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No.152 | | 2016 May/June |
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新たな高血糖を
誘発する薬物に注目
東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
内潟 安子
Drug-induced dysglycemiaという言葉があり、糖尿病治療薬ではない薬物や化学物質が高糖圧や低血糖をおこすことをいいます。今回はDrug-induced Diabetesに関与する薬物に注目してみます。
◆催高血糖薬を使用する時
糖尿病の有無にかかわらず高血糖を誘発する薬物を使用しなければならないことがあります。その場合、その薬物を使用する際のメリットと使用しない際のデメリットを患者さんに説明し、患者さんのご希望も入れて使用するか否かを決めます。ステロイド治療がその典型です。ステロイド治療が必要とならば、血糖値をチェックしつつ、要すれば糖尿病治療を開始ないし強化します。
デメリットが小さくメリットが非常に大きい時は説明もなく使用されることも多いでしょう。糖尿病に脂質異常症が併存している場合、食事療法にても高LDL-コレステロール値が低下しづらい時のスタチン薬がその一例です(本号3頁)。脂肪細胞の分化抑制やGLUT4の低下作用から血糖を上昇させやすいと言われていますが、糖尿病に脂質異常症が併発している場合はスタチン薬使用のメリットが格段に勝ります。
◆インターフェロン使用後に1型糖尿病が
インターフェロンはウィルス増殖を止めたりNK細胞活性化による免疫および炎症の調節をするサイトカインで、ウイルス性肝炎治療によく使用されます。ところが、治療中や後に自己免疫疾患が発症することが報告されており、その中に1型糖尿病があります(一般人口と比して10倍の発症率、GAD抗体陽性率95%)。NK細胞活性化を介するβ細胞破壊、ヘルパーT細胞活性化による膵特異的自己抗体産生などがいわれています(1型糖尿病調査研究委員会Diabetes Care, 2011)。
◆免疫チェックポイント阻害薬が1型糖尿病を
副作用として1型糖尿病を発症させる新たな薬物が登場してきました。PD-1(Programmed cell death-1)という活性化T細胞に発現するレセプターにがん細胞表面のPD-L1という蛋白が結合するところを免疫チェックポイントといい、結合しているとT細胞のがん攻撃が抑制されます。この結合を遮断するPD-1抗体がT細胞を活性化してがん細胞を攻撃する新たな抗がん薬として大変注目をあびており、適応するがんの種類も拡大する方向にあります。
その一方で、多型紅斑型薬疹や下垂体機能低下症とともに、1型糖尿病(急性も劇症も)を発症することが明らかになりました。ただちにインスリン治療が必要となる病態であり、1型糖尿病を専門としない科で使用されることが多いと予想されますので、同薬使用の際には、血糖値の推移を注意深く観察しなければなりません。
糖尿病性腎症の
発症リスク因子
東京女子医科大学糖尿病センター
医療練士 髙木 通乃
東京女子医科大学糖尿病センター
准教授 馬場園哲也
◆高血糖と糖尿病合併症
糖尿病治療の目的は、言うまでもなく、腎症や網膜症などの細小血管障害と,大血管障害である動脈硬化性疾患の発症や進展を阻止し、ひいては健康人と変わらないQOLと寿命を確保することです(糖尿病治療ガイド2014-2015、日本糖尿病学会)。そのためには、血糖、体重、血圧、さらには血清脂質を良好にコントロールすることが重要です。その中でも高血糖は、合併症の発症に対する最も重要なリスク因子ですが、その影響の程度は、それぞれの合併症によって異なることが最近の疫学研究で明らかにされてきました。
◆動脈硬化性疾患に対する高血糖の影響
例えば日本人2型糖尿病患者を対象とした大規模臨床研究であるJapan Diabetes Complications Study(JDCS)では、冠動脈疾患の発症に対して最も強く影響する因子は中性脂肪であり、2番目がLDLコレステロール、次いでHbA1cと収縮期血圧という順番でした。一方脳卒中の発症に対する有意な因子は収縮期血圧のみであり、HbA1cは有意なリスク因子にはなりませんでした。冠動脈疾患も脳卒中も動脈硬化に起因する大血管障害として分類されますが、それらの発症機序の違いから、リスク因子としての高血糖の影響も、冠動脈疾患と脳卒中で異なるものと考えられます。
◆アルブミン尿と糸球体濾過量(GFR)
細小血管障害である腎症の臨床診断と病期分類を行う上では、アルブミン尿と糸球体濾過量(GFR)の両者を測定する必要があります。「糖尿病性腎症病期分類2014」では、GFR 30mL/分/1.73m
2以上であり、アルブミン尿が30mg/gCr未満、30〜300mg/gCr未満、300mg/gCr以上の場合をそれぞれ腎症第1期、2期、3期、GFR 30mL/分/1.73m
2未満の場合を、アルブミン尿の程度に関わらず、腎症第4期と定義しています(腎症第5期は透析療法期)。
腎症の典型的な自然歴として、まずアルブミン尿が出現したのちにGFRが低下すると考えられてきました。しかし糖尿病患者の臨床背景も多岐にわたり、最近ではアルブミン尿の出現なくGFRの低下を認める2型糖尿病患者が少なくないことが、内外の報告に加え、当科の大規模横断調査でも明らかにされました(Ohta M, Diabet Med, 2010)。
