DIABETES NEWS No.189

 
No.189 2024 Summer・Autumn

週1回投与型基礎インスリン "インスリンイコデク"
(Insulin icodec)の
有効性と安全性

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
助教
望月 翔太
東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
准教授
三浦 順之助

 1921年にインスリンが発見されて今年で103 年経ちますが、この間に様々なインスリン製剤が開発されてきました。本稿ではこれまでのインスリンで作用時間が最も長い週1回投与の基礎インスリン製剤イコデク(以下イコデク)の有効性と安全性について、イコデクの第 3 相試.験.プログラムである ONWARDS 試験の結果に基づき述べたいと思います。ONWARDS 試験は1 型糖尿病または2 型糖尿病の成人患者 4,000 例以上を対象とした6つのグローバル試験です。


 インスリン投与歴のない2型糖尿病患者492人を対象とした臨床試験(ONWARDS   1)では、イコデク群とインスリングラルギンU100(以下グラルギン )群を 1:1 に無作為に割り付け、52 週のHbA1c値を比較しました。イコデク群は8.50%から6.93%、グラルギン群は8.44%から7.12%に減少し、イコデクの非劣性(p<0.001)および優越性(p=0.02)が確認されました。48 週~52 週の血糖値の目標範囲内(70~180mg/dL)の時間は、イコデク群 71.9 %、グラルギン群 66.9%でありイコデク群で有意に高値でした(p<0.001)。52週のレベル2(臨床的に重要)またはレベル 3(重度)の低血糖の割合はイコデク群で0.30件/人年、グラルギン群で0.16件/人年(推定発生率比 1.64;95%CI 0.98~2.75)であり、両群で同程度と報告されました(N Engl J Med 389: 297-308, 2023)。(以下デグルデク)1日 1回投与+プラセボ週 1回投与群( デグルデク群)に、1:1で無作為に割り付け、26 週後のHbA1c 値を比較しました。イコデク群でベースラインの8.6 % から7.0 % に、デグルデク群では 8.5%から7.2%まで低下し、イコデク群のデグルデク群に対する非劣性が示されました。レベル 2 と 3を合わせた低血糖の発生率は、26週まではイコデク群で有意に高値(0.35件vs.0.12件、p=0.01)でしたが、31 週では有意差は認めませんでした(0.31 件vs.0.15 件同順 、 p=0.11)(JAMA  330:228-237, 2023)。


 最後に1型糖尿病患者を対象とした『ONWARDS 6』では、日本を含む 12カ国 99施設の 582人がイコデク群(n=290)とデグルデク群(n=292)に無作為に割り付けられました。26 週後のHbA1cのベースラインからの 推定平均変化率はそれぞれ-0.47%、-0.51%で、イコデ クのデグルデクに対する非劣性が確認されました。しかし、レベル2または 3の低血糖の発生率はイコデク群で有意に高値でした(イコデク群:19.9%、デグルデク群:10.4%、p<0.0001 )( Lancet 402:1636-1647,2023)。


 以上の結果から、イコデクの血糖改善効果は1型・2型糖尿病患者ともに従来の基礎インスリンと比較し非劣性もしくは優越性を示しました。一方で1型糖尿病患者への投与では低血糖が増加する可能性も確認されました。近年高齢化が進み、糖尿病をもつ高齢者のインスリン注射手技の取得、打ち忘れや打ち間違い、低血糖への対応などが問題となっています。イコデクの登場により、介護の現場では週 1 回の訪問看護の際に看護師に注射してもらう、または家族も週 1 回であれば注射できるというケースもあり、インスリン療法の選択の幅がひろがってきました。ただし、シックデイで食事摂取量が減った場合の低血糖対策は必要です。イコデクの使用にあたっては、患者背景含めリスクとベネフィットを十分検討したうえで使用することが大切です。


 

心血管病発症予防を考慮した
GLP-1受容体作動薬
の使い方:
SGLT2阻害薬との比較

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
助教
山本 唯
東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
講師
花井 豪

 現在本邦では、Gastric Inhibitory Polypeptide (GIP)/ Glucagon Like Peptide-1 (GLP-1) 受容体作動薬であるチルゼパチドを含む注射薬 7剤、経口薬1剤、計8種類のGLP-1受容体作動薬 (GLP-1RA)が使用可能となっています。LEADER trialをはじめとした、これまでの大規模ランダム化比較試験 (RCT) において、GLP-1RAの心血管病発症抑制効果が明らかにされています (Diabetes Care 2024 ; 47 (Suppl.1):S179-S218)。これを踏まえ、日本糖尿病学会からのコンセンサスステートメント「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」では、心血管疾患を合併した2型糖尿病患者において、sodium glucose co-transporter 2 阻害薬 ( SGLT2i ) に次いで、GLP-1RAが推奨されています ( 糖尿病 2022 ; 65:419-34)。本稿では、最近BMJ誌に掲載された RCTのシステマティックレビューおよびメタ解析 (BMJ 2023;382:e074068) を中心に、GLP-1RAの心血管病発症抑制効果について、さらにはSGLT2iとの比較について考えてみたいと思います。


◆ GLP-1RAはすべての心血管病発症を抑制?

 上述のBMJ 論文は、GLP-1RA 、SGLT2i 、その他の糖尿病治療薬、非ステロイド型ミネ ラルコルチコイド受容体拮抗薬の効果を検証し、24週以上の追跡期間を有する816のRCT 、計471,038 名の2 型糖尿病患者を対象としています。なお、この論文では、network  meta- analysis という手法が用いられ、直接的な薬剤間比較に加え、間接的な薬剤間比較を可能にしています。また、チルゼパチドは、その他のGLP-1RAと分けて解析が行われています。

 このメタ解析において、GLP-1RAは、標準治療 (対照群) に比し、大規模RCTの主要評価項目3-point MACEの3つの構成因子である、心血管死、非致死性心筋梗塞、 非致死性脳卒中の発症をいずれも10~15% 程度有意に抑制していました。さらに、心不全による入院、末期腎不全の発症も同程度抑制していました (B M J 2023;382:e074068)。他のメタ解析でも、概ね同様の結果が報告されています  ( Lancet   Diabetes Endocrinol  2021;9:653-62、 J  Clin  Endocrinol Metab 2023;108:1806-12)。


◆ SGLT2iの心血管病発症抑制効果

 では、SGLT2i についてはどうでしょうか。 SGLT2i もGLP-1RAと同様、心血管死、非致死性心筋梗塞の発症リスクを 10~15 % 程度有意に低下させていました。心不全による入院および末期腎不全発症に関しては、30~35 % そのリスクを軽減していました。一方、非致死性脳卒中の発症については、オッズ比 0.99 ( 95 % 信頼区間 0.88-1.11) と、脳卒中発症抑制効果は認めませんでした (BMJ 2023;382:e074068)。脳卒中に関しては、別のメタ解析でも同様の結果が報告されており(J Clin Endocrinol Metab 2023;108:2134-40 Cardiovasc  Diabetol  2023;22:57 ) 、現状では、「 SGLT2iに脳卒中発症抑制効果はない」と言わざるを得ません。


◆ おわりに

 GLP-1RAの脳卒中発症抑制効果は、SGLT2i にない特徴であり、脳卒中治療ガイドライン 2021〔改訂2023〕(編集:日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会)でもその旨が記載されています。一方、SGLT2iは、その強い心・腎不全発症抑制効果から、少なくとも心疾患や腎症を有する糖尿病患者さんでは、GLP-1RAより先んじて使用されるべきかもしれません。

 我々糖尿病医は、心血管病発症予防効果と一括りにするのではなく、個々の患者さんの病態にあわせたadditional  benefit を考慮し、GLP-1RA 、 SGLT2iを選択していく必要があると思われます。


DIABETES NEWS No.188

 
No.188 2023 Autumn・Winter

糖尿病性腎症病期分類2023

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
教授・基幹分野長
馬場園哲也

 日本糖尿病学会、日本腎臓学会、日本透析医学会および日本病態栄養学会の代表者からなる糖尿病性腎症合同委員会は、2014年に発表された糖尿病性腎症病期分類の一部を改訂しました。私は新しい病期分類の策定に関与しましたので紹介したいと思います。なお詳細は、各学会誌に掲載された委員会報告1-4)を参照してください。


◆腎症病期分類改訂の背景

 今回の改定に至った理由の1つとして、1991年にわが国で初めて策定された腎症病期分類から2014年分類まで、一貫して用いられてきた「腎症前期」および「早期腎症期」という病期名の変更が必要と考えられたからです。「腎症前期」は腎症の合併がない時期と解釈あるいは誤解される場合が多かったこと、また早期腎症期は腎症が軽症の時期と認識され、必ずしも早期治療に結つかないことが懸念されました。


◆病期名の変更

 このことから新分類では、「第1期(腎症前期を「正常アルブミン尿期(第1期)」、「第2期(早期腎症期)」を「微量アルブミン尿期(第2期)」、「第3期(顕性腎症期)」を「顕性アルブミン尿期(第3期)」、「第4期(腎不全期)を「GFR高度低下・末期腎不全期(第4期)」、「第5期(透析療法期)」を「腎代替療法期(第5期)」へ、各病期名を変更しました。


◆eGFRのカットオフ値

 さらに今回の改定に際して議論になったのは、第1、2、3期と第4期を区分する推算糸球体濾過量(eGFR)のカットオフ値である30mL/分/1.73m2を変更するかどうかという点でした。CKD重症度分類では、CKDの定義の1つがeGFR60未満とされています。糖尿病性腎症もCKDであることから齟齬が生じるのではないかという意見がありました。
 この点に関しては、現時点でeGFRによる定義変更の必要性を示唆する新たなエビデンスが発出されていないことや、eGFRのカットオフ値を引き上げることにより、特に高齢者の腎症有病率を著しく増加させること、またそのことが社会的なスティグマに繋がる可能性を考慮しました。今回の改定では、「正常アルブミン尿期(第1期)」はアルブミン尿が正常でeGFR 30以上のみで定義し、糖尿病性腎症あるいは他のCKDの存在を否定している訳ではありません。アルブミン尿が正常であってもeGFRが60未満の糖尿病患者では、糖尿病性腎症以外のCKDの鑑別が必要であることを明記しました。

 この分類はわが国独自のものです。今後わが国からのエビデンスの蓄積を期待したいと思います。

1) 糖尿病2023; 66(11): 797-805
2) 日腎会誌2023; 65(7): 847-856
3) 透析会誌2023; 56(11): 393-400
4) 日病態栄会誌2023; 26: 195-202


 

肥満症診療ガイドライン2022

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 講師
大屋純子

 平成元年国民健康・栄養調査報告によると、40~50歳台男性の約4割がBMI 25.kg/m2以上、約1割がBMI 30kg/m2以上であり、減量により肥満に伴う健康障害の改善、生活の質の維持・向上を目指すことが求められます。
 日本肥満学会は2006年より肥満症診療ガイドラインを発表し、2016年に改定しています。その後、肥満症に対する国内外の知見が増えたことや、高度肥満症への外科療法が保険収載され、その有用性が検証されていることなどから、2022年に6年ぶりの改訂が行われました。


◆改定のポイント

 改定の大きなポイントとして、「高度肥満症」、「小児の肥満と肥満症」、「高齢者の肥満と肥満症」、および「肥満症治療薬の適応および評価基準」の4章が追加となっています。また、前版では巻頭図表であった主要図表が解説付きで第1章として独立しており、まずこの章を一読することで全体像を理解することができるようになりました。また、肥満者に対する社会的・個人的スティグマ(オベシティスティグマ)解消への提言も記載されています。


