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No.183 | | 2022 Spring |
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糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果
東京女子医科大学 内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
最近、糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果が注目されています。腎症のどのステージにSGLT2阻害薬が有効であるかについて、私見を述べたいと思います。
◆アメリカ糖尿病学会(ADA)のガイドライン
近年の大規模心血管安全性試験で、SGLT2阻害薬が心不全を中心とした心血管アウトカムのみならず、腎イベントも減少させる効果が明らかにされました。それらの結果をもとにADAのStandardsofMedicalCareinDiabetes(2021)では、心不全あるいは慢性腎臓病を有する2型糖尿病患者に対して
メトホルミンよりもSGLT2阻害薬を優先して使用することが推奨されました。これまで一貫してメトホルミンを2型糖尿病に対する第1選択薬としてきたADAの画期的な方針転換といえます。
◆糖尿病性顕性腎症に対する効果
ただし腎症のどのステージにおいてSGLT2阻害薬が有効であるかに関しては、まだエビデンスが不足しています。多くの心血管安全性試験では、腎イベントが副次評価項目であったからです。顕性腎症の進展・悪化を一次評価項目としたCREDENCEとDAPA-CKDでは、SGLT2阻害薬が腎イベントを有意に減らすことが示されました。
◆腎症のない患者に対する効果
正常アルブミン尿の糖尿病患者を対象としたSGLT2阻害薬の腎保護効果を主要評価項目とした無作為試験はまだ公表されていません。ただ一部の心血管安全性試験のサブ解析では、正常アルブミン尿の糖尿病患者に対しても、SGLT2阻害薬がアルブミン尿の発症あるいは腎複合イベントの発生を有意に減らしています。ただし、そのインパクトはそれほど大きいものではなく、腎イベントは副次評価項目でした。
最近日本腎臓学会の多施設データベース研究の結果が報告されました(Diabetes Care 2021;44:2542‒2551)。それによると、蛋白尿の有無に関わらず、SGLT2阻害薬を開始された患者では、他の糖尿病薬に比べて腎機能低下速度がゆるやかであったことや、腎イベントが有意に少なかったことが明らかにされました。ただし蛋白尿がない場合はeGFRが60未満の患者が対象とされたことから、実臨床で多数を占める、腎機能が保たれた正常アルブミン尿患者にまでこの結果を応用することはできません。
◆腎機能が低下した患者に対する効果
最近慢性腎臓病に対しても効能が認められたフォシーガ
®の添付文書には、eGFRが25未満の患者では、腎保護作用が十分に得られない可能性があると記載されています。その薬理作用から SGLT2阻害薬は、GFRがある程度維持されていないと高血糖を改善することはできません。GFRが低下した糖尿病患者さんにSGLT2阻害薬を使用する場合には、この薬は腎症に対して使用するのであって、
血糖コントロールの改善は期待できないことを予めお知らせする必要があります。
DAPA-CKD等の結果から、顕性腎症患者に対してSGLT2阻害薬を使用することに異論はないと思います。ただし腎症前期から早期腎症期、あるいは腎不全期の糖尿病患者に対する腎保護効果については、今後検証が必要です。
SGLT2阻害薬の多様な腎保護作用
有隣厚生会富士病院
糖尿病内科 部長
佐藤 賢
今回のDiabetes Newsの1頁で馬場園教授がSGLT2阻害薬の腎保護効果に関するエビデンスを紹介されましたので、私からはその作用機序に関する最近の報告をまとめてみました。
◆糖尿病性腎症に対するSGLT2阻害薬の効果
SGLT2阻害薬の腎保護作用に影響する全身性因子として、血糖コントロールの改善が関与することは確実です。さらにSGLT2阻害薬による体重減少、血圧・尿酸低下作用、心不全改善効果なども、腎臓に対して保護的に働くことが知られています。
一方、SGLT2阻害薬が他の糖尿病治療薬と大きく異なる点は、腎への直接作用といえます。具体的には、糸球体過剰濾過の是正、炎症・酸化ストレスの低下、腎低酸素状態の改善、さらにはケトン体の作用などが報告されています。
◆糸球体過剰濾過の是正
SGLT2阻害薬の腎保護作用として有名なのは、尿細管糸球体フィードバック(以下TGF)を介する糸球体過剰濾過の是正です。TGFとは、腎臓の傍糸球体装置を構成する遠位尿細管の緻密班細胞が尿細管腔のNaCl濃度を関知し、輸入細動脈の血管抵抗を変化させることで糸球体濾過量を調節する生理作用です。
2014年にCherneyらが、1型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を投与することで、糸球体過剰濾過が改善することを報告しました。
◆腎低酸素状態および腎性貧血の改善効果
糖尿病性腎症は微小血管障害により、他の腎臓病に比べて腎臓の酸素供給量が低下しています。さらにSGLT2の発現が増加した尿細管では、ブドウ糖とNaの再吸収が亢進する結果酸素需要量が著しく増加するため、尿細管間質が低酸素状態に陥ります。これにより近位尿細管周囲間質に存在するエリスロポエチン産生細胞の機能低下が生じると報告されています。SGLT2阻害薬が尿細管間質の低酸素状態を改善させることで、エリスロポエチン産生機能を回復させる可能性が考えられます。
