DIABETES NEWS No.9
    No.
     1987 
     SPRING 
 

奇跡を生み始めた小児糖尿病サマーキャンプ
 昭和27年、9歳で発症した小児糖尿病患者の治療中、10年後には網膜症を認めた反省から、昭和44年小児糖尿病のサマーキャンプを開設しました。このサマーキャンプの開始時、小学生であったインスリン依存型糖尿病者も、17年の歳月を経て、就職し、結婚し、子供が次々に生まれる時期を迎えました。大変嬉しいことに、彼らの中で発症20年を経ても網膜症の発症を認めないものが増え始めたのです。
 かつての若年糖尿病者の厳しい予後を知っている者にとって、これは奇跡としか言いようがありません。わずかに夏休みの1週間、寝食を共にした教育が、これほどの威力を発揮したとは信じ難いほどでした。このことは、まだ合併症の現れる前の糖尿病発症の初期に、実践的な患者教育を行うことの重要性を今さらながら教えるものでありました。
 糖尿病センターは、あらゆる方法を用いて患者教育の成績を向上させ、小児糖尿病サマーキャンプで証明された教育効果を、全ての患者に拡大すべきであります。特に、教育すべきことの多いインスリン依存型糖尿病の教育に対しては大きな責任があります。

増加し重症化する糖尿病合併症に対して
 重症糖尿病とは、血糖の高さではなく、回復不能となった重大な合併症を有するものをいいます。血糖のそれほど高くない重症糖尿病は、意外と多いのです。すなわち、すでに血糖とは無関係となった失明、血液透析、エソなどの数多くの苦しみを持つものが増大しています。糖尿病センターでは、これらの重症化をくいとめ、また、極度に重症となってしまったものに対する治療を行い、家庭医と連携して、患者の quality of life の向上に努める責任があります。

今後の糖尿病センターのあり方
 これらに対応するための糖尿病診療では、内科医のほか、小児科医、眼科医、腎専門医、産科医などを揃えること、そのために必要な設備を整えることに心がける必要があります。
 糖尿病そのものの教育と、合併症の予防と治療に対して効果をあげることが、今後の糖尿病センターに強く求められます。
 


意外に知られていない自律神経障害
 糖尿病の三大合併症といわれる網膜症、腎症、神経障害の何れをとっても、それぞれ人生に重大な意味をもっています。網膜症は、失明すると社会的生命が失われることになります。腎症は、進展すると腎不全ひいては尿毒症をおこし、現在は腎透析により延命が可能になりましたが、生命を脅やかします。神経障害は、一般に下肢に多い知覚障害が問題にされ、激しい神経痛や知覚異常は患者さんに夜も眠れない苦痛をもたらします。糖尿病性神経障害の中には、この下肢の知覚異常をきたす末梢神経障害の他に、自律神経障害のあることは意外に知られておりません。

突然死の原因にもなる
 自律神経には交感神経と副交感神経があり、全身の臓器に分布してその機能調節、生命維持に重要な働きをしているわけですから、この神経に障害がおこることは、時に生命の予後にも関係があるといえます。事実、最近心臓や肺の自律神経障害による糖尿病者の突然死が注目されています。
 しかし、日常臨床的に問題になる自律神経障害は、間欠性の夜間の下痢、胃のアトニー、排尿障害、便秘、発汗異常、起立性低血圧、インポテンツなどであります。

糖尿病性排尿障害――弛緩性膀胱
 この中では、排尿障害は腎症との関係があり臨床的に重要です。糖尿病性排尿障害の多くは、尿意の減退や消失による弛緩性膀胱の型をとっています。弛緩性膀胱がおこると、排尿遅延がおき、尿の回数が減り、起床時の尿の量が多くなるのが特徴ですが、こういう症状に気付かずに膀胱に3L 以上の尿を貯め、膨満した膀胱による腹部腫瘤を形成することもあります。時に腹部腫瘤の診断の下に、私どものところへ紹介されて来る例もあります。
 弛緩性膀胱になると、膀胱が腫れ二次的に水腎症をおこし、腎機能も障害します。また、弛緩性膀胱があると膀胱炎をおこしやすくなります。糖尿病があり膀胱炎が治りにくいときには、この弛緩性膀胱の存在に注意する必要があります。膀胱炎を放置しておくと腎孟腎炎を併発し、腎機能の悪化に拍車をかけることになります。

腎機能の悪化を予防するためには
 これらのことを避けるためには、血糖のコントロールが第1ですが、それに加えて、弛緩性膀胱のある場合には3~4時間毎に必ず排尿してもらい、残尿のあるときには用手排尿、また排尿障害が強いときにはカテーテルを用いた導尿が必要となることもあります。
 もちろん、自律神経障害も含めて糖尿病性合併症は、糖尿病をきちんとコントロールすることにより完全に予防することができます。
 


由緒ある糖尿病センター
 東京女子医大病院の中に糖尿病センターが出来たのは、昭和50年7月です。センター方式で糖尿病の臨床、研究、教育が行われているのは、全ての大学病院の中でまだ唯一つのものでしょう。糖尿病センターとしての歩みは、ちょうど12年目ですが、大学病院内科学教室における糖尿病の専門教室としては、かなり古い歴史をもっています。
 昭和29年に日本の糖尿病研究の草分け的存在であった中山光重先生がはじめて教室を主催され、ついで小坂樹徳先生、鎭目和夫先生をへて平田幸正先生に受けつがれて来ました。糖尿病学を中心とした大学病院の内科学教室としては、30年以上の歩みであるわけです。この意味から、糖尿病センターは、時代とともに歩み、日本の糖尿病学の歴史を反映しながら、多くの患者さんの治療を行って来たといえます。

糖尿病の臨床像の変遷
 戦後、わが国に急増した糖尿病は、当時はまだあまり合併症はもっていませんでした。糖尿病の専門家ですら、日本の糖尿病には、壊疽は少いと信じていたくらいです。しかし、糖尿病の臨床像は、時の経過とともに、少しづつ変貌しています。現段階の糖尿病は、高血糖に加えて、網膜症や、神経症、腎症といった細小血管合併症をもつだけでなく、心筋梗塞や脳梗塞といった動脈硬化をも伴う病像に変わってきています。

新しい糖尿病センターの機能
 旧い講堂のあった部分に新しく建てかえられ、来る3月引越しの行われる新しい糖尿病センターは、この病像の変遷に十分対応した機能をもったものとして生まれ変わります。
 まず、新しく糖尿病と診断された人たちには、糖尿病性合併症をおこさないよう、患者教育をさらに強化しています。教育入院用のベットをふやすとともに、患者さんは、いつでも教育用ビデオテープで、"糖尿病とは"を知ることが出来るようになっています。
 実際の合併症対策としては、網膜症、腎症、神経症、小児糖尿病、ヤング糖尿病、妊娠など、それぞれパラメディカルとともに緊密なチームワークによって、トップレベルの医療が行われます。
 新センターは、糖尿病センターとしてすべてが一つの建物内にありますので、外来、病棟、眼科手術室への連絡、往き来は時間を要しません。薬局も専用となりますので、待ち時間は恐らくいちじるしく短縮されるでしょう。内科と産科か隣り合った診察室で診察出来るのも、お腹の大きい妊婦さんにとっては、大きな福音といえます。

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