DIABETES NEWS No.153
 
No.153 2016 July/August

地震と医薬品
―インスリン製剤と水

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
◆熊本地震発生
 2016年4月14日夜21時26分、熊本地方を震央とするマグニチュード6.5、最大震度7の地震が発生しました。すぐ、2011年の東日本大震災のことがフラッシュバックしました。東京でも、高層ビルが折れんばかりに左右に大きく揺れ、コンビニの棚に何もなくなり、交通網は寸断され、皆帰宅難民になりました。
 オールナイトでテレビを見ていますと熊本城の石垣崩壊や阿蘇地方の家屋の崩壊が映し出され、呆然とするばかりでした。そして28時間後の16日午前1時25 分に再度、熊本に震度7の地震が発生、なんとこれが本震であるという。阿蘇大橋の崩落、阿蘇神社拝殿の全壊。
 1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、そして今度の熊本地震。日本全体が地震活動期に入ったといわれています。

◆水道、電気、ガスと医療機関、透析
 これらはどれも一番先に影響が出てくる事柄で、これまでも大問題でした。水道も電気も、ガスも、自分ではどうにもならないものです。大量の水の補給はムリとしても、当座の自分用の飲料水は常に準備しておきたいところです(ちなみに当センター医局は医局員60 名強なので常に300ℓの水を保管しています)。
 電気と給水が止められると医療機関でもっとも困るのが透析治療です。今回も、被害のない当該医療機関はインターネットの専用掲示板を使い、受け入れ態勢を整備し、日本透析医会は災害時情報ネットワークで県内医療機関の透析可不可を掲載しました。この情報を見て県外からも透析応援チームが駆けつけたことが報道されました。

◆医薬品の流通
 医薬品の流通網は地震発生後から大きな問題なく医療機関への供給はできていました。1週間後に発生したインスリン製剤不足には、ともに災害対策本部を早急に立ち上げた日本糖尿病学会と日本糖尿病協会が共働してスムーズに解決しました。注射針も血糖自己測定にも大きな問題は発生しなかったとの情報がきています。

◆備えあれば・・・
 地震活動期の日本です。お薬手帳は大事です。治療薬の名前や形をケイタイやスマホに入れておくのも一案です。経口薬もそうですが、使用中インスリン製剤の他に未使用のペン型インスリン製剤を、かばんの中に、仕事場に、保管しましょう。インスリンポンプ使用者もペン型インスリンをいつも携帯しましょう。そして、水と注射針もです(Diabetes News 133号、ミニチラシの件、参照)。
 熊本は、これからは慢性期ケア支援が中心となります。メディカルスタッフの皆さんの活躍が一層期待されます。

 

糖尿病とうつ病

東京女子医科大学糖尿病センター
助教 石澤 香野
東京女子医科大学糖尿病センター
准教授 馬場園哲也
 糖尿病とうつ病には密接な関連があります。糖尿病患者さんのうつ病合併頻度は、一般人口の約2倍といわれています。この関連は双方向性であるといわれます。うつ病患者さんでは過食など食行動の変化や身体活動量の減少などをおこしやすく糖代謝に悪影響をおよぼし、その一方で、糖尿病患者さんの慢性合併症への不安や合併症によっておこる身体機能の制限が、うつ病の要因や増悪因子となることが指摘されています(Katonら、2009)。
 しかし、糖尿病の合併症やそれに伴うさまざまな自覚症状とうつ症状との関連は、これまで包括的に調べられていませんでした。

◆DIACETを用いたうつの調査
 既報のように東京女子医科大学糖尿病センターでは、2012年10月に8,000名を超える当センター通院患者さんにお願いして、糖尿病診療の実態を調査する前向き研究(DIACET)を開始しました。DIACETでは、いろいろな糖尿病合併症ならびにそれに伴う自覚症状についての調査に加えて、Patient Health Questionnaire(PHQ‒9)といううつ状態を評価する調査も毎年行っています。そこで私たちは、最近問題となっている高齢者のうつに焦点を当て、高齢糖尿病患者さんのうつの実態を把握するための研究を行いました。
 糖尿病合併症に関する項目として、1)網膜症、2)神経障害に伴うしびれ・痛み、自律神経障害に伴う起立性低血圧、発汗障害、消化器症状、泌尿器症状、性機能障害、失禁、3)透析療法あるいは腎移植の有無、4)大血管障害(心疾患、脳卒中、足壊疽)による受診頻度、さらに5)過去1年間の入院頻度を調査しました。
 PHQ‒9は、過去2週間に9つのうつ症状が、どれくらいの頻度で持続したのかの質問に対する4つの回答:「全くない」、「数日」、「半分以上」、「ほとんど毎日」をそれぞれ0から3点にスコア化して、各項目の得点(0~3点)と総合得点(0~27点)を算出します。PHQ‒9の総合得点から、うつがない患者さん(0~4点)、軽度のうつ状態を認める患者さん(5~9点)、および中等度以上のうつ状態を認める患者さん(10点以上)の3群に分類し、上記の糖尿病性慢性合併症の関連症状との関連を検討しました。

