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No.181 | | 2021 Autumn |
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糖尿病患者さんをコロナ感染症から守るために
東京女子医科大学 糖尿病・代謝内科学講座 教授・基幹分野長
馬場園哲也
新型コロナウィルス(以下コロナ)感染症はいまだ収束のきざしがみられないどころか、なお全国的に感染者の増加が続いています。先生方におかれましては日々の診療で大変ご苦労をされていることと思います。
◆糖尿病とコロナ感染
尿病とコロナ感染との関連につきましては、日本糖尿病学会が不定期に情報を発信しています。「糖尿病と新型コロナウィルス感染症に関するQ&A(第2版)」によりますと、糖尿病患者さんでコロナ感染リスクが増加するとはいえないものの、重症化リスクが高いことが示されています。
医療ビッグデータの解析を行っているJMDCは、2021年 2月末までに日本でコロナ感染のため入院した7,373人中、ICUでの管理が行われた185名(2.5%)を「重症」と定義し、そのリスク因子を機械学習モデルを用いて解析をしました。その結果、重症化リスクとして判明したのは肥満(リスク1.8倍)、喫煙(1.6倍)、高血圧(1.6倍)とともに、糖尿病(3.4倍)があげられました(
https://www.jmdc.co.jp/news/news20210709/)。
◆コロナ感染後DKAを発症し亡くなった患者さん
先日、都内の糖尿病患者さんがコロナに感染し、自宅療養中に糖尿病ケトアシドーシスを発症したものの、入院可能な医療機関が見つからず、翌日亡くなられたという報道がありました。糖尿病診療に携わる全国の医療者が心を痛めたと思います。当科の患者さんの多くがこのテレビ報道をみており、ショックを受けていました。当院を含めてコロナの入院治療を行っている都内の病院は、現在どこもコロナ病棟がほぼ満床状態です。糖尿病患者さんがコロナのPCRが陽性になれば、今の行政のルールや医療機関の逼迫状態から、緊急時であってもかかりつけの病院に入院できるとは限りません。非常に厳しい状況が続いています。
ワクチン接種を
この現状でわれわれ糖尿病診療に携わるものが患者さんをコロナ感染から守るためには、まずワクチン接種をより積極的に勧める必要があると思います。糖尿病は、ワクチンの優先接種となる基礎疾患です。副反応に対する懸念などからワクチン接種に消極的な患者さんもおられ、またワクチン接種に対するいろいろな考えがありますが、糖尿病患者さんに対しては科学的な根拠を提供し、理解を得る必要があります。
シックデイ対策
報道された糖尿病患者さんは、コロナに感染後食欲が低下し、そのためインスリン注射を中止していたとのことでした。インスリン治療中の患者さんは、食事が摂れなくても自己判断でインスリン注射を中断してはならない、というシックデイ対策ができていなかったようです。このことから日本糖尿病学会は、糖尿病患者さんおよび医療機関向けに、「今一度シックデイ対策を」という緊急提言をしています(
http://www.jds.or.jp)。一読いただけますようお願いします。
なおビグアナイド薬やSGLT2阻害薬は、シックデイの際に中止する必要があります。
糖尿病と心房細動
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 嘱託医
大武幸子
東京女子医科大学
糖尿病センター 糖尿病センター/中央検査科 教授
佐藤麻子
◆心房細動の有病率は増加
心房細動は日常診療で最も多くみられる不整脈の一つです。本来なら規則正しく脈を打つ心房が小刻みに動き、けいれんするようになる不整脈です。症状としては脈が飛ぶ、動悸がする、ひどい時には失神することもあります。原因としては、加齢が一番に上げられます。そのほかに、高血圧症、弁膜症、虚血性心疾患、心不全など心臓に関連した疾患、また、肥満や糖尿病、喫煙なども心房細動の発症リスクを高くすると言われています。わが国でも高齢化とともに心房細動の有病率は増加の一途をたどっています。
心房細動自体は死に至る病気ではありませんが、放置しておくと心房内にできた血栓が血流に乗り脳の血管を詰まらせ血栓性脳梗塞、脈拍が早くなり心不全など致死的な疾患を引き起こすことがあります。特に、非弁膜症性心房細動において、心不全(Congestive heart failure)、高血圧(Hypertension)、年齢(Age)≧75、糖尿病(Diabetes mellitus)、以前の脳梗塞/一過性脳虚血発作(Stroke/TIA)といった因子は脳梗塞の発生率を上昇させる因子であり、それらが累積するとさらに脳梗塞が起こりやすいことが知られています。これをCHADS2スコアと言い、さらに細分化した脳卒中発症リスクCHA2DS2VAScスコアもあります。CHA2DS2-VAScスコア2点以上で経口抗凝固療法の治療が必要となります。
◆日本人2型糖尿病における心房細動の有病率およびリスク因子に関する横断研究
このように、糖尿病は心房細動の発症のリスク因子であり、かつ心房細動から脳梗塞になるリスク因子でもあるのです。しかし、日本人糖尿病患者における心房細動の有病率や心房細動に対する糖尿病患者特有のリスク因子についてはいまだ不明でした。そこで糖尿病センターでは、日本人2型糖尿病における心房細動の有病率およびリスク因子に関する横断研究を行いました(Otake S et al. Diabetology International.2021.
