DIABETES NEWS No.104
 
No.104 2008 May/June

医療連携の一層の推進をめざして
 糖尿病センターでは、1998年に「糖尿病センターとの医療連携の会」を立ち上げ、以来10年間に亘って糖尿病診療に関心の高い先生方やコメディカルスタッフの方々に参集いただき、症例呈示と特別講演を中心に勉強会を開催してきました。
 糖尿病患者数が増加する一方、定期的に受診せず放置したり、通院を中断したりしてしまう人が少なくないのは大変憂慮すべきことです。4月から開始された「特定健診・特定保健指導」の新制度の中で、新たに糖尿病やその予備群と診断される人達がますます多くなることは容易に予測できます。増え続ける糖尿病患者さんを糖尿病専門医だけで診ていくことは到底不可能なことは言うまでもありません。そこで糖尿病診療ネットワークを構築し、地域全体として多数の糖尿病患者さんの診療にあたっていくために、地元の医師会の先生方と「地域連携パス」について現在検討しているところです。

「糖尿病センター研修プログラム」とは?
 東京女子医大糖尿病センターでは、良好な血糖コントロールの達成を願い、第一線で糖尿病患者さんの診療にあたっていらっしゃる先生方とのより緊密な連携を目指して、このたび「糖尿病センター研修プログラム」を企画いたしました。糖尿病診療に関心をお持ちで、これから糖尿病患者さんの診療に力を注ぐことを考えていらっしゃる医師を対象に行う研修プログラムです。内容は、糖尿病治療の基本、経口薬治療とくに病態に応じた経口薬の選択と併用の進め方、インスリン療法とくに外来でのインスリン導入とインスリン療法のさまざまなレジメなどを中心にしました。プログラムの中では、しばしば経験する代表的な症例も多数提示して討議したいと考えています。さらに、インスリン注射や血糖自己測定については少人数に分かれて指導のコツ、ポイントなどについて具体的に解説いたします。

糖尿病診療の輪を広げ、合併症を減らそう
「糖尿病センター研修プログラム」の開催に向けて、糖尿病センタースタッフ一同準備を進めています。今回は初めての試みですが、参加していただいた先生方との間により良い糖尿病診療ネットワークを構築し、それぞれの役割を果たしながら、糖尿病の治療成績を向上させ、合併症に苦しむ人を減らすことができればと願っています。
 


インスリン自己免疫症候群とは
 インスリン自己免疫症候群は、1970年平田幸正当センター初代所長によって世界に先駆けて報告された疾患概念で、自発性低血糖症のひとつです。
 その特徴は、(1) インスリン注射歴がないにもかかわらず重症の低血糖発作で発見される、(2) 患者血中には大量のインスリン(IRI)が存在する、(3) インスリン自己抗体が存在し、血中インスリンのほとんどと結合していることです。その後、インスリン自己免疫症候群は特定の HLA と強く相関することが明らかになり、(4) HLA-DR4(DRB1*0406)と強い相関をもつことも特徴のひとつとなりました。
 さらに、インスリン自己免疫症候群はこれまで、日本を中心とした極東アジアに多く発症するという特徴があります。これは HLA-DR4(DRB1*0406)がその進化過程から極東アジア、特に日本人に高頻度に見られることから説明することができ、本症候群が日本人で高頻度に報告されることを裏付けています。
 
誘発薬剤の存在
 以前よりメルカゾール®服用中のバセドウ病患者さんに低血糖症状が出現することが報告され、メルカゾールでインスリン自己免疫症候群を発症したバセドウ病患者さんが全員 DR4(DRB1*0406)を保持すること、メルカゾール中の SH 基がインスリンA鎖分子中の埋もれていた構造部分を表面化して、これが DRB1*0406 分子上で特異的に結合して自己抗原化し、それがTリンパ球を活性化し、インスリン自己抗体が産生される可能性が明らかにされてきました。
 その後チオプロニン(チオラ®)、グルタチオン(タチオン®)、ゴールドチオグルコース、カプトプリル、ペニシラミン、βラクタム系ペニシリンGなどとの因果関係も報告されました。これらの薬剤はいずれも SH 基を含む薬剤です。

