11月末、第24 回日本糖尿病・妊娠学会が高崎で開催された折、「糖尿病と妊娠の医学―糖尿病妊婦治療の歴史と展望―」と題する著書が出版されました。東京女子医科大学名誉教授 大森安恵先生が「糖尿病と妊娠」に関して、長年に亘る臨床と研究の成果をまとめられた集大成というべき著書です。
糖尿病と妊娠について関心をもつ医師・研究者・コメディカルスタッフにとりまして大森先生が、わが国における糖尿病と妊娠に関する臨床と研究のパイオニアであり、わが国にこの分野の学問を確立した先駆者であることを知らない人はいないと思います。大森先生が糖尿病と妊娠をご自身のライフワークと志すようになったいきさつが詳しく書かれている序章にはじまり、全11章に及ぶ「糖尿病と妊娠の医学」には、先生が40年間奉職された母校・東京女子医大の教室で進められた臨床的・基礎的研究の成果が随所に掲載されているのは勿論ですが、世界と日本における糖尿病と妊娠の歴史(第1章)や、日本と世界における糖尿病と妊娠に関する学会・研究会の歴史(第2章)も詳しくまとめられています。
大森先生が東京女子医大をご定年で退任された直後に主宰された、第40回日本糖尿病学会年次学術集会の会長講演をはじめ、これまで多くの機会に、先生の糖尿病と妊娠に関するお考えに触れてきましたが、このたび、改めて先生のライフワークをまとめて読むことができる待望の一冊が上梓されました。多くの方々にお読みいただきたいと願っています。
本年6月、大森先生は米国サンタバーバラにあります糖尿病研究所として有名な Sansum Diabetes Research Institute から Sansum 科学賞を授与されました。本賞の歴代受賞者は、R.Levin, P. Lacy, J.R.Gavin, J. Hoet, P.H.Forsham の5 名の偉大な糖尿病学者であり、先生は日本人として初めて、女性として初めての受賞者です。受賞理由のひとつとして、日本における糖尿病と妊娠の分野の確立があげられています。
インスリン製剤の販売名の変更
このたび、インスリン製剤の製造販売会社3社は、本年3月に当局が発表した「インスリン製剤販売名命名の取扱いについて」に基づいて、インスリン製剤の販売名の一部変更を発表しました。移行期には、新・旧製剤が混在するため十分な注意が必要です。 |
|
高血圧症は糖尿病患者さんに高頻度で合併し、かつ糖尿病網膜症の悪化因子の一つとされています。高血圧により、眼の灌流圧が上昇、網膜血流が増加し、血管内皮細胞の shear stress を増加させ、血管収縮作用のもつエンドセリン産生の抑制、血管拡張作用をもつプロスタサイリンや一酸化窒素の産生亢進、組織プラスミノーゲンアクチベーターの産生およびトロンボモジュリン不活性化による抗血栓活性上昇などを引き起こして、糖尿病網膜症を悪化させます。
UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)では、2型糖尿病患者さんにアンジオテンシン変換酵素阻害薬とβ-blocker を投与して、収縮期血圧150 mmHg 以下、拡張期血圧85 mmHg 以下にコントロールしたところ、毛細血管瘤、硬性白斑、軟性白斑の増悪、2 段階以上の視力の低下、および光凝固の施行率のいずれも、有意に軽減させました。
一方、EUCLID Study(EURODIAB Controlled Trial of Lisinopril in Insulin-Dependent Diabetes Mellitus)では、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(リシノプリル)群がプラセボ薬群に比し HbA1C は低値でしたが、正常血圧を有するリシノプリル群の網膜症の進展を有意に抑制しています。
さらに、DIRECT(DIabetic REtinopathy Candesartan Trial、アンジオテンシン II 受容体拮抗薬であるカンデサルタンの糖尿病網膜症に対する発症予防と進展抑制効果)の結果が、ローマで開催された第44回欧州糖尿病学会で発表され、同時に LANCET にも掲載されました。
DIRECT は、カンデサルタン32mg 投与群とプラセボ薬群を4年以上投与して比較したもので、3つの独立した試験から構成されています。各試験は、ETDRS(Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)分類の変化を主要評価項目とし、血圧と腎機能が正常域にコントロールされた糖尿病患者さん 5,231名を対象に、30カ国、309施設で実施されました。
