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言うまでもなく、世界の糖尿病をリードする学会はアメリカ糖尿病学会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)です。継続的に参加していますと両学会から糖尿病領域の研究・臨床の流れなどトレンドを知ることができます。
◆ 世界をリードする2つの糖尿病学会
しかし、2つの学会のスタンスにすこし違いがあるように感じていました。ADAは時代の先端を行く発表が多いのですが、EASDと違って薬物で血糖を下げればそれでいいという風潮が強いと感じていました。ところが本年のADAはスタンスを変更してきたようです。
初日の目玉は多施設共同研究 look AHEAD(Action for Health in Diabetes)研究です。米国の平均58歳、平均BMI 36の2型糖尿病5,145人を2分して7%以上の減量を目標とした強化介入をします。この群には1,800以内のカロリーの食事と10,000歩の運動が指導されました。1年後には8.5%の体重減少となり、その後は徐々に増加するも4年後でも4.7%の減量が継続し、通常群と比べ、体重、HbA1c、LDL、血圧すべて有意な低下でした。一旦うまくいくと60%の方が継続でき、罹病期間が短く、登録HbA1c値の低い人ほど良好化しました。
◆ ライフスタイル介入研究の成果
発症したばかりの英国の2型糖尿病593人(メトホルミン32%、SU薬7~9%、TZD2%、服用なし35~40%)を通常ケアと食事だけ強化、食事・運動の強化の3群に分けた多施設共同研究The early ACTID研究において、1年後の結果は、通常ケア群と比べ、HbA1cは-0.28%(p=0.05)、-0.33%(p<0.001)低下しました。血圧は通常ケア群と比較して有意な低下がありませんが、体重やインスリン抵抗性指数には有意な改善がありました。著者らは食事療法の大切さを強調するとともに、食事→運動→メトホルミンというアルゴリズムの再考を述べていました。
ナースが患者さんに電話を介して生活習慣の調整をするだけで薬物費用をかけずに血圧を下げることができたとの報告、米国の高血圧対策推奨食事療法DASH Dietを用いると8~14mmHg、 体重10kg減で5~20mmHg、減塩で2~8mmHg、運動で4~9mmHg、節酒で2~4mmHgの血圧低下ができたとの発表もありました。
新しい血糖降下薬が次々に登場しても、それで問題解決とはならないことがわかり、アメリカ糖尿病学会もまた食事・運動療法にギアチェンジしてきたのかなと感じました。薬物発売10年後に副作用が問題視される昨今、日々の生活がやはり重要視されます。
◆ 食事・運動療法の再認識へ
糖尿病足潰瘍の治療には種々の外用剤が使用されています。その中には創部の血流量の増加や無菌化促進、肉芽形成や上皮形成促進効果を示すものがあります。成長因子を含有した外用剤がこのような効果を発揮しています。今日この薬剤が臨床応用でき、糖尿病足潰瘍の治療成績はかなり向上してきました。
◆ 各種の成長因子を用いた新しい糖尿病足病変治療
Autologous Platelet-Rich Plasma(PRP)gel(自己血由来多血小板血漿ゲル(APG))療法は数年前から海外で施行されていた再生療法の一種で、最近本邦でも施行されるようになったものです。患者さんから静脈血を採取し、遠心分離器で血液中の血小板を抽出し濃縮します。これをplatelet rich plasma(PRP)と呼びます。その後、PRPにトロンビンとグルコン酸カルシウムを10:1の割合で混合すると血小板凝集がおこり、ゲル状となり、さらにトロンビンとCa2+の働きにより、血小板が内包するα顆粒よりPDGF-BB、TGF-beta1、VEGF、EGF、IGF-1等の成長因子が放出(脱顆粒)されます(PRPの活性化)。創部での固着が乏しく、創傷治癒効果が乏しい他の液状性薬物と比べ、本ゲル製剤は創部にしっかり固着します。そして、種々の成長因子が協奏的に働き、創傷治癒促進効果を発揮します。
◆ APG療法とは?
