DIABETES NEWS No.180
 
No.180 2021 Summer

インスリン発見100周年後の1型糖尿病治療

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 インスリンが1921年にカナダのトロントで発見され、今年は100周年になります。ご当地トロントでは、 "Insulin 100 Scientific Symposium: 100 Year Ago A Discovery Changed The World"と称された記念の講演会がwebで開かれています。日本でも、先日まで開催された第64回日本糖尿病学会年次学術集会(戸邉一之会長)で、インスリン発見100周年に関連した複数の企画がありました。今後日本糖尿病学会でも、記念の講演会が予定されています。

◆インスリン発見100年後の1型糖尿病治療
 インスリンの発見に次ぐインスリン注射の実用化によって、それまで致死性の疾患であった1型糖尿病が、長期生存が可能な慢性疾患へと変化しました。アメリカのDCCT/EDIC研究では、1型糖尿病患者の死亡率は、年齢・性別・人種で標準化された一般住民の期待死亡率と同等であり、強化インスリン療法を行うことにより、それを下回る可能性が示唆されています(Diabetes Care, 2016)。
 実臨床の現場でのインスリン治療には、いまだ克服すべき多くの課題があります。インスリンの頻回皮下注射や現在使用可能なポンプを用いた持続皮下投与においても、正常の血糖日内変動を達成することは困難であり、重症低血糖で救急搬送される患者さんも少なくありません。

◆1型糖尿病の根治療法
 現時点でインスリン治療からの完全な離脱が可能な根治療法は膵臓移植といえます。日本膵・膵島移植研究会によりますと、2000年から2020年までにわが国で行われた膵移植は465件におよび、他の臓器移植に匹敵する移植成績が得られています。当院で同時期に施行した膵移植73例の20年生存率は73%であり、膵移植待機患者の生存率を遙かに上回る結果でした。
 膵臓移植に比較し侵襲が少ない膵島移植は2020年4月に保険収載されました。単回の膵島移植ではインスリン治療の中止に至りませんが、それでも重症低血糖の回避が可能となり、QOLの著しい向上が期待されます。
 膵あるいは膵島移植の限界として、特にわが国ではドナー不足が深刻です。現在わが国を含めてiPS細胞などを用いた再生医療研究が盛んに行われており、研究成果の結実を期待したいと思います。

人工膵臓の開発
 究極のインスリン治療である人工膵臓の開発も、医療機器メーカー間で熾烈な争いが繰り広げられています。すでに米国では、ハイブリッド型クローズドループ・システムと呼ばれるMedtronic社製のMiniMed 670Gが市販されていますが、Control-IQ Technologyという基礎インスリン注入アルゴリズムを用いたインスリンポンプ(t:slim X2TM、Tandem Diabetes Care社)や、さらにはMiniMed 670Gに新しいアルゴリズムを組み込んだ進化型のハイブリッド型クローズドループ・システムなどが開発され、いずれもより厳格な血糖コントロールの達成が可能となっています(N Engl J Med 2019、Lancet 2021)。
 インスリン発見後100年を超えて、1型糖尿病の治療はどのように進化していくのでしょうか。

 

糖尿病治療薬にかかわる
医療安全対策の取り組み

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
井出理沙
 糖尿病治療薬の多くがハイリスク薬であり、医療の現場でエラーが起きるとその影響は少なくありません。糖尿病を専門としない診療科・病棟において薬剤関連エラーを予防するためには、エラーを起こしにくいシステム作りが欠かせません。今回は糖尿病治療薬にかかわる医療安全対策について、当院での多職種と協働した2つの取り組みをご紹介したいと思います。

◆インスリンスケールの標準化
 血糖値に応じたインスリンスケールは可能な限り使用を控えるべきですが、周術期やシックデイなど急性病態下では汎用されます。血糖区分やインスリン投与量に一定のルールはなく、表記が統一されていないため複雑であり、コミュニケーションエラーの原因となっていました。エラーは標準化により低減するとされています(Harada S, et al. J Eval Clin Pract. 2017; 23: 582)。
 当院でも標準化に取り組むこととし、①各診療科の血糖・スケール内容・件数の洗い出し、②標準化スケールの作成、③関連委員会への提出、④自科および外科系診療科におけるトライアルと修正、⑤並行して低血糖対応フローの作成、⑥医療安全マニュアルへの掲載、⑦運用開始について全診療科・部署が参加する会議体での周知、⑧各診療科固有スケールの整理・削除、の手順を約1年半かけて行いました。
 従来のスケールでは血糖値が201mg/dL以上で対応するという指示が多かったのですが、ADA(米国糖尿病学会)のガイドラインに基づき、181mg/dLとする「標準スケール」、心臓血管外手科術後などより厳格な管理を想定し151mg/dLとする「厳格スケール」、また病態に合わせて設定可能な「個別スケール」の3種類としました。また1つのスケールに食前と就寝前の指示が異なることをどう記載したら正しく伝わるか、医療安全推進部を中心に看護部、薬剤部とともに話し合いと修正を重ねました。運用開始後は、特に問題なく進めることが可能でした。
 今後、インスリン関連インシデントの内容の変化について評価していく予定です。