◆高度肥満症の治療

 BMI 35kg/m2以上の肥満を高度肥満、さらに健康障害または内臓脂肪蓄積がある場合を高度肥満症と定義します。高度肥満症では多くの方が心理社会的な問題を有し、オベシティスティグマが医療者にも蔓延し治療の発展を妨げていることが懸念されています。一方で内科的治療に抵抗性であることが多く、外科治療も検討されます。
 2014年に保険収載された腹腔鏡下スリーブ状胃切除術は、2022年の診療報酬改定でBMI 32~34.9kg/m2でも、糖尿病・高血圧・脂質異常症・睡眠時無呼吸症候群のうち2つ以上を合併する場合に適応となりました。BMI 32kg/m2以上の2型糖尿病で、6か月以上の内科治療でも体重減少や血糖コントロール改善がみられない場合には外科治療の検討が提案されています。手術を検討する際には、術前後のメンタルヘルス専門職による心理的ケア・サポートが重要です。


◆高齢者肥満の特徴

 高齢者では、身長が短縮するためにBMIが実際より高値になる場合があることや、筋肉量減少によるサルコペニア肥満が存在することに注意が必要です。減量は肥満による変形性膝・股関節症が改善しQOL改善に寄与する一方で、減量に伴う骨格筋量の減少によるフレイルや関連する死亡リスク上昇が危惧されます。そのため、減量の必要性を十分に検討する必要があります。65歳以上ではフレイル予防および健康障害の発症予防の両者に配慮し、目標BMIは22~25kg/m2とされています。


◆肥満症治療薬の適応

 11章に追加された「肥満症治療薬の適応および評価基準」では、有効な薬剤を適切に届けるための臨床開発目標が示され、必ずしも今後発売される肥満症治療薬使用を推奨するものではない、とされています。
 本ガイドラインの中で、薬物治療としては、糖尿病に適応のあるGLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬、またマジンドールについての記載があります。2023年2月に内臓脂肪減少のOTC医薬品(肥満症は適応外)として承認されたオルリスタットや、3月に肥満症の適応を承認されたセマグルチドなど新しい薬剤については今後のエビデンスの蓄積が期待されます。


 

小児・思春期に発症した1型糖尿病のある方はうつ症状の合併頻度が高い
-DIACET研究より-

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 講師
小林浩子

 小児・思春期は肉体的・精神的・社会的な発達段階の途中であり、この年代で慢性疾患を発症すると、病を抱えた自分という存在をどのように捉えていくのかで悩み、心理社会的な問題を抱えやすいことが知られています。1型糖尿病の発症ピークは乳幼児期と思春期ですが、その年代の1型糖尿病患児は同年代の児と比較して、うつの頻度が高いと報告されています。
 一方、成人においても1型糖尿病のある方は、ない方に比べて2.4~3.8倍うつが多いとの報告があります。東京女子医科大学糖尿病・代謝内科に通院中の7,000人以上の方にご協力いただいたDIACET2012研究では、1型糖尿病の方のうち、14.5%で中等度以上のうつ状態を呈していました(石澤ら 東女医誌:87, 2017)。
 1型糖尿病とうつの合併について、発症年齢による影響を調べた報告はなく、わたしたちは発症年齢別にうつ状態の併発頻度を調査し、合併症との関連を検討しました(Takaike et al. J Diabetes Investig. 13:9, 2022)。


◆発症年齢が低いほどうつの合併頻度が高い

 前述したDIACET2012では自己記入式質問票による調査を行っていますが、その中でPatient Health Questionnaire(PHQ‒9)という、うつ状態を評価する質問項目を含んでいます。PHQ‒9の総合得点(0~27点)から、中等度以上のうつ状態(10点以上)を呈した方の頻度を調査しました。対象は40歳以下で1型糖尿病を発症した1,279名(女性68%)で、調査時年齢.40±13(平均±標準偏差)歳、罹病期間.21±11年、HbA1c 7.8±1.2%でした。中等度以上のうつ併発頻度は発症時年齢12歳以下(413名)で21%、13~19歳(259名)で18%、20~40歳(607名)で13%であり、発症時年齢が低いほど有意に高率でした(p<0.05、Cochran-Armitage検定)。また19歳以下で発症した方のうち、うつ症状を認めた131名では、症状がなかった541名と比較しHbA1cが有意に高く(8.6±1.8% vs 7.6±1.0%, p<0.001)網膜症が多く(52% vs 32%, p<0.001)、神経障害による自覚症状が多く認められました(41% vs 15%, p<0.001)。ロジスティック回帰分析ではうつに対して無自覚低血糖の既往が有意に関連しました(オッズ比1.7、95%信頼区間 1.04-2.79,p<0.05)。


◆糖尿病治療法の進歩

 今回の研究の対象者は1型糖尿病の平均罹病期間が20年以上であり、1990年前後に発症した方々を対象としています。超速効型・持効型インスリン、カーボカウント、CGMがなかった時代に発症しており、近年に発症した小児・思春期1型糖尿病の方と比較し、治療の負担が大きかった可能性があります。このような糖尿病治療の進歩がうつ症状に対してどのように影響するかについて、今後明らかにする必要があります。


◆うつのスクリーニングと心のケア

 糖尿病にうつを併発すると、糖尿病治療への意欲が低下し、血糖管理が困難となるために、急性・慢性合併症の出現・進展のリスクが高くなります。一方慢性合併症への不安や合併症によっておこる身体機能の制限が、うつ病の要因や増悪因子となることが指摘されています。このように、うつと糖尿病は双方向性に関連することから、このような悪循環に陥らないことが重要です。


 若年で1型糖尿病を発症すると、その後の長い人生をずっと病と共にすごすこととなります。成人診療科の医療者は、小児・思春期に発症した方が1型糖尿病との付き合い方に慣れていると思わずに、小児科から移行後も必要に応じてうつのスクリーニングを行い、心のケアを行うことが重要です。うつを早期に発見して介入・治療を行うことが、糖尿病の予後を改善することにもつながります。


DIABETES NEWS No.187

 
No.187 2023 Spring・Summer

第57回糖尿病学の進歩を
開催しました

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野
教授・基幹分野長
馬場園哲也

 ご報告が大変遅くなりましたが、2023年2月17日から18日までの2日間、第57回糖尿病学の進歩のお世話をさせていただきました。コロナ禍のため、第54回から昨年の第56回まではWEB開催が続きましたが、今回は東京国際フォーラムでの現地開催に、WEB配信を併用したハイブリッド開催でした。全国の新型コロナウイルス感染者数がなお増減を繰り返しているなか、準備段階でどのような開催形態が可能かを模索しておりましたが、2022年5月の日本糖尿病学会年次学術集会を神戸大学の小川渉先生がハイブリッドで無事開催されたこともあって、「進歩」もハイブリッドで行うこととしました。

 時期的には新型コロナウイルスのオミクロン株による第8波の流行が急激に収まりつつあり、2日間とも天候に恵まれ、また世話人の日頃の行いが良いこともあって、五千名を超える方々にご参加いただきました。多くの先生方に、素晴らしい会であったとほめていただきました。日本糖尿病学会が誇るそれぞれの領域のエキスパートの先生が素晴らしいご講演をいただいた結果です。このことを「進歩」の閉会式で申し上げましたが、予想どおり、閉会式はほとんど身内だけの参加であったため、この紙面でお礼を申し上げます。幸い現時点では、「進歩」開催後全国の糖尿病専門医療施設でクラスターが発生している様子はないことから、世話人として安堵しております。

 この3年間、多くの学会や研究会がリモートで開催されてきました。リモート開催の利点として、遠方に出張しなくても自宅で横になりながら気軽に視聴できること、チャットなどを利用して気軽に質問ができること、オンタイムで視聴できなくても自分の都合に合わせてオンデマンド視聴が可能なこと、また私学の教授としては、学会に参加する医局員の出張旅費を節約できること、などでしょうか。特に通常診療の都合で平日に開催される学会に参加できない先生方やメディカルスタッフから、開催後しばらくオンデマンドで視聴できて良かったとのご意見をいただきました。そのような利点があるにもかかわらず、やはり対面で、会場の雰囲気を読みながら、そして相手の顔色を窺いながらの質疑応答は、とてもリモートでは困難です。セッションが終了後、会場の外で演者に直接細かいことを質問することや、同窓の先生と旧交を温めるなど、顔を合わせることも大切であると実感しました。

 今後withコロナにおけるニューノーマルな学会開催形態を模索する必要がありますが、当面は現地開催を中心に、リモートで補う開催形態が望ましいと思いました。2024年2月の第58回糖尿病学の進歩(世話人 近畿大学池上博司教授)の成功を祈念しております。


 

糖尿病性腎症による
透析導入率が低下している

東京女子医科大学  内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 助教
吉田 直史

 近年、多くの国で腎代替療法を必要とする末期腎不全の発症率が安定または減少していますが、日本では人口の高齢化、糖尿病や高血圧などの併存疾患の増加や透析前患者の生存率の向上により、近い将来末期腎不全患者の増加が予測されます。そのため、腎代替療法を必要とする末期腎不全の負担を軽減する効果的な戦略が必要です。
 日本透析医学会の登録データを用いた以前の研究では、1983年から2000年にかけて、糖尿病性腎症の透析導入患者が急速に上昇したことが報告されていますが、最近の原発性腎臓疾患別の動向については不明です。そこで日本における原発性腎疾患別の腎代替療法発症率の最近の傾向について調査されました(Nephrology. 2023;28:119‒129)。
 この研究では、日本透析医学会腎臓データ登録および国勢調査のデータを用いて2006年から2020年までの日本人における腎代替療法の発生率の推移が評価されました。腎代替療法を必要とする末期腎不全の年間発生率は成人の腎代替療法患者数を国勢調査による年齢・性別ごとの住民推定人口で割ったものとして計算し、人口100万人当たり(ppm)または年齢別人口100万人当たり(pmarp)で表しました。発生率は20歳以上39歳以下、40歳以上59歳以下、60歳以上74歳以下、75歳以上84歳以下、85歳以上の年齢帯を用いた直接法により世界標準人口(WHO2000-2005)に年齢調整しました。
 糖尿病性腎症による腎代替療法患者数は、男性では15%(2006年の10,190人から2020年の11,700人)、女性では16%(2006年の4,760人から2020年の3,990人)減少しました。
 年齢標準化腎代替療法発生率の推移は、原発性腎臓病の種類によって異なり、糖尿病性腎症による腎代替療法の発生率では、男性で5%(148.6ppmから140.8ppm:平均年間変化率 -0.6 95%信頼区間-0.9 - -0.3)、女性で34%(57.8ppmから38.3ppm:平均年間変化率 -2.8 95%信頼区間-3.1 - -2.6)と有意に低下しています。また、糖尿病性腎症における年齢別の腎代替療法の発生率は、男性の85歳以上(年間平均変化率2.7 95%信頼区間2.0- 3.3)を除いて、男女ともにすべての年齢層において低下または横ばいとなりました。糖尿病性腎症による透析導入率が低下した理由として、2つの要因が考えられます。第一に一般人口における2型糖尿病の有病率の増加が抑えられ始めたこと、第二に糖尿病性腎症の進行を抑制する治療戦略の進歩があげられます。具体的には、2型糖尿病または糖尿病予備軍の有病率は、2000年代前半までは有意に増加していました。しかし、その後2010年代にかけては男女とも有病率の増加は認めておりません。一方、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬や最近のナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬およびミネラルコルチコイド受容体拮抗薬などによる糖尿病性腎症の治療薬の進歩が、腎臓の進行を遅らせることにより、末期腎不全の進行遅延や透析導入予防に貢献したものと考えられます。
 糖尿病予備軍を含む.2型糖尿病の有病率の増加が抑えられるようになったことに加え、こうした腎保護薬の単剤あるいは複数の薬剤を組み合わせた治療が、今後の医療現場で広がる可能性があり、本邦での糖尿病性腎症における透析導入率がさらに低下することが期待されます。


 

「高トリグリセリド血症への
対策-  中止されたPROMINENT試験を
どのように評価するか」

東京女子医科大学  内科学講座 /
教授
中神 朋子
◆試験の背景

 過去に行われたフィブラート製剤の大規模臨床研究ACCORD LIPID、FIELD試験のサブ解析結果において、高トリグリセリド(TG)かつ低HDL-コレステロール(HDL-C)血症の2型糖尿病患者において心血管イベントが低下していたことから改めてプライマリーエンドポイントで再検証するべく立案された試験がPROMINENT試験です。Clinical Questionである「脂質低下療法としてゴールデンスタンダードであるスタチンによりLDL-Cを低下させた上で、残存リスクとしてのTGを低下させることがイベント減少に寄与するか?」という疑問を検証することを目的に実施された多国籍二重盲検無作為対照試験です。


◆PROMINENT試験

 軽度から中等度の高TG血症(200~499mg/dL)および低HDL-C血症(<40mg/dL)を合併した2型糖尿病患者に、ペマフィブラート(0.2mg錠を1日2回)またはそれにプラセボを投与し、心血管複合イベント(非致死性心筋梗塞、虚血性脳卒中、冠動脈血行再建術、または心血管系の原因による死亡)を主要エンドポイントとしました。しかし、予定イベント発症率が75%に到達した時点で中間解析を行ったところ、このままイベント到達率を100%まで追跡してもプラセボと有意差は得られないと判断されたため、途中で試験が中断されました。後日、結果が公表され、主要エンドポイントにおけるカプランマイヤー曲線はプラセボと同等で、スタチン治療下でのTG低下療法の意義は残念ながら示されませんでした(N.Engl J Med 2022)。


◆TG低下療法は無意味なのか?

