DIABETES NEWS No.96
 
No.96 2007 January/February

日本糖尿病学会設立50周年
 日本糖尿病学会は、昭和33年(1958年)に設立され、満50年経過しました。現在会員数は約15,000名に達し、大きな発展を遂げました。
 学会の目的は、「糖尿病に関する学理及び応用の研究調査並びにそれについての発表、知識の交換、情報の提供等を行い、糖尿病に関する研究の進歩、知識の普及を図り、もって我が国における学術の発展に寄与すること」です。糖尿病患者数の近年の急増ぶりを考えると、学会の存在意義はますます大きくなっています。

糖尿病研究の進歩と学会の発展
 糖尿病は、「21世紀の国民病」と呼ばれるまでに増加し、その増加は世界的規模で起こっています。今や人類の健康に大きな影響を与えるようになった糖尿病に関する研究の中心課題は、糖尿病とその合併症の成因の究明と治療法の確立です。すなわち、「糖尿病やその合併症がどうして起こり、どうすれば治せるのか」ということに集約されます。
 糖尿病学会はそうした課題の解決に向けて、これまで大きな役割を果たしてきました。インスリン分泌機序やインスリン作用機序に関する数多くの先端的な研究に多くの会員が情熱を注ぎ、糖尿病学の発展に大きく貢献してきたことは誇るべきことです。一方、糖尿病や合併症に苦しむ多くの患者さんの診療を通じて新しい治療法の開発と進歩をもたらしたのも、多くの会員による臨床研究の成果です。さらに糖尿病診療にとって重要なチーム医療の一翼を担う、コメディカルスタッフの学会への積極的な参入も学会の発展に大きく貢献してきました。

設立50周年記念行事
 日本糖尿病学会は設立50周年を記念し、学会の歩みを振り返るとともに、今後のさらなる発展をめざして、三つの記念行事が予定されています。すなわち、記念誌の発行、記念式典・祝賀会の開催および記念国際シンポジウムの開催です。学会50 年の歴史をさまざまな角度からとりあげ、長年に亘って学会の発展にご尽力いただいた方々の執筆による記念誌が刊行されます。
 記念式典と国際シンポジウムは、2007年11月10日・11日の両日、東京国際フォーラムで開催されます。国内外の糖尿病学者による特別講演を中心とする記念式典では、学会設立以来50年間に亘って会員として学会の発展に多大な貢献をされた方々を表彰いたします。また、記念シンポジウムでは、海外招待演者を中心に、最先端の研究成果が発表されます。
 


World Diabetes Congress
 この原稿の校了時はまだ開催されていないのですが、2006年12月に南アフリカ連邦で開催される国際糖尿病連合(International DiabetesFederation, IDF)主催の第19回国際糖尿病会議(World Diabetes Congress)の記事の中や糖尿病関連のインターネットで、スカイブルーの輪のロゴマークを見かけることが多くなりました。同様のピンバッジも2006 年のアメリカ糖尿病学会の時から登場しました。右下の図はIDFのUnite for Diabetesキャンペーンのロゴマークです。

セント・ビンセント宣言
 IDFは1989年に、糖尿病が人類の健康を大いにそこねることを予測して、啓発活動を十分にして糖尿病のケアを充実させるためのセント・ビンセント宣言を出しました。しかしながら、世界の糖尿病をとりまく状況はこの宣言をしのぐ勢いで今日に至っています。

Unite for Diabetesキャンペーン
 オーストラリアのシドニー大学小児科シリンク教授(長らく国際小児思春期糖尿病研究会の会長を務められた)は、次期IDF会長(2006年12月からは正会長)に就任された時、17歳の1型糖尿病の女子からもらった提案から、IDFは糖尿病撲滅のための憲章をもう一度世界に提示し、キャンペーンを行うことが必要であると考えられ、Unite for Diabetes(糖尿病に対して団結して立ち向かう、闘おう)を立ち上げました。これまでのキャンペーンとは異なり行政的側面の強いキャンペーン活動となります。

IDF憲章
 まず、5つの重点対象グループ(1型および2型糖尿病のヤング、糖尿病をもつ高齢者、糖尿病をもつ原住民、糖尿病をもつ移民、そして糖尿病妊婦)を特定化し、各々の問題を洗い出し、各国の健康に関係する部署に、短期および長期糖尿病対策プランを提示していくことになります。いま、このキャンペーンに賛同する国がだんだん増えています(2006年9月時点)。
 ヤング対象の実務実行委員会の6名のメンバーのひとりとして内潟が末席をけがし、糖尿病妊婦の同委員会のメンバーとして大森安恵前東京女子医科大学糖尿病センター長(同大学名誉教授)が活躍されています。5つの重点対象群の実務実行委員会が作成する内容は、25 ページくらいの冊子にまとまって、IDF憲章となります。

