DIABETES NEWS No.103
 
No.103 2008 March/April

「糖尿病治療ガイド 2008-2009」
 糖尿病治療の基本を小冊子としてまとめ、主として実地医家の先生方の日常診療に役立てていただくためのガイドブックを日本糖尿病学会から刊行するようになって9年経ちました。この間1、2年毎に改訂を重ね、最新のエビデンスに基づく治療指針が提示されてきました。このたび、新しい内容を盛り込んだ「糖尿病治療ガイド 2008-2009」が出版されましたので、今回の主な改訂のポイントを中心にとり上げました。

治療ガイド改訂のポイントは?
 「糖尿病治療ガイド 2008-2009」版で新たに盛り込まれた改訂のポイントは、次のような点です。
 まず、今春から開始されます「特定健診・特定保健指導」についてとり上げ、Step 1~Step 4 までの各段階について簡潔に示されています。現在、メタボリックシンドロームを大きなターゲットにした新しい健診システムと事後指導の進め方について、全国で準備が進められていますが、新しい制度を理解していただく一助になると思います。
 最近注目されている劇症1型糖尿病は、1型糖尿病の亜型として今川らによって報告されました。劇症1型糖尿病は、膵β細胞の破壊がきわめて急激に進み、インスリン分泌が短期間のうちに枯渇してしまう結果、重篤なケトアシドーシスに陥り、診断が遅れると生命の危険があります。今回の改訂では、劇症1型糖尿病の診断基準などが新たにとり上げられました。

小児糖尿病・認知症・歯周病など
 最近、生活習慣の欧米化によって若年発症の肥満2型糖尿病が増えてきていますが、小児糖尿病についての記述にも新たに頁をさいています。
 認知症を合併した糖尿病患者さんも、近年増加しているように思います。認知症の糖尿病患者さんの薬物治療を適切に進め、よりよいコントロールを達成するにはどうすればよいか、医療スタッフを悩ませる大きな問題です。
 さらに、新しい項目として、糖尿病と歯周病についてとり上げられています。
 これらの項目は、いずれも臨床的には重要なことですが、これまで「糖尿病治療ガイド」にとり上げられていなかったものです。
 新たに登場した糖尿病治療薬やいわゆる後発品の経口糖尿病薬、血糖自己測定用の新しい簡易血糖測定器についても、前回同様一覧表にまとめられているので便利です。
 


糖尿病性多発神経障害の診断
 糖尿病性多発神経障害(DPN:diabetic peripheral neuropathy)は代表的な糖尿病性神経障害ですが、国際的に認められた診断基準はありません。我が国には神経症状とアキレス腱反射と振動覚検査から判定する簡易診断基準がありますが、糖尿病以外の疾患をすべて除外することが必須条件です。

DPN に否定的な症状や所見
1)上肢だけの神経症状
 神経症状を下肢に認めず、上肢や手だけに認めるとき DPN は否定的で、頚椎症、手根管症候群、単神経障害などを疑います。DPN は長い神経から障害されるため、手より足、足でも足先から障害されます。
2)明らかに左右非対称の神経障害
 脊椎や中枢神経疾患、末梢循環障害や絞扼性神経障害をまず疑います。(多発)単神経障害や根障害の可能性もあります。
3)感覚異常より筋力低下が主症状
 AIDP (acute inflammatory demyelinating polyneuropathy) (Guillain-Barré 症候群)、CIDP (chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy)(慢性炎症性脱髄性多発神経障害)、ミオパチーや甲状腺・副腎疾患を疑います。DPN は感覚優位の障害です。
4)病的反射を認める
 DPN は否定的で、中枢神経疾患や悪性腫瘍の脳転移を疑います。
5)血糖コントロールが良いにもかかわらず、神経障害が進行する
 CIDP などの神経疾患、整形外科的疾患、血管障害を疑います。同時に、説明できない体重減少を認めるときは治療後有痛性神経障害や癌性ノイロパチーを考えます。
6)立位、歩行や体位変換で症状増悪、臥位安静で軽快する
 脊椎や関節の整形外科的疾患を疑います。DPN の下肢神経症状の多くは体位変換で変化しません。
7)急性発症の神経障害
 脳血管障害、帯状疱疹、脊髄の動脈閉塞や感染症をまず疑い、糖尿病性単神経障害や根障害の可能性もあります。
8)自律神経障害が目立つ
 Shy-Drager 症候群や汎自律神経障害、アミロイドーシスなどをまず疑います。
9)腎不全や閉塞性動脈硬化症を合併
 虚血性神経障害をまず疑いますが、DPN の合併もあります。

