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No.117 | | 2010 July/August |
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5月に岡山市で開催された日本糖尿病学会年次学術集会では、門脇理事長から、新たに策定された「第2次対糖尿病戦略5ヶ年計画」に基づく「アクションプラン 2010」(DREAMS*)が発表されました。アクションプラン 2010は、(1) 糖尿病の早期診断、早期治療体制の構築、(2) 研究の推進と人材の育成、(3) エビデンスの構築と普及、(4) 国際連携、(5) 糖尿病予防、(6) 糖尿病の抑制の6つの柱を掲げ、糖尿病やその合併症撲滅の夢を実現するための今後5年間の活動目標を示したものです。
| *DREAMS | |
| ・Diagnosis and Care |
・Research to Cure |
・Evidence for Optimum Care |
・Alliance for Diabetes |
・Mentoring Program for Prevention |
・Stop the DM |
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Diabetes News No.114 に「糖尿病診療 2010」と題して、2010年がわが国の糖尿病診療にとって大きな変革の年になるであろうと書きました。HbA1c値を糖尿病診断の指標の1つとしてとり上げることになった11年振りの診断基準の改訂、HbA1cの国際標準化に向けた表記法の変更、さらに治療面ではインクレチン関連薬(DPP-4阻害薬と GLP-1受容体作動薬)の相次ぐ登場など重要な出来事が重なりました。待望久しかった日本糖尿病学会の英文誌 Diabetology International の創刊も目前にひかえています。
こうした重要な出来事を受けて、日本糖尿病学会編の「糖尿病治療ガイド」の改訂が進められ、近く発行されます。今回の改訂では、糖尿病診断のための検査や、臨床診断の手順の項の記載が大きく変わります。改訂治療ガイドでは、DPP-4阻害薬を第6番目の経口薬として位置付け、2010年の6月から発売された GLP-1受容体作動薬とともに作用特性、使用上の注意点などが記載されます。
なお、糖尿病の新しい診断基準の詳細は、学会誌糖尿病の6月号に委員会報告として発表されます。
食物中の炭水化物量を秤量する方法(カーボカウント法)は、大規模研究の先駆けとなった DCCT で採用され、カーボカウント法に注目が集まりはじめたようです。近年、食後高血糖が存在するだけでも動脈硬化を引き起こす一因になることが報告されて、食後高血糖に一番影響を与えると考えられる炭水化物摂取量は少ないほうがいいのではないかと、話題になっています。
実は、インスリン発見以前から血糖値を下げるために、糖質や蛋白質を制限して脂肪を多くした食事が糖尿病治療に良いとされてきた歴史があります。インスリン発見後は糖質の重さを秤量するという考えが出てきました。日本の食品交換表における 80キロカロリーを1単位と呼ぶように炭水化物15gを1カーボと呼んで××カーボというように炭水化物量をカウントしようとなりました。
一方、心臓病と飽和脂肪酸摂取との関連が明らかになるにつれ、食事の糖質エネルギー%(アメリカ糖尿病学会(ADA)勧告)は1920年代の 20%から、1950年代には 40%、そして1986年以降は 50-60%と、ほぼ日本糖尿病学会推奨%と同じになってきたと、本田佳子氏は最近レビューしています(糖尿病診療マスター 8:171, 2010参照)。
「摂取カロリーを減らしたくないし、太りたくもない」の究極として、以前アトキンスダイエットとかインスリンダイエットといわれた食事法があります。これは糖質制限食に他なりません。超速効型インスリンが一般に使用されるようになってからは炭水化物摂取量に敏感になり、食後血糖を抑制するために糖質あるいは炭水化物を減らしている患者さんもいます。短期的には血糖が下がるという利点はありますが、長期的な科学的エビデンスに基づいたアウトカムはこれまでありませんでした。
最近、低炭水化物・高蛋白食や低炭水化物・高脂質食の弊害が科学的に検証されはじめました。論文2つ、紹介します。
