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No.105 | | 2008 July/August |
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厚生労働省は、1997年以来「国民健康・栄養調査」の一環として糖尿病の実態調査を定期的に行い、結果を公表してきました。1997年の調査では「糖尿病が強く疑われる人」が約690万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」と合わせて約1,370万人と発表され、当時の新聞紙上でこれらの数値が大きく取り上げられました。
5年後に行われた2002年の調査では、「糖尿病」が約740万人、「予備群」が約880万人、両者合わせて約1,620万人と発表され、「糖代謝異常」人口が5年間に 250万人も増えたことが明らかとなりました。
メタボリックシンドロームという言葉が流行語になったように、肥満や糖尿病などへの関心が高まり、とくにここ1、2年「生活習慣病」の予防に一般の人々の目が向けられているように思います。それだけに新しい糖尿病実態調査の結果が待たれていました。
図 増加する「糖代謝異常」人口 |
このほど厚労省から発表された2006年11月の国民健康・栄養調査の結果では、「糖尿病が強く疑われる人」は約820万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」はついに1,000万人を超え、1,050万人と推計され、両者で実に1,870万人に達しました。この5年足らずの間に「糖代謝異常」人口はさらに250万人増加したことになります(図)。年齢別では、50代では男性が26.2%、女性が20.8%、60代では男女ともに約30%に達し、70代以上では男女ともに約35%に達しました。図のように「糖代謝異常」人口は、ここ10年直線的に増加しており、この傾向が今も続いているとすれば、2010年には確実に2,000万人を超えることになります。
超高齢社会の到来とともに、糖尿病との闘いはわが国の医療において、ますます重要なテーマとなることは間違いなく、糖尿病患者さんの診療にかかわる私達医療スタッフの役割は一層重大なものになります。
肥満とがんの関係については、これまでにもいくつか報告されてきましたが、本年2月の Lancet 誌に、今までの研究を総合的に解析した論文が発表されました。それによりますと、男性では食道がん(腺がん)、甲状腺がん、大腸がん、腎がんが、女性では子宮がん、胆嚢がん、食道がん、腎がんが、体格指数(BMI)が5増加するごとに、1.24~1.59倍発症しやすくなるとのことです。なお、体格指数(BMI)とは、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で計算される指標であり、22 がもっとも理想的で、日本では 25以上が肥満です。体格指数の5というのは、身長が150cm の人でしたら11.3kg、170cm の人でしたら14.5kg にあたります。
がんに罹りやすくなる理由として以下のように考えられています。太っていると、インスリン、インスリン様成長因子(IGF-1)の増加、エストラジオールやテストステロンなどの性ホルモンの変動、内臓脂肪から分泌されるアディポネクチンの低下などが起こります。これらのホルモンの増減が発がんと関係しているのではないかと考えるわけですが、はっきりしたことはわかっていません。
太っているとがんに罹りやすいのなら体重をあわてて減らした方がよいかと考えられますが、この報告からはなんとも言えません。今回発表された研究は、ある時点で太っていると、何年か後にある種のがんに罹りやすくなるということがわかっただけであり、減量すればがんに罹りにくくなるのかどうかを調べた研究ではないからです。減量すればがんに罹りにくくなるかどうか調べるには、全く別の研究方法で確認する必要があります。
一方、同じ Lancet 誌の論文に、肺がんと食道がん(扁平上皮がん)については、男女とも太っている人には発症しにくいことが報告されています。これらのがんは、喫煙者で罹りやすくなることもよく知られています。喫煙はどちらかと言うと太りにくくするので、太った人は、喫煙と関係の深い肺がんや食道がん(扁平上皮がん)に罹りにくいと考えられます。