 では、なぜこのような試験結果になったのか、本当にTG低下療法が意味がないものなのかを考える必要があります。まず、今回のPROMINENT試験では、TG到達の平均値が189mg/dLとガイドラインの目標値に到達していませんでした。わが国のガイドラインではTGの管理目標値は、空腹時TGで150mg/dL、随時TGで175mg/dLであり、欧米のガイドラインと同一基準です。この値は大規模な疫学調査に基づいており、TG値と心血管イベント発症リスクの関係から定められていました。また、TG変化率は-26.2%であり、わが国で行われた治験時の成績よりも効果が低く、期待されたTG低下率が得られなかったためと考えられました。もし、ガイドラインに定められた管理目標値まで低下させることができていればイベント抑制効果が示された可能性はあったのかもしれません。
 次に、今回の対象患者の肥満度(BMI)の高さです。平均は32kg/m2で、私たちが日常診療で接する患者層とは異なる印象を受けます。さらに、PROMINENTの背景となったACCORD LIPID及びFIELDが実施された時代は、現在のような高強度スタチンが全例で積極的に処方されていませんでした。本試験では高強度スタチンが投与されたうえでTG低下療法が行われました。処方されていたスタチンの強度、その処方率(70%)は過去の試験とは異なります。高強度のスタチンが投与されると血中のsd LDLがすでに低値である可能性があり、ペマフィブラートによるTG低下に伴うsd LDLの低下作用が得られにくかったのではないかと推測されます。しかし、PROMINENT試験の対象患者に処方されている高強度スタチンの用量は日本では処方不可能の用量であり、わが国の2型糖尿病患者の脂質管理の状況にそのまま当てはめることはできないのではないかと思います。


◆今後の課題

 現況のわが国の日常診療におけるLDL-C管理下において、TG低下療法がどのようにイベントに影響するかについては、残された検証課題といえるでしょう。


DIABETES NEWS No.186

 
No.186 2022 Winter

第57回糖尿病学の進歩を
開催いたします

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
 第57回糖尿病学の進歩(「進歩」)の世話人を仰せつかりました。2023年2月17日(金)・18日(土)の両日、東京都千代田区の東京国際フォーラムで開催いたします(https://site.convention.co.jp/57shimpo/)。

◆ハイブリッド開催
 「進歩」が会場での対面形式で行われたのは2019年3月の第53回(青森市)が最後であり、以後3回連続してwebによるリモートで開催されました。現在.なお日本全体で新型コロナウイルス感染者が増加している現状では、なお.通常開催は避けるべきと判断し、現地での感染対策を十分行った上で、ハイブリッド形式での開催をさせていただくこととしました。

今回の見どころ
 今回の「進歩」では、専門医のための指定講演22題、糖尿病診療に必要な知識22題、糖尿病療養指導に必要な知識22題、臨床医が知っておくべき糖尿病の基礎22題、シンポジウム8に加え、「インスリン発見後新たな100年に向けて」、「糖尿病のデジタル医療」、「糖尿病性腎症治療の新展開-透析導入予防のために」および、「小児・思春期糖尿病診療における課題」を世話人特別企画としました。いずれのプログラムもわが国の糖尿病学をリードするエキスパートの先生方に、最新の知識をご講演いただきます。

 コロナ禍においても糖尿病学はなお進歩しています。ハイブリッド開催という制約はありますが、本会の開催が、今後の糖尿病学の発展に繋がり、また先生方の日常診療のお役に立てることを祈念しております。多くの皆様のご参加と活発な議論をよろしくお願い申し上げます。

 

2型糖尿病の発症予測因子の性差について
 15年間の追跡調査

東京女子医科大学
八千代医療センター
糖尿病・内分泌代謝内科
吉本 芽生
東京女子医科大学
八千代医療センター
糖尿病・内分泌代謝内科
(国保旭中央病院
 予防医学研究センター)
橋本 尚武
 2型糖尿病は全身疾患であり、腎症・透析導入、心血管イベントなど合併症の治療には高額な医療費がかかります。そのため、2型糖尿病患者の増加は、世界的に重要な問題であり、その発症を予防することが非常に重要です。2型糖尿病の発症には、インスリン抵抗性とインスリン分泌低下が関与しています。血清アディポネクチン(APN)はインスリン感受性を反映するマーカーで、APN低値はインスリン抵抗性と関連します。われわれは.血清APNを含む様々な臨床指標を用い、2型糖尿病を将来発症する危険因子の性差について評価したので紹介します(J Diabetes Investig 2023;14: 37-47)。

◆調査の方法
 2004年4月から2005年3月までの間に千葉県旭市の国保旭中央病院予防医学研究センターで健康診断を受けた1,309人中、調査開始時に糖尿病の合併がなかった748人の方を対象としました。その後2020年までの15年間追跡調査を行い、新規で2型糖尿病を発症した人と発症しなかった人との間で血清APN濃度とBMI、血圧、脂質、肝機能、腎機能、尿酸値CRP、脂肪肝の有無を比較しました。

◆2型糖尿病を発症した人の特徴
 15年間で108人(男性83人、女性25人)が2型糖尿病を発症しました。男女別にみたAPNのカットオフ値を用いた2型糖尿病発症に対するKaplan-Meier曲線を図に示します。調査開始時のAPNがカットオフ値の6.53μg/ml以下だと、全参加者でハザード比1.78(95%CI 1.20-2.63,P=0.004)、男性では5.36μg/ml以下で1.48(95%CI 0.96-2.29,P=0.078)、女性では8.52μg/ml以下で3.01(95%CI 1.37-6.59, P=0.006)で2型糖尿病を発症するリスクが増加しました。調査開始時から3年、5年後の血清APN濃度は男性も女性もほぼ横ばいで変化は認めませんでした。2型糖尿病.発症に影響を及ぼす因子としては、男性で高BMI、eGFR低下、脂肪肝、CRP高値、ALT高値が.単変量解析で有意でした。多変量解析ではeGFR低下と脂肪肝が有意に関連しました。女性では高BMI、収縮期血圧高値、高中性脂肪、脂肪肝、APN低値が単変量解析で有意であり、多変量解析では.APNが唯一の有意な危険因子でした(P<0.05)。

女性では血清アディポネクチン濃度が有用な2型糖尿病発症の予測因子に
 今回の結果から、2型糖尿病発症の予測因子は男女間で差があることが明らかになり、特に女性ではAPN濃度が有用であることがわかりました。限られた社会的・経済的資源を最大限に活用するためには、将来2型糖尿病を発症するリスクがより高い人に対し、集中して介入を行うのが効果的です。その際には性差も考慮して介入すべき人を選択する必要があることが示唆されました。

 

小児・思春期2型糖尿病の
スクリーニング

東京女子医科大学 内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 准教授
三浦 順之助
 2型糖尿病は40歳代以降に発症率が高くなりますが、一部は小児・思春期から.発症することから、その早期診断は将来の慢性合併症予防の観点からも重要です。30歳未満で発症した日本人糖尿病患者さんの好発年齢を糖尿病型別にみると、1型糖尿病は幼児期と10〜13歳にピークがありますが、2型糖尿病は10歳頃から増加し15〜17歳頃がピークとなります(当科データ、Diabetes Res Clin Pract 82: 80-86, 2008)。また1960年から2004年に30歳未満で診断された4,063人の日本人糖尿病患者の発症年齢別にみた1型と2型糖尿病の比率は、10歳未満95:5、10〜19歳50:50 20〜29歳25:75でした(Diabetes Care 30: e30, 2007)。多人種を対象に行われたSEARCH研究でのアジア・太平洋諸島の人々の報告でも10歳代の病型割合はほぼ1:1と同様でした(Pediatrics118: 1510-18, 2006)。これらのことからも、10歳代から2型糖尿病の発症を考慮に入れておく必要があります。

◆日本における若年発症2型糖尿病の実状
 日本での発症率は小学生で0.75〜1.62/10万人・年、中学生で5.05〜8.32/10万人・年と中学生で高く、約70〜80%が肥満度20%以上の肥満を有していたと報告されています。食事・運動療法で血糖コントロール可能なのは60%程度で、他は何らかの薬剤介入が必要と考えられています。一方で、1974〜2008年に診断された患児の11%が非肥満であったとの報告があります。

◆米国の若年発症2型糖尿病の実状
 米国疾病管理予防センターでは、2018年時点で 20歳未満の糖尿病患者が21万人で、そのうち約23,000人が2型糖尿病と推定しています。 2002-2003年から2014-2015年にかけて、若年発症2型糖尿病の発症率は9.0/10万人・年から13.8/10万人・年に増加しました。2005年から2016年の間、12〜18歳の若年者の約18%が前糖尿病状態であったとの報告もあります。その前糖尿病状態の若年者の22〜52%が介入なしで6ヵ月〜2年間で正常血糖または正常耐糖能に戻ることも報告されています。

◆米国糖尿病学会 Standard of Care in
  Diabetes-2023におけるrecommendation
 最新の小児・思春期2型糖尿病スクリーニングのrecommendationが、Standard of Care in Diabetes-2023に記載されています。スクリーニングは、①10歳以上または思春期発来後の過体重(BMI 85パーセンタイル以上)または肥満(BMI 95パーセンタイル以上)、糖尿病の危険因子(母親に糖尿病または妊娠糖尿病の既往、第一度・第二度近親者の糖尿病家族歴、人種、インスリン抵抗性の兆候)を1つ以上持っている若年者で考慮する、②正常耐糖能でも3年毎にBMIが増加傾向ならより頻回に施行する、③75g GTT、空腹時血糖値、2時間後血糖値、HbA1cを使用する、④若年者の糖尿病は1型糖尿病の可能性を除外する必要がある、と記載されています。
 日本人でも肥満や家族歴などの危険因子は欧米と同様ですが、元々欧米よりBMIが低いことや、非肥満の2型糖尿病が多いいことから、肥満度については日本人独自の基準で判断する必要があります。また、日本では学校検尿による尿糖スクリーニングで指摘された時は、初診時には正常であってもその後定期的に検査を継続し発症を見逃さず早期に介入できるよう、家族を含めて危険因子や生活習慣の修正などにつき理解を促しておくことが大切です。

DIABETES NEWS No.185

 
No.185 2022 Autumn

2型糖尿病に対する薬物療法アルゴリズム
-日本糖尿病学会コンセンサスステートメント-

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
 2型糖尿病に対する血糖降下薬の選択に関して、これまで欧米のガイドラインではメトホルミンが第1選択薬とされてきました。しかし最近では、慢性腎臓病、心不全、あるいは動脈硬化性血管障害を合併した患者に対してSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬を優先して使用することが提唱されています。一方わが国では「糖尿病診療ガイドライン 2019」や今年刊行された「糖尿病治療ガイド2022-2023」においても、基本的には個々の患者さんの病態や各血糖降下薬の特性を考慮して選択するというスタンスが貫かれていました。
 このたび日本糖尿病学会のコンセンサスステートメントとして、2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズムが発表されましたので紹介します(糖尿病65:419-434, 2022)。

