DIABETES NEWS No.131
 
No.131 2012 November/December

最近のインスリン製剤に
関すること

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内 潟 安 子
◆アナログインスリン登場して10年超
  超速効型インスリンが日本に登場したのは2001年でした。治験コーディネータ制度のない時代で、治験を多くの患者さんの協力を得て一緒に行ったという感慨深いものがあります。その後、2003年に無色澄明な持効型溶解インスリンが日本に登場しました。この薬剤治験にも多くの患者さんの協力を得ることができました。
  よりよい治療薬が世の中に登場するには、開発する製薬会社と治験に協力してくださる患者さんが治験の主役です。多くの新しい治療薬がこれからも治験を待っています。ご協 力をお願いします。
  ここのところ、アナログインスリンについて新しいことがいくつか発表されました。
◆ORIGIN研究
  これは、心血管系疾患の高いリスクを持った、空腹時血糖軽度高値(IFG)や耐糖能異常(IGT)や早期2型糖尿病の方に、空腹時血糖値が95mg/dL以下になるようにインスリングラルギン(商品名:ランタス)1日1回注射療法を6年間行って、心血管疾患発症、2型糖尿病への進展、発癌性などを非使用の標準治療群と比較しようという研究で、12,000名を超える方々の協力を得て行われました(NewEngJMed367:319,2012)。
  グラルギン群は体重1kgあたり平均0.4単位を使用することになり、標準治療群と比較して有意に低い空腹時血糖値、HbA1cを維持できました。期間中に2型糖尿病に進展した方は有意にグラルギン群に少なく、リスク減少率は28%でした。また、以前問題になった(DiabetesNews113号参照)発癌リスクはいずれの癌においても増大しませんでした。低血糖頻度は標準治療群よりは多かったのですが、これまでの大規模研究のそれよりはずっと少ないものでした。
◆デテミルが妊娠時に安全に使用可能に
  米国FDAの薬剤胎児危険度分類基準のカテゴリーBは、「人での危険性の証拠はない」というもので、速効型インスリン、NPH、インスリンリスプロ、インスリンアスパルト、2相性インスリンアスパルト30がここに属します。つまり、妊娠中に使用にさしつかえないということを意味します。デテミル(商品名:レベミル)が今度新たにカテゴリーBに入りました(3月)。この判断基準となった報告は昨年EASDにて、論文は7月に発表されました(DiabetesCareonline6.30,2012)。糖尿病女性の妊娠時に安心して使用できることは大きな福音です。
◆インスリンアスパルトが静注可能に
  インスリン製剤はすべて皮下注可能なのはご存知の通りです。静脈内投与可能なインスリンは速効型インスリンのみでしたが、6月26日インスリンアスパルト(商品名;ノボラピッド)が静脈内投与が可能となりました。
 

動脈硬化性疾患予防
ガイドライン2012 年版

至誠会第二病院糖尿病内科、東京女子医科大学糖尿病センター 非常勤講師
 高 野 靖 子
  日本動脈硬化学会は今年5 年ぶりにガイドラインを改定しました。冠動脈疾患死亡の絶対リスクによる患者の層別化や他の生活習慣病を含めた包括的リスク管理の導入など大幅な刷新となりました。
◆改定のポイント
①絶対リスクの評価の取り入れ:改訂前は、健常者に対する相対的リスク(健常者に比べ何倍危険か)で評価したものが掲載されていました。2006 年に我が国の疫学調査NIPONN DATA80 をもとにリスク評価チャートが発表されたことを受けて、危険因子がどれだけあると10 年以内に冠動脈疾患(CHD)で死亡する確率は何%かという絶対リスクが新改訂では採用されました。これによって、個人のリスクの絶対評価が可能になったわけです。絶対リスクは、以下のように階層別もされています。CHD 死亡率0.5%未満を一次予防の低リスク、0.5%以上2%未満を中リスク、2%以上の高リスクです。絶対リスクの導入により、性別、年齢の影響を踏まえた厳密な評価が可能になりました。

②動脈硬化疾患の包括的管理:動脈硬化を予防するには、脂質異常症だけでなく、高血圧、糖尿病、喫煙、肥満などの管理を包括的に行うことも視野に入れなければなりません。多くの患者さんはこれらを重複して持っており、各疾患の管理目標、薬物療法の導入に関して、各領域の学会からの意見をもとに包括的リスク管理チャートが作成されました。

③診断基準境界域の設定:「LDL-C140mg/dL以上」の基準値に加え、「LDL-C が120~139mg/dL」を新たに「境界域高LDL-C 血症」としています。LDL-C が境界域でも、糖尿病や脳梗塞などを合併有する場合、治療を開始する必要があるからです。