また、一般に、がんに罹ると食欲が減退するなどして、体重が減ってきます。ですから、食事療法や運動療法を強化したわけでもないのに体重が急に減った場合は、がんに罹っていないかを疑い、精密検査を考えねばなりません。
◆ | 糖尿病があって太っている場合は、ゆっくりと減量すること |
以上のように、肥満があると一部のがんに罹りやすくなることは確かなことと思われますが、体重が10kg 以上オーバーしても一部のがんに1.24~1.59 倍罹りやすくなる、という程度ですから、ひどく心配する必要はないと思います。むしろ、糖尿病があって太っていると、心筋梗塞・脳梗塞などの合併症の方がずっと心配です。これらの合併症の発症危険性を少しでも減らす意味では、体重の減量はとても重要なことです。しかし、その場合でも、あまり急激に体重を減らす必要はありませんし、かえって危険な場合もあります。食事・運動療法を行いながら、1か月に 0.5~1.0kg 程度減量できれば十分です。このペースが続けば1年で6~12kg も減量することになります。2kg 体重が減れば、血糖コントロールはほとんどの場合よくなりますので、ゆっくりと着実に減量に努めていきましょう。その結果、がんにも罹りにくくなるとすれば、大変すばらしいことです。
乳酸アシドーシスは、ビグアナイド薬の重篤な副作用として古くから知られており、なかでもその頻度が高かったフェンホルミンは、1970年代に発売が中止されています。一方メトホルミンは、乳酸アシドーシスの発症頻度が極めて低いことや、欧米で2型糖尿病に対する有効性が再評価されたことから、わが国でも近年その処方が増加しています。
2006年に発表されたコクラン・レビューでは、メトホルミン使用患者における乳酸アシドーシスの発症頻度(95%信頼区間の上限)は 6.3例/10万 患者・年であり、メトホルミン非使用患者の 7.8例/10万 患者・年と全く差がないことが示されています。このことから実際メトホルミンによる乳酸アシドーシスはきわめて稀と考えられます。
薬理学的にメトホルミンは、投与後 24 時間以内にほぼ全てが未変化体のまま腎臓から排泄されます。そのため腎機能障害時には、排泄の遅延・血中濃度の上昇をきたすことから乳酸アシドーシスの危険が高くなると考えられます。米国の食品薬品局(FDA)は、血清クレアチニンが男性1.5mg/dL、女子で1.4mg/dL 以上の場合にメトホルミンを禁忌としています。またわが国の添付文書では、腎機能障害(軽度障害も含む)や透析患者(腹膜透析を含む)で禁忌とされています。ただし血清クレアチニン値あるいは糸球体濾過量(GFR)の具体的な数値は示されていません。昨年日本腎臓学会から出版された「CKD 診療ガイド」では、CKD のステージ3以降(GFR<60mL/min/1.73 m2)では、ビグアナイド薬は使用しない、と記載されています。
最近シンガポールから、メトホルミン服用中のアジア人2型糖尿病患者において、腎機能が低下していても血中乳酸値は上昇していないことが報告されました。また実際に乳酸アシドーシスを起こしたメトホルミン服用患者において、直前の腎機能は必ずしも低下しておらず、造影剤の使用や脱水などが誘因となっていることが多いとされています。すなわち、慢性的な腎機能低下例で乳酸アシドーシスが多いというよりも、急激な腎機能低下を起こした際に乳酸アシドーシスを合併しやすい、といえます。今後、どういった糖尿病患者にメトホルミンを投与すべきではないか、という議論に加え、どのような場合にメトホルミンを中止すべきか、を明らかにする必要があります。わが国の添付文書には、「(ヨード造影剤を)併用する場合は、本剤(メトホルミン)の投与を一時的に中止する等適切な処置を行う」、と記載されています。
いずれにしても腎機能低下例では、脱水などの際に、より高度の腎機能低下を起こすことは明らかであり、GFR が 60未満の場合には、メトホルミンの投与を控えるべきでしょう。血清クレアチニンが正常であっても、特に高齢者では腎機能が低下している場合が多いため、メトホルミンの投与を検討する場合には、必ずクレアチニンを測定し、GFR を推算することが重要です。GFR の推算式は、上述した CKD 診療ガイドを参照して下さい。
最後に乳酸アシドーシスの治療について簡単に述べますと、直ちに血液透析を行うことが必要です。なお腹膜透析は、透析液に乳酸ナトリウムが含まれており、乳酸アシドーシス時には禁忌となります。