◆アルゴリズム作成に至った経緯
 血糖降下薬選択に関するわが国独自の提言を行う理由として、日本人と.欧米人における、2型糖尿病の病態、エビデンスに基づいた治療戦略、さらには血糖降下薬の処方実態の差があげられています。具体的には日本人では欧米人に比べて肥満者の割合が少なくインスリン分泌低下の関与が大きいこと、動脈硬化性血管障害の発症率が少ないこと、ビグアナイド薬の処方が少なくDPP-4阻害薬が多く処方されていること、などです。特にビグアナイド薬として最も多く処方されているメトホルミンのエビデンスは、実は限定的であることが知られています(Diabetes News No.178「メトホルミンを再度,再評価する」)。

◆血糖降下薬選択の4つのステップ
 このアルゴリズムは4つのステップ、すなわちStep1は病態に応じた薬剤選択として肥満合併の有無Step2は安全性への配慮、Step3はadditional benefits (付加的な利点)、さらにStep4は考慮すべき患者背景からなっています。
 Step1で、本文中には肥満症例における候補としてビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、チアゾリジン薬、 GLP-1受容体作動薬およびイメグリミンが良い適応と記載されていますが、アルゴリズムではDPP-4阻害薬とα-グルコシダーゼ.阻害薬が併記され、グリニド薬とスルホニル尿素薬が除かれています。
 Step2「安全性への配慮」では、低血糖リスクが高い症例、腎機能障害例、心不全合併例において避けるべき薬剤が記載されています。
 Step3「Additional benefitsを考慮すべき併存疾患」として、最近のエビデンスに基づき慢性腎臓病、特に顕性腎症、心不全、さらには心血管疾患におけるSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の有用性が示され最後のStep4「考慮すべき患者背景」として、服薬遵守率と医療費があげられています。詳細は原著をご参照ください。

◆今後の課題
 日本人におけるエビデンスが少ないなか、本アルゴリズムは、日本糖尿病学会コンセンサスステートント策定に関する委員会が中心となって、熱心に議論されたものです。特に優先する血糖降下薬を設けなかったこれまでのわが国の方針から、薬剤の選択の際考慮すべき4つの点を明示した点で、実地医科の先生方にとっても有意義なアルゴリズムであろうと思います。今後わが国のエビデンスの蓄積により必要な改定が行われ、糖尿病診療の向上に繋がることを期待したいと思います。
 

基礎インスリン注入量を自動制御する
ハイブリッドクローズドループシステム

東京女子医科大学 内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 助教
髙木 聡
 2022年1月から国内で使用可能となった,ハイブリッドクローズドル-プ(HCL)システムについてご紹介します。

◆インスリンポンプとSAP
 インスリンポンプは皮下にカニューレを留置し、体外からインスリンを持続注入する機器です。
 2014年12月にインスリンポンプ単体ではなく、連続皮下ブドウ糖濃度測定(continuous glucose monitoring:CGM)を同期させて稼働させるSAP(sensor-augmented pump)という機器が使用可能となりました。このポンプには高血糖や低血糖時にアラートを出す機能が付帯しています。私たちは最近、頻回注射法やインスリンポンプ単体使用の1型糖尿病患者さんがSAPを開始することで、HbA1cが低下し治療満足度が向上することを明らかにしました(Diabetol Int 13:280-287, 2022)。
 2018年3月には、CGMで低グルコースを検出した場合や、近いうちに低グルコースになることが予想される場合インスリン注入を自動的に停止し、低血糖を回避するpredictive low-glucose management(PLGM)という機能が付いたインスリンポンプの使用が開始されました。

◆HCLの概要
 今回ご紹介するHCLは前述のPLGMをさらに発展させたものと言えます。PLGMは低グルコースを予測してインスリン注入を自動停止していましたが、高グルコース時にインスリンを増量する機能はありませんでした。HCLは、低グルコース時にインスリンを減量もしくは一時停止、高グルコース時はインスリンを増量するといったベーサルインスリン量の調整をポンプが自動で行い、120mg/dLに設定された目標血糖値に近づけるように調節します(この機能をオートモードと言います)。ただし、食事の際のボーラスインスリン量の自動調整はできず、ポンプに血糖値や食事の炭水化物(糖質)摂取量などを入力して決定する必要があります。これがハイブリッドと言われる所以で、まだ完全なクローズドループシステムを達成するには至っていません。
 海外ではいくつかのHCL製品が使用されていますが、国内で使用可能なのは日本メドトロニック株式会社製ミニメド770Gシステム®です(図)。

◆HLCの効果と注意点
 HCLの導入による血糖コントロールの改善や治療満足度の向上が報告されています(Diabet Med 39:14863,2022,Diabetes.Res Clin Pract 177:108876, 2021)。
 一方で、HCLを使用するうえで注意しなければならない点がいくつかあります。まず、オートモードは高血糖が長時間持続する場合などいくつかの状況で停止し、マニュアルモードに戻ることがあります。また、食前のボーラスインスリンはオートモードボーラスという機能を使用しなければなりません。この機能を使用する場合は、カーボカウントが必要となります。ほかに、指先穿刺による血糖測定が1日数回以上必要であること、医療費が頻回注射法より高額になること、さらにインスリンポンプ全般に共通する点として、カニューレの抜けなどによるインスリン注入不足で高血糖になる恐れがあることなどにも留意する必要があります。

 インスリン治療中で血糖コントロールに難渋している患者さんの中で、インスリンポンプ療法に興味を持たれている方には、HCLの導入を検討する価値があると思います。
 

動脈硬化疾患予防ガイドラインが改訂されました

東京女子医科大学 内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 助教
長谷川 夕希子
東京女子医科大学 内科学講座 /
糖尿病・代謝内科学分野 教授
中神 朋子
 今年7月に、日本動脈硬化学会の「動脈硬化疾患予防ガイドライン」が5年ぶりに改訂されました。今回の改訂のポイントを、糖尿病患者の変更点に焦点をあてて解説したいと思います。

◆随時トリグリセリド(TG)値の採用
 これまで内外のガイドラインでは、血清TGを空腹時採血でのみ評価し、150mg/dL以上を高TG血症としていました。今回の改訂では、随時採血で175mg/dL以上でも高TG血症と定義することになりました。すでにヨーロッパのガイドラインでは、随時TG175mg/dL以上も高TG血症としています。

◆動脈硬化性疾患の絶対リスク評価
 2017年版ガイドラインで採用された吹田スコアは、冠動脈疾患をアウトカムとする絶対リスクを推計していました。2022年版では、動脈硬化性疾患の絶対リスク評価の手法に冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞の2つをアウトカムとする久山町研究のスコアリングテーブルが採用されました。

◆糖尿病患者の脂質管理目標値(表)
 冠動脈疾患の既往のない日本人2型糖尿病患者5,042人を対象としたEMPATHY試験では、平均37か月の追跡で強化療法群(平均LDL-C 76.5mg/dL)、通常療法群(104.1mg/dL)を比較した結果、強化療法群で脳イベントが48%減少しました。この結果を基に、心血管イベントリスクを有する日本人2型糖尿病患者の一次予防にでは、LDL-C 100mg/dL未満を目標とされました。

◆動脈硬化性疾患の二次予防(表)
 冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞の二次予防では、糖尿病などの高リスク患者におけるLDL-C目標値を一律70mg/dL未満とされました。

 今回の改訂では,糖尿病患者のより厳格な脂質管理が提唱されています。なお糖尿病患者の管理目標値を一律とするのではなく、リスクの程度に応じた血清脂質管理とする必要があるといえるでしょう。


DIABETES NEWS No.184

 
No.184 2022 Summer

糖尿病薬の処方はどのように変わってきたか

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
 昨年2月に経口投与可能なGLP-1受容体作動薬、さらには、同年9月にインスリン分泌促進作用とインスリン抵抗性改善作用を併せ持つイメグリミンが発売されました。現在わが国で使用可能な糖尿病薬は、経口薬9クラス、注射薬2クラスとなりました。
 今回は、これまで糖尿病薬の処方がどのように移り変わってきたか、今後どのように糖尿病薬を選択したらよいかについて、お話ししたいと思います。

◆過去24年間の糖尿病薬処方の様変わり
 東京女子医科大学糖尿病センターでこれまで処方してきた糖尿病薬がどのように変わってきたかを調査しました(図)。1997年に処方された、インスリン以外の糖尿病薬は、スルホニル尿素(SU)薬 62%、α-グルコシダーゼ阻害薬(αGI) 32%と、この2つのクラスが大部分を占めていました 。その後SU薬とαGIの著しい減少と、ビグアナイド薬の増加がみられ、2021年ではDPP-4阻害薬24%、ビグアナイド薬23%、SGLT2阻害薬20%と、これら3クラスで全体の2/3を占めるように様変わりしました。

◆メトホルミンの再評価
 メトホルミンが高い評価を得たのは、1998年に発表されたUKPDS 34の結果によるといえます。この結果をもとに、わが国でもメトホルミンが再評価され、近年の処方増加に繋がったものと思われます。

◆DPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬処方の台頭
 わが国初のDPP-4阻害薬であるシタグリプチンが販売されたのは2009年12月でした。DPP-4阻害薬は、単独の使用であれば低血糖リスクがほとんどなく、また体重増加をきたしにくいことから販売直後から処方数が著しく増加し、2021年に最も多く処方された糖尿病薬でした。また初のSGLT2阻害薬であるイプラグリフロジンが2014年4月に販売開始後、体重減少効果や心腎保護に関するエビデンスから、同クラスの処方数も増加しています。

◆糖尿病薬の使い分け
 このように、作用機序の異なる糖尿病薬が増えたことは朗報である一方、実臨床ではその選択に迷うこともあります。米国糖尿病学会(ADA)や欧州糖尿病学会(EASD)では、これまでも薬物治療アルゴリズムを発表してきました。わが国のガイドラインでは、個々の患者の病態に合わせて薬剤を選択することが薦められてきました。
 最近の糖尿病薬に関するエビデンスとわが国における処方実態を背景に、日本糖尿病学会から年内にコンセンサスステートメントとして薬物治療アルゴリズムが発表される予定です。実地医科の先生方にわかりやすいツールとなることが期待されます。
 

緊急事態宣言が糖尿病の血糖管理と生活習慣に及ぼす影響について

ベリークリニック 院長
増田美央
 COVID-19の蔓延により、2020年4月7日から5月25日までの間、日本では第一回緊急事態宣言が発令されました。海外のような強制力の強い完全なロックダウンではありませんでしたが、人々に外出自粛を促す内容でした。それまでの糖尿病診療では、定期的な通院や食事・運動療法の重要性を指導していました。しかしこの緊急事態宣言により感染リスクを考慮して受診を控える患者さんが増え、医療機関も混乱し、暫定的に対面診察を避ける対処がなされました。社会面ではリモートワークが推奨され、通勤時間を利用した運動も制限されるようになりました。
 こういった身体活動や食事内容、外食頻度の変化が、糖尿病患者さんの体重や血糖管理になんらかの影響を及ぼすことが予想されました。多くの国でロックダウンが始まる頃、われわれは日本におけるデータを検証する必要があると考え、東京と千葉にある糖尿病専門クリニック2施設で共同研究を行いました(MasudaM、etal、DiabetolInt 2022;13:66)。

