DIABETES NEWS No.57
    No.57
     1999 
     SPRING 
 

近づく第25回日本医学会総会
 来たる4月2日(金)・3日(土)・4日(日)の3日間、医学界の4年に1度の一大イベント日本医学会総会(会頭:自治医大高久史麿学長)が東京で開催されます。第25回の今回は丁度100年目の記念大会。"社会とともにあゆむ医学―開かれた医療の世紀へ―"をメインテーマに、多くの講演、シンポジウム、パネルディスカッションなどが予定されています。

「糖尿病治療の最近の進歩」
「治療の最前線」シンポジウムの1つとして企画された「糖尿病治療の最近の進歩」は、4月3日(土)(15:50~17:50)ホテルグランパシフィック東京で開かれます。本シンポジウムは、合併症の予防をめざした強化インスリン療法の成果=「糖尿病の二次予防」(七里元亮先生)、糖尿病の基本治療の理論と実践=「食事療法と運動療法」(佐藤祐造先生)、新薬が次々に開発される「経口糖尿病薬の最近の進歩」(岩本)、病態に基づいた合理的なインスリン療法=「インスリン療法の最近の進歩」(河盛隆造先生)、血管合併症の成因に関する研究に基づいた「糖尿病合併症の治療薬の開発と臨床応用」(梅田文夫先生)、生活習慣病である2型糖尿病の予防をめざす「糖尿病の一次予防を目指して」(河津捷二先生)の6題です。長年に亘る豊富な臨床試験に基づいた最新の成果がわかり易く発表されます。

市民講座「糖尿病を正しく知ろう」
 今回の医学会総会では22題の一般向け公開市民講座が開かれます。その1つ「糖尿病を正しく知ろう」は、大森安恵先生の司会のもと、4月3日(土)(14:00~16:00)、東京国際ビックサイトで開催されます。演者は荒川博氏(「一本足打法と糖尿病」)、羽倉稜子先生(「主治医が語る糖尿病」)、松岡健平先生(「合併症がこわい糖尿病」)、そして澤池久枝氏(「いのちの道づれ」)で、様々な立場から、興味深いお話をうかがえると思います。
 


治療の目的は合併症の予防
 糖尿病治療の目的は合併症を予防することにあります。糖尿病の三大合併症のみではなく、動脈硬化による大血管障害も糖尿病患者の予後を左右する重要な合併症です。インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)と高血圧の合併頻度は高く、欧米の報告では45歳で40%、75歳では60%に増加するとされています。本邦では、NIDDM 患者の40%に高血圧を認めると報告されています。NIDDM 患者では非糖尿病者に比べ、脳血管障害や冠動脈疾患の発症率が2~3倍高いといわれています。高血圧は糖尿病患者においても非糖尿病者と同様に心血管系疾患の危険因子です。糖尿病に高血圧が合併すると、心血管系疾患の発症率は非糖尿病の正常血圧者に比べて 3.5~3.9倍に達すると報告されています。一方、高血圧は、糖尿病性腎症、網膜症の危険因子でもあります。

大規模臨床試験の結果
 UKPDS(UK Prospective Diabetes Study)では、高血圧を合併する1,148人の NIDDM 患者で、血圧コントロールの合併症予防効果を検討しています。平均 8.4年間追跡し、追跡期間中の血圧平均を144/82mmHg と厳格にコントロールした群と154/87mmHg と緩やかなコントロールを行った群の合併症発症頻度を比較しています。その結果、血圧のコントロールにより、脳梗塞の頻度は 44%減少、下肢の動脈硬化性疾患による切断は 49%減少と有意な効果を示しました。心筋梗塞の発症率は 21%減少。糖尿病関連の原因による突然死や心疾患、脳梗塞、下肢の切断、硝子体出血、腎症などを合わせると、そのリスクは 24%減少しました。細小血管症は血圧厳格コントロール群で 37%減少しており、とくに、網膜症の進行は 34%減少しました。
 また、欧州、米国、アジアの26か国が参加して降圧治療の至適レベルを検討するために行われた Hypertension Optimal Treatment(HOT)Study では、糖尿病を合併している1,501人の場合、主要な心血管系疾患の発症率は拡長期圧 80mmHg 以下で有意に低く抑えられたと報告されました。
 他方、血圧のコントロールが腎症の進展予防に有効であることはよく知られています。血圧のコントロールは糖尿病に合併する動脈硬化性疾患のみでなく、糖尿病特有の合併症の予防にも重要であると考えられます。