動脈硬化を起こしやすいマウスに標準食と低炭水化物・高蛋白食を12週間摂取させたところ、後者群の血清コレステロール、酸化LDL、MCP-1が有意に上昇し、大動脈のアテロームも有意に進行しました。骨髄由来の血管内皮前駆細胞(虚血後の血管新生に活躍する)数を検討したところ、骨髄でも血中でも有意に低下しており、かつ大動脈を結紮して虚血状態にしても血中に動員されにくく、血管新生が抑制されたというわけです(PNAS 106:15418, 2009)。
もうひとつは肥満健康人(BMI 33-34)に減量目的にカロリーを制限した検討ですが、低炭水化物食(1日20g未満)と高炭水化物食(糖質 55%)のどちらかを6週間摂取して、血中の脂質関連値を検討しました(Am J Clin Nutr 91:578, 2010)。6週後の両群の体重減少は同じで有意差はありませんでした。また、食前血糖値は両群間で有意差はなく、食後血糖値、血中インスリン値はもちろんベースラインよりは低下したのですが、両者とも低炭水化物食群より高炭水化物食群が高値となりました。しかし、遊離脂肪酸、酸化LDL は食前も食後も低炭水化物食群が高値となりました。
炭水化物を減らした食事にすると、次の食事までに空腹になりやすく、間食を取りがちになり、容量の小さいカロリーの高いものを摂取しがちです。これは血糖上昇に即つながります。
インスリン分泌が枯渇した1型糖尿病においては強化インスリン療法でも血糖制御(コントロール)が困難な場合があります。膵臓移植が成功すればこのような血糖制御が可能となるため1型糖尿病の根治療法といえます。欧米ではすでに年間約1,400例に膵臓移植が実施され、2008年度末の累積症例数は 30,000例以上に達しました。移植膵の保存方法、免疫抑制薬、手術術式が格段に進歩し、近年は他の臓器移植と比較しても遜色ない成績が得られています。
膵臓移植は、腎不全のない糖尿病に対する膵単独移植(pancreas transplantation alone:PTA)、膵臓と腎臓を同時に移植する膵腎同時移
植(simultaneous pancreas and kidney transplantation:SPK)、腎移植を行った後に膵臓移植を行う腎移植後膵移植(pancreas transplantation after kidney transplantation:PAK)に分類され
ます。
わが国では、1984年から1994年までに15例(そのうち当院11例)の膵臓移植が実施されています。1997年の臓器移植法制定後は脳死ドナーからの移植が可能になり、2000年から2008年までに脳死膵移植が 52例、心停止膵移植が2例、さらに生体部分膵移植が15例が行われ、少しずつではありますが移植件数が増加し、良好な成績が得られています。
移植膵が生着した場合は、移植膵からインスリンが分泌されるのでインスリン注射が不要となります。このため、頻回のインスリン皮下注射、血糖自己測定の実施や低・高血糖症状からも開放され、quality of life(QOL)は劇的に向上します。さらに、移植膵による厳格な血糖制御により、糖尿病性神経障害は改善し得るという報告が多くあります。糖尿病性腎症に関しても、Fioretto(1998年)らが正常アルブミン尿から顕性腎症期の1型糖尿病患者に膵単独移植を行い、腎の組織学的変化が10年後に改善したことを報告しています。糖尿病性細小血管障害のみならず、大血管障害の改善も報告されています。
代表的ネットワークである United Network for Organ Sharing と International Pancreas Transplant Registry の1995年から2003年のデータから、膵移植実施群と移植待機群の生存率を比較した報告が発表されています(Am J Transplant 2004)。膵臓移植(SPK)実施群の1年生存率は 95%、4年生存率は 90%で、待機群は1年生存率 93%、4年生存率 59%であり、移植実施群の生存率が良好であることがわかります。
また、日本移植学会の統計調査によると、2008年までに行われた脳死・心停止膵移植 54例の3年および5年移植膵生着率は、それぞれ 81%、70%で、また膵移植実施群と移植待機群を比較すると、7年生存率は移植群(54例)97%、待機群(159例)76%と、明らかに移植実施群の生存率が高いことがわかります。
1型糖尿病に対する膵臓移植は、QOL・合併症のみならず、生命予後を改善することが可能な治療であり、更なる増加を期待します。
ただし、本治療はだれもが受けることができる治療ではなく、移植登録基準を満たした方だけを対象とした治療です。