◆調査の方法
 2020年7月から9月に、各施設500人ずつ計1,000人の患者さんに緊急事態宣言前後でのライフスタイルの変化についてアンケート調査を行いました。アンケートでは年齢、性別、職業、雇用状況、食生活、食事摂取量、外食と飲酒の頻度、身体活動量、精神状態、外来受診と服薬遵守の状況、血糖マネジメントの工夫、宣言下でのストレスとその内容をたずねました。また変化があった場合は、その理由も記載してもらいました。HbA1c、体重の変化は外来診療時のデータを調査しました。

◆緊急事態宣言前後のHbA1c値と体重の変化
 回答が得られた1,000名(男性746名、女性254名)の平均年齢は58±12歳、95%が2型糖尿病、5%が1型糖尿病でしたHbA1c値は緊急事態宣言前の7.28。±0.97%から宣言後の7.07±0.86%に大幅に低下しました(p<0.001)。
 HbA1cの有意な低下は2型、1型糖尿病ともに認められました。研究期間中投薬に変化があった被験者を除く866人の分析でも.0.18±0.65%(p<0.001)の有意な低下が認められました。体重は69.5±13.4kgから69.2±13.6kgまで、わずかではありましたが有意に減少しました。HbA1cと体重の変化は正相関しました。

◆HbA1c値の変化とその要因
 HbA1cの変化の要因を分析すると、宣言前のHbA1cが高く、また自発的に運動療法を行った人ほどHbA1cが低下しました。逆にHbA1cが低下しなかった要因には、外食の機会の増加、食事摂取量の増加、子供の学校休校に対するストレス、密を避けるために,運動療法を控えたことが影響していました。また緊急事態宣言中は患者さんの76%が外食の機会を減らし、96%が薬物療法を遵守でき、86%が指示どおりに自己血糖測定を行ったと回答しました。

 当初われわれは、緊急事態宣言によって生活リズムが変わることで、糖尿病に対して悪い影響がある可能性を考えていました。しかし今回の調査では、2型、1型糖尿病患者さんともにHbA1c値が有意に低下していました。自由な時間が増えることをチャンスととらえ、療養行動に前向きに取り組んだ結果と思われます。緊急事態宣言下においてもチーム医療を徹底し、患者さんの糖尿病への意識を高めることで、血糖マネジメントが可能であるといえます。

 

血糖変動の新指標:Time in range(TIR)によるコントロールの評価

東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 准教授
三浦順之助
 1986年に血糖自己測定(SMBG)が保険適用されて以来、SMBGの結果に基づいたインスリン注射量の自己調節が可能となり、血糖コントロールの改善に大きく貢献してきました。さらに2010年に保険適用された持続糖濃度測定(CGM)により、長期間の連続的な血糖変動を把握できるようになりました。それによりHbA1cのみならず血糖変動も重要視され、血糖コントロールの考え方が変わりつつあります。最近の血糖変動の評価基準や実情について記述します。

◆血糖変動の新しい指標time in range(TIR)
 2019年の米国糖尿病学会で血糖管理目標に関する国際的なコンセンサスとして発表された血糖変動の指標が、TIR(time inrange)です。至適な血糖領域targetrangeを70-180mg/dLに設定し、24時間の経時的変化の中でのtarget rangeの占める割合をTIRとして管理の指標としました。通常TIR>70%、高血糖領域(>180mg/dL、timem above range:TAR)が25%未満、低血糖領域(<70mg/dL、time below range:TBR)は4%未満を目標としています(Diabetes Care 42:1593,2019)。この目標値は、TIR>70%でHbA1c7.0%未満を達成できるという研究報告に基づいています。
 高齢者や無自覚低血糖などリスクの高い患者では、TIR>50%、TAR<50%、TBR<1%と、一般的な目標よりも緩やかに設定されています。一方1型糖尿病妊婦ではtarget range 63-140mg/dLとしてTIR>70%、高血糖領域>140mg/dLとしてTAR<25%、低血糖領域<63mg/dLとしてTBR<4%を目標とした、より厳格な設定となっています。一方、妊娠糖尿病や2型糖尿病妊婦の目標値は、まだエビデンスが不十分ということで、この報告には明記されていません。以上管理目標を記載しましたが、患者の状況に合わせて個別に対応する必要があります。

◆TIRと糖尿病合併症との関連
 HbA1c値と合併症関連の報告と同様、TIRと合併症との関連も報告されています。2型糖尿病患者3,262人を対象とした検討で、網膜症の重症度が高い群でTIRが有意に低かったと報告されています(Diabetes Care 41:2370,2018)。また2型糖尿病6,225人を対象とした前向き研究で、TIRが高い方が心血管死亡率および全死亡率が低いことも報告されています(Diabetes Care 44:549,2021)。

◆CGMの実情と進歩
 現在日本で使用可能なリアルタイムCGM(rtCGM)は、フリースタイルリブレ(Abbott社)、デクスコムG6(Dexcom, テルモ社)、ガーディアンコネクトおよびMinimed 600シリーズ、770G(Medtronic社)です。Minimed600シリーズ、770Gはインスリンポンプと同期したCGM(SAP:sensor augmentedpump)です。我々の施設で、まだ低血糖回避機能のないMinimed620Gで治療した1型糖尿病の検討では、TIRが開始時平均62%から6カ月後68%まで有意に上昇しました(Diabetol Int 13:280,2022)。今後活躍するMinimed770Gはhybrid closed-loopと呼ばれ、基礎インスリン量を自動調節して血糖値を120mg/dLにする機能がついています。rtCGMが日常診療で使用されるようになった現在、HbA1c値の改善と共に血糖変動を少なくすることで、糖尿病患者さんの予後が改善していくことを期待しています。

DIABETES NEWS No.183

 
No.183 2022 Spring

糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
 最近、糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果が注目されています。腎症のどのステージにSGLT2阻害薬が有効であるかについて、私見を述べたいと思います。
◆アメリカ糖尿病学会(ADA)のガイドライン
 近年の大規模心血管安全性試験で、SGLT2阻害薬が心不全を中心とした心血管アウトカムのみならず、腎イベントも減少させる効果が明らかにされました。それらの結果をもとにADAのStandardsofMedicalCareinDiabetes(2021)では、心不全あるいは慢性腎臓病を有する2型糖尿病患者に対してメトホルミンよりもSGLT2阻害薬を優先して使用することが推奨されました。これまで一貫してメトホルミンを2型糖尿病に対する第1選択薬としてきたADAの画期的な方針転換といえます。
◆糖尿病性顕性腎症に対する効果
 ただし腎症のどのステージにおいてSGLT2阻害薬が有効であるかに関しては、まだエビデンスが不足しています。多くの心血管安全性試験では、腎イベントが副次評価項目であったからです。顕性腎症の進展・悪化を一次評価項目としたCREDENCEとDAPA-CKDでは、SGLT2阻害薬が腎イベントを有意に減らすことが示されました。
◆腎症のない患者に対する効果
 正常アルブミン尿の糖尿病患者を対象としたSGLT2阻害薬の腎保護効果を主要評価項目とした無作為試験はまだ公表されていません。ただ一部の心血管安全性試験のサブ解析では、正常アルブミン尿の糖尿病患者に対しても、SGLT2阻害薬がアルブミン尿の発症あるいは腎複合イベントの発生を有意に減らしています。ただし、そのインパクトはそれほど大きいものではなく、腎イベントは副次評価項目でした。
 最近日本腎臓学会の多施設データベース研究の結果が報告されました(Diabetes Care 2021;44:2542‒2551)。それによると、蛋白尿の有無に関わらず、SGLT2阻害薬を開始された患者では、他の糖尿病薬に比べて腎機能低下速度がゆるやかであったことや、腎イベントが有意に少なかったことが明らかにされました。ただし蛋白尿がない場合はeGFRが60未満の患者が対象とされたことから、実臨床で多数を占める、腎機能が保たれた正常アルブミン尿患者にまでこの結果を応用することはできません。
◆腎機能が低下した患者に対する効果
 最近慢性腎臓病に対しても効能が認められたフォシーガ®の添付文書には、eGFRが25未満の患者では、腎保護作用が十分に得られない可能性があると記載されています。その薬理作用から SGLT2阻害薬は、GFRがある程度維持されていないと高血糖を改善することはできません。GFRが低下した糖尿病患者さんにSGLT2阻害薬を使用する場合には、この薬は腎症に対して使用するのであって、血糖コントロールの改善は期待できないことを予めお知らせする必要があります。

 DAPA-CKD等の結果から、顕性腎症患者に対してSGLT2阻害薬を使用することに異論はないと思います。ただし腎症前期から早期腎症期、あるいは腎不全期の糖尿病患者に対する腎保護効果については、今後検証が必要です。

 

SGLT2阻害薬の多様な腎保護作用

有隣厚生会富士病院
糖尿病内科 部長
佐藤 賢
 今回のDiabetes Newsの1頁で馬場園教授がSGLT2阻害薬の腎保護効果に関するエビデンスを紹介されましたので、私からはその作用機序に関する最近の報告をまとめてみました。
◆糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果
 SGLT2阻害薬の腎保護作用に影響する全身性因子として、血糖コントロールの改善が関与することは確実です。さらにSGLT2阻害薬による体重減少、血圧・尿酸低下作用、心不全改善効果なども、腎臓に対して保護的に働くことが知られています。
 一方、SGLT2阻害薬が他の糖尿病治療薬と大きく異なる点は、腎への直接作用といえます。具体的には、糸球体過剰濾過の是正、炎症・酸化ストレスの低下、腎低酸素状態の改善、さらにはケトン体の作用などが報告されています。
◆糸球体過剰濾過の是正
 SGLT2阻害薬の腎保護作用として有名なのは、尿細管糸球体フィードバック(以下TGF)を介する糸球体過剰濾過の是正です。TGFとは、腎臓の傍糸球体装置を構成する遠位尿細管の緻密班細胞が尿細管腔のNaCl濃度を関知し、輸入細動脈の血管抵抗を変化させることで糸球体濾過量を調節する生理作用です。
 2014年にCherneyらが、1型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を投与することで、糸球体過剰濾過が改善することを報告しました。
◆腎低酸素状態および腎性貧血の改善効果
 糖尿病性腎症は微小血管障害により、他の腎臓病に比べて腎臓の酸素供給量が低下しています。さらにSGLT2の発現が増加した尿細管では、ブドウ糖とNaの再吸収が亢進する結果酸素需要量が著しく増加するため、尿細管間質が低酸素状態に陥ります。これにより近位尿細管周囲間質に存在するエリスロポエチン産生細胞の機能低下が生じると報告されています。SGLT2阻害薬が尿細管間質の低酸素状態を改善させることで、エリスロポエチン産生機能を回復させる可能性が考えられます。
 最近われわれは、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)を投与中の腎性貧血を伴った糖尿病性腎症患者にSGLT2阻害薬を投与したところ、12か月後に約半数の患者でESAを中止しても目標ヘモグロビン値の維持が可能であったことを報告しました(Sato K, et al, Diabet Med 2022; 39: e14632)。貧血は腎症進展のリスク因子の一つであることから、SGLT2阻害薬のエリスロポエチン産生増加作用は、腎症進展抑制に関与している可能性が高いと考えております。
◆ケトン体の腎保護効果
 ケトン体の増加が糖尿病ケトアシドーシスの原因となることから、ケトン体の腎保護効果というと違和感を覚える方も多いと思います。詳細は省きますが、滋賀医科大学のグループはSGLT2阻害薬によって産生が増加するケトン体が、糖尿病状態で障害されている腎でのATP産生を回復させることで、腎保護に働く可能性を報告しています。
◆おわりに
 SGLT2阻害薬は糖尿病性腎症のみならず、IgA腎症などに対する効果も知られるようになりました。昨年一部のSGLT2阻害薬が、糖尿病の有無にかかわらず慢性心不全や慢性腎臓病に対する適応が追加されました。同剤の新たな効用の解明に期待しています。

 

