DIABETES NEWS No.125
 
No.125 2011 November/December 

 つい最近、血清中のアミノ酸と脂質に関する代謝産物の濃度に男女差があり、網羅的遺伝子解析にて関連酵素の遺伝子に性差の著しいものが発見されたと報告されました(Plos Genetics 2011)。この機会に、糖尿病と性差について紹介したいと思います。

1型糖尿病の発症と性差
 1型糖尿病の発症率が欧米人に比べ日本人で極端に低いことは周知の事実です。日本人では女性が男性の約2倍高率に発症しますが(Diab Res Clin Prac 2008)、発症率の高い国々では男性の方が高率といわれています(Diabetes/Metab Rev 1997)。

2型糖尿病の発症と性差
 久山町はじめ我が国の報告では2型糖尿病の発症や有病は男性優位です。糖尿病実態調査で40~50歳以降、当センターのデータでは20歳以降から男性が急速に糖尿病や生活習慣病に罹患しています。
 最近、日本発の多目的コホート研究(全国約5万人)が食事由来の糖尿病危険因子の性差を報告しました。魚介類を多く摂取している男性はそうでない男性より糖尿病発症リスクが3割低く、脂の多い魚を多く摂取している男性で糖尿病を発症しにくかったとのことです。しかし、女性では差はありません(Am J Clin Nutr 2011)。体脂肪の多い女性では魚介類の糖尿病予防効果が現れにくいのではといわれています。脂肪肝に関しても、日本人男性では女性より明らかに高率に発症し、過去20年間急速に増加傾向にあることが報告されています(Gastroenterol 2003)。当センターの疫学研究班の報告では非アルコール性脂肪肝をもつ男性は正常肝の男性に比べて n-3多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)を少なく摂取していました(Eur J Clin 2010)。男性では魚を多く摂取することがメタボリックシンドロームや糖尿病に予防的に働くといえるかもしれません。

糖尿病の療養状況と糖尿病専門医の性差
 主治医の性差と糖尿病療養に関する報告もあります。女性医師は男性医師より日常生活の指導に熱心であったとの報告です(J Int Med 2008)。女性医師の少ない日本でこのような統計はありません。
 しかし、当センターでは性差なく患者さん一人一人と向き合い、糖尿病治療、療養支援することが使命と思っております。
 


糖尿病腎機能障害を持つ患者さんの血糖管理
 腎症により腎機能障害をきたした糖尿病患者さんでは、経口血糖降下薬の多くが禁忌とされています。特にビグアナイド薬は、腎機能低下時に致死性の乳酸アシドーシスを起こす危険性があることから絶対禁忌であり、加えてピオグリタゾンとスルホニル尿素薬が、わが国では腎機能障害時に禁忌とされています。そのため腎障害のある糖尿病患者さんの血糖コントロールには、インスリン治療が原則とされています。しかし高齢あるいは視力障害のある患者さんなどでは、インスリン治療を安全に継続することが困難なことも多く、経口血糖降下薬を選択せざるを得ない場合も少なくありません。最近、新しいクラスの経口血糖降下薬であるジぺプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬が複数発売されました。

DPP-4阻害薬
 栄養素の摂取により消化管から分泌され、インスリン分泌を促進する、glucagon-like peptide 1(GLP-1)などの消化管ホルモン(インクレチン)は、血中に存在する DPP-4 により速やかに分解されます。DPP-4阻害薬は生体内の DPP-4活性を阻害し、内因性のインクレチン濃度を高めることによってインスリン分泌を促進する経口薬です。最近わが国では、4剤の DPP-4阻害薬が市販されました。このうちシダグリプチンは、日本では透析患者さんを含む重度腎障害のある患者さんで禁忌とされましたが、ビルダグリプチンとアログリプチンは、透析患者さんにおいても慎重投与可能となりました。

2型糖尿病血液透析患者におけるDPP-4阻害薬の有効性と安全性
 当科で 20単位/日未満という比較的少量のインスリンで治療されている血液透析導入後の2型糖尿病患者さんに対して、インスリンを中止しビルダグリプチンへ変更したところ、約2/3の患者さんで、良好な血糖値の維持が可能でした。また低血糖などの有害事象は認めませんでした。

