DIABETES NEWS No.119
 
No.119 2010 November/December 

「糖尿病とは何か」を問い続けた生涯
 東京大学名誉教授・虎ノ門病院名誉院長 小坂樹徳先生には本年8月3日 88歳の生涯を閉じられました。先生は1921年に長野県でお生まれになられ、1945年東京帝国大学医学部をご卒業されました。その後、母校の第三内科学教室に入局され、以来糖尿病学を中心とする内科学の研究・教育・診療に邁進され、戦後のわが国の糖尿病学のリーダーとして、その発展に偉大な足跡を残されました。10月11日に開かれました「小坂樹徳先生を偲ぶ会」の終わりにご遺族から、先生のご生前に口述筆記されました「お別れの言葉」をお聞きし、先生との永遠のお別れに改めて深い悲しみを覚えました。

東京女子医大教授時代の小坂先生
 小坂先生は、1966年から1972年までの6年間、東京女子医科大学内科の新進気鋭の主任教授としてご活躍されました。東京女子医大時代に、小坂先生はインスリンのラジオイムノアッセイをいち早く導入され、日本人2型糖尿病の成因・病態として確固たるエビデンスとなったインスリン分泌不全に関する多くのデータを発表されたことは広く知られています。
「偲ぶ会」でお別れを述べさせていただく機会を得ましたので、糖尿病センター同門会誌にこれまで記載されています小坂先生の女子医大時代の思い出に関する文章を改めて読み返し、印象に残ったエピソードを紹介いたしました。小坂先生の下で医局長を務められた故黒川きみえ先生は、小坂先生の回診の心に残る思い出として「他人に聞いたことと、自分の考えとをはっきり区別して言いなさい」といわれたことをあげておられます。小坂先生の女子医大時代の教授回診の時のピリピリとした病棟の雰囲気、学生教育の場での緊張感溢れた当時の様子は40年経った今も語り継がれています。

忘れられぬ先生の最後のご発表
 昨年11月、日本糖尿病学会主催の「糖尿病の診断基準と HbA1cの国際標準化に関するシンポジウム」が開催された折、小坂先生は長年に亘る先生の臨床データに基づいたご発表を自ら行いました。そして、他の演者の発表に対しても熱心にご質問やコメントをなさいました。このシンポジウムでのご発表が、先生の生前の公的な場での最後のお姿となりましたが、春日雅人先生とともに先生のご発表の座長を務めさせていただきました私にとって忘れられない思い出となりました。心からご冥福をお祈り申し上げます。
 


 糖尿病黄斑浮腫は、糖尿病のため障害された網膜毛細血管や毛細血管瘤から血漿成分が漏れ、網膜の機能的中心である黄斑の部分に浮腫(むくみ)が生じた状態です。一般に視力障害は軽度~中程度で、これだけではいわゆる失明状態にはなりませんが、視野の中央部分が見えにくくなり読み書きの障害など生活の質の低下を招きます。治療に抵抗することが多く、臨床の現場では対応にしばしば難渋します。
 眼科的な治療法は光凝固、各種薬剤の眼局所投与、硝子体手術などいろいろありますが、このことは、どの方法も決め手に欠くという現状を表してもいます。通常、まず光凝固の施行を検討しますが、ステロイドや抗VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:血管内皮増殖因子)薬などを眼局所に投与することがあります。最近欧米では、これらを眼内に直接投与する硝子体内注射による大規模研究の結果が報告されてきています。

ステロイドの新しい眼内投与法
 ステロイドの硝子体内注射ではトリアムシノロンという薬がよく使われますが、注射後効果が徐々に減ってゆくため、数か月毎に追加投与が必要になります。一般に薬剤の硝子体内注射では、一回ごとに感染性の眼内炎や網膜剥離などの重い合併症のリスクがわずかながら存在し、投与を繰り返すとこの可能性が増えるという問題点があります。これを解決する目的で、薬剤を少しずつ長い期間放出させる徐放性のステロイド眼内投与手段が最近開発されてきています。
 Iluvien™は、フルオシノロンというステロイドを 24~36か月間徐放するポリマーで、長さ3.5mm×直径0.37mm の円筒形(短く折れた細いシャープペンの芯ほどの大きさ)と非常に小さいため、切開や縫合などの手術手技を必要とせず細い注射針で硝子体内に注入できます。糖尿病黄斑浮腫に対する第3相試験の中間解析で効果が認められたため、既に米国と欧州の主要数か国に承認申請されていますが、観察期間36か月の最終結果は2010年秋以降に公表される予定とのことです。
 Ozurdex™はデキサメサゾンというステロイドを徐放し、同様に小さく注射針で硝子体内に注入できます。徐放期間が6か月程度までのようで短いことが問題ですが、こちらは生体内分解性があり、眼内で徐々に材料自体が吸収されてしまうという特性を持っています。網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対しては既に欧米で承認されており、現在、糖尿病黄斑浮腫に対する第3相臨床試験が進行中です。

