DIABETES NEWS No.114
  
 No.114 2010 January/February 

 2010 年は糖尿病診断基準の改訂、HbA1Cの測定法・標記法の変更、さらにインクレチン関連薬の登場など変化の大きい年になりそうです。

11年振りの糖尿病診断基準の改訂
 現在「糖尿病診断基準に関する調査検討委員会」(清野裕委員長)での改訂作業が進み、2010年春には新しい診断基準が発表されます。改訂では、現行診断基準との連続性、エビデンスに基づいた科学的妥当性、海外の診断基準との整合性などを十分に考慮し、具体的には、HbA1Cを従来の補助的基準から、より上位の基準としてとり入れることになります。「糖尿病型」と判定する血糖値は、従来と変更ありません。「糖尿病型」と判定する HbA1C値は従来より低く 6.1%以上となります。また、一回目の検査で「糖尿病型」の場合、別の日に再検査を行い、「糖尿病型」と再確認されれば、糖尿病と診断するという手順はこれまで同様です。

HbA1Cの測定法、標記法の変更
 今回の診断基準の改訂と合わせて、HbA1Cの測定法と標記法の変更も行われます。これまで、日本の HbA1C値(JDS値)は海外の標準的測定値(NGSP値)より低いことが問題でした。「糖尿病関連検査の標準化に関する委員会」(柏木厚典委員長)では、HbA1C測定上のさまざまな問題点の解決に向けて、長年検討してきましたが、2009年11月1日に行われた「糖尿病の診断基準と HbA1Cの国際標準化に関するシンポジウム」で HbA1C国際標準化への対応が発表されました。今後日本でも NGSP値に切り換えることになり、具体的には従来の JDS値に 0.4%を足した数値になります。さらに、NGSP値の新しい標記を A1C、従来の JDS値の標記を HbA1C とし、当分の間これらを併記することになります。これに伴い、診断基準やコントロールの目標値としての HbA1Cも、2つの数値が併記されます。例えば HbA1C6.5%未満としていたコントロール目標値は、A1C で標記すれば6.9%未満となりますが、目標値が甘くなるわけではないので注意が必要です。

インクレチン関連薬剤の登場
 インクレチン関連経口薬として2種類の DPP-4阻害薬(シタグリプチンとビルダグリプチン)が2009年から2010年にかけて認可され、第6番目の経口薬として2型糖尿病の治療に広く使われることになると思います。GLP-1受容体作動薬リラグルチドも登場するので、2型糖尿病治療薬の選択肢がさらに広くなると期待されています。
*:JDS(Japan Diabetes Society)、NGSP(National Glycohemoglobin Standardization Program)
 


 さる平成21年10月15日(木)に、当センター初代所長平田幸正東京女子医科大学名誉教授は、鈴木万平糖尿病学国際交流財団の「第2回糖尿病療養指導鈴木万平賞」を受賞されました。

糖尿病療養指導鈴木万平賞とは
 この賞は、糖尿病療養指導に積極的に取り組み、治療および予防に貢献した個人・施設・団体・チーム・グループなどの活動業績を顕彰して、糖尿病患者の医療と福祉の向上をはかることを目的に、平成20年に創設されました。
 平成20年度の第 1 回受賞者は、日本ではじめて小児糖尿病サマーキャンプを開催し、以後継続して療養指導にあたられた丸山博先生と、福岡県の糖尿病療養指導士の設立とその発展に活躍されている福岡糖尿病療養指導士会でした。

