DIABETES NEWS No.182
 
No.182 2021 Winter

日本糖尿病性腎症研究会での鼎談

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野  教授・基幹分野長
馬場園哲也
 第32回日本糖尿病性腎症研究会の当番世話人を仰せつかり、2021年12月4~5日にWeb開催しました。今回のキラーコンテンツとして、これまでわが国の糖尿病性腎症研究をリードされてきた旭川医科大学名誉教授の羽田勝計先生と岡山大学の現学長でいらっしゃる槇野博史先生をお招きし,私を含めた三人で鼎談を行いましたので、その様子をご紹介したいと思います。鼎談ではまず、お二人が長年尽力された研究の成果を改めてご紹介いただきました。

◆引っ越しを10回された羽田先生
 羽田先生は1976年に大阪大学をご卒業後1978年に滋賀医科大学に移られ、1980年にシカゴ大学に留学されたのち、2003年旭川医科大学第二内科教授に着任され、2016年に同大学を退官されました。鼎談で羽田先生は、「Origin」というタイトルでご自身の研究者人生を振り返られ、その時々に10のoriginがあったことをお話しされました。最も印象的であったのは、羽田先生がシカゴ大学での留学を終えて滋賀医科大学に戻られた当時の日本では、「糖尿病が治れば合併症は起こらず、糖尿病の成因解明こそがscienceであり、賢い人なら(腎症など糖尿病)合併症の研究はしない」といわれていたことでした。それでも羽田先生は、滋賀医科大学で糖尿病性腎症の病態解明を目的とした基礎研究を続けられ、多くの業績を残されました。
 私は1995年にカナダのトロント大学に留学しましたが、その初日に留学先の教授から、なぜ羽田先生のラボに行かなかったのか、と訊かれたことを今でもよく覚えています。当時すでに羽田先生のお仕事は国際的に高く評価されていたということです。

◆学長の激務をこなしておられる槇野先生
 槇野先生は1975年に岡山大学をご卒業後、シカゴのノースウェスタン大学への留学期間を除き岡山大学に勤務され、同大学腎・免疫・内分泌代謝内科学教授、病院長などを経られたのちに2017年岡山大学の学長にご就任され、毎日激務をこなしておられます。槇野先生のご講演タイトルは「Be Challenger!」でしたが、今なお槇野先生ご自身がChallengeされています。
 槇野先生の多くの業績のなかで個人的に印象に残っているのは、糖尿病性腎症の形態学的研究です。特に留学中から継続された腎糸球体基底膜のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HS-PG)に関する研究は有名で、糖尿病性腎症においてHS-PGの減少によるcharge barrierの障害とIV型コラーゲンの発現低下によるsize barrierの障害をきたす結果、蛋白尿を生じることを明らかにされました。

◆基礎研究から臨床研究へ
 お二人とも基礎研究で素晴らしい業績を挙げられたのみならず、医師であるからこそ、臨床研究を行うべきであることを力説されました。滋賀医科大学からは「糖尿病性腎症の寛解」という観察研究の結果が2005年のDiabetesに掲載され、内外で注目されました。岡山大学が中心となって行われた多施設研究であるDNETT-Japanは、最近その結果が報告されました。
 お二人から今後の腎症研究の展望についてお話しいただき、鼎談を終了しました。羽田先生と槇野先生は、私の腎症研究における恩師であり、今回の研究会でお二人の最終講義を拝聴することができました。今後もいろいろな機会でご指導いただきたいと思います。

 

内分泌疾患による糖尿病を見逃さない!

東京女子医科大学
内科学講座 / 内分泌内科学分野 教授・基幹分野長
大月道夫
 糖尿病とはインスリン作用不足による慢性の高血糖を主徴とする代謝症候群と定義されます。このインスリン作用不足の原因は、インスリン分泌低下、インスリン抵抗性です。1型糖尿病であれば、インスリンを合成・分泌する膵ランゲルハンス島β細胞の破壊・消失であり、2型糖尿病ではインスリン分泌低下やインスリン抵抗性の原因となる遺伝因子に加え、過食、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子、加齢がインスリン作用不足の原因となります(糖尿病治療ガイド 日本糖尿病学会 編・著 2020-2021)
 生体は、種々のホルモンにより恒常性が維持されています。これらホルモンの異常もインスリン作用不足の原因となります。つまり、「インスリン分泌低下、インスリン抵抗性に対する薬物療法を施行し、食事療法、運動療法を適切に行っているのに期待したように血糖コントロールが改善しない場合」、ホルモンの異常、つまり「内分泌疾患による糖尿病」を疑う必要があります。診断には、そのホルモン自身の過剰による症状、身体所見、臨床検査値が役に立ちます。
 以下に代表的なホルモン過剰を示します。またホルモン検査は、早朝空腹時採血での評価が原則ですのでご注意ください。

◆成長ホルモン過剰
・手足の容積の増大、先端巨大症様顔貌(眉弓部の膨隆、鼻・口唇の肥大、下顎の突出など)、巨大舌のいずれかの特異的症候を認めた場合
→先端巨大症を疑い、成長ホルモン(GH)、IGF-I(ソマトメジンC)を測定。
・解釈 先端巨大症の場合、IGF-Iの高値を認めます。GH過剰は、ブドウ糖75g経口投与にて正常域(GH底値 0.4ng/mL)まで抑制されないことで評価します。血糖コントロールが不良の場合、著明な高血糖を引き起こしますので施行してはいけません。

