DIABETES NEWS No.173
 
No.173 2019 November/December 

「糖尿病診療ガイドライン 2019」が刊行されました

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 日本糖尿病学会はこのたび「糖尿病診療ガイドライン 2019」(以下 JDS2019)を刊行しました。3年ぶりの改訂となる今回の主な変更点について述べたいと思います。

◆「標準体重」から「目標体重」へ
 第3章食事療法のQ3-3「総エネルギー摂取量をどのように定めるか?」は、最も注目すべき改訂といえます。総エネルギー摂取量を設定する際の体重について、前回までのガイドラインでは、body mass index (BMI, kg/m2)が22となる標準体重を用いていました。JDS2019では標準体重という言葉が目標体重と言い換えられ、65歳未満ではこれまで通りBMI22、65歳以上ではBMI22~25と幅を持たせています。日本人における最近のエネルギー消費量調査、日本人糖尿病患者におけるBMIと総死亡率、さらには高齢者におけるフレイル予防などが考慮された結果といえます。

◆炭水化物の摂取量
 低炭水化物食の議論は続いており、その有効性と安全性についてはいまだエビデンスが不十分といえます。Q3-5「炭水化物の摂取量は糖尿病の管理にどう影響するか」に対するステートメントは、「炭水化物摂取量と糖尿病の発症リスク、糖尿病の管理状態との関連性は確認されていない」と、前回とほぼ同様の記載となっています。

◆血糖降下薬の選択
 昨年アメリカ糖尿病学会(ADA)とヨーロッパ糖尿病学会(EASD)が発表したコンセンサスガイドラインでは、メトホルミンを第一選択薬とすることが踏襲され、加えて最近のエビデンスに基づいて各糖尿病薬間の差別化を図ったアルゴリズムが示されました(DIABETES NEWS No.167「ADAとEASDからの2型糖尿病患者の高血糖管理に関するコンセンサスレポート」参照)。また本年9月には、ヨーロッパ心臓病学会(ESC)とEASDの共同によるガイドラインが改訂され、心血管病の既往があるかそのリスクが高い患者では、メトホルミンではなく初めからSGLT2阻害薬かGLP-1受容体作動薬を使用することが推奨されています。
 JDS2019では、Q5-2「血糖降下薬の選択はどのように行うか?」に対して「薬物の選択は、それぞれの薬物作用の特性や副作用を考慮に入れながら、各患者の病態に応じて行う」というステートメントが返され、第一選択薬を特に指定しない従来の考え方が踏襲されました。その理由として、日本人と欧米人では2型糖尿病の病態やライフスタイルが異なることなどが挙げられています。

◆糖尿病(性)腎症
 2018年に日本腎臓学会が刊行した「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2018」で提唱された糖尿病性腎臓病(DKD)という概念は、その定義や糖尿病性腎症との違いが不明確であることから混乱が生じています(馬場園哲也:DITN No.480,2018)。JDS2019ではこれまで同様、糖尿病性腎症という疾患名が引き続き用いられました。今後両学会の意見調整が必要です。

 

79th ADA Scientific Sessionsに参加してきました!!

東京女子医科大学糖尿病センター
内科 後期研修医
山本 唯
東京女子医科大学糖尿病センター
内科 講師
花井 豪
 2019年6月7日~11日、カルフォニア州サンフランシスコで開催された、79th American Diabetes Association Scientific Sessionに参加してきました。梅雨入りした日本と打って変わって晴天の日が続き、午後7時を過ぎても明るい街では、テラスで夕食をとる人で賑わっていました。今回私たちは、「Renal Outcome of Patients With Type 2 Diabetes Exhibiting Normoalbuminuric Renal Insufficiency」という演題でポスター発表し、多くの先生方に興味を持っていただくことができました。

◆PIONEER 6
 会期中、数多くの演題の中でも、とくに注目を集めたのは、経口GLP-1受容体作動薬セマグルチドの、心血管イベント抑制効果を検討した「PIONEER 6」(N Engl J Med 2019;381:841)でした。心血管リスクが高い2型糖尿病患者3,183例が登録され、経口セマグルチド群1,591例、プラセボ群1,592例に1:1でランダムに割り付けられ、中央値で15.9ヶ月追跡されました。
 心血管イベント発症は、プラセボ群の76例に対し、経口セマグルチド群61例であり(ハザード比0.79、95%信頼区間0.57-1.11)、プラセボに対する非劣性は証明されましたが、優越性を示すまでには至りませんでした。ほぼ同様のサンプルサイズで、皮下投与セマグルチドの心血管イベントに対する効果を検討した「SUSTAIN-6」ではプラセボ群に対するセマグルチド群のハザード比は0.74(95%信頼区間0.58-0.95)とセマグルチドの優越性が示されています(N Engl J Med 2016;375:1834)。
 血糖コントロール改善効果、体重減少効果は両薬剤で差がなく、今後、本邦における経口セマグルチド上市が期待されるところです。

