◆ | 欧州糖尿病学会(EASD)での日本人研究者2名の講演 |
2010年9月にスウェーデンのストックホルムで開催されました第46回欧州糖尿病学会(EASD)は、3つの記念講演のうち、2つを日本人研究者が行うという画期的な学術集会となりました。すなわち、春日雅人先生(国立国際医療研究センター)が、"Claude Bernard Lecture"を、そして清野進先生(神戸大学)が"Albert Renold Lecture"を行いました。春日先生はインスリンの作用機序、細胞内シグナル伝達に関する長年にわたる研究成果について、清野先生はインスリン分泌機序に関する研究の一端を講演され、聴衆に大きな感銘を与えました。糖尿病の成因・病態における中心テーマであるインスリン作用障害(インスリン抵抗性)とインスリン分泌不全の解明に不可欠なインスリン作用機序とインスリン分泌機序に関する基礎的な研究において、お二人が世界をリードしてこられたことを改めて示した素晴らしい記念講演でした。糖尿病やその合併症の成因究明や新しい治療法の開発に向けて日々研究を続けている日本の若手研究者にとっても、大きな励みになることと思います。第46回 EASD は日本糖尿病学会の歴史においても特筆すべき学会になりました。
◆ | 大森先生が第1回 Distinguished Ambassador Award を受賞 |
日本糖尿病・妊娠学会名誉理事長である大森安恵先生が、EASD に joint して開催されますDPSG(Diabetes Pregnancy Study Group)より、第1回"Distinguished Ambassador Award"を授与されましたことも大変嬉しい出来事でした。大森先生のライフワークである糖尿病と妊娠に関する研究業績と DPSG における多大な貢献に対して授与されたものであり、先生の受賞も糖尿病と妊娠に関する分野で活躍している多くの日本人研究者の励みとなることと思います。
◆ | 日本糖尿病学会英文誌 Diabetology international の創刊 |
日本糖尿病学会の英文誌 Diabetology international が創刊されました。日本糖尿病学会の長年の念願であった英文誌の創刊に向けて、私は学会における担当者の1人として準備委員会の段階から活動させていただきましたので、創刊号を手にして感慨深いものがありました。Diabetology international を通して、日本における糖尿病に関する最先端の研究成果を世界に向けて発信していただきたいと大いに期待しています。
グルコースが膵β細胞のグルコーストランスポーター(Glut2)から細胞内に取り込まれ、解糖系、TCA 回路で ATP を産生し、ATP 感受性Kチャネルを閉鎖、その結果膜の脱分極がおこり、Ca チャネルを通って細胞内にCa2+が流入し、分泌顆粒のなかにプールされたインスリンが分泌されるという一連の流れが明らかにされています。この分泌反応はヒトとマウスでは2つのピークからなる二相性であることが知られています。インスリン分泌低下はまず第1相の低下からおこります。
これまで、第一相は既にプールされているインスリン分泌顆粒がβ細胞膜下にもう出るばかりに付いていて、それが一気に出るためと考えられていました。しかし最近、刺激されて初めて細胞膜に付着することがわかってきました。ここに関与する物質として、アポト-シスを誘導するタンパク BAD と、インクレチンによるインスリン分泌経路に関係する cAMP センサー Epac2 を取り上げてみます。
◆ | BAD(Bclx/Bcl-2 associated death promoter homolog, or Bcl antagonist of cell death) |
2008年細胞死に関与するタンパク BAD を欠損させるとマウスが高血糖になることが発見されました(Danial, N. N ら、Nat Med, 2008)。放出可能なインスリンの細胞内プールはあるものの BAD と相互作用するグルコキナーゼの活性低下を引き起こし、その結果インスリン分泌、特にグルコース刺激による第一相分泌低下をおこしたわけです。
膵β細胞のアポトーシスに関与する物質がインスリン分泌機能にも関与しているということから、なにが BAD 機能の切り替えをしているのか、興味がもたれます。
◆ | cAMPセンサーEpac2(cAMP-GEFII) |
インクレチン関連薬は2009年末から新しい糖尿病薬として注目をあびています。インクレチンによって血中インスリンが増加するのはβ細胞内 cAMP の増加を介することはすでにわかっていたのですが、最近この経路の詳細が明らかにされました。