◆腎症に対するリスク因子
そこで、次に私たちは、アルブミン尿の出現とGFR低下のそれぞれに対するリスク因子の違いを明らかにする目的で、正常アルブミン尿かつ正常腎機能の2型糖尿病患者さん約1,800名を対象とした、最長約10年の長期にわたる観察研究を行いました。その結果、アルブミン尿とGFR低下の両者に共通するリスク因子は観察開始時のアルブミン高値、網膜症の合併およびHbA1c高値であり、アルブミン尿のみに対するリスク因子は男性および尿酸高値、またGFR低下のみに対するリスク因子は高齢、収縮期血圧高値、HDLコレステロール低値などでした(Takagi et al, Diabet Med, 2015)。
このように、腎症のマーカーであるアルブミン尿とGFR低下に影響する因子が一部異なる結果であったことは、両者の病態や発症機序が異なることを強く示唆する結果といえます。なお高血糖が両者に共通するリスク因子であったのに対し、血圧の影響はGFR低下に限定されていたことから、高血糖が一義的に腎症の発症に影響し、発症した腎症の進展に高血圧の影響が加わるという、これまでの概念を裏付ける結果と考えられます。
一方、アルブミン尿を伴わないGFR低下には、高血糖よりも高血圧の影響が大きいことから、このような症例の腎機能低下は、腎硬化症など腎症以外の慢性腎臓病によることを示唆する結果といえます。腎症のリスク因子に関しては、今後他のバイオマーカーを加えた詳細な検討が必要です。
PCSK9阻害薬に寄せる期待
東京女子医科大学糖尿病センター
大学院生 長谷川夕希子
東京女子医科大学糖尿病センター
准教授 中神朋子
◆高コレステロール血症の実態・治療
2013年秋、米国の循環器学会ACC/AHAは、「コレステロール摂取量を減らすべきエビデンスがない。よってコレステロールの摂取制限を設けない」と心血管疾患(CVD)リスク低減のための生活習慣マネジメントガイドラインの中で発表し、話題となりました。
コレステロール摂取制限による血清LDL-コレステロール(LDLC)低下率は個人差が大きいことは知られています。しかし、LDLCがCVDの主要なリスク因子であることに疑いの余地はなく、コレステロール摂取量が増加の一途をたどっているわが国では米国と異なり、LDLCをいかに低く保つかは実臨床の場では一大関心事です。
わが国の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012」では、減塩に注意した上での伝統的な日本食を勧めるとともに、高LDLC血症患者には①飽和脂肪酸4.5%以上7%未満、②トランス脂肪酸の摂取を減らす、③コレステロール摂取量200mg/日以下とした食事療法を推奨しています。そして、食事療法や、生活習慣の改善によってもLDLC管理目標値を達成できない場合に薬物療法を推奨しています。
スタチンがLDLCを低下させてCVD発症リスクが低下することは広く知られていますし、エゼチミブを上乗せする(IMPROVE IT試験)と、LDLCがさらに低下し、CVDリスクがより抑制できたと報告されています。しかし、LDLCを低下させても、中性脂肪、レムナントリポ蛋白などの脂質、血糖、血圧、メタボリックシンドロームなどからなるCVDリスクは残り、この残余リスクをどれだけ低下させるかがCVD予防に関する今後の課題といえましょう。
◆PCSK9阻害薬の作用機序、効果
PCSK9(Proprotein convertase subtilisin/kexin type 9)は、LDL受容体(LDLR)蛋白を分解する酵素で、血中のPCSK9とCVDイベントには独立した正の関連があると最新のスウェーデンの疫学研究では報告されました(Ciculation, Epub ahead of print)。PCSK9阻害薬はPCSK9に対するヒトモノクローナル抗体で、PCSK9の働きを阻害することによりLDLRの分解を抑制し、血中LDLの肝臓への取り込みを促進させ、血中濃度を低下させます。さらに、機序はいまだ不明ですが、本阻害薬はHDLCを増加させるとか、強い催動脈硬化作用をもつLp(a)を低下させるとも報告されており、CVD残余リスクも低減させることが期待されます。本邦では本年の春には上市予定です。
Navareseらはスタチン抵抗性患者を含む10159名の高コレステロール血症患者さんに本阻害薬を投与したところ、血清LDLCは平均47.5%低下し、総死亡のリスクは55%、心筋梗塞の発症リスクは51%有意に低下したと報告しました(Ann Intern Med, 2015)。
症例によっては、本阻害薬の強い作用によりLDLC値30mg/dl未満、中には測定感度未満まで低下する例もあり、長期服用による副作用が懸念されます。今のところLDLCが著明に低下しても明らかな有害事象の報告はありませんが、長期に渡る臨床経過を詳細に観察する必要があることは言うまでもありません。PCSK9阻害薬の作用機序はLDLRを増加させることですから、血中のコレステロール濃度が低下しても細胞内にはコレステロールは循環するため、大きな影響はないのかもしれません。
◆PCSK9阻害薬への期待
LDLCは糖尿病患者さんのCVD発症に最も寄与する因子です。しかし、スタチン治療抵抗性の高LDLC血症や、副作用の横紋筋融解症状などによりスタチン投与が不可能な糖尿病患者さんも多くおられます。そのような患者さんにはPCSK9阻害薬は予後改善が期待できる薬物として大いに期待されます。