降圧治療の目安
 1997年の米国での高血圧治療指針(The sixth report of the Joint National Committee on prevention, detection, evaluation and treatment of high blood pressure:JNCVI, 1997)では130/85mmHg 以下を正常血圧とし、糖尿病を合併する場合は、軽症高血圧であっても、積極的な治療を推奨しています。生活習慣の改善指導のみでは十分な降圧が得られない時は、早期から薬物療法を行い、血圧を正常化することが合併症予防に重要です。
 


少ない膵β細胞の予備能
 遺伝性疾患では劣性遺伝を示すものが多いのですが、インスリン、グルコキナーゼ、Hepatocyte Nuclear Factor1α、4αなど膵ランゲルハンス島β細胞に発現している単一の遺伝子の異常によって起こる糖尿病は優性遺伝するのが特徴です。言い換えれば、β細胞の機能は 50%低下すればほとんど確実に糖尿病が発症するのです。もっと機能が低下しても生体の恒常性が保たれる他の臓器に比べ、β細胞は機能に余力の少ない細胞と言えます。肥満、運動不足、ストレスなどのインスリン抵抗性の要素が加われば、β細胞の機能は正常より少し低下しただけでも糖尿病が起きてきます。日本人を含めた東洋人の2型糖尿病患者さんは欧米人に比べて肥満の程度が軽い人が多いようですが、これはインスリン分泌が遺伝的に低下している人が多いためと考えられます。したがって食習慣の欧米化が進んでインスリン抵抗性が増せば、糖尿病はますます増加するでしょう。現にアメリカに移住した日系人では糖尿病の頻度が高いことが知られています。

高血糖とGlucose Desensitization
 血糖値が 200mg/dL までは血糖値が高くなるほどインスリンの分泌量も増えますが、血糖がそれ以上高くなると分泌は逆に低下してきます(glucose desensitization)。極端な glucose desensitization がおきると、インスリン分泌はゼロ近くなり血糖はますます上昇するという悪循環が生じ、著しい高血糖を示すようになる場合もあります。治療によって血糖を下げて glucose desensitization を早い時期に解除してやれば、インスリン分泌は元のレベルまで回復します。ところが、高血糖が何年も続くと、こんどは glucose toxicity といってインスリン分泌の不可逆的な低下が起きてしまいます。
 スルフォニルウレア(SU)系の経口血糖降下薬は二次無効が起こりやすいことが知られています。その理由は、これらの薬剤はβ細胞を刺激してインスリンを分泌させるので、β細胞は負担のかかった状態にあり、血糖が高いとすぐに glucose desensitization や glucose toxicity が起きてしまうためだと思われます。

よりよいコントロールによるβ細胞の保護
 以上のように、β細胞はもともと機能に余裕がない上に、高血糖が続くと機能はさらに低下し、遺伝的にも生来問題のある人が多い、という極めて脆弱な組織です。こういったβ細胞の性質をよく理解した上で糖尿病の治療を行うことが重要です。具体的には、まず食事負荷試験や尿中Cペプチドの測定などを定期的に行って、患者さんのβ細胞の機能を把握しておくべきでしょう。そして、β細胞の機能を低下させないためには血糖をいつも良い状態に保っておくことが大切で、食事・運動療法でインスリン抵抗性を除くことは勿論、経口糖尿病薬を用いても血糖がなかなか改善しない場合は早めにインスリン注射を導入してβ細胞を休め glucose desensitization の状態から脱する必要があります。

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