平田先生の受賞理由
 平田先生の業績は、九州大学病院時代、鳥取大学病院時代、そして東京女子医科大学糖尿病センターにおける業績から成り立つのですが、今回の受賞理由はその中でも、特に先生が力を入れられた糖尿病療養サイドにたった2つの業績です。
 日本ではじめて小児サマーキャンプを開催された第1回受賞者の丸山先生(小児科)に次いで、小児糖尿病の悲惨な合併症を経験し、当時見学したアメリカ・セントルイスの同サマーキャンプではキャンパー自身がキャンプを計画して実施しているのに感銘を受け、内科医でありながら早速に福岡で第1回サマーキャンプを昭和44年に開催したことです。先生の名著「糖尿病治療追補」(文光堂)925ページにはその当時の子どもたちからのほほえましい感謝状が掲載されています。福岡のサマーキャンプはその後も先生のお弟子さんたちによって毎年開催されており、日本の老舗サマーキャンプのひとつとなっています。
 平田先生は、昭和49年には鳥取でも小児糖尿病サマーキャンプを立ち上げられ、内科教授職にありながら自ら率先して子どもたちと寝食をともにされました。大山小児糖尿病サマーキャンプとして今もその活動は続いています。
 受賞理由の2つ目は、平田先生が東京女子医科大学糖尿病センター赴任(昭和50年)を決心された理由のひとつでもあったと伺いました。これは厚生省(当時)によるインスリン自己注射公認の件です。当時は、インスリンを自己注射しなくても飲み薬がある、素人ができるものではないという風潮があり、インスリン自己注射は違法であり、インスリンそのものも自費で購入しなければならなかったという時代背景がありました。これはひとえに1型糖尿病が日本において非常に稀であったことと関係していました。
 日本糖尿病協会役員のひとりとして、先生は厚生省に月1回以上陳情に出かけられ、担当技官から厚生省の意向を聞くとともに、武見太郎医師会長(当時)はじめ医師会関係者、国会議員、日本糖尿病学会、日本内分泌学会、小児糖尿病を守る会の関係者に何度も会われて、どうやって公認までもっていくかを熟慮されました。「最終的にすべてをクリアして昭和56年6月1日、公認の日を迎えるに当たっては、堀内光先生、阿部正和先生、小坂樹徳先生の努力をはじめ、三村悟郎先生の政府要人への直接接触など、数え切れない多数の糸がからんでいる」と記載しておられます。
 今回の第2回受賞者は、平田先生のほか、三村悟郎先生、NPO 島根県糖尿病療養指導認定機構です。三村悟郎先生とご一緒の受賞であったことは、さらなる喜びでありました。
 


 2009年10月18日から22日まで、カナダのモントリオールにおいて第20回 World Diabetes Congress が開催されました。この会議は国際糖尿病連合(IDF)が主催するもので、糖尿病治療における重要な問題を世界的視野から話し合い、さらに今ある人的・物的資源をどのように有効活用できるか、大所高所から情報交換する会議でもあります。今回は世界150カ国から12,000人が出席し盛大に開催されました。

世界の糖尿病人口
 IDF は、地球規模で2.85億人という膨大な人々が糖尿病に罹患しているという新しいデータを発表しました。特に、低・中所得の国々が大打撃を受けており、その半数以上が20~60歳という労働年齢人口であること、中でも中東湾岸地帯は多くの人々が糖尿病に罹患しており、成人の31%が糖尿病に罹患している国も存在することが明らかにされました。1985年には全世界の糖尿病人口が3,000万人と推定されていたので、この急激な糖尿病人口の増加を食い止めなければ、2030年には糖尿病患者は4.35億人を超えると、IDF は予想しています。

伴ってくる経済的負担
 また、低・中所得諸国では、糖尿病罹患に関連する経済的負担も、健康や経済的繁栄に対する脅威となっています。糖尿病と診断されると、家族全員が貧困に陥る場合もあるのです。Unwin 教授(英国)は、「特に、肥満と2型糖尿病リスクを減少させるための健康的な食事と運動の奨励に投資する必要があります。効果的な予防を実施しない限り糖尿病が医療制度を圧迫し、経済成長を妨げることになるでしょう。」と述べました。

3つのガイドライン
 IDF は今回の会議で、血糖自己測定、妊娠、口腔衛生の3つに対するガイドラインを発表しました。妊娠と糖尿病に関するガイドラインの目的は、妊娠糖尿病患者と妊娠した糖尿病患者のグローバルな標準治療を確立することです。全世界で女性患者数が増えている現在、IDF はこの問題に積極的に関与することが大切と考えたわけです。大森安恵前所長はグローバルのメンバーの一人としてこの問題に活躍されました。
 口腔衛生は糖尿病治療では重要ではあるものの見過ごされやすい分野であるため、広く口腔衛生の管理方法に関する教育が必要と考えられ、IDF 臨床ガイドラインの中に新たに策定されました。
 血糖自己測定に関しては、1型だけでなく2型糖尿病患者の自己管理教育を実施する際にも役立つ方法として推奨しています。ただ、各患者に合わせた血糖自己測定のやり方を決めるべきであろうとガイドラインには記載されています。

世界的な脅威
 糖尿病の世界的な脅威を身近に感じ、糖尿病増加に起因する社会的・文化的・市場経済的な動きに立ち向かわなくてはいけないと、改めて紅葉の広がる北の都市モントリオールで思いました。
 

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