DIABETES NEWS No.116
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No.116 | | 2010 May/June |
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東京女子医大糖尿病センターには、1日平均約400名の患者さんが受診されます。初診には、新たに糖尿病と診断されて食事療法や薬物療法などの初期治療のために受診される患者さんのほかに、長い罹病期間を有し、網膜症、腎症および神経障害など糖尿病に特有の合併症を発症し、それらの治療のために紹介・受診される方も多く、スタッフ一同、糖尿病一般外来と糖尿病眼科をはじめとする専門外来で糖尿病と合併症の診断と治療に全力を注いでいます(診療案内参照)。
糖尿病センターは大学病院における診療科として、高度で安全な医療を提供するのは当然ですが、一方、学生(医学部・看護学部)や研修医など医師・コメディカルの育成も重要な使命です。4月には、多くの新人を迎えて、病棟は活気に溢れています。
大学病院に勤務する医師として、診療・教育のほかに日夜研究にも力を注ぎ、新しい知見を学会や医学誌に論文として発表していくことも大きな務めです。糖尿病センターにおける研究は大別すると、糖尿病の成因、病態、治療に関するものと糖尿病の合併症の成因、病態、治療に関するものです。各研究グループでは多くの患者さんの診療を通して得られる貴重な臨床データの中から、糖尿病センターならではの研究成果を挙げるよう努力しています。
糖尿病センターには、初期臨床研修医として1年目、2年目の若手医師が2、3か月ずつローテートし、糖尿病診療の基本を学んでいます。研修期間の最後には、研修中に経験した貴重な症例について、病歴、検査所見、鑑別診断、治療経過などについて詳細にまとめ、発表を行う症例報告会があります。私自身が入院患者さんを診察する機会は主に病棟回診ですが、症例報告会では研修医が担当した患者さんの病状やそれに対する詳細な検討結果が報告されるので、若手医師の研修のみならず、医局員にとっても新たな発見をする貴重な機会となっています。
糖尿病は有病率が高い疾患であり、多くの患者は非専門医によって管理されています。したがって、糖尿病治療の助けとなるガイドラインは重要なものです。日本糖尿病学会が編集した信頼性が高いガイドラインとしては、(1) 少数の専門家により執筆され、学術評議員による検討を経て作成された「糖尿病治療ガイド 2008-2009」(文光堂、2007)、(2) 文献的なエビデンスを重視し、委員会での査読を経て作成された「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン」(南江堂、2008)があります。どちらも今年中に改訂される予定です。また、(3) 日本糖尿病対策推進会議(日本医師会、日本糖尿病学会、日本糖尿病協会,日本歯科医師会)が作成し、非常にコンパクトな内容にまとめられた「糖尿病治療のエッセンス」(文光堂、2007)も忙しい医師にとっては有用なガイドラインと思われます。
「ガイドライン」は治療の「参考書」として捉えるのが正しく、ガイドラインに沿って治療しなければならないということではありません。なお、糖尿病ケトアシドーシス昏睡の患者に輸液やインスリン治療を行うという当然の治療行為については「スタンダード」と呼ばれており、「ガイドライン」とは異なる概念です。
糖尿病は生活習慣の改善が重要であり、むやみに薬物治療に頼ることはよくありません。したがって、どのガイドラインにおいても、いつ薬物を開始したらよいかについて図で示されています。(1)、(2) では、まずインスリンが必要かどうか判断し、インスリンがすぐに必要でなければ食事・運動療法を指導し、良好な血糖コントロールが達成されなければ経口血糖降下薬を開始するとしています。(3) では、インスリンが必要な場合は専門医に紹介するか連携することを勧めています。また、経口血糖降下薬については、それぞれの薬剤の具体的な用量も記載されています。
経口血糖降下薬を投与すべきと判断したならば、次はどの薬物を使ったらよいかということになります。(1) と (3) においては、糖尿病の病態をインスリン抵抗性増大、インスリン分泌低下、食後高血糖の3つに分け、それぞれの病態にもっとも適した薬物を第一選択薬として推奨しています。一方、(2) においては推奨する薬物があまり明確に記載されていません。これは、どの薬物を用いた時に細小血管障害や大血管障害の発症がもっとも抑制されるかについてのエビデンスが乏しいからです。