◆CAROLINA
 DPP-4阻害薬に関しては、これまで4つの大規模なCardiovascular Outcomes Trial(CVOT)が実施されていますが、いずれもプラセボとの非劣性が証明されるにとどまっています。こうした中で行われた「CAROLINA」(JAMA, in press)は、DPP-4阻害薬リナグリプチンとSU薬グリメピリドという、実薬同士を比較した唯一のCVOTであり、長年議論されてきたSU薬の心血管イベントに対する安全性を検証するという点でも注目を集めていました。
 心血管リスクが高い2型糖尿病患者6,033例が登録され、リナグリプチン群3,023例、グリメピリド群3,010例に1:1でランダムに割り付けられました。追跡期間の中央値は6.3年と糖尿病治療薬のCVOTとしては最長となっています。結果ですが、心血管イベント発症は、グリメピリド群の362例に対し、リナグリプチン群356例であり(ハザード比0.98、95%信頼区間0.84-1.14)、グリメピリドに対するリナグリプチンの非劣性は証明されたものの、優越性は認められませんでした。血糖コントロール改善効果は両群で同等でしたが、グリメピリド群でリナグリプチン群に比し、体重増加および低血糖のリスクは有意に高くなっていました。本試験の総括で、糖尿病専門の医師は体重・低血糖リスク増加の点から、薬価を考慮しなければ、SU薬よりDPP-4阻害薬を用いることを支持する、と主張していました。一方、循環器専門医は、それにもかかわらず心血管イベント発症は両群で差がないことから、薬価の面からもSU薬を見直す必要があると、両者の意見が分かれていたのは興味深い点でした。今後のさらなる議論が注目されます。
 このほかにも、魅力的な演題が目白押しであり、大変有意義で実りの多い5日間でした。本学会で学習したことを日々の診療に活かして、今後の研究に邁進していきたいと思います。

 

糖尿病患者の"働き方改革"

東京女子医科大学 糖尿病センター
助教
大屋純子
◆はじめに
 今年4月より、働き方改革関連法案の一部が施行され、「働き方改革」は広く認知されつつあります。この「働き方改革」の目的の一つに、常態化している長時間労働の是正があります。長時間労働は、睡眠や休養時間を減少させ、不規則な食習慣、運動不足などから重大な健康障害を引き起こす可能性があります。

◆長時間労働、不健康な食習慣と血糖コントロール
 最近、日本人の若年2型糖尿病患者を対象とした、労働条件(労働時間、職種、雇用形態やシフト勤務)と不健康な生活習慣が、血糖コントロールに及ぼす影響を前向きに検討した論文が報告されました(J Diabetes Investig 2019;10:73-83)。この研究では、2011~12年に96か所の病院や診療所に通院した20~40歳の2型糖尿病患者478人(男性352人、女性126人)において、1年後の血糖コントロール不良(HbA1c7.0%以上)に影響する因子を検討しました。多変量ロジステック回帰分析の結果、男性では糖尿病罹病期間が10年超(オッズ比2.43)、観察開始時のHbA1cが7%以上(同8.50)、朝食を抜き、かつ夕食が遅い(同2.50)、週60時間以上の労働(同2.92)が血糖コントロール不良と関連する因子でした。女性では観察開始時のHbA1cが7%以上(オッズ比17.96)、経口血糖降下薬使用(同12.49)、インスリン治療(同11.60)が関連因子で、労働時間や食習慣との関連はみられませんでした。
 長時間労働は仕事のストレスや緊張が継続するため、カウンターホルモンの上昇やストレス食いなどを引き起こすことにより血糖コントロールを悪化させると考えられます。本研究でみられた結果の性差の原因として筆者らは、男性では夜型の生活で体脂肪増加よりも筋肉量低下が著しく、それがインスリン抵抗性につながっている可能性や、女性の対象者数が少なかったことなどを挙げています。カナダからの報告では、労働時間が週45時間以上の女性は、週35~40時間の女性と比較し2型糖尿病発症リスクが63%上昇するとされており(BMJ Open Diabetes Res Care 2018;6:e000496)、女性の労働環境も健康状態に大きく影響する可能性が否定できません。
 過去の研究で2型糖尿病患者が朝食を抜くと昼食や夕食後の血糖値のピークが上昇することが報告されています(Diabetes Care 2015;38:1820-6)。本研究では、男性において、朝食を抜き、かつ夕食が遅いことが血糖コントロール不良と関連し、いずれかだけでは有意な関連は見られませんでした。日本人若年2型糖尿病患者では、朝食を抜いたことによるその後の食後血糖ピークの上昇のみならず、夕食が遅いことで夕食を食べすぎてしまうことや、夜間に血糖高値が継続することがHbA1c上昇に深く関わっていると考えられます。

◆おわりに
 糖尿病における血糖コントロールには生活習慣の改善が最重要であるとわかっていても、若年の勤労者では自分で時間の調整をすることが困難な状況があります。「働き方改革」により長時間労働が抑制され、健康障害を発生させない労働環境に変化していくことが望まれます。

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