抗VEGF薬と眼内徐放システム
 ステロイドを長期に使用すると、投与方法にかかわらず白内障・緑内障という合併症はある程度避けられない可能性が大きく、この点では同じ眼内への長期投与においては抗VEGF薬の方が有利です。しかし、抗VEGF薬では効果の持続が数週間とステロイドよりさらに短いため、現状では頻回の注入が必要で負担になっています。このため、徐放システムとの組み合わせはステロイド以上に抗VEGF薬でメリットが大きいと思われ、実際に開発が進行しているようです。今後、抗VEGF薬の、眼だけでなく全身への合併症(脳梗塞の増加など)にも注意を払いながらの検証が必要ですが、より良い治療の選択肢が増えることが期待されます。

血糖・血圧・脂質異常の是正を
 眼科的な治療法について述べましたが、全身的な血糖・血圧・脂質異常が糖尿病黄斑浮腫に大きく影響しますので、これらを日々是正することの大切さを最後に改めて強調いたします。
 


糖尿病チーム医療研修コース
 2010年9月1日から3日までの3日間、デンマーク、コペンハーゲンで開催された日本糖尿病財団主催「第1回ステノ糖尿病センター実践糖尿病学チーム研修コース」に参加しました。初秋の爽やかな気候のもと、日本国内の10施設から医師、コメディカルの方々40名とともに歴史あるステノ糖尿病センターの診療の実際に触れることができました。
 本コースは、(1) 講義および施設の見学:糖尿病治療、合併症およびリスク因子への介入、栄養指導、妊娠、フットケア、動機付けおよび行動変容のプロセス、(2) 患者体験:期間中、食事を選び、1日4回のインスリン(生理食塩水)注射と血糖自己測定および服薬を体験する、(3) チーム医療の問題点に関する討論、以上の3つのパートから成り立っています。

インパクトがあった患者体験
 自己注射と血糖測定を1日4回行ってみました。思ったより痛いし、面倒で、時には忘れることもあり、常に糖尿病から解放されないストレスを感じました。しかし、時々の血糖値を心に留めながら、食事や運動、インスリン量も受け入れることができるようにも感じました。この気持ちを持ちながら、患者さんの気持ちを推し量って、より良い方向を患者さんと一緒に模索したいと思いました。

患者さんに指導することとは
「患者さんのライフスタイルを変えることは無理だとあなた方は思われるだろうが、あなた方は自分自身の教え方を向上させることができます。それによって、患者さんが自分のライフスタイルを変えていく過程を刺激することができます。」最初の講義でこれを聞いたとき、治療に難渋した患者さんの顔が思わず浮かび上がり、私自身が自分の正しいと思うことを押し付けていたのではなかったかと自問自答しました。動機付けや行動変容の段階ならびにそれに対応した対話方法を是非実践したいと思います。

チーム医療の現状とこれから
 多忙な日常業務に追われることで、みかけの充実感を感じてしまい、それで終わってしまいがちです。一人でできることは限られていても、チームとしてならもっとよりよい方法を生み出せるのでは? と、まずスタッフミーティングを行い、自施設の現状を認識し、アイデアを出し合います。実現可能な目標を決め、達成するためにはどのような段階を踏むべきかを現実に沿って考え、そして実行し、最後にフィードバックしてみましょう。この一連の流れをスムーズに行うためには、目標を共有すること、創造性と協調、信頼関係が欠かせません。
 これまで行ってきたケアを振り返ってみると、参加者には様々な課題が見えてきました。 その一方で意欲やアイデアも湧いて、最後の改善策に関するディスカッションは非常に活発なものになり、様々な提案がなされました。
 糖尿病患者数の増大とともに、医療者に求められる糖尿病診療の水準が高くなっているのが現状です。国や医療施設は異なっても、よりよい糖尿病診療を行っていきたいとの思いは変わりません。それを達成するためにチームの力を信じ頑張っていきたいとの思いを新たにし、帰国の途につきました。
 

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