DIABETES NEWS No.167
 
No.167 2018 November/December 

ADAとEASDからの2型糖尿病患者の高血糖管理に関するコンセンサスレポート

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 本年10月にAmerican Diabetes Association(ADA)とEuropean Association for the Study of Diabetes(EASD)から、成人2型糖尿病患者の高血糖管理に関するコンセンサスレポートが発表されました。今回は2012年と2015年版を改訂したもので、特に2014年以降の論文が精査された結果、新しい提言が加わっています。本号では、今回のコンセンサスレポートの中の薬物療法に関する点について、解説を試みます。

◆コンセンサスレポート2015
 前回2015年の発表では、メトホルミンを第1選択とし、コントロールが不十分な場合には、スルホニル尿素(SU)薬、チアゾリジン薬、DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、さらには持効型インスリンを並列に扱い、個々の患者の状態や薬剤特性によって、いずれかを選択することがすすめられました。ただし具体的に実臨床において、どのような患者にどの糖尿病薬を使用するかに関する情報は不十分でした。

◆コンセンサスレポート2018における改定
 今回の改定では、最近のエビデンスに基づき大きな改変が行われました。特に、本DIABETES NEWS No.165「糖尿病薬の臓器保護効果」(http://twmu-diabetes.jp/network/diabetes-news-no165.php)で述べたような、SGLT2阻害薬およびGLP‒1受容体作動薬の心血管あるいは腎イベント抑制効果を示した、最近の大規模臨床試験の結果に基づいた提言といえます。
 すなわち、メトホルミンを第1選択とすることは踏襲され、その併用薬は、まず動脈硬化性血管障害(ASCVD)と慢性腎臓病(CKD)の有無を考慮し、①ASCVD合併例ではGLP-1受容体作動薬あるいはSGLT2阻害薬、②心不全あるいはCKDがある場合はSGLT2阻害薬を優先し、腎機能などによってSGLT2阻害薬の効果が期待できない場合はGLP-1受容体作動薬、これらの合併がなく、③低血糖の回避に対する切迫した必要性がある場合は、DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬、SGLT-2阻害薬あるいはチアゾリジン薬、④体重増加を最小限にするか体重を減少させる必要性がある場合にはGLP-1受容体作動薬あるいはSGLT-2、さらに⑤医療コストが重大な課題である場合にはSU薬あるいはチアゾリジン薬の優先的選択を勧めています。

◆わが国ではどのように考えるか
 前回に比べ今回は、エビデンスに基づいて各糖尿病薬間の差別化を図っており、個々の患者の状態から、より適切な薬剤を選択する点に関して有意義であると思います。ただし、元々日本人ではASCVD発症率が欧米に比べて少ないことや、最近の大規模臨床試験で使用された糖尿病薬の用量が、必ずしも日本では承認されていないことに留意する必要があります。今回のコンセンサスレポートを参考にしながら、No.165の繰り返しになりますが、今後日本人のエビデンスを構築していく必要があると思います。

 

PCSK9阻害薬の実力:FOURIER試験の結果から

東京女子医科大学 糖尿病センター
助教  長谷川夕希子
教授  中神朋子
 PCSK9阻害薬は、LDL受容体の分解を促進するプロ蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)をターゲットとする新しい機序の高コレステロール血症治療薬です。PCSK9阻害薬が強力なLDL-C低下作用を示すことは以前の本Newsでもご紹介しました(http://twmu-diabetes.jp/network/diabetes-news-no152.php)。今回は、初めて上市されたPCSK9阻害薬であるエボロクマブの、心血管イベント抑制効果に関する最新のエビデンスをご紹介したいと思います。

◆PCSK9阻害薬の心血管イベントに対する効果
 FOURIER(Further Cardiovascular Outcomes Research with PCSK9 Inhibition in Subjects with Elevated Risk)は、アテローム動脈硬化性心血管疾患に対するエボロクマブの二次予防効果と安全性を評価することを目的に行われた無作為化プラセボ対照二重盲検試験です(N Engl J Med 2017;376:1713-1722)。対象は心血管疾患の既往を有し、中強度~高強度のスタチンを内服している27,564名、平均年齢63歳、男性75%で、アジア人が3,835名含まれていました。対象患者を無作為にエボロクマブ群とプラセボ群に割り付け、主要評価項目として心血管死、心筋梗塞、脳卒中、不安定狭心症による入院、冠動脈再建術の発症・発生率が比較されました。
 エボロクマブ群のLDL-C中央値は試験開始時の92mg/dLから48週目に30mg/dLまで低下し、その効果は試験期間を通して持続しました。中央値2.2年の追跡後、上記主要心血管イベントの発生率はエボロクマブ群9.8%、プラセボ群11.3%であり、エボロクマブ群で15%有意に減少しました。