腎障害患者に対するDPP-4阻害薬の適応
 腎障害のある糖尿病患者さんに対する DPP-4阻害薬の適応として、(1) やむを得ずスルホニル尿素薬を使用している場合、(2) α-グルコシダーゼ阻害薬あるいは速効型インスリン分泌促進薬を使用してもコントロール不十分な場合、および (3) 比較的少量のインスリンでコントロール良好例におけるインスリンからの切り替え、などが考えられます。特に透析医療の現場では、安全な経口薬が待望されており、DPP-4 阻害薬に対する期待が高まっています。ただし厳格な適応評価と投与後の慎重な観察が必要です。
 


 2011年5月、Donnell D. Etzwiler International Scholarship を得て、米国ミネアポリスにある International Diabetes Center (IDC)を訪れました。この施設の前身は1967年に Dr. Etzwiler が設立した Diabetes Education and Detection Center です。(1) 糖尿病患者に対するチーム医療、(2) 健康に関する専門家育成、(3) 一般向けの糖尿病教育、(4) 新規糖尿病患者の検出法の改良を4つの柱とし、開設時から糖尿病患者の診療、教育に尽力してきました。1985年、リニューアルした IDC の糖尿病治療指針 Staged Diabetes Management(SDM)は世界中誰もが知るところとなりました。現在は世界の WHO 協力機関 32施設の1つとなり、糖尿病患者教育、診療のみならず、DCCT、EDIC、ACCORD など大規模臨床試験も精力的に行っています。

International Scholarship Program
 この Scholarship は、全世界の医師を対象に募集しているもので、今回はエジプト、ロシア、マケドニア、チェコスロバキアそして日本の5人の専門医が選ばれて参加しました。プログラムは、IDC のスタッフが糖尿病診療におけるトピックスを提示し、同時に議論し合う5日間の日程でした。
 世界的に使用されるようになった持続糖濃度測定システム(CGMS)の活用、また、2型糖尿病の治療、特にインクレチン関連薬の位置づけと治療のゴールについて、それぞれの国の実状をもとに議論となりました。以前より、SDM では"個々の患者の糖尿病の現状やステージに応じた治療"を謳っていました。最近の ACCORD に代表される大規模臨床試験結果からも言えることですが、「患者の状態に応じた治療の必要性」を、本格的に議論する時期が来ていると感じました。

体系化されたCGMSによる血糖管理
 2010年4月から日本でも CGMS が保険適応となり、多くの施設で連続した血糖日内変動を測定することが可能となりました。しかしコードレスのリアルタイムCGMS はまだ使用できません。IDC では独自に開発したコンピュータソフトにより、リアルタイムCGMS を用いた血糖プロファイルを月内変動に至るまで解析できます。1型糖尿病では特に、日常生活での日内変動のみならず、日差変動の評価も大切です。 月内の変動を見渡した上、日差が大きい箇所に焦点を当て、日々の血糖変動を評価することが可能であり、診療上客観的に情報を追求できる理想的な形態だと感じました。
 滞在中私自身リアルタイムCGMS を装着してみましたが、血糖値をみながら、食行動についてより真剣に考えるようになると実感しました。機器の装着が血糖コントロールの改善にすぐ繋がるとは言えませんが、動機づけによいのではないかと思いました。

食行動異常患者の治療施設
 IDC のもう1つの特徴として、Melrose Institute という食行動異常治療専門施設が付属しています。入院設備もあり、医師、糖尿病療養指導士、精神科医がチームで治療に当たっています。1型および2型糖尿病、肥満、糖尿病でない方も食行動異常の治療のために入院していて、それぞれの病態に合わせたプログラムで治療が行われていました。入院は3~6カ月の治療期間が必要のようです。

糖尿病トータルケア専門医を
 プログラムに参加して、IDC のスタッフが糖尿病の全面的なケアの専門家の育成に努めていること、またその情熱を強く感じました。

 

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