代表的な鑑別疾患
1)手根管症候群
 夜間~早朝時、第1~3指手掌側のしびれや痛みで、中高年女性に多くみられます。左右差があり、進行すると母指球筋が萎縮します。Tinel 徴候や示指過伸展試験、正中神経伝導検査で診断します。代表的な圧迫性神経障害ですが、眼筋麻痺などの糖尿病性単神経障害とは発症の仕方や機序、臨床経過や治療法が異なります。
2)脊柱管狭窄症
 血糖コントロールに関係なく、片側下肢のしびれや痛みが立位や歩行で悪化し、臥位安静や入浴で軽減します。椎間板ヘルニアや脊椎辷り症が代表的疾患です。
3)閉塞性動脈硬化症や末梢循環不全による虚血性神経障害
 しびれや冷感などの下肢神経症状に左右差を認め、患側の足背動脈や前・後脛骨動脈が触れにくい。足先の皮膚が蒼白で冷たく、脱毛や爪の変形をしばしば伴います。運動や加温で、一時的に症状が改善することがあります。
4)アルコール性神経障害
 両側足底部のほてりやしびれの症状が多くみられます。日本酒3合か、ビール3本以上、10年以上の飲酒歴があり、膝蓋腱反射が亢進ないし正常、自律神経障害は少なく、禁酒による神経症状の変化(軽減か増悪)、鎮痛剤抵抗性などが特徴です。
5)CIDP
 血糖コントロールに関係なく、進行性の筋力低下が主な症状で、感覚異常を伴うこともあります。痛みや自律神経障害は少なく、免疫グロブリンや血漿交換が有効です。
 


血糖コントロールを主目的とした短期入院とは
 現在、糖尿病センターでは1週間で血糖コントロールと糖尿病合併症の精査および糖尿病についての勉強ができるプログラム「血糖コントロールを主目的とした短期入院」を取り入れています。入院期間は、日曜日に入院し翌週土曜日に退院する1週間です。個室あるい2人部屋を用意し、前もって日程の指定が可能であり、希望があれば2週間の入院も可能となっています。このため、血糖コントロールが悪いが仕事が忙しくて入院できないという患者さんでも、仕事のスケジュールを調整して入院できるというメリットがあります。

血糖コントロールと合併症の精査
 表 糖尿病教室と栄養指導
糖尿病
教室
 月曜日 糖尿病とは
火曜日糖尿病の合併症:急性合併症、慢性合併症
水曜日日常の諸注意、低血糖対策、シックデイルール
木曜日糖尿病の治療:食事療法、薬物療法
金曜日運動療法
栄養
指導
月曜日糖尿病の食事療法を理解するコツ
火曜日外食料理の上手なとり方~入門編
外食料理の上手なとり方~実践編
水曜日糖糖尿病の食事療法を身につけるポイント
木曜日高血圧、高脂血症の方の食事の注意点
金曜日糖尿病性腎症の食事療法~入門編
糖尿病性腎症の食事療法~実践編

 入院後は、食事・運動療法のもとに血糖コントロールをします。必要であれば経口血糖降下薬やインスリン療法の開始、量の調整を行います。入院中の検査は、糖尿病の現在の状態、および合併症の評価をするために行ないます。食事負荷試験あるいはグルカゴン負荷試験、尿中C-ペプチドの測定でインスリン分泌能の評価を、また合併症の検査として神経検査、眼底検査(眼科受診)、腎機能評価(尿中アルブミン、尿蛋白の測定)、さらに動脈硬化の評価をするために脈波伝播速度(PWV)を測定します。そのほか腹部エコー検査も行っています。

糖尿病教室、栄養指導
 糖尿病教室と栄養指導は、入院中の患者さんまたそのご家族全員を対象に、毎日行っています。付表のプログラムにより、糖尿病と食事・運動療法の知識が1週間で習得できるようになっています。
 糖尿病教室では月曜から金曜まで医師、看護師、運動トレーナーにより1時間の講義があり、栄養指導は管理栄養士により行われます。さらに詳しい個別の栄養指導も行われます。

コメディカルスタッフ一丸となって
 短期入院中は、糖尿病認定看護師や糖尿病療養指導士(CDEJ)取得のコメディカルスタッフを中心に糖尿病教育に携わる体制をとっており、看護師による日常生活指導、インスリン注射中の方にはインスリン注射・血糖自己測定の指導、薬剤師による服薬指導、さらに上記のような管理栄養士による教室、運動トレーナーによる運動教室が行われます。このように当センターでは多くの職種が協力し一丸となって、糖尿病教育に力を注いでいます。

入院して良かった!
 当センターで行っている血糖コントロールを主目的とした短期入院を紹介いたしました。1週間の入院ではありますが、糖尿病に関する治療、検査、教育が凝縮されたシステムであり、患者さんからも入院して良かったというお言葉を多数いただいています。生活習慣病である糖尿病のコントロールが外来では難しい患者さんをぜひご紹介ください。この短期入院の経験を通して、将来の良好な血糖コントロールの維持と合併症の進展予防につながると考えております。

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