経口血糖降下薬の投与は単剤を少量から開始するのが原則であり、十分な血糖コントロールが達成できなければ増量あるいは別の機序の薬物との併用を行います。血糖値が高いまま漫然と同じ経口血糖降下薬を使用してはいけません。併用により血糖コントロールが改善するのは当然ですが、細小血管障害や大血管障害の抑制に寄与するかどうかのエビデンスは残念ながらほとんどありません。
今年改訂される予定のガイドラインには、新薬である DPP-4阻害薬と GLP-1受容体作動薬が加わります。また、経口血糖降下薬で十分な血糖コントロールが得られない場合に、持効型溶解インスリンなどを1日1回追加注射する BOT療法(Basal-supported Oral Therapy)についても記載されるものと思われます。近い将来、患者、患者家族、一般人、為政者、コメディカルなどを対象としたガイドラインも利用できるようになるかも知れません。
妊娠中は胎児に栄養を供給するため、母体の糖代謝は亢進し、インスリン抵抗性が増大します。このため、糖尿病の家族歴がある人やインスリン分泌の少ない人は妊娠中に糖尿病が発症しやすくなります。このような妊娠中にのみ認められる糖尿病は分娩後には正常に戻りますが、将来、糖尿病を発症することが多く、注意が必要です。
かつて妊娠糖尿病の定義は、妊娠中に初めて出現する一過性の軽い耐糖能低下と認識されていました。しかし、この定義では妊娠中に確定診断はできず、分娩後に耐糖能が正常化するかどうかは妊娠中の管理とも関係しないという理由で、1990年代に妊娠糖尿病の定義は『妊娠中に発症もしくは初めて発見された耐糖能低下をいう』となりました。しかし、この定義では、以前から未発見の糖尿病があって妊娠中の検査で初めて発見された人、妊娠中に糖尿病型よりも軽い糖代謝異常が初めて出現した人など、様々な程度の耐糖能異常が含まれてしまいます。特に、妊娠前から未発見の糖尿病があった人は、児の先天奇形の確率が高く、妊娠中に母体の糖尿病合併症(網膜症や腎症)が悪化する可能性があり、早急な治療が必要です。このため、このような明らかな糖尿病は本来の妊娠糖尿病と区別する必要があるのではないかと問題になっていました。
また、日本ではこれまで 75gOGTT を用いた妊娠糖尿病の診断基準(空腹時血糖100mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値150mg/dL以上のいずれか2つ以上を満たす)が用いられてきましたが、国際的な統一がなされていませんでした。
2002年より、軽症の母体高血糖と周産期合併症との関連を明らかにするための国際的大規模臨床試験(Hyperglycemia and Adverse Pregnancy Outcome (HAPO study))が10か国、25,000妊婦を対象に行われました。2008年、2009年にこの研究の結果が報告され、糖尿病より軽症の高血糖であっても、血糖が高くなればなるほど周産期合併症が増加することがわかりました。この結果を受けて、2010年、本学名誉教授大森安恵先生が日本人唯一のメンバーである IADPSG(International Association of Diabetes and Pregnancy Study Group)から、新しい妊娠糖尿病の診断に関する推奨が Diabetes Care 3月号に発表されました。これによると、妊娠糖尿病の診断基準は空腹時血糖92mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値153mg/dL以上のいずれかを満たすものとされています。今までの基準と比べると、空腹時の基準は低くなり、1点のみで診断されるため、より厳格化されたと言えるでしょう。
また、明らかな糖尿病が存在すると考えられる場合は、妊娠中であっても糖尿病と診断するとしています。診断の基準は通常の糖尿病に準じます。現在、糖尿病の診断基準の改訂が日本糖尿病学会で進行中であり、妊娠糖尿病はこの IADPSG の推奨に沿って検討されるでしょう。
高血糖の存在は母児に重大な影響を及ぼします。妊娠可能年齢の女性、特に妊娠を希望する女性は妊娠前に積極的に耐糖能検査を受け、糖尿病が発見された場合は適切な管理を行いましょう。糖尿病リスクの高い女性は妊娠中も繰り返し検査が必要です。
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