◆PCSK9阻害薬の糖尿病患者での効果
 その後、糖尿病合併の有無で分類したサブ解析の成績が発表されました(Lancet Diabetes Endocrinol 2017;5:941-950)。その結果、エボロクマブ群での主要心血管イベント減少率は糖尿病患者17%、非糖尿病患者13%であり、糖尿病の有無に関わらず有意に減少したことが明らかにされました。また、スタチンは糖尿病の新規発症リスクを高めることが知られていますが、エボロクマブ投与によって糖尿病の新規発症リスクが増加しないことも併せて報告されました。

◆PCSK9阻害薬の末梢動脈疾患に対する効果
 さらに本年1月、末梢動脈疾患(症候性PAD)患者3,642名におけるエボロクマブの効果が発表されました(Circulation 2018;137:338-350)。PAD有病者では、エボロクマブ群で主要心血管イベントの発生率が21%、PAD非有病者で14%減少しました。また、エボロクマブ投与により急性下肢虚血、下肢切断、末梢血管再建術が42%減少したことも明らかにされました。

◆本邦におけるPCSK9阻害薬の適正使用
 FOURIER本試験とそのサブ解析はエボロクマブが心血管イベントの発症を有意に抑制することを明らかにしました。一方で、本剤の薬価は高額で、長期間の使用に伴う副作用情報が不十分です。そのため、日本動脈硬化学会は、エゼチミブ併用かつスタチン最大耐用量でLDL-Cが管理目標値に達しない家族性高コレステロール血症ヘテロ接合体や冠動脈疾患二次予防例を中心に使用するよう推奨しています。(http://www.j-athero.org/topics/pdf/seimei_20180302.pdf)。本薬剤については、最新の情報に注意を払い、使用に際しては経験ある専門医への相談が望まれます。

 

妊娠糖尿病と腎障害

東京女子医科大学 糖尿病センター
医療練士研修生  鈴木智子
講師  柳澤慶香
◆はじめに
 妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus, GDM)は、妊娠中に初めて発見または発症する糖尿病に至っていない糖代謝異常です。周産期合併症を増加させ、さらに出産後に耐糖能が正常化するものの将来的に2型糖尿病発症のリスクが高くなるため、しっかりと管理していくことが大切になります。
 近年、GDM妊婦における炎症マーカーの上昇や血管内皮障害が報告されており、GDMの既往のある女性は、2型糖尿病だけでなく、脂質異常症、高血圧、心血管系疾患の発症リスクが高くなることも明らかとなってきています。

◆妊娠糖尿病の既往と腎機能障害
 最近デンマークより、GDMがその後の腎機能障害の早期リスク因子となるかを検討した前向き研究の結果が報告されました(Diabetes Care 2018;41:1378-84)。
 対象は1996年から2002年に出産した妊婦で、GDM妊婦607人、正常妊婦619人です。産後9〜16年(平均13年)に、血糖値、HbA1cの測定または75gOGTTが施行され、糖尿病の有無が評価されました。同時に尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)、血清クレアチニン、推算糸球体濾過量(eGFR)を測定しました。UACR20mg/g Cr以上をアルブミン尿、eGFRが95th percentile(116.4mL/min/1.73m2)以上を糸球体過剰濾過と定義しました。
 フォローアップ時、GDM妊婦の30.2%、正常妊婦の1.5%が2型糖尿病と診断されました。まずeGFRを、GDMの既往の有無で比較すると、その後の糖尿病の発症の有無に関わらず、GDMの既往がある群はない群に比べ有意に高値でした。GDMの既往がありその後糖尿病と診断された群、糖尿病に至らなかった群、GDMの既往がなくその後糖尿病と診断された群、糖尿病に至らなかった群の4群間の比較では、GDMの既往があり糖尿病と診断された群のeGFRが最も高値であり、GDMの既往がなくその後糖尿病に至らなかった群に対する糸球体過剰濾過のリスクは3.2倍でした。
 次にUACRですが、GDMの既往がありその後糖尿病と診断された群では、GDMの既往がなく糖尿病に至らなかった群と比較し高値であり、アルブミン尿の出現リスクは2.3 倍でした。
 以上の結果から、GDMの既往のある女性は、その後の糖尿病の発症の有無に関わらず、糸球体過剰濾過すなわち潜在的な腎障害を生じる可能性、つまりGDMの既往が早期腎障害の予測因子となる可能性が示唆されました。そして、GDMの既往のある女性がその後糖尿病を発症すると、アルブミン尿の出現という顕在化した腎障害を呈することが示されました。

◆最後に
 現在、日本人におけるGDMは妊婦全体の10%にのぼると予想されており、年々増加しています。今回の研究から、GDM既往が将来の腎障害の予測因子となる可能性が示されました。GDM患者を出産後もしっかりとフォローアップしていくことで、耐糖能障害のみならず、腎機能障害の早期発見、予防につながることが期待されます。

このページの先頭へ