国連決議をめざして
 このIDF憲章を、2007年11月14日の世界糖尿病デーに、世界各国の同意を取り付けて「国連決議(UN resolution)」に昇華したいというのが、シリンク会長以下IDFの考えです。
 これまでも国際会議の折に、各々の実務委員会は会合をもち、ブレーンストーミングをしてきました。たとえばヤングのグループだけでも各国それぞれ特有の問題が山積していて、何時間討議してもどうやってまとめればいいのか、見当がつかないくらいです。
 困難な作業ですが、21世紀に生きる人間のひとりとして、叡智を結集して糖尿病に向かっていこうというメンバーの意気込みが、文章作成の作業をしていても、ひしひしと伝わってきます。
 追伸:2006年11月2日からwww.unitefordiabetes.orgでキャンペーン賛同署名活動が開始されています。一度ごらん下さい。
 


EASDで発表されたDREAM trial
 食事や運動療法を中心に健康的な生活習慣を厳格に守ると境界型から糖尿病への進展を50%以上抑制することはすでに明らかとなっていますが、長期間継続することがたやすくないことも事実です。こうした中、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬のラミプリル(日本未発売)や、インスリン抵抗性改善薬であるロシグリタゾン(日本未発売)の糖尿病発症予防効果を調査したDREAM(Diabetes Reduction Assessmentwith ramipril and rosiglitazone Medication)Trial1,2)の成績の一部が第42回欧州糖尿病学会(EASD)で発表されました。

DREAM trialの結果は
 対象は21カ国191施設から参加した30歳以上の過去に心血管疾患の既往がない境界型の5,269人です。平均3年間の追跡後、糖尿病発症率はロシグリタゾン投与群10.6%、プラセボ群25%であり、ロシグリタゾン群はプラセボ群に比し糖尿病の発症が60%以上抑制されました(基本的に食事運動療法は両群にあり)。さらに、ロシグリタゾン群は有意に境界型から正常型に戻りました。心不全はロシグリタゾン群14人(0.5%)、プラセボ群2 人(0.1%)にみられましたが、心血管イベントは両群で大差はありませんでした。以上から、食事・運動療法に加えてロシグリタゾンを投与すると2型糖尿病の発症を減少(遅延)させると共に、境界型から血糖正常化へと改善させ、新たな2型糖尿病発症予防の選択肢である可能性が報告されました。一方ラミプリル群は糖尿病の発症率ないし死亡率に影響はないものの、血圧を下げ、また16%多く正常型に戻しており、ACE阻害薬の適応のある高血圧、心不全や血管障害のある人、糖尿病のリスクの高い人には、糖代謝に良好な効果がある本薬を選択すべきと報告されました。

コメンタリーの意見
 EASDの特徴は大規模研究が発表されると、その研究に中立の立場のコメンタリーが選ばれて、最後にきちんとコメントを述べることです。今回のコメンタリーの意見は、1)DREAMの結果は、1,000人の境界型の人に3年間毎日ロシグリタゾン8mgを投与して(これで5万ドル、約600万円かかるそうです)やっと144 人しか糖尿病の発症遅延ができず、同時に5人が心不全を起こしてしまう、これは糖尿病発症予防効果として大きいのか?、2)薬物を投与した場合いつ中止できるのか指針がない(生活習慣改善効果は介入試験が終了したあとも長期間効果が継続するが、薬物は中止後その効果は消失してしまう)、3)長期的にみた費用対効果が不明瞭、4)糖尿病の最も重要な心血管イベントの抑制効果が証明されていない等で、多くの問題点が提示されました。

会場の反応に共感
 発表の最後に、"我々の悪夢を消し去ってくれるのは一人ひとりが健康になるという意識をもって体をもっと動かせばいいのです"とまとめたコメンタリーに対し、会場から割れんばかりの大きな拍手が起こりました。2型糖尿病の発症予防には国や社会をあげて健康の重要性を再認識(教育)することが世界中のコンセンサスなのだと再認識しました。DREAM Trialグループは、2006年末の国際糖尿病会議でも発表するそうですが、今回提示された多くの批判に対し納得のいく回答を提示して糖尿病予防の厚い壁―悪夢―を払拭してくれるのか、大いなる興味をもって成果を見守りたいと思います。
 1)Lancet 2006;368, 1096-1105
 2)N Engl J Med 2006;355, 1551-1562


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