副作用も少なく5年間の医療費を比較すると、生理食塩ゲル療法、一般的な潰瘍治療法、超音波療法、ヒト線維芽細胞由来の代用真皮、同種二層分化の代用皮膚、二層細胞外マトリックス、陰圧創傷療法、組換えヒト血小板由来増殖因子に比べて、APG療法が最も安価であったとのことです(Dougherty EJら)1)。ただし、貧血のある患者さんでは繰り返し施行することが困難となり、製剤作製費用の負担が大きくなります。
APG医療は、我が国では現時点で保険適応外であるため、自費診療のクリニックを中心に行われています。特に、皮膚科領域では、皮膚のたるみやしわのanti-aging治療として紹介されています。また、整形外科領域からアキレス腱炎や足底筋膜炎の治療にも有用との報告もありました。しかし、当センターではまだ本治療を行うことはできません。近い将来、この治療が保険適応となり、難治性足潰瘍の治療に悩む多くの患者さんを救う手段になることを希望してやみません。
◆ APG医療にかける期待
私は、本年9月末日で東京女子医科大学を定年退職することになりましたが、フットケア外来を引き続き支援させていただくことになります。今後とも、よろしくお願い申し上げます。
◆ 最後に
1 ) Dougherty EJ. : An Evidence-Based Model Comparing the Cost-effectiveness of Platelet-Rich Plasma Gel to Alternative Therapies for Patients with Nonhealing Diabetic Foot Ulcers. Adv Skin Wound Care. 2008 ; 21 : 568-575.
インスリン分泌が枯渇した1型糖尿病において、血糖値とともに食事内容や食事摂取時間や生活活動を考慮し、予測してインスリン調節をしていく頻回注射ないしインスリンポンプを用いる強化インスリン療法が今日標準的な治療法です。しかし、できるだけ正常域に入る血糖値を目指すほど低血糖になる確率が増加しやすいことから、インスリン療法には工夫や開発が常になされてきました。
◆ 1型糖尿病における膵臓移植の背景
一方、膵臓移植は拒絶反応が発生しないように免疫抑制薬の服用とその副作用対策はほぼ一生欠かせませんが、成功すればインスリン治療から解放され、QOL(生活の質)が飛躍的に改善します。さらに、合併症の進行抑制や生命予後の点でも優れており、1型糖尿病に対する根治療法といえます。膵臓移植は欧米では1型糖尿病の根治療法として定着し年間約1,700例施行されていますが、その成績は免疫抑制剤の進歩、手術手技、臓器保存法の進歩により著しく向上しています。
わが国では、1984年から1994年の間に主に心停止ドナーから15例(そのうち当院11例)の膵臓移植が施行されています。1997年の臓器移植法制定後は脳死ドナーからの移植が可能となりました。しかしながら、もともと臓器提供が少ないわが国ではそれでも移植実施数が増加せず、2000年4月から2010年6月までに脳死膵移植62例、心停止膵移植2例、生体部分膵移植15例がやっと施行されたのみでした。
◆ わが国の膵臓移植の歴史
2010年7月、臓器移植法の一部が改正され、本人の臓器提供意思が不明な場合でも家族の承諾があれば、脳死ドナーとして臓器提供が可能となる画期的な改正がなされました。その結果、2010年7月から2011年6月の1年間に、脳死膵移植件数は42例と劇的に増加し、うち、当院での脳死膵移植件数は4件です。
◆ 臓器移植法の一部改正後の動き
当院では1997年の臓器移植法施行後、脳死ドナーからの膵臓移植を16例に施行しており、3年・5年生存率とも100%、3年・ 5年移植膵生着率は各々92.9%、69.6%です。欧米データ(International Pancreas Transplant Registry)や全国データ(日本移植学会統計調査)と比較しても遜色ない結果ですが、2010年の法改正後の成績は次の機会にご報告したいと思います。
◆ 当施設で行われた膵臓移植成績
2011年6月30日現在、膵臓移植を希望されて臓器移植ネットワークに登録されている方は186名(そのうち当院56名)ですが、今後膵臓移植が1型糖尿病に対する治療法として広く認知され、移植実施数がさらに増加することを期待します。
◆ 今後の展望
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