◆うつの重症度と糖尿病合併症が関連
 DIACETに参加された65歳以上の糖尿病患者さん4,283名、平均年齢73歳の初回調査の結果を横断的に解析したところ、1,334名(31%)が軽度から中等度以上のうつ病を合併していることが分かりました。さらに、うつが重症化するに伴って、糖尿病の合併症を併発する危険が上昇し、透析に至った末期糖尿病性腎症、大血管障害による通院頻度、
また過去1年間の入院率も増加していました。さらに網膜症や神経障害による症状の多くは、うつの重症度と有意に関連していました(Ishizawa, et al. J Diabetes Complications 30:597, 2016)。

◆糖尿病患者さんの心のケア
 DIACETの結果から、高齢糖尿病患者さんのうつが重症であるほど糖尿病合併症が深刻であることが明らかになりました。このことから糖尿病患者さんのうつの早期発見、心身の負担の軽減が重要であることが改めて示されました。
 糖尿病センターでは、患者さんのうつが疑われる際、迅速に適切な対応が取れるよう、当院神経精神科と連携したうつへの対策を講じています。糖尿病患者さんの心のケア、よりより人生のために、DIACETの研究結果を活かしていきたいと思います。

 

1型糖尿病に合併する
稀な肝病変
―Glycogenic hepatopathyの臨床像
東京女子医科大学消化器病センター
内科 准講師 小木曽智美
東京女子医科大学消化器病センター
内科 教授 徳重 克年
◆はじめに
 糖尿病にはしばしば肝障害を合併しますが、ほとんどは脂肪肝です。肝細胞に主に中性脂肪が蓄積して、酸化ストレスやサイトカインにより、肝障害をきたすと考えられています。脂肪肝は、腹部超音波検査で肝が腎臓と比較して白いこと(肝腎コントラスト)、CT検査で肝のCT値が脾のCT値より低下して黒く見えることで診断されます。しかし最近、1型糖尿病に合併した脂肪肝とは異なる肝障害を経験しました(Hepatol Res. 2016, 3.29 online)。

◆ Glycogenic hepatopathy
 Glycogenic hepatopathyとは、主に血糖不良の1型糖尿病に合併し、中性脂肪ではなくグリコーゲンの過剰な蓄積によっておこる肝障害であり、脂肪肝とは異なる病態です。最近経験した4例は、全員若年1型糖尿病患者さんで、急な肝酵素の上昇を認め、HbA1c12.7%と不良でした。画像検査では肝腫大、CT検査で肝臓が脾のCT値より上昇して白く見える"Bright Liver"を認め、これらの所見は脂肪肝によるものと明らかに異なっていました。

◆グリコーゲンの蓄積と証明
 肝生検では膨化した肝細胞を認め、脂肪沈着や脂肪性肝炎を認めることもありますが、程度は軽度です。肝細胞質は多糖類を染色する過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色陽性ですが、グリコーゲンは唾液(アミラーゼ)消化試験(消化PAS染色)にて陰性となるのが特徴です。

◆Glycogenic hepatopathyの経過
 肝酵素は血糖コントロールを行い始めると1ヵ月以内に低下し、良好な経過をたどります。しかし、再度血糖コントロールが不良となると再発し、肝酵素の上昇を何度も繰り返します。

◆Glycogenic hepatopathyの発症機序
 肝臓のグリコーゲン濃度はグリコーゲン生成と分解のバランスによって制御され、過剰なグリコーゲンは肝細胞に蓄積します。ブドウ糖はグルコース‒6‒リン酸となり、グリコーゲンに変わります。インスリンはこのリン酸化されたグルコースからグリコーゲンへの変換を誘導し、Glycogenic hepatopathyではこの過程が促進されると考えられています。1型糖尿病では速効型や超速効型インスリンを使用するため、高血糖状態に加えてインスリンの急な流入で、グリコーゲンの産生が急激に高まると推定されます。血糖コントロールが良好となった患者さんでは、組織学的にも改善したと報告され、血糖のコントロールが治療として有用です。1型糖尿病に大量のインスリンやブドウ糖の投与でGlycogenichepatopathyが発症したとの報告(Ann Med.40:395, 2008)もあり、急な血糖コントロール時には注意が必要です。

◆まず、病気の存在を知ること
 このようにGlycogenic hepatopathyは、一過性で良好な経過をたどる肝疾患ですが、1型糖尿病でコントロール不良な患者で肝酵素の急な上昇を認めた場合、本疾患も疑うことが肝要です。画像検査で典型的な脂肪肝と異なる場合、肝生検を行い、PAS染色も考慮下さい。
 Glycogenic hepatopathyは、糖尿病の中でも1型糖尿病に合併しやすい稀な肝病変ですが、血糖のコントロールをしないと反復するため、認識する必要がある疾患であると言えます。

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