強力な誘発薬物α-リポ酸の登場
 α-リポ酸は体内でジヒドロリポ酸に還元されて強力な抗酸化作用を発揮する物質です。欧米では、糖尿病性神経障害の治療薬として、日本でも聴力障害とか、亜急性壊死性脳症、ライ症候群の治療薬として使用されたことがありましたが、今日やせ薬とかアンチエイジングのサプリメントとして、とてももてはやされるようになりました。
 2003年、はじめてα-リポ酸により誘発されたと考えられるインスリン自己免疫症候群が報告されました。その後、糖尿病学会地方会などでα-リポ酸誘発インスリン自己免疫症候群の報告が目立つようになってきました。医学中央雑誌のデータベースからも同じトレンドがみてとれます。α-リポ酸誘発インスリン自己免疫症候群はメルカゾールのそれより多く報告されています。

アテンションプリーズ!
 サプリメント広告が毎日のように紙上やテレビのやせ薬広告を賑わしています。摂取するモノに対してしっかりした眼をもつように啓発していくことも、我々の務めと考えさせられます。アンチエージングサプリメントなどの流行は止めることは困難で、今後とも流布していくことでしょうが、かえって新しい疾患を発症させることのないよう、目を配っていく必要があります。
 


糖尿病足病変を重症化させる骨髄炎
 糖尿病足病変は、糖尿病神経障害、下肢循環障害および感染症が3大要因となって発症します。海外における2年間の追跡調査報告によると、足感染症例の約20%が骨髄炎を合併しており、非合併例に比し入院治療になる率が約56倍、足切断になる率が155倍であったと報告されています。
 骨髄炎の診断には骨の露出の有無の観察法、ゾンデを用いた接触法や単純X線検査法が用いられます。ゾンデ法は客観的評価として確立している簡易法であり、臨床の現場での実践に有用です。さらに診断精度の高いものとして、MRI 法、PET(18F-fluorodeoxyglucose positron emission tomography)や 99mTc-MOAB(mono-clonal antigranulocyte antibody)骨シンチ法があります。海外では糖尿病骨髄炎の診断目的で骨生検法が採用されているところもあります。特に有害な副作用はないといわれています。
 骨髄炎の起炎菌は、グラム陽性菌や陰性菌単独の例と、複数の菌の混在例もあります。繰り返す感染症で抗生剤を多用されている例では耐性菌の潜在も考慮する必要があります。特に鼻咽腔内保菌者は要注意です。また院内感染や市中感染症として骨髄炎にいたることもあります。
 最近の問題点は起炎菌が多剤耐性の MRSA(Methicillin-Resistant Staphylococcus Aureus)であることです。MRSA は足の軟部組織感染でも治癒遷延化をきたすのみならず、骨髄炎を合併すると悪化進行し敗血症に陥ったり、遠隔への転移性病変を形成したり、死亡することも稀ではありません。MRSA の抗生剤治療に関するガイドラインを順守し、薬物動態を考慮した実践が必要となります。MRSA による骨髄炎は抗生剤での保存的治療には限界があり、腐骨や骨髄炎の摘出術になることもあります。足切断も大切断にいたる例が多いのが特徴です。

感染症の臨床経過に適した検査
 発熱、足病変の観察がもっとも大事ですが、検査として血沈、CRP が参考となります。最近、血中 Procalcitonin が炎症のマーカーとして有用とされてきました。筆者らの経験では、CRP より迅速に病変の経過を反映しました。敗血症は救命のためにも迅速で正確な診断が要求されますが、現在の血液培養の結果が遅いため、血中 Procalcitonin 測定が今後普及するものと思われます。

Maggot therapy 療法
 これは昔、抗生剤がない時代に戦場での創傷治癒に使用されていた治療法です。現在は、特別な無菌蛆虫が人工的に生産されています。この無菌蛆虫を創部に付着させ、透明シートでカバーをします。すると、蛆虫が創部のデブリットメントを行い、創傷治癒促進を図るというわけです。本邦でもオーストラリア留学中に経験した外科医が導入し、普及を図っていますが、現在保険の適応はありません。一部では実施されています。多剤耐性感染症例に有用であるとの外国での実施報告があります。

人畜共通感染症による足病変
 糖尿病足潰瘍例の起炎菌として、犬猫から感染したと思われる菌が散見されます。創部に直接犬猫の接触があることもありますが、室内で飼っていて、間接的に感染がおこる場合もあります。足病変以外には無症候性のことが少なくありません。
 足病変以外に、犬猫に咬まれた場合早急に治療しないと壊死性筋膜炎にいたることがあります。観賞用の魚に触れ、劇症感染性皮膚壊疽となり、死亡する例もあります。ペットを飼っているかどうか、問診ではその点を必ず聴取することがとても大切です。

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