最近われわれは、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)を投与中の腎性貧血を伴った糖尿病性腎症患者にSGLT2阻害薬を投与したところ、12か月後に約半数の患者でESAを中止しても目標ヘモグロビン値の維持が可能であったことを報告しました(Sato K, et al, Diabet Med 2022; 39: e14632)。貧血は腎症進展のリスク因子の一つであることから、SGLT2阻害薬のエリスロポエチン産生増加作用は、腎症進展抑制に関与している可能性が高いと考えております。
◆ケトン体の腎保護効果
ケトン体の増加が糖尿病ケトアシドーシスの原因となることから、ケトン体の腎保護効果というと違和感を覚える方も多いと思います。詳細は省きますが、滋賀医科大学のグループはSGLT2阻害薬によって産生が増加するケトン体が、糖尿病状態で障害されている腎でのATP産生を回復させることで、腎保護に働く可能性を報告しています。
◆おわりに
SGLT2阻害薬は糖尿病性腎症のみならず、IgA腎症などに対する効果も知られるようになりました。昨年一部のSGLT2阻害薬が、糖尿病の有無にかかわらず慢性心不全や慢性腎臓病に対する適応が追加されました。同剤の新たな効用の解明に期待しています。
成人1型糖尿病管理に関するADAとEASDのコンセンサスレポート
東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 講師
小林浩子
1型糖尿病は全糖尿病の5-10%を占め、その発症のピークは思春期から成人早期ですが、どの年齢でも発症します。そして患児もやがては成人するので、1型糖尿病全例で考えると、成人の占める割合が多くなります。全世界の1型糖尿病有病率は1万人に対し5.9人ですが、その発症率は急速に増加しています。
さらに近年、1型糖尿病の治療や技術の進歩は目覚ましいものがあります。
このような背景をもとに、最近米国糖尿病学会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)は共同で、成人1型糖尿病管理に関するコンセンサスレポートが発表されましたのでご紹介したいと思います(Holt RIG et al. Diabetes Care 2021 ;44:2589)。これまで 1型糖尿病治療のガイドラインはありましたが、このコンセンサスレポートは医療者が成人1型糖尿病の管理をする上で考慮すべきことに焦点をあてられています。
◆成人における1型糖尿病の診断
実臨床では、1型糖尿病と2型糖尿病の両方の特徴を併せ持つ症例や、2型糖尿病であってもケトーシスを繰り返す症例もあることから、成人期発症1型糖尿病の診断は必ずしも容易ではありません。実際、成人期発症1型糖尿病の40%を2型糖尿病と誤診したとの報告があります。また1型糖尿病の診断において抗GAD抗体の測定は有用ですが、白人1型糖尿病の5-10%は膵島関連自己抗体が陰性のため、抗GAD抗体が陰性であっても1型糖尿病の可能性を除外することはできません。
今回のコンセンサスレポートでは、成人発症糖尿病で1型糖尿病が疑われる症例、すなわち①35歳未満発症、②BMI25kg/m
2未満、③体重減少、④ケトアシドーシス、⑤随時血糖360mg/dL以上、などを有する場合には、1型糖尿病を疑い抗GAD抗体を測定することが奨励されています。抗GAD抗体が陰性の場合はさらにIA-2抗体およびZnT8抗体を測定し、陽性であれば1型糖尿病と診断します。
なお膵島関連自己抗体が陰性であっても、随時C-ペプチド値が0.6ng/mL未満なら1型糖尿病、0.6-1.8ng/mLであれば5年以内に再検査、1.8ng/mL以上であれば2型糖尿病と診断するとされています。35歳未満ではMODYなど単一遺伝子の異常による糖尿病を除外診断します。
◆成人1型糖尿病の治療
管理目標は個々の患者の罹病期間、年齢、予後、重症低血糖の有無、合併症の状態等により設定します。一般に、HbA1c 7%未満、持続皮下糖濃度測定(CGM)を使用している場合はグルコース値が70-180mg/dLである時間の割合(time in range)を全体の70%以上、70mg/dl未満を5%未満(うち54mg/dl未満を1%未満)、180mg/dL以上(time above range)を30%未満(うち250 mg/dL以上を5%未満)とすることを目標としますが、さらに高齢者では低血糖を1%未満にすることが推奨されています。インスリン療法ではハイブリッドクローズドループを利用したインスリンポンプ療法が利便性、低血糖予防の上でもっともよいとされていますが、価格が高いのが難点です。持効型インスリンと超速効型またはウルトラ超速効型インスリンによる強化療法が標準的で、NPH製剤やregularインスリンは利便性と低血糖予防の上ではやや劣ります。
◆おわりに
その他、膵臓・膵島移植、SGLT2阻害薬など他の薬剤による治療の可能性、各ライフステージにおいて注意すべき点、心理社会的な問題、飲酒や運転など日常生活における注意など、多くのテーマが36ページにもわたって解説されています。成人1型糖尿病のすべての方に適切な治療を提供するためのエビデンスを蓄積し、必要な時に手を差し伸べることができる、患者に寄り添う医療を提供すべきである、とまとめられています。