| |
No.111 | | 2009 July/August |
|
|
近年、超高齢社会と呼ぶべき平均寿命の延伸と高齢者人口の増加に伴い、わが国では認知機能の低下を示す人が増加しています。一方、糖尿病患者数も年々増加し、高齢の糖尿病患者さんの診療に際しては認知機能についても留意する必要があります。糖尿病患者さんに認知症が起こると、糖尿病の適切な治療の継続が困難になり、血糖コントロールの悪化につながることがしばしば経験されるからです。
糖尿病と認知機能低下の関連を検討した多くの疫学研究の成果が報告されています。ロッテルダム研究(Ott, Neurology, 53:1937, 1999)によれば、糖尿病が認知症とアルツハイマー病の発症リスクをともに1.9倍高めることが明らかとなりました。日本の久山町研究(清原 裕ら)では、1985年に65歳以上の887名のうち認知症のなかった826名を2000年まで前向きに調査しました。その間、188名に認知症が発症しましたが、耐糖能異常の有無別に認知症発症のリスクを検討した結果では、耐糖能異常があるとアルツハイマー病の発症リスクは3.1倍になることが明らかとなりました。
糖尿病と認知症の因果関係については、まだ不明の点が少なくありません。糖尿病による血管病変の影響とともに、高血糖(糖毒性)、酸化ストレス、インスリン抵抗性、高インスリン血症、終末糖化産物(AGE)などのさまざまな代謝因子が、アルツハイマー病の病理学的変化を促進するとの仮説が提唱されています。ロッテルダム研究の一環として行われた、高齢者における脳の海馬と扁桃体の体積に関する画像診断的研究によれば、糖尿病患者さんでは、糖尿病でない患者さんに比べて海馬と扁桃体の体積が減少していることが示されました。
糖尿病患者さんの血糖コントロールの悪化をひき起こす要因には、さまざまなものがあります。食事療法や運動療法など糖尿病治療の基本が乱れることがもっとも多い原因と考えられますが、膵臓がんの併発や、糖代謝に悪影響を及ぼす薬剤の使用などとともに、認知機能の低下がないか、それによって糖尿病治療の乱れ、すなわち経口糖尿病薬の服用の乱れやインスリン注射がきちんと行われなくなってはいないかなど、きめ細かい対応が必要です。
糖尿病患者さんの足病変の増加は日本だけでなく世界的な問題であり、不幸にして足壊疽になり、やむなく足切断に到る例が後をたちません。
糖尿病足病変の誘因は数多くありますが、他施設でも糖尿病センターでも、靴擦れが原因の第1位です。
靴擦れは足と靴の不適合な状態から生じます。狭い靴を履くと靴擦れができやすのは周知の事実ですが、足と靴がフィットしていても靴擦れが起こることは意外に知られていません。履きなれた靴でも長時間連続して歩行しますと、皮膚の機械的破綻により靴擦れが生じるのです。糖尿病患者さんの足の皮膚は特に機械的破綻に弱く、これは外見からは全く判断できません。
靴による軽微な損傷が生じると、足に疼痛を感じ、通常は行動の制限が生じるのですが、糖尿病神経障害があるために疼痛を感じにくく歩行の継続がなされてしまい、病状の悪化を招くことになってしまいます。さらに悪いことに皮膚の損傷部から感染が起こります。免疫力の低下がありますと、感染症の併発が足病変を拡大させてしまいます。
50歳以上の糖尿病患者さんには動脈硬化症を背景とする PAD(Peripheral Artery Disease)が高率に合併します。PAD を有する患者さんは足の冷えを強く訴え、冬場は保温性の下着を着用し、厚手の靴下を重ね着して歩行することが多くなります。その結果、靴内での足の圧迫が生じ、PAD で虚血ぎみのところにいっそう虚血を引き起こすことになります。PAD を合併した糖尿病患者さんの靴擦れは、神経障害、循環障害及び感染症が複合しており、重篤な病態を生じることになります。
一方糖尿病運動神経障害があると、足のアーチ構造の破綻や足の変形が生じます。ハンマートウやシャルコー関節といった変形です。つま先の狭い靴を使用していると、前者の屈曲した足趾が機械的刺激を受け、胼胝形成や潰瘍形成にいたることになります。後者は、中足部の拡大や足底圧の異常を生じて、潰瘍形成に到ってしまいます。そのため、足に合った靴を作製することが必要となります。この整形外科靴を作成するには、実は高い技術を必要とされます。
このように、糖尿病患者さんの足病変の治療および予防には、靴が大きく係わっているといえます。靴に関する点検や靴の教育は、フットケアの重要な教育項目の一つといえましょう。