◆周術期のSGLT2阻害薬の休薬
 SGLT2阻害薬の副作用として正常血糖ケトアシドーシスが広く知られており、手術後に発症したとの報告が散見されます。2020年3月にFDA(アメリカ食品医薬品局)から一部のSGLT2阻害薬の術前3日前からの休薬が推奨されました。これを受け当院では、開腹など侵襲の大きな手術では1週間前から、その他の手術では3日前から休薬することにしました。1週間とした理由は、休薬後も正常の代謝に回復するまでに6日間を要した報告(Peters AL, et al. Diab Care. 2015; 38: 1687)などに基づいています。一方で術前1週間前から休薬すると、血糖コントロールの悪化が懸念されることから、原則術前から入院管理とし糖尿病専門医も介入する方針としました。
 その後、日本糖尿病学会によるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation(2020.12.25改訂版)でも、術前3日前からの休薬が推奨されることとなりました。当院ではより慎重なルールでの運用開始後、半年の間に周術期の正常血糖ケトアシドーシスの報告はありません。今後も周術期血糖管理についてはこのようなルールを決めたうえで、患者さんの病態に基づいたきめ細やかな対応が必要と思われます。

◆最後に
 糖尿病専門医・スタッフは院内の幅広い声に耳を傾け、最新の知見を生かしたシステムを構築する行動力が求められているといえます。今後糖尿病領域において、施設を超えて医療安全対策に関する議論が発展していくことが望まれます。

 

劇症1型糖尿病の膵病理

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 医療練士研修生
滝田美夏子
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 准教授
三浦順之助
 劇症1型糖尿病は急激なβ細胞の破壊が引き起こされ、短期間に血糖値が著しく上昇し、糖尿病性ケトアシドーシス、昏睡をきたす疾患です。発症時膵外分泌酵素の上昇に加え、膵腫大を伴う症例も多く報告されており、内分泌腺だけではなく、外分泌腺の破壊も病因に関与しているのではないかと考えられていました。

◆1型糖尿病の膵病理の報告
 これまで、緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)の膵病理像として、外分泌腺の線維化やlobular atrophyを伴う広範な膵炎像を認めることが報告されており、特に特徴的な所見が膵管閉塞像や、膵管過形成や異形成です(Diabetologia 2016; 59:865)。これらの所見は急性発症1型糖尿病や、劇症1型糖尿病患者の膵所見では認められていません。

◆劇症1型糖尿病の膵病理の特徴
 劇症1型糖尿病に特徴的な膵所見を検討するため、私たちは3例の劇症1型糖尿病膵と、対照群として17例の非糖尿病膵を比較しました。膵島炎は非糖尿病膵では皆無であったのに対し、劇症1型糖尿病膵では58.91%と高頻度に認めました。免疫担当細胞に関しては、白血球共通抗原としてCD45、T細胞のマーカーとして CD3・CD4・CD8、同様にB細胞:CD20、マクロファージ:CD68、樹状細胞:CD11cを染色しました。劇症1型糖尿病膵では膵島内部・周囲、また外分泌腺において、全ての免疫担当細胞が非糖尿病膵と比較して高頻度に浸潤していました。特徴的な所見として、非糖尿病膵と比較して、CD8陽性T細胞、樹状細胞、マクロファージが膵島内部および外分泌腺に有意に多いことが判明しました。
 膵島周囲には樹状細胞を、膵島内部にはCD8陽性T細胞を多く認めたことから、樹状細胞による抗原提示によりCD8陽性T細胞が膵島を破壊する可能性が考えられました。また外分泌腺においても同様に、樹状細胞による抗原提示と、CD8陽性T細胞による破壊像を認めました。

◆エンテロウイルスによる関与
 劇症1型糖尿病の発症機序の一因として指摘されているエンテロウイルスカプシド蛋白(VP1)を染色しました。VP1陽性細胞は膵島内部、外分泌腺、膵管、十二指腸粘膜に認め、膵島内部だけではなく、外分泌腺、膵管、十二指腸粘膜におけるエンテロウイルス感染を示唆する所見と考えられました。一部外分泌腺には膵島と同様、ウイルス感染した外分泌腺組織が壊死した病理像を認めました。

◆ケモカインを介する T細胞活性化
 劇症1型糖尿病で高値を呈するケモカインの一つ、CXCL10とCXCL10のレセプターであるCXCR3を染色しました。CXCL10は膵島および外分泌腺において陽性であり、CXCL10陽性細胞周囲には CXCR3陽性T細胞を認めました。すなわち、サイトカインを介して、活性化した自己反応性 T細胞が膵島および外分泌腺を攻撃する可能性が示唆されました。
 以上まとめますと、十二指腸粘膜から血行性あるいはリンパ行性あるいは、何らかの伝達経路で膵島および外分泌腺のウイルス感染が起こり、膵島、外分泌腺組織に樹状細胞、マクロファージが浸潤し、抗原提示をすることが明らかとなりました。樹状細胞から産生されるケモカインを介して、活性化した自己反応性T細胞により膵島、外分泌腺の炎症が惹起され、最終的にβ細胞が障害される可能性が示唆されました。今回の結果は、劇症1型糖尿病におけるウイルス感染経路を検討する上で重要な手がかりになると考えます(Takita M et al. JCEM;104:4282, 2019)。(本研究は沖中記念成人病研究所(小林哲郎所長)の下で行われました。)

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