④新たな高リスク病態の考え:上記の高リスク病態に慢性腎臓病(CKD)が新たに包括的管理疾患となりました。多くの疫学的研究から糖尿病に匹敵する高リスク病態であると判明したからです。
  また、近年、強力なスタチンの登場により、脂質コントロールが比較的可能になり、家族性高コレステロース血症(FH)が通常の脂質異常症として治療されていることが多い現状を踏まえ、FH を独立した項目を設けて解説しています。FH 患者は若年でも心筋梗塞のリスクが高いため、出来るだけ早期の診断治療が必要と強調されています。
  糖尿病については、細小血障害合併(網膜症・腎症など)、血糖コントロール不良(HbA1c8.4%以上NGSP)の持続、喫煙、非心原生脳梗塞・末梢動脈疾患(PAD)、メタボリックシンドドローム等があれば「よりCHD 発症リスクの高い糖尿病患者」として層別し、LDL-C 値120mg/dL 未満の達成が必須となりました。

⑤ non HDL-C の導入: non HDL-C(総コレステロール値(TC)-HDL-C 値)が二次的診断基準とされました。LDL-C はFriedewald式(LDL-C=TC-HDL-C-TG/5)での算出が明記されていますが、食後採血やTG400mg/dl 以上ではFriedewald 式が使えません、また直接法LDL-C 測定も精度に難があります。その場合non HDL-C が有用です。糖尿病やメタボリックシンドロームでは高TG、低HDL-C を伴いやすく、今後、使用する頻度が高くなりそうです。
◆臨床の場へ
  今回の新ガイドラインの改訂により個々の患者さんに適した繊細なる治療が行えるようになりました。より早い段階での適切な介入により患者さんが健やかなる糖尿病ライフを全うできますように尽力して行きたいと思います。
 

糖尿病足潰瘍、壊疽に対する
Vacuum-assisted closure®ATS therapy system(V.A.C.®システム)

東京女子医科大学糖尿病センター
医療練士
 井 倉 和 紀
  血糖コントロールが不十分な場合、足の傷や靴擦れ、熱傷等を契機に細菌感染を引き起こします。神経障害、循環障害を合併していると、潰瘍や壊疽へと進行し、難治となり、足を切断せざるを得なくなることも少なくありません。
  そんな中、傷口を密閉して持続的に吸引する難治性創傷の新しい治療法「局所陰圧閉鎖療法」が開発され、欧米を中心に広く行われるようになりました。わが国に導入されたのが陰圧療法専用の医療機器:Vacuumassisted closure® ATS therapy system(V.A.C.®システム)で、2010年4月に薬事承認を取得し、外傷、熱傷創、褥瘡などへ幅広く使用されるようになり、その有用性が認知されるようになりました。当センターでもこのV.A.C.® システムを2010年10月より導入し、糖尿病足潰瘍、壊疽の治療に用い、良好な治療成績を上げています。
◆ V.A.C.®システムとは?
  V.A.C.®システム導入前の大事な注意点は後で述べますが、システム自体は、まず傷口をスポンジとフィルムで覆い、閉鎖環境とします。フィルムの中央に小さな穴を開け、吸引用のチューブを留置した後、陰圧維持管理装置と接続し、陰圧負荷を開始します。傷口を常に吸い上げる刺激により、創縁を引き寄せ、肉芽形成を促進し、さらに老廃物や浸出液を吸引して排除できるため、傷の治りがより早くなります。フィルム交換の頻度は2 ~3日に1回で、毎日の創処置を行う必要がなくなり、患者さん、医療従事者ともに負担が軽減されます。
  V.A.C.®システムはこのように画期的な治療法ですが、システム導入前に注意すべき大事なことがあります。傷口に壊死組織が大量にある場合は外科的に切除しておくこと、足の血流が悪いと肉芽形成は期待できないためカテーテルによる血行再建や手術によるバイパス作成を優先させること、そして抗菌薬を投与して全身管理を行いCRP 陰性を見届けてから、陰圧療法を開始することです。
  副作用は、吸引刺激による疼痛ですが、鎮痛薬の投与、陰圧を軽減するなどの処置でほとんどの症例が問題なく行えます。
◆ V.A.C.®システムの効果
  糖尿病足病変を対象にしたV.A.C.®システム群と従来の湿潤創傷治療群の無作為比較試験の海外報告によりますと、創閉鎖率と創閉鎖まで至る期間、肉芽形成の程度、二次的な再切断の割合はすべて、V.A.C.®システムの方が優れていました。同様の傾向は当センターの治療成績でも確認されており、創傷閉鎖日数がV.A.C.®システム治療群が平均91.5日間であったのに対し、従来治療法群では平均138.0日間と、V.A.C.®システムが圧倒的に治療期間を短縮しています。以前には下肢切断に至ったが、他側の下肢壊疽には、V.A.C.®システム導入により切断しないで済んだ症例もあります。
  V.A.C.®システムによる治療期間の短縮が二次的な感染リスクを減らし、QOLを改善し、糖尿病足潰瘍・壊疽患者の生命予後の改善に寄与する可能性も期待されています。

このページの先頭へ