成人1型糖尿病管理に関するADAとEASDのコンセンサスレポート

東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 講師
小林浩子
 1型糖尿病は全糖尿病の5-10%を占め、その発症のピークは思春期から成人早期ですが、どの年齢でも発症します。そして患児もやがては成人するので、1型糖尿病全例で考えると、成人の占める割合が多くなります。全世界の1型糖尿病有病率は1万人に対し5.9人ですが、その発症率は急速に増加しています。
 さらに近年、1型糖尿病の治療や技術の進歩は目覚ましいものがあります。
 このような背景をもとに、最近米国糖尿病学会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)は共同で、成人1型糖尿病管理に関するコンセンサスレポートが発表されましたのでご紹介したいと思います(Holt RIG et al. Diabetes Care 2021 ;44:2589)。これまで 1型糖尿病治療のガイドラインはありましたが、このコンセンサスレポートは医療者が成人1型糖尿病の管理をする上で考慮すべきことに焦点をあてられています。
◆成人における1型糖尿病の診断
 実臨床では、1型糖尿病と2型糖尿病の両方の特徴を併せ持つ症例や、2型糖尿病であってもケトーシスを繰り返す症例もあることから、成人期発症1型糖尿病の診断は必ずしも容易ではありません。実際、成人期発症1型糖尿病の40%を2型糖尿病と誤診したとの報告があります。また1型糖尿病の診断において抗GAD抗体の測定は有用ですが、白人1型糖尿病の5-10%は膵島関連自己抗体が陰性のため、抗GAD抗体が陰性であっても1型糖尿病の可能性を除外することはできません。
 今回のコンセンサスレポートでは、成人発症糖尿病で1型糖尿病が疑われる症例、すなわち①35歳未満発症、②BMI25kg/m2未満、③体重減少、④ケトアシドーシス、⑤随時血糖360mg/dL以上、などを有する場合には、1型糖尿病を疑い抗GAD抗体を測定することが奨励されています。抗GAD抗体が陰性の場合はさらにIA-2抗体およびZnT8抗体を測定し、陽性であれば1型糖尿病と診断します。
 なお膵島関連自己抗体が陰性であっても、随時C-ペプチド値が0.6ng/mL未満なら1型糖尿病、0.6-1.8ng/mLであれば5年以内に再検査、1.8ng/mL以上であれば2型糖尿病と診断するとされています。35歳未満ではMODYなど単一遺伝子の異常による糖尿病を除外診断します。
◆成人1型糖尿病の治療
 管理目標は個々の患者の罹病期間、年齢、予後、重症低血糖の有無、合併症の状態等により設定します。一般に、HbA1c 7%未満、持続皮下糖濃度測定(CGM)を使用している場合はグルコース値が70-180mg/dLである時間の割合(time in range)を全体の70%以上、70mg/dl未満を5%未満(うち54mg/dl未満を1%未満)、180mg/dL以上(time above range)を30%未満(うち250 mg/dL以上を5%未満)とすることを目標としますが、さらに高齢者では低血糖を1%未満にすることが推奨されています。インスリン療法ではハイブリッドクローズドループを利用したインスリンポンプ療法が利便性、低血糖予防の上でもっともよいとされていますが、価格が高いのが難点です。持効型インスリンと超速効型またはウルトラ超速効型インスリンによる強化療法が標準的で、NPH製剤やregularインスリンは利便性と低血糖予防の上ではやや劣ります。
◆おわりに
 その他、膵臓・膵島移植、SGLT2阻害薬など他の薬剤による治療の可能性、各ライフステージにおいて注意すべき点、心理社会的な問題、飲酒や運転など日常生活における注意など、多くのテーマが36ページにもわたって解説されています。成人1型糖尿病のすべての方に適切な治療を提供するためのエビデンスを蓄積し、必要な時に手を差し伸べることができる、患者に寄り添う医療を提供すべきである、とまとめられています。

DIABETES NEWS No.182

 
No.182 2021 Winter

日本糖尿病性腎症研究会での鼎談

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野  教授・基幹分野長
馬場園哲也
 第32回日本糖尿病性腎症研究会の当番世話人を仰せつかり、2021年12月4~5日にWeb開催しました。今回のキラーコンテンツとして、これまでわが国の糖尿病性腎症研究をリードされてきた旭川医科大学名誉教授の羽田勝計先生と岡山大学の現学長でいらっしゃる槇野博史先生をお招きし,私を含めた三人で鼎談を行いましたので、その様子をご紹介したいと思います。鼎談ではまず、お二人が長年尽力された研究の成果を改めてご紹介いただきました。

◆引っ越しを10回された羽田先生
 羽田先生は1976年に大阪大学をご卒業後1978年に滋賀医科大学に移られ、1980年にシカゴ大学に留学されたのち、2003年旭川医科大学第二内科教授に着任され、2016年に同大学を退官されました。鼎談で羽田先生は、「Origin」というタイトルでご自身の研究者人生を振り返られ、その時々に10のoriginがあったことをお話しされました。最も印象的であったのは、羽田先生がシカゴ大学での留学を終えて滋賀医科大学に戻られた当時の日本では、「糖尿病が治れば合併症は起こらず、糖尿病の成因解明こそがscienceであり、賢い人なら(腎症など糖尿病)合併症の研究はしない」といわれていたことでした。それでも羽田先生は、滋賀医科大学で糖尿病性腎症の病態解明を目的とした基礎研究を続けられ、多くの業績を残されました。
 私は1995年にカナダのトロント大学に留学しましたが、その初日に留学先の教授から、なぜ羽田先生のラボに行かなかったのか、と訊かれたことを今でもよく覚えています。当時すでに羽田先生のお仕事は国際的に高く評価されていたということです。

◆学長の激務をこなしておられる槇野先生
 槇野先生は1975年に岡山大学をご卒業後、シカゴのノースウェスタン大学への留学期間を除き岡山大学に勤務され、同大学腎・免疫・内分泌代謝内科学教授、病院長などを経られたのちに2017年岡山大学の学長にご就任され、毎日激務をこなしておられます。槇野先生のご講演タイトルは「Be Challenger!」でしたが、今なお槇野先生ご自身がChallengeされています。
 槇野先生の多くの業績のなかで個人的に印象に残っているのは、糖尿病性腎症の形態学的研究です。特に留学中から継続された腎糸球体基底膜のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HS-PG)に関する研究は有名で、糖尿病性腎症においてHS-PGの減少によるcharge barrierの障害とIV型コラーゲンの発現低下によるsize barrierの障害をきたす結果、蛋白尿を生じることを明らかにされました。

◆基礎研究から臨床研究へ
 お二人とも基礎研究で素晴らしい業績を挙げられたのみならず、医師であるからこそ、臨床研究を行うべきであることを力説されました。滋賀医科大学からは「糖尿病性腎症の寛解」という観察研究の結果が2005年のDiabetesに掲載され、内外で注目されました。岡山大学が中心となって行われた多施設研究であるDNETT-Japanは、最近その結果が報告されました。
 お二人から今後の腎症研究の展望についてお話しいただき、鼎談を終了しました。羽田先生と槇野先生は、私の腎症研究における恩師であり、今回の研究会でお二人の最終講義を拝聴することができました。今後もいろいろな機会でご指導いただきたいと思います。

 

内分泌疾患による糖尿病を見逃さない!

東京女子医科大学
内科学講座 / 内分泌内科学分野 教授・基幹分野長
大月道夫
 糖尿病とはインスリン作用不足による慢性の高血糖を主徴とする代謝症候群と定義されます。このインスリン作用不足の原因は、インスリン分泌低下、インスリン抵抗性です。1型糖尿病であれば、インスリンを合成・分泌する膵ランゲルハンス島β細胞の破壊・消失であり、2型糖尿病ではインスリン分泌低下やインスリン抵抗性の原因となる遺伝因子に加え、過食、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子、加齢がインスリン作用不足の原因となります(糖尿病治療ガイド 日本糖尿病学会 編・著 2020-2021)
 生体は、種々のホルモンにより恒常性が維持されています。これらホルモンの異常もインスリン作用不足の原因となります。つまり、「インスリン分泌低下、インスリン抵抗性に対する薬物療法を施行し、食事療法、運動療法を適切に行っているのに期待したように血糖コントロールが改善しない場合」、ホルモンの異常、つまり「内分泌疾患による糖尿病」を疑う必要があります。診断には、そのホルモン自身の過剰による症状、身体所見、臨床検査値が役に立ちます。
 以下に代表的なホルモン過剰を示します。またホルモン検査は、早朝空腹時採血での評価が原則ですのでご注意ください。

◆成長ホルモン過剰
・手足の容積の増大、先端巨大症様顔貌(眉弓部の膨隆、鼻・口唇の肥大、下顎の突出など)、巨大舌のいずれかの特異的症候を認めた場合
→先端巨大症を疑い、成長ホルモン(GH)、IGF-I(ソマトメジンC)を測定。
・解釈 先端巨大症の場合、IGF-Iの高値を認めます。GH過剰は、ブドウ糖75g経口投与にて正常域(GH底値 0.4ng/mL)まで抑制されないことで評価します。血糖コントロールが不良の場合、著明な高血糖を引き起こしますので施行してはいけません。

◆コルチゾール過剰
・満月様顔貌、中心性肥満(腹部の肥満の割に手足が細いことが特徴です)または水牛様脂肪沈着、皮膚の進展性赤紫色皮膚線条(幅 1cm以降)(白色でなく、赤紫色であることがポイントです)、皮膚の菲薄化および皮下溢血、近位筋萎縮による筋力低下(しゃがんだ状態より立ち上がることができなくなります)のいずれかの特異的症候を認めた場合
→Cushing 症候群(広義)を疑い、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、コルチゾールを測定。
・解釈 ACTH、コルチゾール共に高値 - 正常の場合 Cushing病
ACTH低値、コルチゾール高値 - 正常の場合Cushing症候群(副腎性)
 上記の特異的症候がないものをSubclinical Cushing症候群といいます。コルチゾール自律分泌は存在するため、高血圧、糖・脂質代謝異常、全身性肥満、骨粗鬆症が合併しやすく、糖尿病患者に副腎腫瘍が見つかった場合、Subclinical Cushing症候群を疑う必要があります。

◆甲状腺ホルモン過剰
・頻脈、手のふるえ、湿潤な皮膚、甲状腺腫の触知、アルカリフォスファターゼ(ALP)、血清コレステロール低値を認めた場合
→甲状腺機能亢進症を疑い、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、遊離サイロキシン(FT4)、遊離トリヨードサイロニン(FT3)を測定。 ・解釈 Basedow病のような原発性甲状腺機能亢進症の場合、TSH低値 - 抑制、FT4、FT3高値となります。

◆カテコラミン過剰
・頭痛、動悸、発汗、顔面蒼白、体重減少、便秘などの症状、高血圧を認めた場合
→褐色細胞腫を疑い、血中遊離メタネフリン、遊離ノルメタネフリンを測定。
・解釈 褐色細胞腫の場合、血中遊離メタネフリン、遊離ノルメタネフリンの上昇を認めます。
 以上のようなホルモン過剰を求めた場合、「内分泌疾患による糖尿病」としてホルモン過剰の原因の精査・加療が必要となりますので、内分泌内科にご紹介ください。

 

糖尿病患者における
アルブミン尿を伴わない
腎機能低下の臨床的意義

東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科
山本 唯
東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 講師
花井 豪
 近年、高齢化に伴う腎硬化症の増加、さらにはレニン・アンジオテンシン系阻害薬使用の増加により、正常アルブミン尿にもかかわらず、腎機能低下を認める糖尿病患者が増加しています(Afkarian M, et al. JAMA 2016 ;316:602)。当科を初診した2型糖尿病患者5,331名における、連続横断研究でも同様の傾向を認めました(Tanaka N, et al. Diabetol Int 2019;10:279)。これまでの研究で、アルブミン尿が腎機能低下のみならず心血管病・死亡の危険因子であることが明らかにされています。しかし、アルブミン尿を伴わないにもかかわらず腎機能低下を有する非典型的な糖尿病患者の臨床的意義について、一定の見解は得られていません。