Prevalence and predictors of atrial fibrillation in Japanese patients with type 2 diabetes)。対象は2004年〜2005年に東京女子医科大学糖尿病センターを初診し、心電図を施行した2型糖尿病患者1,650名(女性588名、男性1,059名、平均年齢60歳)です。心房細動の有病率は、4.4%(女性2.5%、男性5.4%)で、3.6%が非弁膜性心房細動でした。心房細動の有病率は年齢が高くなると高率になり、特に70歳以上で顕著に増加していました。その他のリスク因子は、男性、高血圧、血小板減少でした。糖尿病患者は高血圧症のリスクが高く糖尿病と高血圧症の2つの併存が心房細動の有病率上昇の原因になっている可能性があります。本研究において血小板減少と有意な関連を認めましたが、原因が明らかではなく今後更なる研究が必要です。また、2003年の日本人一般人口における心房細動の有病率(Inoue H, et al. Int J Cardiol.;137:102, 2009)と年齢・性を調整したリスク比を検討したところ、糖尿病患者さんは一般人口より心房細動の有病率が約3.5倍であることが判明しました。
◆最後に
こ日本人2型糖尿病患者でも心房細動有病率は高値であり、日常診療において特に高齢者には心電図検査を定期的に行い、心房細動を早期発見し、早期治療を開始することが重要であると考えます。
肥満外科治療を巡る話題
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
近藤有一郎
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 教授
中神朋子
肥満に対する外科手術は欧米を中心に1950年代から行われており、食事・運動療法をはじめとする内科的な治療を行っても効果が得られない高度肥満患者に対する治療法として発展してきました。わが国においても、2014年の腹腔鏡下スリーブ胃切除術の保険適応を契機に普及し、当院でも2021年3月から多科・多職種(消化器外科、精神科、循環器内科、麻酔科、睡眠科、栄養課、社会支援部等)と協力して肥満外科治療を開始し、現在までに3名の高度肥満患者に腹腔鏡下スリーブ胃切除術が行われました。いずれも、術後合併症なく、現在に至るまで順調に減量できており、種々の代謝指標も改善しています。
肥満外科手術として広く行われている術式には胃バンディング術、スリーブバイパス術、スリーブ状胃切除術、胃バイパス術があり、ほぼ全て腹腔鏡を用いて行われています。しかし、わが国では腹腔鏡下スリーブ胃切除術のみが保険診療で可能な術式です。本術式を保険診療で行うための条件は、当初は「6か月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないBMIが35kg/㎡以上の患者であり、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併している患者」とされていました。しかし2020年4月の保険改訂後は、前出の条件、もしくは「6か月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られない BMI32.5〜34.9 kg/㎡の肥満症で、糖尿病を合併しており HbA1cが8.4%以上で、6か月以上の薬物治療を行っても管理困難な高血圧症、脂質異常症や睡眠時無呼吸症候群(AHI30以上)のうち1つ以上を合併していること」となりました。
わが国で外科治療の適応条件の改訂が行われた背景ですが、糖尿病では手術によって薬物療法から離脱し、なおかつHbA1cが6.5%未満を維持できるなどの寛解が高頻度で生じることが報告されているからです。その機序については、まだ十分に明らかではありませんが、外科治療により体重減少効果だけではなくインクレチン等の消化管ホルモンの分泌パターンの変化、腸内細菌叢の変化、胆汁酸の変化などが考えられています。そのため、肥満外科手術は単なる減量手術(bariatric surgery)から減量・代謝改善手術(metabolic surgery)へと概念の変化があり、その適応も糖尿病などの肥満関連疾患を併発している、より軽度の肥満患者に拡大していることを反映していると言えます。本邦の肥満外科手術件数は諸外国に比べると未だ少ないのが現状ですが、年々増加傾向にあり2019年には757件の手術が行われ、今後も増加が予想されます。
肥満大国である米国からの報告によれば、腹腔鏡下スリーブ胃切除術の術後30日間の手術関連死亡率は0.3%程度(N Engl J Med.2009), その他の大規模臨床試験からも専門施設における肥満外科手術のリスクは比較的小さいと報告されています。しかし、低頻度ながら特有な合併症として、縫合不全、残胃狭窄やねじれ、逆流性食道炎などが生じ、難治性であるため、リスクについてよく認識しておくことが重要です。また、肺塞栓(肥満者は腹圧が高く足の静脈のうっ滞から血栓ができやすく、術後、歩行再開時に起こる)、心筋梗塞、横紋筋融解症、術後無気肺、腸閉塞、ダンピング症候群、栄養障害、貧血、脱毛、骨粗鬆症、胆石症、術後の皮膚のたるみなどが術後後遺症として挙げられます。
糖尿病に対する薬物治療は年々、進歩していますが、内科治療で改善が見込めない患者さんが非常に多く、高度肥満を伴う患者さんにとって肥満外科手術が合併症治療の良い選択肢となる可能性があります。腹腔鏡下スリーブ胃切除術は、胃の容積を小さくすることで食欲を減らし体重を減少させます。しかし、体重減少効果を維持するためには、手術後の栄養・運動療法を守ることが非常に重要です。生活習慣の見直し、栄養・運動療法が続けられない場合、大きくリバウンドし、再手術が必要となるからです。当院においても、内科、外科、メンタルヘルス、栄養、運動、社会支援など各分野の専門家による集学的治療をさらに発展させることにより、治療をより質の高いものにする必要があると思います。