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No.168 | | 2019 January/February |
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リリーインスリン50年賞と内潟安子先生の糖尿病療養指導鈴木万平賞受賞
東京女子医科大学 糖尿病・代謝内科学講座 教授・講座主任
馬場園哲也
インスリン50年賞とは、インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病患者さんを称える賞であり、日本では2003年以降、多くの患者さんが受賞されています。
本ニュース146号でもこの賞について紹介しており、また本学名誉教授の大森安惠先生が「糖尿病と妊娠」18巻2号45-52頁(2018)に、日本でこれまでに50年賞を受けられた方々の実態に関する詳細な総説を書かれていますのでご参照下さい。2018年11月7日に都内のホテルで開かれた、第16回目のリリーインスリン50年賞表彰式に参加してきましたので、私の感想をお話ししたいと思います。
◆50年のインスリン治療の重み
私が糖尿病専門医を目指して東京女子医科大学糖尿病センターに入局したのは今から35年前であり、今回50年賞を受賞された方々は、それよりも15年前からインスリン治療を続けてこられたことになります。私は当時小学生でした。もちろん、インスリンという言葉すら知らなかったと思います。
私が医師になった35年前の夏休みに、糖尿病センターの小児・ヤンググループが主催した、第3回小児若年糖尿病全国ジャンボリーに参加しました。糖尿病センターでの内科研修を始めたばかりでしたので、病棟で1型糖尿病患者さんを受け持ったことも少なく、この会で初めて多くの1型糖尿病患者さんに出会いました。当時は、ヒトインスリンではなくブタインスリンが使われており、1mL40単位(U-40)であったため、成長期でインスリン注射量が多い子供は2.5mlの注射器を使ってインスリンを打っていることに衝撃を受けました。注射針も今から比べると太く、血糖自己測定用の試験紙もまだ保険適応になっていませんでした。
このさらに15年前から現在までの50年間、インスリン治療を継続されてきた方々の経験は極めて貴重であり、われわれ糖尿病診療に携わる医療者に対して多くのものを教えています。
◆糖尿病療養指導の重要性
一方で、様々な課題の抱える若い1型糖尿病に対しては、患者さん自身の努力のみならず、医師、看護師、管理栄養士などの医療チームによる療養指導や精神的な支えが重要です。この原稿を書いている最中に、当科名誉教授で現在東京女子医科大学東医療センター院長の内潟安子先生が、平成31年度(第12回)糖尿病療養指導鈴木万平賞の受賞者に決定したとのニュースが入ってきました。内潟教授は、長年若年の糖尿病患者さんの診療と研究に携わり、それこそ寝る間を惜しんで患者さんの療養指導に尽力されてきました。内潟教授が受賞されるにあたり、推薦をいただいた、日本糖尿病協会理事長の清野裕先生に感謝申し上げます。
今後も1型糖尿病の治療と療養指導の向上を目指して、メディカルスタッフともども尽力したいと思います。
糖尿病患者における冠動脈CTの有用性と限界
東京女子医科大学附属
成人医学センター 糖尿病内科
助教 大澤真里
◆糖尿病と無症候性心筋虚血〜発見の難しさ〜
無症候性心筋虚血は糖尿病患者の3〜15%に存在するとされ、日常診療でもしばしば経験します。無症候性心筋虚血をスクリーニングする方法は確立されておらず、早期に適切な治療介入が困難な状態です。安静時心電図、心エコー、ホルター心電図検査等では早期に発見しづらく、典型的な労作時の胸痛がないため、問診のみから疑うことは不可能です。トレッドミル負荷検査や心筋シンチグラフィーは発見に有用ですが、運動負荷検査の負担、検査設備、検査費用、放射線被曝などの問題があり、陰性的中率も不十分です。
◆無症候例における冠動脈CTの今までの位置づけ
冠動脈造影CT(以下冠動脈CT)は、これまで無症候性心筋虚血のスクリーニング検査として積極的には推奨されてきませんでした。2010年にアメリカ心臓学会から発表された「心臓CTの適正使用に関するガイドライン」では、無症候例に冠動脈CTを施行することは原則、不適切とされました。その後、前向き国際多施設登録であるCONFIRMでも無症候例に冠動脈CTを行う正当性はないとされ、さらに2014年、多施設ランダム化試験のThe FACTOR-64では、無症候で重度の1型、2型糖尿病に対しスクリーニングとして冠動脈CTを行うことは、4年間の観察期間における全死亡、非致死性心筋梗塞や不安定狭心症を含めた心血管イベントを減らすことはできなかったと報告されました。
しかし、2013年に米国で、無症候の糖尿病症例で冠動脈性心疾患の危険度が高いとされた場合、運動負荷心電図の施行は適切とされ、負荷心筋SPECT、負荷心エコー、負荷MRI、冠動脈石灰化評価、冠動脈CTの施行はすべて「適切かもしれない」と発表されました。今後の大規模臨床試験での検討が待たれます。
◆冠動脈CTの有用性