◆一般集団を対象としたメタ解析
 既存の24のコホートからなる1,345,319名において、アルブミン尿も腎機能低下もない、すなわち腎障害のない群と比較し、アルブミン尿のない腎機能低下群の末期腎不全に至るリスクは有意に高値でした(Levey AS, et al. Kideny Int 2011;80:17)。さらに、同論文の14コホート、105,872名を対象とした解析では、アルブミン尿のない腎機能低下は総死亡においても危険因子となっていました。

◆JDDM54
 では、糖尿病患者ではどうでしょうか。最近、本邦の2型糖尿病患者2,953名を対象とした、多施設共同前向き観察研究「Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group (JDDM) 54」の結果が発表されました(Diabetes Care 2020;43:1102)。腎障害のない1,806名と比較した、アルブミン尿のない腎機能低下群203名の腎アウトカム(観察開始時のeGFRから30%以上の低下)、総死亡のハザード比(95%信頼区間)はそれぞれ1.25(0.91-1.69)、1.46(0.73-2.92)であり、いずれも統計学的に有意なリスク上昇は認めませんでした。

◆当センターのヒストリカル・コホートを用いた大規模観察研究
 上記のように、JDDM54の結果は一般集団を対象とした研究の結果と異なっていました。このことは糖尿病患者に特有なのでしょうか。しかし、JDDM54に登録されたアルブミン尿のない腎機能低下を有する患者群は203名と比較的少数でした。そこで、当センターの大規模コホートを用いて検証した、我々の研究結果を御紹介したいと思います。(Yamamoto Y, et al. Diabetologia in press)。
 対象は、当センターに通院していた成人2型糖尿病患者8,320名で、平均年齢61歳、女性は2,988名(35.9%)でした。観察開始時のアルブミン尿(尿中アルブミン・クレアチニン比 ≥30mg/g)および腎機能低下(eGFR <60mL/min/1.73m2)の有無で4群に分類しました。正常アルブミン尿・腎機能低下群は967名(11.6%)であり、高齢、心血管病の既往が多いなどの特徴を認めました。観察開始時のeGFRから50%以上の低下または腎代替療法の開始をエンドポイントとしたところ、腎障害のない4,509名を対照とした、正常アルブミン尿・腎機能低下群(n= 967)の調整後ハザード比は4.1(2.5-6.7)でした。アルブミン尿の発症、総死亡のハザード比もそれぞれ、2.1(1.7-2.6)、1.5(1.2-2.0)と有意でした。なお、既報同様、アルブミン尿は腎機能低下の有無にかかわらず、その後の腎機能低下および死亡の有意な危険因子でした。

◆おわりに
 腎機能低下を有する正常アルブミン尿の糖尿病患者は、腎障害のない正常アルブミン尿患者と比較すると、その後の腎機能低下、アルブミン尿の発症、さらには死亡のリスクが高いことがわかりました。しかし、このような患者に対する適切な治療法はいまだ確立されておらず、今後の研究が待たれます。

DIABETES NEWS No.181

 
No.181 2021 Autumn

糖尿病患者さんをコロナ感染症から守るために

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・基幹分野長
馬場園哲也
 新型コロナウィルス(以下コロナ)感染症はいまだ収束のきざしがみられないどころか、なお全国的に感染者の増加が続いています。先生方におかれましては日々の診療で大変ご苦労をされていることと思います。

◆糖尿病とコロナ感染
 尿病とコロナ感染との関連につきましては、日本糖尿病学会が不定期に情報を発信しています。「糖尿病と新型コロナウィルス感染症に関するQ&A(第2版)」によりますと、糖尿病患者さんでコロナ感染リスクが増加するとはいえないものの、重症化リスクが高いことが示されています。
 医療ビッグデータの解析を行っているJMDCは、2021年 2月末までに日本でコロナ感染のため入院した7,373人中、ICUでの管理が行われた185名(2.5%)を「重症」と定義し、そのリスク因子を機械学習モデルを用いて解析をしました。その結果、重症化リスクとして判明したのは肥満(リスク1.8倍)、喫煙(1.6倍)、高血圧(1.6倍)とともに、糖尿病(3.4倍)があげられました(https://www.jmdc.co.jp/news/news20210709/)。

◆コロナ感染後DKAを発症し亡くなった患者さん
 先日、都内の糖尿病患者さんがコロナに感染し、自宅療養中に糖尿病ケトアシドーシスを発症したものの、入院可能な医療機関が見つからず、翌日亡くなられたという報道がありました。糖尿病診療に携わる全国の医療者が心を痛めたと思います。当科の患者さんの多くがこのテレビ報道をみており、ショックを受けていました。当院を含めてコロナの入院治療を行っている都内の病院は、現在どこもコロナ病棟がほぼ満床状態です。糖尿病患者さんがコロナのPCRが陽性になれば、今の行政のルールや医療機関の逼迫状態から、緊急時であってもかかりつけの病院に入院できるとは限りません。非常に厳しい状況が続いています。

ワクチン接種を
 この現状でわれわれ糖尿病診療に携わるものが患者さんをコロナ感染から守るためには、まずワクチン接種をより積極的に勧める必要があると思います。糖尿病は、ワクチンの優先接種となる基礎疾患です。副反応に対する懸念などからワクチン接種に消極的な患者さんもおられ、またワクチン接種に対するいろいろな考えがありますが、糖尿病患者さんに対しては科学的な根拠を提供し、理解を得る必要があります。

シックデイ対策
 報道された糖尿病患者さんは、コロナに感染後食欲が低下し、そのためインスリン注射を中止していたとのことでした。インスリン治療中の患者さんは、食事が摂れなくても自己判断でインスリン注射を中断してはならない、というシックデイ対策ができていなかったようです。このことから日本糖尿病学会は、糖尿病患者さんおよび医療機関向けに、「今一度シックデイ対策を」という緊急提言をしています(http://www.jds.or.jp)。一読いただけますようお願いします。
 なおビグアナイド薬やSGLT2阻害薬は、シックデイの際に中止する必要があります。

 

糖尿病と心房細動

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 嘱託医
大武幸子
東京女子医科大学
糖尿病センター 糖尿病センター/中央検査科 教授
佐藤麻子
◆心房細動の有病率は増加
 心房細動は日常診療で最も多くみられる不整脈の一つです。本来なら規則正しく脈を打つ心房が小刻みに動き、けいれんするようになる不整脈です。症状としては脈が飛ぶ、動悸がする、ひどい時には失神することもあります。原因としては、加齢が一番に上げられます。そのほかに、高血圧症、弁膜症、虚血性心疾患、心不全など心臓に関連した疾患、また、肥満や糖尿病、喫煙なども心房細動の発症リスクを高くすると言われています。わが国でも高齢化とともに心房細動の有病率は増加の一途をたどっています。
 心房細動自体は死に至る病気ではありませんが、放置しておくと心房内にできた血栓が血流に乗り脳の血管を詰まらせ血栓性脳梗塞、脈拍が早くなり心不全など致死的な疾患を引き起こすことがあります。特に、非弁膜症性心房細動において、心不全(Congestive heart failure)、高血圧(Hypertension)、年齢(Age)≧75、糖尿病(Diabetes mellitus)、以前の脳梗塞/一過性脳虚血発作(Stroke/TIA)といった因子は脳梗塞の発生率を上昇させる因子であり、それらが累積するとさらに脳梗塞が起こりやすいことが知られています。これをCHADS2スコアと言い、さらに細分化した脳卒中発症リスクCHA2DS2VAScスコアもあります。CHA2DS2-VAScスコア2点以上で経口抗凝固療法の治療が必要となります。

◆日本人2型糖尿病における心房細動の有病率およびリスク因子に関する横断研究
 このように、糖尿病は心房細動の発症のリスク因子であり、かつ心房細動から脳梗塞になるリスク因子でもあるのです。しかし、日本人糖尿病患者における心房細動の有病率や心房細動に対する糖尿病患者特有のリスク因子についてはいまだ不明でした。そこで糖尿病センターでは、日本人2型糖尿病における心房細動の有病率およびリスク因子に関する横断研究を行いました(Otake S et al. Diabetology International.2021. Prevalence and predictors of atrial fibrillation in Japanese patients with type 2 diabetes)。対象は2004年〜2005年に東京女子医科大学糖尿病センターを初診し、心電図を施行した2型糖尿病患者1,650名(女性588名、男性1,059名、平均年齢60歳)です。心房細動の有病率は、4.4%(女性2.5%、男性5.4%)で、3.6%が非弁膜性心房細動でした。心房細動の有病率は年齢が高くなると高率になり、特に70歳以上で顕著に増加していました。その他のリスク因子は、男性、高血圧、血小板減少でした。糖尿病患者は高血圧症のリスクが高く糖尿病と高血圧症の2つの併存が心房細動の有病率上昇の原因になっている可能性があります。本研究において血小板減少と有意な関連を認めましたが、原因が明らかではなく今後更なる研究が必要です。また、2003年の日本人一般人口における心房細動の有病率(Inoue H, et al. Int J Cardiol.;137:102, 2009)と年齢・性を調整したリスク比を検討したところ、糖尿病患者さんは一般人口より心房細動の有病率が約3.5倍であることが判明しました。

◆最後に
 こ日本人2型糖尿病患者でも心房細動有病率は高値であり、日常診療において特に高齢者には心電図検査を定期的に行い、心房細動を早期発見し、早期治療を開始することが重要であると考えます。

 

肥満外科治療を巡る話題

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
近藤有一郎
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 教授
中神朋子
◆はじめに
  肥満に対する外科手術は欧米を中心に1950年代から行われており、食事・運動療法をはじめとする内科的な治療を行っても効果が得られない高度肥満患者に対する治療法として発展してきました。わが国においても、2014年の腹腔鏡下スリーブ胃切除術の保険適応を契機に普及し、当院でも2021年3月から多科・多職種(消化器外科、精神科、循環器内科、麻酔科、睡眠科、栄養課、社会支援部等)と協力して肥満外科治療を開始し、現在までに3名の高度肥満患者に腹腔鏡下スリーブ胃切除術が行われました。いずれも、術後合併症なく、現在に至るまで順調に減量できており、種々の代謝指標も改善しています。

◆肥満外科治療の術式と適応条件
 肥満外科手術として広く行われている術式には胃バンディング術、スリーブバイパス術、スリーブ状胃切除術、胃バイパス術があり、ほぼ全て腹腔鏡を用いて行われています。しかし、わが国では腹腔鏡下スリーブ胃切除術のみが保険診療で可能な術式です。本術式を保険診療で行うための条件は、当初は「6か月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないBMIが35kg/㎡以上の患者であり、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併している患者」とされていました。しかし2020年4月の保険改訂後は、前出の条件、もしくは「6か月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られない BMI32.5〜34.9 kg/㎡の肥満症で、糖尿病を合併しており HbA1cが8.4%以上で、6か月以上の薬物治療を行っても管理困難な高血圧症、脂質異常症や睡眠時無呼吸症候群(AHI30以上)のうち1つ以上を合併していること」となりました。

◆減量手術の効果からみた適応条件の変遷
 わが国で外科治療の適応条件の改訂が行われた背景ですが、糖尿病では手術によって薬物療法から離脱し、なおかつHbA1cが6.5%未満を維持できるなどの寛解が高頻度で生じることが報告されているからです。その機序については、まだ十分に明らかではありませんが、外科治療により体重減少効果だけではなくインクレチン等の消化管ホルモンの分泌パターンの変化、腸内細菌叢の変化、胆汁酸の変化などが考えられています。そのため、肥満外科手術は単なる減量手術(bariatric surgery)から減量・代謝改善手術(metabolic surgery)へと概念の変化があり、その適応も糖尿病などの肥満関連疾患を併発している、より軽度の肥満患者に拡大していることを反映していると言えます。本邦の肥満外科手術件数は諸外国に比べると未だ少ないのが現状ですが、年々増加傾向にあり2019年には757件の手術が行われ、今後も増加が予想されます。