試験1(糖尿病網膜症を発症していない1 型糖尿病1,421 名における発症予防)から、両眼とも糖尿病網膜症が全く発症していない状態から ETDRS 分類に基づく2段階以上の変化の有無を解析した結果では有意差は認めらなかったものの、3段階以上の変化の有無を解析した結果では有意差がみられました。
試験2(糖尿病網膜症を有する1型糖尿病1,905名における進展抑制)では、ETDRS 分類に基づく3段階以上の進展の有無を解析していますが、有意差はみられませんでした。
試験3(糖尿病網膜症を有する2型糖尿病1,905名における進展抑制)では、ETDRS 分類に基づく3段階以上の進展解析には有意差がみられませんでしたが、副次評価項目である糖尿病網膜症の改善効果においては有意差が認められました。
また、微量アルブミン尿の発症抑制効果も検討されましたが、血圧と微量アルブミン尿がもともと正常域にコントロールされている対象患者のためか、有意差は認められませんでした。
なお、今回の DIRECT 試験の結果から、降圧作用によらないカルデサルタンの糖尿病網膜症に対する抑制効果が示唆され、大変興味深い結果となっております。
今日、HbA1Cは糖尿病の診断・治療に欠かせない検査です。しかし、日本で使われている JDS 値、米国などで使われている NGSP 値、北欧の MonoS値などがあり、それらの値の間には互換性がないことが指摘されていました。たとえば、日本の JDS 値が NGSP 値より0.3%程度低いことはすでに知られていました。これは HbA1Cとしての測定対象物質が明確に定義されていないことによって生じています。
2007年6月、米国糖尿病学会(ADA)、ヨーロッパ糖尿病学会(EASD)、国際臨床化学連合(IFCC)と国際糖尿病連合(IDF)は HbA1C測定の国際標準化に関するコンセンサス・ステートメントを発表しました:(1) HbA1Cの測定系と測定値を国際標準化する、(2) IFCC 法を基準測定法として標準化する、(3) 測定値の報告は国際的には IFCC 値(単位:mmol/mol)および換算 NGSP 値(単位:%)を併記する、(4) HbA1C換算平均血糖値(ADAG)も HbA1C測定値の解釈のために報告する、(5) 臨床ガイドラインにおける治療目標としての HbA1Cは、IFCC 値、換算 NGSP 値、将来的には ADAG も表記する。
IFCC 値とは、唯一ヘモグロビンβ鎖N末端リジンが糖化されたβ1-フルクトシルヘモグロビンを化学量論的裏付けをもって対象物質として測定した値です。測定基準法はプロテアーゼで Hb のβ鎖N末端部のペプチドを切り出しオリゴペプチドの中でリジンが糖化されている割合を検出、mmol/mol で表します。
このような中、IFCC 値とは算出法も単位も異なる日本の JDS 値との整合性が検討され、日本も国際基準に沿うように IFCC 値を基準とした測定法をいずれは取り入れることになりました。しかし、標準化物質は IFCC のそれではなく、現在用いられている JCCLS CRM004a(Lot3)を用い、JDS 値を下記の推算式にあてはめて IFCC 値を求めるというものです。推算式:IFCC(mmol/mol)=10.39×JDS 値(%)-16.8
今後、国際的な場では IFCC 値と、換算 NGSP 値の併記が必要になると思われます。
今まで親しまれてきた%表示の JDS 値は捨
てがたく、移行期には混乱が避けられないような状況です。日本糖尿病学会の「糖尿病関連検査の標準化に関する委員会」は、当面、検査値の表記には IFCC 値と JDS 値を併記することとしました。また、日本の測定系には、HPLC 法、免疫法、酵素法があり、3者間のこの推算式による値の違い、機械や試薬メーカーに対する情報の徹底、治療目標値の設定など、多くの問題を残しています。
現在、この HbA1Cの国際標準化を 2011年までに行う方針で進められています。
注: | JDS | : | Japan Diabetes Society |
IFCC | : | International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine |
NGSP | : | National Glycohemoglobin Standardization Program |