種々の足病変と靴との関わりの重要性が認識されて日本靴医学会が1987年に設立されました。学会は靴と足に関する基礎と臨床について、いろいろなジャンルの方々とともに長年にわたって活動してきました。国民の靴に対する啓発、臨床での高い知識の向上と普及に多大な貢献をしてきたといえます。靴の医学に関して学会活動を行っているのは、世界広しといえども日本のみであり、ユニークな活動といえます。
2009年9月18日、19日の両日、東京女子医科大学の弥生記念病院で、第23回の日本靴医学会を開催します(Announcement 参照)。
多くの方の参加を希望しています。
GERD(Gastro-Esophageal Reflux Disease;逆流性食道炎)は「胃酸の食道への逆流」を主な病態とし、逆流によって自覚症状や身体的合併症が出現する疾患です。自覚症状は胸やけ、呑酸、胸痛、慢性の咳などであり、身体的合併症として下部食道の酸消化性粘膜傷害が起こります。放置すると食道狭窄や上皮の変性を起こして、ひいては生活の質の低下が起こります。GERD は近年増加傾向にあるといわれ、特に内臓肥満の多い患者さんで多いことから、肥満を合併しやすい糖尿病患者さんにおいても多いことが予想されています。
12問の質問票で構成されるFスケールは、外来で簡便にできる逆流性食道炎のスクリーニングテストです。逆流症状と運動障害の2種類の質問から構成され、満点は48点です。質問は呼吸器症状から消化器症状まで多岐にわたっており、個人個人で様々な形ででてくる訴えを広く拾い上げるのに適した構成になっています。一般的には8点以上で逆流性食道炎の存在が疑われるとされ、基準を満たした患者さんには上部消化管内視鏡での精査をお勧めしています。
神経障害を有する糖尿病患者さんでは、自覚症状が出にくいと言われており、Fスケール質問票によるテストの有効性が問われていますが、それでもスクリーニングテストとしては簡便であり有用です。
糖尿病と GERD との関連に関する研究は多くありませんが、糖尿病神経障害によって食道蠕動が低下するために、糖尿病患者さんに GERD が発症しやすい可能性が示唆されています。また糖尿病では内臓肥満を伴いやすく、内臓脂肪により腹圧が上昇することによって食道裂孔ヘルニアが発症しやすくなります。このような原因からも糖尿病患者さんに GERD の合併率が高いと考えられています。
血糖コントロールや糖尿病罹病期間の長さ、糖尿病の治療方法、網膜症や腎症の有無との関連は検討されていますが、いまだはっきりとした見解はなく、今後さらなる研究が必要です。
胸やけ、呑酸、慢性の咳などの症状は慣れてしまうと受診のきっかけを失ったり、主治医に報告するのを忘れたりしがちですが、生活の質を左右する重要な症状です。
逆流性食道炎治療の第一選択はプロトンポンプ阻害薬内服です。数日から数週間内服を継続することで症状改善に至ります。ですから逆流症状は放置せず、積極的に内視鏡検査をお勧めします。また過去の研究では自覚症状がなくても逆流による身体的合併症を呈していることがあり、特に内臓知覚障害を伴いやすい糖尿病患者さんでは、症状がない場合でも定期的に上部消化管内視鏡検査を行うことをお勧めします。
Announcement |
第23回日本靴医学会学術集会 |
|
会 期: | 2009年9月18日(金)、19日(土) |
会 場: | 東京女子医科大学弥生記念講堂
(〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1) |
会 長: | 新城 孝道(東京女子医科大学糖尿病センター) |
◆プログラム |
●教育講演 |
「整形外科医からみた足と靴」 |
| 内田 俊彦(NPO オーソティックソサエティー理事長) |
「靴医学の健康への関わり |
| 田中 康仁(奈良県立医科大学整形外科) |
「ドイツ式靴の加工および靴型装具について(糖尿病を交えて)」 |
| ヘルベルトテュルク
(フスウントシューインスティテュート学校長) |
「糖尿病フットケアと足の外科の連携」 |
| 野口 昌彦(東京女子医科大学整形外科) |
●一般演題(口演)、ランチョンセミナー |
|
事務局: | 〒113-0034 東京都文京区湯島3-31-5 プランニングオフィス アクセスブレイン内
TEL:03-3839-5037 FAX:03-3839-5035
E-mail:kutsu23@accessbrain.co.jp |
| |
|
|