することも報告され(Diabetes Care, 2009)、血糖値をより良い状態に維持することによって認知機能低下を抑止する可能性が指摘されています。

糖尿病の非薬物療法と認知機能の関連
 薬物を用いないライフスタイルの改善であっても、認知症の発症を抑制したり、その進行を遅延する可能性があることが示されました。食事では週に少なくとも1回以上魚を摂取することが認知症を予防するという報告もあります。青魚などの多価不飽和脂肪酸を摂取することや、豆や野菜、乳製品などを含む多彩な献立を意識することが重要なようです。また定期的な運動は認知機能を改善させる作用があります(JAMA, 2009)。食事・運動療法は糖尿病の治療の柱ですが、認知症を抑制するという点からも重要であるといえます。

糖尿病の薬物療法と認知機能の関連
 薬物治療中の糖尿病患者さんは認知機能の低下が少ないという報告もあり、薬物治療は認知機能低下に対して何らかの抑制効果を持つのではないかと考えられています(BMJ, 2004)。その一方で、低血糖発作には認知機能を悪化させる危険も報告されており、患者さん一人一人に合わせたきめ細やかな血糖管理が必要となります。
 最近では、インスリンが脳の海馬を中心とした記憶の形成や強化をもたらしたり、アルツハイマー型の病理変化(神経細胞のアミロイド蛋白の蓄積)の予防に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。
 インクレチンという消化管ホルモンもインスリン分泌促進作用のほか認知機能を改善する作用が報告されています。今後、脳を標的としたインスリン治療やインクレチン関連薬の研究成績が待たれるところです。

認知症も早期発見、早期治療を
 近年、糖尿病における認知症は合併症の1つ(Diabetic encephalopathy)という考え方も普及しつつあり、当センターでも現在、神経内科と共同で認知症の早期発見・早期治療に取り組んでいます。
 本邦で最も多い認知症はアルツハイマー型認知症とされていますが、脳血管性認知症やその他の認知症も存在します。このため正しい診断のためには、認知機能検査や、MRI、SPECT といった脳画像の検査などが必要となります。
 当センターでは、まずタッチパネル式の認知機能の簡易検査を行い、臨床症状や簡易検査の結果から精査が必要と考えられる場合には、神経内科の専門外来における診察・精密検査をご紹介しています。
 アルツハイマー型認知症である場合には、塩酸ドネペジルによる薬物治療も適応になります。もの忘れが心配な方は年齢のためと思い込まず、早めに主治医にご相談下さい。

 

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