◆コルチゾール過剰
・満月様顔貌、中心性肥満(腹部の肥満の割に手足が細いことが特徴です)または水牛様脂肪沈着、皮膚の進展性赤紫色皮膚線条(幅 1cm以降)(白色でなく、赤紫色であることがポイントです)、皮膚の菲薄化および皮下溢血、近位筋萎縮による筋力低下(しゃがんだ状態より立ち上がることができなくなります)のいずれかの特異的症候を認めた場合
→Cushing 症候群(広義)を疑い、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、コルチゾールを測定。
・解釈 ACTH、コルチゾール共に高値 - 正常の場合 Cushing病
ACTH低値、コルチゾール高値 - 正常の場合Cushing症候群(副腎性)
 上記の特異的症候がないものをSubclinical Cushing症候群といいます。コルチゾール自律分泌は存在するため、高血圧、糖・脂質代謝異常、全身性肥満、骨粗鬆症が合併しやすく、糖尿病患者に副腎腫瘍が見つかった場合、Subclinical Cushing症候群を疑う必要があります。

◆甲状腺ホルモン過剰
・頻脈、手のふるえ、湿潤な皮膚、甲状腺腫の触知、アルカリフォスファターゼ(ALP)、血清コレステロール低値を認めた場合
→甲状腺機能亢進症を疑い、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、遊離サイロキシン(FT4)、遊離トリヨードサイロニン(FT3)を測定。 ・解釈 Basedow病のような原発性甲状腺機能亢進症の場合、TSH低値 - 抑制、FT4、FT3高値となります。

◆カテコラミン過剰
・頭痛、動悸、発汗、顔面蒼白、体重減少、便秘などの症状、高血圧を認めた場合
→褐色細胞腫を疑い、血中遊離メタネフリン、遊離ノルメタネフリンを測定。
・解釈 褐色細胞腫の場合、血中遊離メタネフリン、遊離ノルメタネフリンの上昇を認めます。
 以上のようなホルモン過剰を求めた場合、「内分泌疾患による糖尿病」としてホルモン過剰の原因の精査・加療が必要となりますので、内分泌内科にご紹介ください。

 

糖尿病患者における
アルブミン尿を伴わない
腎機能低下の臨床的意義

東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科
山本 唯
東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 講師
花井 豪
 近年、高齢化に伴う腎硬化症の増加、さらにはレニン・アンジオテンシン系阻害薬使用の増加により、正常アルブミン尿にもかかわらず、腎機能低下を認める糖尿病患者が増加しています(Afkarian M, et al. JAMA 2016 ;316:602)。当科を初診した2型糖尿病患者5,331名における、連続横断研究でも同様の傾向を認めました(Tanaka N, et al. Diabetol Int 2019;10:279)。これまでの研究で、アルブミン尿が腎機能低下のみならず心血管病・死亡の危険因子であることが明らかにされています。しかし、アルブミン尿を伴わないにもかかわらず腎機能低下を有する非典型的な糖尿病患者の臨床的意義について、一定の見解は得られていません。

◆一般集団を対象としたメタ解析
 既存の24のコホートからなる1,345,319名において、アルブミン尿も腎機能低下もない、すなわち腎障害のない群と比較し、アルブミン尿のない腎機能低下群の末期腎不全に至るリスクは有意に高値でした(Levey AS, et al. Kideny Int 2011;80:17)。さらに、同論文の14コホート、105,872名を対象とした解析では、アルブミン尿のない腎機能低下は総死亡においても危険因子となっていました。

◆JDDM54
 では、糖尿病患者ではどうでしょうか。最近、本邦の2型糖尿病患者2,953名を対象とした、多施設共同前向き観察研究「Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group (JDDM) 54」の結果が発表されました(Diabetes Care 2020;43:1102)。腎障害のない1,806名と比較した、アルブミン尿のない腎機能低下群203名の腎アウトカム(観察開始時のeGFRから30%以上の低下)、総死亡のハザード比(95%信頼区間)はそれぞれ1.25(0.91-1.69)、1.46(0.73-2.92)であり、いずれも統計学的に有意なリスク上昇は認めませんでした。

◆当センターのヒストリカル・コホートを用いた大規模観察研究
 上記のように、JDDM54の結果は一般集団を対象とした研究の結果と異なっていました。このことは糖尿病患者に特有なのでしょうか。しかし、JDDM54に登録されたアルブミン尿のない腎機能低下を有する患者群は203名と比較的少数でした。そこで、当センターの大規模コホートを用いて検証した、我々の研究結果を御紹介したいと思います。(Yamamoto Y, et al. Diabetologia in press)。
 対象は、当センターに通院していた成人2型糖尿病患者8,320名で、平均年齢61歳、女性は2,988名(35.9%)でした。観察開始時のアルブミン尿(尿中アルブミン・クレアチニン比 ≥30mg/g)および腎機能低下(eGFR <60mL/min/1.73m2)の有無で4群に分類しました。正常アルブミン尿・腎機能低下群は967名(11.6%)であり、高齢、心血管病の既往が多いなどの特徴を認めました。観察開始時のeGFRから50%以上の低下または腎代替療法の開始をエンドポイントとしたところ、腎障害のない4,509名を対照とした、正常アルブミン尿・腎機能低下群(n= 967)の調整後ハザード比は4.1(2.5-6.7)でした。アルブミン尿の発症、総死亡のハザード比もそれぞれ、2.1(1.7-2.6)、1.5(1.2-2.0)と有意でした。なお、既報同様、アルブミン尿は腎機能低下の有無にかかわらず、その後の腎機能低下および死亡の有意な危険因子でした。

◆おわりに
 腎機能低下を有する正常アルブミン尿の糖尿病患者は、腎障害のない正常アルブミン尿患者と比較すると、その後の腎機能低下、アルブミン尿の発症、さらには死亡のリスクが高いことがわかりました。しかし、このような患者に対する適切な治療法はいまだ確立されておらず、今後の研究が待たれます。

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