◆肥満外科手術のリスクと注意点
 肥満大国である米国からの報告によれば、腹腔鏡下スリーブ胃切除術の術後30日間の手術関連死亡率は0.3%程度(N Engl J Med.2009), その他の大規模臨床試験からも専門施設における肥満外科手術のリスクは比較的小さいと報告されています。しかし、低頻度ながら特有な合併症として、縫合不全、残胃狭窄やねじれ、逆流性食道炎などが生じ、難治性であるため、リスクについてよく認識しておくことが重要です。また、肺塞栓(肥満者は腹圧が高く足の静脈のうっ滞から血栓ができやすく、術後、歩行再開時に起こる)、心筋梗塞、横紋筋融解症、術後無気肺、腸閉塞、ダンピング症候群、栄養障害、貧血、脱毛、骨粗鬆症、胆石症、術後の皮膚のたるみなどが術後後遺症として挙げられます。

◆終わりに
 糖尿病に対する薬物治療は年々、進歩していますが、内科治療で改善が見込めない患者さんが非常に多く、高度肥満を伴う患者さんにとって肥満外科手術が合併症治療の良い選択肢となる可能性があります。腹腔鏡下スリーブ胃切除術は、胃の容積を小さくすることで食欲を減らし体重を減少させます。しかし、体重減少効果を維持するためには、手術後の栄養・運動療法を守ることが非常に重要です。生活習慣の見直し、栄養・運動療法が続けられない場合、大きくリバウンドし、再手術が必要となるからです。当院においても、内科、外科、メンタルヘルス、栄養、運動、社会支援など各分野の専門家による集学的治療をさらに発展させることにより、治療をより質の高いものにする必要があると思います。

DIABETES NEWS No.180

 
No.180 2021 Summer

インスリン発見100周年後の1型糖尿病治療

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 インスリンが1921年にカナダのトロントで発見され、今年は100周年になります。ご当地トロントでは、 "Insulin 100 Scientific Symposium: 100 Year Ago A Discovery Changed The World"と称された記念の講演会がwebで開かれています。日本でも、先日まで開催された第64回日本糖尿病学会年次学術集会(戸邉一之会長)で、インスリン発見100周年に関連した複数の企画がありました。今後日本糖尿病学会でも、記念の講演会が予定されています。

◆インスリン発見100年後の1型糖尿病治療
 インスリンの発見に次ぐインスリン注射の実用化によって、それまで致死性の疾患であった1型糖尿病が、長期生存が可能な慢性疾患へと変化しました。アメリカのDCCT/EDIC研究では、1型糖尿病患者の死亡率は、年齢・性別・人種で標準化された一般住民の期待死亡率と同等であり、強化インスリン療法を行うことにより、それを下回る可能性が示唆されています(Diabetes Care, 2016)。
 実臨床の現場でのインスリン治療には、いまだ克服すべき多くの課題があります。インスリンの頻回皮下注射や現在使用可能なポンプを用いた持続皮下投与においても、正常の血糖日内変動を達成することは困難であり、重症低血糖で救急搬送される患者さんも少なくありません。

◆1型糖尿病の根治療法
 現時点でインスリン治療からの完全な離脱が可能な根治療法は膵臓移植といえます。日本膵・膵島移植研究会によりますと、2000年から2020年までにわが国で行われた膵移植は465件におよび、他の臓器移植に匹敵する移植成績が得られています。当院で同時期に施行した膵移植73例の20年生存率は73%であり、膵移植待機患者の生存率を遙かに上回る結果でした。
 膵臓移植に比較し侵襲が少ない膵島移植は2020年4月に保険収載されました。単回の膵島移植ではインスリン治療の中止に至りませんが、それでも重症低血糖の回避が可能となり、QOLの著しい向上が期待されます。
 膵あるいは膵島移植の限界として、特にわが国ではドナー不足が深刻です。現在わが国を含めてiPS細胞などを用いた再生医療研究が盛んに行われており、研究成果の結実を期待したいと思います。

人工膵臓の開発
 究極のインスリン治療である人工膵臓の開発も、医療機器メーカー間で熾烈な争いが繰り広げられています。すでに米国では、ハイブリッド型クローズドループ・システムと呼ばれるMedtronic社製のMiniMed 670Gが市販されていますが、Control-IQ Technologyという基礎インスリン注入アルゴリズムを用いたインスリンポンプ(t:slim X2TM、Tandem Diabetes Care社)や、さらにはMiniMed 670Gに新しいアルゴリズムを組み込んだ進化型のハイブリッド型クローズドループ・システムなどが開発され、いずれもより厳格な血糖コントロールの達成が可能となっています(N Engl J Med 2019、Lancet 2021)。
 インスリン発見後100年を超えて、1型糖尿病の治療はどのように進化していくのでしょうか。

 

糖尿病治療薬にかかわる
医療安全対策の取り組み

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
井出理沙
 糖尿病治療薬の多くがハイリスク薬であり、医療の現場でエラーが起きるとその影響は少なくありません。糖尿病を専門としない診療科・病棟において薬剤関連エラーを予防するためには、エラーを起こしにくいシステム作りが欠かせません。今回は糖尿病治療薬にかかわる医療安全対策について、当院での多職種と協働した2つの取り組みをご紹介したいと思います。

◆インスリンスケールの標準化
 血糖値に応じたインスリンスケールは可能な限り使用を控えるべきですが、周術期やシックデイなど急性病態下では汎用されます。血糖区分やインスリン投与量に一定のルールはなく、表記が統一されていないため複雑であり、コミュニケーションエラーの原因となっていました。エラーは標準化により低減するとされています(Harada S, et al. J Eval Clin Pract. 2017; 23: 582)。
 当院でも標準化に取り組むこととし、①各診療科の血糖・スケール内容・件数の洗い出し、②標準化スケールの作成、③関連委員会への提出、④自科および外科系診療科におけるトライアルと修正、⑤並行して低血糖対応フローの作成、⑥医療安全マニュアルへの掲載、⑦運用開始について全診療科・部署が参加する会議体での周知、⑧各診療科固有スケールの整理・削除、の手順を約1年半かけて行いました。
 従来のスケールでは血糖値が201mg/dL以上で対応するという指示が多かったのですが、ADA(米国糖尿病学会)のガイドラインに基づき、181mg/dLとする「標準スケール」、心臓血管外手科術後などより厳格な管理を想定し151mg/dLとする「厳格スケール」、また病態に合わせて設定可能な「個別スケール」の3種類としました。また1つのスケールに食前と就寝前の指示が異なることをどう記載したら正しく伝わるか、医療安全推進部を中心に看護部、薬剤部とともに話し合いと修正を重ねました。運用開始後は、特に問題なく進めることが可能でした。
 今後、インスリン関連インシデントの内容の変化について評価していく予定です。

◆周術期のSGLT2阻害薬の休薬
 SGLT2阻害薬の副作用として正常血糖ケトアシドーシスが広く知られており、手術後に発症したとの報告が散見されます。2020年3月にFDA(アメリカ食品医薬品局)から一部のSGLT2阻害薬の術前3日前からの休薬が推奨されました。これを受け当院では、開腹など侵襲の大きな手術では1週間前から、その他の手術では3日前から休薬することにしました。1週間とした理由は、休薬後も正常の代謝に回復するまでに6日間を要した報告(Peters AL, et al. Diab Care. 2015; 38: 1687)などに基づいています。一方で術前1週間前から休薬すると、血糖コントロールの悪化が懸念されることから、原則術前から入院管理とし糖尿病専門医も介入する方針としました。
 その後、日本糖尿病学会によるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation(2020.12.25改訂版)でも、術前3日前からの休薬が推奨されることとなりました。当院ではより慎重なルールでの運用開始後、半年の間に周術期の正常血糖ケトアシドーシスの報告はありません。今後も周術期血糖管理についてはこのようなルールを決めたうえで、患者さんの病態に基づいたきめ細やかな対応が必要と思われます。

◆最後に
 糖尿病専門医・スタッフは院内の幅広い声に耳を傾け、最新の知見を生かしたシステムを構築する行動力が求められているといえます。今後糖尿病領域において、施設を超えて医療安全対策に関する議論が発展していくことが望まれます。

 

劇症1型糖尿病の膵病理

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 医療練士研修生
滝田美夏子
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 准教授
三浦順之助
 劇症1型糖尿病は急激なβ細胞の破壊が引き起こされ、短期間に血糖値が著しく上昇し、糖尿病性ケトアシドーシス、昏睡をきたす疾患です。発症時膵外分泌酵素の上昇に加え、膵腫大を伴う症例も多く報告されており、内分泌腺だけではなく、外分泌腺の破壊も病因に関与しているのではないかと考えられていました。

◆1型糖尿病の膵病理の報告
 これまで、緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)の膵病理像として、外分泌腺の線維化やlobular atrophyを伴う広範な膵炎像を認めることが報告されており、特に特徴的な所見が膵管閉塞像や、膵管過形成や異形成です(Diabetologia 2016; 59:865)。これらの所見は急性発症1型糖尿病や、劇症1型糖尿病患者の膵所見では認められていません。

◆劇症1型糖尿病の膵病理の特徴
 劇症1型糖尿病に特徴的な膵所見を検討するため、私たちは3例の劇症1型糖尿病膵と、対照群として17例の非糖尿病膵を比較しました。膵島炎は非糖尿病膵では皆無であったのに対し、劇症1型糖尿病膵では58.91%と高頻度に認めました。免疫担当細胞に関しては、白血球共通抗原としてCD45、T細胞のマーカーとして CD3・CD4・CD8、同様にB細胞:CD20、マクロファージ:CD68、樹状細胞:CD11cを染色しました。劇症1型糖尿病膵では膵島内部・周囲、また外分泌腺において、全ての免疫担当細胞が非糖尿病膵と比較して高頻度に浸潤していました。特徴的な所見として、非糖尿病膵と比較して、CD8陽性T細胞、樹状細胞、マクロファージが膵島内部および外分泌腺に有意に多いことが判明しました。
 膵島周囲には樹状細胞を、膵島内部にはCD8陽性T細胞を多く認めたことから、樹状細胞による抗原提示によりCD8陽性T細胞が膵島を破壊する可能性が考えられました。また外分泌腺においても同様に、樹状細胞による抗原提示と、CD8陽性T細胞による破壊像を認めました。

◆エンテロウイルスによる関与
 劇症1型糖尿病の発症機序の一因として指摘されているエンテロウイルスカプシド蛋白(VP1)を染色しました。VP1陽性細胞は膵島内部、外分泌腺、膵管、十二指腸粘膜に認め、膵島内部だけではなく、外分泌腺、膵管、十二指腸粘膜におけるエンテロウイルス感染を示唆する所見と考えられました。一部外分泌腺には膵島と同様、ウイルス感染した外分泌腺組織が壊死した病理像を認めました。

◆ケモカインを介する T細胞活性化
 劇症1型糖尿病で高値を呈するケモカインの一つ、CXCL10とCXCL10のレセプターであるCXCR3を染色しました。CXCL10は膵島および外分泌腺において陽性であり、CXCL10陽性細胞周囲には CXCR3陽性T細胞を認めました。すなわち、サイトカインを介して、活性化した自己反応性 T細胞が膵島および外分泌腺を攻撃する可能性が示唆されました。
 以上まとめますと、十二指腸粘膜から血行性あるいはリンパ行性あるいは、何らかの伝達経路で膵島および外分泌腺のウイルス感染が起こり、膵島、外分泌腺組織に樹状細胞、マクロファージが浸潤し、抗原提示をすることが明らかとなりました。樹状細胞から産生されるケモカインを介して、活性化した自己反応性T細胞により膵島、外分泌腺の炎症が惹起され、最終的にβ細胞が障害される可能性が示唆されました。今回の結果は、劇症1型糖尿病におけるウイルス感染経路を検討する上で重要な手がかりになると考えます(Takita M et al. JCEM;104:4282, 2019)。(本研究は沖中記念成人病研究所(小林哲郎所長)の下で行われました。)

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