DIABETES NEWS No.10
    No.10
     1987 
     SUMMER 
 

公共建築物としてのあり方
 このたび、糖尿病センターの新しい建物ができあがりました。かねて、東京女子医大理事長は、「病院の食事がまずいのは、温かければおいしい食物を冷たくして出すからで、そのようなことがあってはならぬ」といっておられました。もちろん、このことに代表される病院の不備は数限りありません。
 新糖尿病センターは、糖尿病センターだけの建物であるので、気のつく限りの配慮をしたつもりですが、できあがってみると、またそれなりに不満もあります。何よりも不思議なことは、意外に建具がきゃしゃの感じが方々に認められるのです。新建築は、ボタンにちょっとさわるだけで便利であるものの、力一杯押したり引いたりすると、すぐガタがきてしまうようです。もちろん、火災その他には万全を期しているものの、同時にドアの鍵などの建具についても、公共物であるので頑丈さが望まれます。

中で働く人たちのあり方
新糖尿病センター正面
 それ以上に大切なこととして、大学病院の中で働く人たちに求められる共通した考え方の問題があります。
 古い時代には、患者はだまって医師の指示に従うというルールがありました。医師は患者を治す責任者であるから全てを任すべきであるという考え方です。大学は研究の場であるとして、効果があるかないか不明の薬を試験する場となったりしたこともあります。動物実験で効いただけの薬、さらには理論的には効くはずと考えただけの薬を、いきなり患者に使った大学者さえいたのです。
 今日、このようなことは厳しく排除されています。効果の有無をみる二重盲検法は、患者の同意なしには絶対に行うことはできません。

科学者である前に人間であれ
 先年、ある薬の効果確認のため、対照として毎日2時間かけて明らかに無効の偽薬を静脈内に入れることになる試験を行う、という某大学の内科教授の話に反対したところ「それでも科学者か」といわれました。
 これに対する私の答えは「それでも人間か」です。このような負担の大きい二重盲検法に喜んで応じる患者は少ないであろうし、たとえいたとしても、科学者である前に医師として、患者に大きい負担をかけ、治療上の効果不明の検査には応じることはできないのです。
 


経口血糖降下剤の誕生
 1955年にカルブタミド、ついで翌年トルブタミドという血糖を確実に下げる内服剤が出現したときの感激は、今でも忘れることができません。ストレプトマイシンが出現して、結核が劇的に治癒するようになったときの衝撃に次ぐものでした。
 私が医師になろうと志した原動力は、結核に対するものでした。糖尿病に興味を持ち始めたのは、ストレプトマイシンが使用されるようになっても、糖尿病があると結核が良くなりにくいという時代に入っていたからでもあります。ちょうどこの頃、全く思いがけずインスリンの代わりに服用して効く血糖降下剤が出現しました。当時のインスリンは、まだ純度が低く、もちろんインスリンの自己注射なども一般化していない時代でした。

低血糖の頻発した初期の投与法
 1961年に発刊された、経口血糖降下剤のバイブルともいえる本(Creutzfeldt, W.et.al. : Oral Treatment of Diabetes)が手もとにあります。この本には、経口剤を用いる時は、当初、大量から開始し、効果が出たら次第に減量すると書いてあります。カルブタミドやトルブタミドは大量の1日3gから開始することと説き、低血糖はきわめて稀で問題にならないとしています。今から思えば実に大胆な話で、これが1975年を中心とする日本における低血糖トラブル頻発の原因となりました。当時、経口剤の胃腸障害は大きい副作用で、食後投与とされていました。

進歩した現在の投与法
 ところが、現在では、経口剤の進歩および薬理作用に対する知識の進歩から、第2世代のスルホニルウレア剤を朝食前30分に少量から開始するというように変わってきています。具体的にはますグリクラシド1錠(40mg)を朝食前に1日1回投与でスタートしてみますと、それだけでかなり多くの患者さんに有効なことがわかってきました。しかも、低血糖の副作用も意外に少ないのです。近年における経口剤の一つの進歩といえます。
 


 一生を透析療法を受ける患者として過ごさねばならない糖尿病性腎症は、その初期において、食事療法あるいは薬物の使用などにより血糖や血圧をしっかりとコントロールすることによって病変の進行を抑えることができます。
 これに対して、体内に尿毒症物質の蓄積を認める状態にまで悪化し、食事療法などの保存的な治療では太刀打ちのできない糖尿病性腎症、すなわち腎不全となった腎症は、つぎのような方法で治療されています。

透析療法への導入は早めに
 糖尿病がありますと、神経障害、視力障害、壊疽、心不全、動脈硬化症、高血圧など、多くの合併症を持つようになります。このため、糖尿病性腎症の患者さんには、通常の慢性腎炎などによる腎不全より比較的早い時期での透析療法への導入が勧められるのです。
 透析療法は、血液を人工腎臓という機械に通すことによって体内の老廃物を除去する方法と、透析液を腹腔内に入れて腹膜に腎臓の働きのかわりをさせるものに大別され、前者は血液透析、後者は腹膜灌流と呼ばれています。

糖尿病息者のための血液透析法
 糖尿病患者さんの場合、通常の血液透析法では、血圧の低下、悪心、嘔吐などの不快な症状を起こし易いため、体液の酸性物質の中和剤として重炭酸を使用したり、透析液のNa濃度を患者さんの状態に合うよう調節するなどの工夫を凝らします。また、血液濾過法という生体腎により近い機能を持つ血液浄化法も開発され、実用化されています。

CAPD は難しくない











 腹膜灌流は、携行型人工腎臓とでも呼ぶべき continuous ambulatory peritoneaI dialysis (CAPD) へと発展し、欧米では糖尿病性腎症に対する治療の主流になっています。種々の理由で血液透析法の継続が困難な患者さんに実施されますが、週8~12時間、完全に拘束される血液透析法と違って、生体腎と同様、絶えず血液の浄化が行われるので、完全な杜会復帰を望む患者さんが最もよい適応といえそうです。患者さん自身の手で、1.5~2リットルの透析液を腹腔内に入れたり、出したり、という操作を1日3~4回反復しなくてはいけませんが、短期間入院して練習すれば、容易に行えるようになります。

腎移植も進んでいる
 最後に、腎移植ですが、最近の進歩は著しく、欧米を中心として、80~89という高い生着率が得られています。成功すれば腎不全から完全に逃れることができ、日本でも今後、期待される治療法の一つになるでしょう。

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