2016年6月から2017年12月までに東京女子医科大学成人医学センターで冠動脈CTを施行した無症候の糖尿病患者211名において、50名(23.7%)に70%以上の有意狭窄を認め、その内の20名(9.5%)にステント治療(19例、9%)もしくはバイパス治療(1例、0.5%)を必要としました。20名の方にインターベンションが必要な病変を発見できたことは大変有意義であり、有意狭窄が発見されない症例であっても、広範囲にプラークを認めれば、脂質をさらに厳しくコントロールするなど、個々の患者の治療目標を設定することができます。リスクファクターの管理が比較的容易になった今日、自分の目の前の患者さんに本当にあった治療を判断する上で、とても有用な検査と考えられます。
高い陰性的中率も冠動脈CT検査の大きな利点です。64列CTを行った695症例のメタ解析では、冠動脈狭窄検出の感度88%、特異度96%、陽性的中率79%、陰性的中率98%との結果でした。また、被検者の運動能力は必要としないため、運動負荷が行えない症例にも施行可能な検査です。
◆冠動脈CT検査の限界
高度石灰化例では冠動脈の評価が困難であり、長期喫煙者などの石灰化病変が強い症例では、過剰評価されやすいことに注意が必要です。造影剤を使用する検査のため、腎機能低下例、蕁麻疹などのアレルギー、甲状腺疾患、気管支喘息を有する症例では施行に際して慎重な判断が望まれます。無症候例には、単純CTによる冠動脈石灰化スコア算出も有効と考えられているため、造影剤使用不可症例では検討が推奨されます。
◆糖尿病内科医が冠動脈病変を未然に防げる時代である
「患者さんの命に直結する冠動脈病変を如何に早く見つけて対応するか」は長年の自分の重要課題でした。冠動脈CTの進歩により、それが実現可能となり、動脈硬化の状態を把握してテーラーメイド医療が行える時代になったと考えます。
尿中アルブミン測定の意義を再考する
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科
講師 花井 豪
糖尿病性腎症による末期腎疾患はいまだ増加の一途をたどっています。全透析患者さんにおける糖尿病性腎症の割合は、2012年末には全体の37.1%にあたる111,554人まで増加し、原疾患の第1位となっており、その対策は急務です。糖尿病性腎症の病態把握のために、腎症病期の決定は必須ですが、そのために、尿中アルブミンおよび推算糸球体濾過量(estimated glomerular filtration rate: eGFR)の測定が必要となります。では、尿中アルブミン測定の意義は腎症病期を決定することだけでしょうか。
◆尿中アルブミンは後の腎機能低下を予測する
当センターに通院中の糖尿病患者さん5,449名を対象とした観察研究において、観察開始時の尿中アルブミンが高値であるほど、後の腎機能低下が速いことが明らかとなりました(Diabetes Care 2009;32:1518)。さらに、尿中アルブミン・クレアチニン比(以下UACR)10mg/gといった極めて低い値から3,000mg/g以上といった超高値まで、連続的に腎機能が急速に低下していました。また、米国におけるeGFR 60以上である56,946名の退役軍人(約9割が糖尿病患者さん)を対象とした観察研究において、UACRの変化が後の腎機能低下を予測することが示されました(Clin J Am Soc Nephrol 2017;12:1941)。具体的には、1年間でUACRが2倍以上に増加すると、eGFRの年間低下率が5mL/min/1.73m
2以上と極めて早い腎機能低下を呈するようになるリスクが、UACRが安定していた患者さんと比較して67%も増加していました。
◆治療効果指標としての尿中アルブミン
1,513名の顕性アルブミン尿を有する2型糖尿病患者さんを対象とし、アンジオテンシンII受容体拮抗薬であるロサルタンの腎保護効果を検討したRENAAL 試験の結果が、2001年に報告されました(N Engl J Med 2001;345:861)。その事後解析において、治療開始後6ヶ月の尿中アルブミン減少率が大きいほど末期腎不全へのリスクが減少していることが報告され、尿中アルブミンが腎症に対する治療効果の指標となることが示されました(Kidney Int 2004;65:2309)。
◆わが国における尿中アルブミン測定はどのくらい行われている?
2006年に実施された滋賀県内の全医療機関を対象とした調査では、驚くべきことに尿中アルブミンの測定率は27.2%と非常に低いものでした(医事新報 2008;4399:71)。糖尿病の専門施設を対象に行われたJapan Diabetes Clinical Data Management Study Group(JDDM10) の報告でも、その割合は70.2%にすぎませんでした(Diabetes Care 2007;30:989)。その後、日本糖尿病対策推進会議での啓発運動など、腎症および尿中アルブミンに対する関心の高まりもあり、2010年11月から2011年1月までに全国の1,941施設、15,909症例に行われた「糖尿病に関する尿中アルブミン実態調査報告」では、尿中アルブミンの測定率は82.6%まで上昇していました(日医雑誌 2012;141:325)。
◆尿中アルブミン測定の重要性
尿中アルブミンは腎機能低下の予測因子であり、さらには、腎症に対する治療効果の指標としても有用であることがわかりました。このことは、日常臨床において腎症病期決定後も、尿中アルブミンを定期的にかつ継続的に測定することが重要であることを示しています。そしてなにより、まずは糖尿病患者さん全例において、尿中アルブミンを測定するようにしなければなりません。