1988年に cAMP に結合する Epac2 タンパクが Rap1 というタンパクを非活性型から活性型に変換させることが発見されました。神戸大学 清野教授らは、上記の経路がインクレチンによるインスリン分泌増強に強く関与していることを発見しました。Epac2 に cAMP が結合して Rap1 タンパクを活性化した結果、インスリン分泌顆粒プールを大きくしてインスリン分泌が増強されたのです。さらに、cAMP のみならずグリベンクラミドとトルブタミドというスルホニル尿素薬(SU薬)が直接 Epac2 に結合し、結合後は同じく Rap1 を活性化することもわかりました。Epac2 欠損マウスでは、SU薬によるインスリン分泌は当然のごとく低下しました。しかし、同じインスリン分泌薬でもグリクラジドやナテグリニドは Epac2 に結合しません。
SU薬は SU受容体に結合して ATP 感受性Kチャネルを閉じ、細胞膜を脱分極させ、Ca2+細胞内への流入によりインスリン分泌を惹起する経路が知られていますが、SU薬にはこの経路以外に、Epac2 に直接結合してインスリン分泌増強をおこす経路が存在することがわかったわけです。
一連の研究により、清野教授は2010年第46回欧州糖尿病学会において The Albert Renold Prize を受賞されました。
糖尿病性腎症はわが国の新規透析導入患者の疾患として1998年以降第1位であり、いまだ増加の一途をたどっています。透析者数とともに、糖尿病性腎症は心血管病の発症を助長させることがわかり、「心腎連関」と呼んで注目されています(J Am Soc Nephrol 2009:20:1813-1821)。したがって、糖尿病性腎症の病態の解明は透析導入の回避のみならず、心血管病の発症抑制という面からも急務の課題であると言えます。
一方、肥満は、脳梗塞、心筋梗塞などの大血管障害と深く関係することは周知のことですが、最近、糖尿病性腎症との関係が注目をあびています。
DCCT(Diabetes Control and Complications Trial、N Engl J Med 1993:329:977)、UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study、Lancet 1998:352:837)、Kumamoto Study(Diab Res Clin Pract 1995:28:103)により、厳格な血糖コントロールが糖尿病性腎症の発症・進展を抑制することは周知の事実となりました。しかし、最近、肥満、とくに内臓肥満が、病型に関係なく糖尿病性腎症の病態に深く関与することが明らかとなってきました。(Diabetes 2006:55:1832、J Am Soc Nephrol 2007:18:235)。
さらに、当施設における2型糖尿病を対象とした横断面調査において、ウェスト周囲径の高値が、血糖、血圧、脂質などと独立して微量アルブミン尿の危険因子となることがわかりました(Diabetes Res Clin Pract 2008:79:318)。さらに興味深いことに、内臓脂肪面積のみが、微量アルブミン尿と有意な関連を認めました(Clin Exp Nephrol 2010:14:132)。これらのことから、肥満、とくに内臓肥満が糖尿病性腎症の病態に関与している可能性が考えられます。
まだまだ不明な点が多いのですが、いくつかの機序が考えられています。脂肪細胞の肥大によるアディポネクチンの産生低下や遊離脂肪酸、TNF-αなどの増加によるインスリン抵抗性の増大、アンジオテンシノーゲンの産生増加によるレニン・アンジオテンシン系の活性化、さらにはレプチン分泌の増加による交感神経系の活性化などです。これらの機序により、内臓肥満が腎障害をきたす可能性が考えられています。
また、糖尿病のない群において、体重の変化自体が腎機能低下の危険因子であるとの報告もあります(J Am Soc Nephrol 2008:19:1798-1805)。対象は一般人ですが、体重が増加するだけでなく、体重が減少することも腎機能低下の有意な危険因子であったとのことです。病的な体重減少も含まれていることが考えられるためこの結果の解釈は注意が必要ですが、実際の臨床を考えると、経時的な体重の変化、それに伴う血糖、血圧、脂質の変化などを十分に考慮することは非常に重要と思います。
上記の研究はすべて、ある一時点(ベースライン)の体重やウェスト周囲径と将来の腎症発症・進展との関連を検証したものですが、体重の変化(治療介入を含む)など経時的な変化を考慮した検証が必要であると思います。