DIABETES NEWS No.12
    No.12
     1987 
     WINTER 
 

ある学生のアクシデント
 一昨年の夏に、インスリン依存型糖尿病に罹患した日本の学生がオーストラリアに旅行した。旅行先で持参したインスリンが無くなり、現地でインスリンを求めて注射したところ、重症の低血糖で倒れたという。日本のインスリンは1mL40単位(U-40)であるのに対し、オーストラリアでは1mL100単位(U-100)であることを知らなかったために起こったアクシデントであった。同じ容量のインスリン製剤を注射すると、オーストラリアでは、日本の2.5倍の単位数を含むことになるのである。

国により異なる薬の単位や血糖の基定基準
 最近、オーストラリアでインスリン依存型糖尿病に罹患、充分に治療法を教育された1人の奥さんが帰国した。U-100ヒトインスリンの NPH とレギュラーの混注、血糖の自己注射、インスリンのスライディングスケール法など、すべて教育ずみであった。使用する注射器は、U-100の 0.5mL BD であり、日本では一部の専門病院に限られているものであった。さらに血糖値は4~9の範囲に入っているということが詳細に示された。血糖値4~9といえば、極度の低血糖と思われるが、ヨーロッパやオーストラリアでは正常範囲に入る。その理由は、これら先進国では、その濃度が mmol/L 表示になっているからである。4~9mmol/L は、日本の 72~162mg/dL に相当する。血糖の場合、その分子量から1mmol/L は 18mg/dL となる。

国際化の進展をめぐって望まれること
 現在のように国際化が進むと、血糖の単位やインスリン製剤の濃度など、世界的規模での統一が望まれる。しかし、当座は、患者が旅行し、移住する国の現状を把握して患者を指導する必要がある。
 国際化といえば、ある国際学会で、食事療法について日本糖尿病学会編の「食品交換表」を説明なしで使用されているシーンに遭遇した。「食品交換表」は、同じ形では国際的に通用しないので、他国の学者には理解困難であったと思われる。
 糖尿病の種類別比率、さらに同一種類の糖尿病(例えばインスリン非依存型糖尿病)でも、国によって内容が著しく異なることが判明している。いずれにしても、欧米の教科書をそのまま日本人に当てはめた教科書が少なくないので注意を要する。国際的視野に立つということは、同時に自国をより正確に見るということになるといえる。
 


40%に達したヒトインスリン使用量
 ヒトインスリンがわが国で認可されてまだ2年に満たないが、すでにインスリン使用の 40%近くに達し、インスリン治療の主流になろうとしている。臨床経験が積み重ねられるにつれ、今日、ヒトインスリンの評価も定着してきたといえる。

2種類のヒトインスリン
 ヒトインスリンは、ヒト膵から分泌される体内のインスリンとアミノ酸組成が全く同一で、現在、製造方法の違う2種類の製剤が存在する。すなわち、1つは遺伝子工学により大腸菌に産生させたもの、他の1つはブタインスリンからアミノ酸1個を置き換えて造ったものである。実際上の効果は両者とも精製ブタインスリンとほとんど変わらないが、皮下からの吸収がわずかに速く、最大血糖降下の発現がやや早いといわれている。
 持続型として、前者には魚のプロタミン蛋白と結合させた NPHタイプ(ヒューマリンN)と後者には亜鉛化沈澱法によるレンテタイプ(ヒューマンモノタード)がある。

インスリンアレルギーへの適用
 ヒトインスリン自体には動物インスリンとは異なり、抗原性はないはずであり、従来のインスリン注射により生じた脂肪萎縮やアレルギー症例では、ヒトインスリンヘの変更が有用である。またインスリン抗体は胎盤を通り、胎児の膵インスリン分泌へ悪影響を及ぼす可能性があるため、糖尿病妊婦ではヒトインスリンの使用が必須である。
 最近、NPHタイプの使用によりプロタミンに対する抗体が産生され、アレルギー反応の原因になることがわかってきた。一方、レンテタイプでは、速効型インスリンと混ぜると、過剰に存在する亜鉛と反応して速効性が失われる難点がある。

正しい注射法の確立が今後の課題
 ヒトインスリンに変更すると、朝方血糖の上昇する症例に遭遇することが希ではない。これは恐らく従来の製剤に比べてヒトインスリンでは持続性がやや短かく、早朝にかけてその作用が切れる結果であるかも知れない。であるとすれば現在のヒトインスリン製剤は原則的には2回分割注射が望ましいと言えなくもない。
 いずれにしても、ヒトインスリンの正しい注射法の確立は、今後の重要な課題の一つであると思われる。
 


増加傾向にある足の壊疽
 糖尿病患者の足病変は悪化すると壊疽に陥り、最悪の場合は敗血症となり死に到る危険な合併症の一つで、ここ数年増加傾向にある。冬期は、暖房器具使用による火傷の発生頻度が高いため壊疽の発症も急増する。
 最近、私達の病院では、壊疽をもつ糖尿病が多く、入院患者の3分の1に達することもある。足を切断することは社会性を失う事になるので、壊疽はとくに予防しなければならない。医師及び患者自身による次のような注意は壊疽の予防に役立つものである。
治リにくい複合的原因によるもの
 糖尿病者の足の傷は表在性の場合蜂窩織炎や潰瘍になるが、深部に達すると膿瘍を形成し、更に進展すると壊疽、骨髄炎を引き起こす。特殊なものとして、足の変形をきたすシャルコー関節もある。原因は、大別すると(1) 神経障害、(2) 末梢循環障害、(3) 感染症があり、各々単独ないし複合的な組合せでおこる。糖尿病性神経障害が原因でおきる壊疽は、糖尿病コントロールを厳密に行うことによって殊んど治癒し得るものであるが、神経障害と動脈硬化症の末梢循環障害の2つの組合せによっておきた壊疽は治りにくく、時には切断を余儀なくされる。

病変の早期発見
 病変の早期発見のためには、診察室に入る時からよく観察し、必ず靴下を脱がせて立位・臥位で病変の有無をチェックする。足関節の変形・足のアーチの低下があれば、シャルコー関節を疑いレントゲン検査を行う。足背動脈の触診は重要で、減弱・消失の場合循環障害を意味する。足の潮紅が強く、足の水平位で消失しにくい時は、交感神経障害の疑いがある。

患者とその家族の教育
 患者及び家族に対する教育として毎日の足のチェックや深爪を避ける事、嵌入爪や変形爪は医師が切ること、中性石ケンを使うこと、皮膚を刺激する薬物は避け、足浴をさせる等は糖尿病患者のフットケアとして大切なことである。また暖房器具の使用に関しては、直接皮膚に接触させないこと、特に湯タンポやカイロは使わせないように注意させることは壊疽を少くする効果がある。

チームワークの必要性
 イギリスのある病院で、壊疽による足の年間切断例が1981年以前には12名であったが、1983年以降で5名に減少させたとの報告がある。その理由は内科医・外科医・足治療医・看護婦・家族との緊密なチームプレーによる治療の成果だとしている。日本でも同様のチームプレーが広く行われねばならない。

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