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No.179 | | 2021 Spring |
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大森安恵先生が
国際糖尿病妊娠学会のLifetime Achievement Awardを
受賞されました!
東京女子医科大学 糖尿病・代謝内科学講座 教授・講座主任
馬場園哲也
東京女子医科大学 糖尿病・代謝内科学講座 准教授
柳澤慶香
本学名誉教授で、1991年から1997年まで糖尿病センター長および内科学(第三)講座の主任教授をお務めになった大森安恵先生が、国際糖尿病・妊娠学会(International Association of Diabetes Pregnancy Study Group、IADPSG)の第1回Lifetime Achievement Awardを受賞されました。
いうまでもなく大森先生はわが国における糖尿病と妊娠の分野のパイオニアであり、長年に渡ってこの分野の研究と臨床に力を尽くしてこられました。今なお学会活動を続けられ、われわれ後輩に対して情熱あるご指導をしていただいています。
IADPSGは、糖尿病と妊娠領域の国際交流を目的に設立され、1998年に第1回大会がオーストラリア・ケアンズで開催されました。この会議は1994年に日本で大森先生が開催された「糖尿病と妊娠に関する研究会第10回記念大会」が発足のきっかけとなっています。その際、海外からの4人の招聘演者が国際交流の大切さを異口同音に説き、IADPSGの発足に至ったと伺っています。第2回大会がスペイン、第3回アメリカ、第4回インド、第5回アルゼンチンと続き、昨年第6回大会が京都で開催予定でしたが、新型コロナ感染症のパンデミックのため、オンデマンド配信形式となりました。今回の大会においてLifetime Achievement Awardが創設され、大森先生の糖尿病と妊娠に関する長年の功績が高く評価され、このたびの受賞となりました。
大森先生は1960年代に欧米から学び、糖尿病があっても妊娠可能であることを強く訴えられ、東京女子医科大学糖尿病センターを日本における糖尿病と妊娠の診療および研究のメッカにされました。1985年には日本糖尿病・妊娠学会の前身である「糖尿病と妊娠に関する研究会」を創設され、わが国で初めて糖尿病妊婦分娩例の実態調査を実施されました。
さらに特筆すべきは欧米での活躍です。欧州糖尿病学会のDiabetic Pregnancy Study Group(DPSG)の名誉会員として、45年以上に渡りその研究成果を報告され、またWHOの妊娠糖尿病ガイドライン委員としてその策定に多大な貢献をされました。米国Sansum Diabetes Research Instituteからは Sansum Awardを、DPSGからは第1回Distinguished Ambassador Awardなど、数々の賞を受賞されています。
われわれ後輩は大森先生から多くの教えを受けていますが、その中でも印象に残っているのは「守・破・離であれ」というお言葉です。偉大な師の足元にも及びませんが、先生の教えを胸に精進していきたいと思います。
インスリンとGLP-1受容体作動薬の配合注
東京女子医科大学
糖尿病センター 助教
大屋純子
昨年基礎インスリンとGLP-1受容体作動薬が配合された注射薬が、インスリン治療を必要とする2型糖尿病患者治療における新しい選択肢として使えるようになりました。日本ではIDegLira(インスリンデグルデク/リラグルチド)とiGlarLixi(インスリングラルギン /リキシセナチド)の2種類が発売されています。IDegLiraは1ドーズにインスリンデグルデク1単位とリラグルチド0.036mgが、iGlarLixiは1ドーズにインスリングラルギン1単位とリキシセナチド1μgが含まれています。
◆配合注の有効性と安全性
いずれの配合注も日本人2型糖尿病患者を対象とした国内第III相臨床試験の結果から有効性と安全性が示されています。 IDegLiraではDUAL I Japan試験(Kaku et al., Diabetes Obes Metab, 2019)とDUAL II Japan試験(Watada et al., Diabetes Obes Metab, 2019)の2つの試験が行われました。DUAL I Japan試験では経口薬でコントロール不十分な2型糖尿病患者をIDegLira、インスリンデグルデク、リラグルチドの3群に割り付け、52週投与しました。
その結果、IDegLiraはインスリンデグルデクと比較し低血糖頻度を高めることなく(Risk ratio 0.48)、HbA1cを有意に低下(-2.42% vs -1.80%)させました。また体重増加も有意に抑えられていました(estimated treatment difference -1.19kg)。副作用に差はありませんでした。
iGlarLixiでは LixiLan JP-O1試験(Watada et al.,Diabetes Care, 2020)、LixiLan JP-O2試験 (Terauchi et al., Diabetes Obes Metab, 2020)、LixiLan JP-L試験(kaneko et al., Diabetes Obes Metab, 2020)の3つの試験が行われました。LixiLan JP-O2試験では、経口薬でコントロール不十分な患者を、iGlarLixiとインスリングラルギンに割り付け、26週投与しました。その結果、iGlarLixiはインスリングラルギンと比べ低血糖頻度は同等であったにもかかわらず、HbA1cは有意に低下し(-1.40 vs -0.76%)、体重増加は抑制されていました(LS mean difference -1.06kg)。副作用に差はありませんでした。
いずれの配合注も、basalインスリンと比較し、試験終了時のインスリン量は少なく、消化器症状の発現が多い傾向にありました。
◆配合注開始の注意点と使い分け
これらの配合注は基礎インスリンの補充により空腹時血糖を下げ、GLP-1受容体作動薬の食後血糖抑制と体重減少効果を追加することで両薬剤の弱点を補う効果が発揮されます。
ただし、留意すべき点もあります。IDegLiraは、開始用量が10.16ドーズ、iGlarLixiは5.10ドーズです。かなり多い量の基礎インスリンや最大用量のGLP-1受容体作動薬をすでに投与中の場合には、配合注ではなく別々の投与で併用することが考慮されます。DUAL II Japan試験では、試験開始時に平均30単位程度の基礎あるいは混合型インスリンが投与されている患者を16ドーズのIDegLiraに変更し、26週後に平均37.6ドーズが使用されていました。一方LixiLan JP-L試験では、試験開始時に平均10単位程度の基礎インスリンが投与されている患者を5.10ドーズのiGlarLixiに変更し、26週後の平均投与量は16.7ドーズでした。
配合注の最大投与量はIDegLiraが50ドーズ、iGlarLixiが20ドーズであり、個々の患者の必要インスリン量やインスリンとGLP-1受容体作動薬の配合比率を考慮して使い分けていくことが必要です。
糖尿病患者における
フットケア行動のセルフエフィカシーの実態調査
-DIACET2017を用いた解析-
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
井倉和紀
◆糖尿病患者のフットケア教育における
セルフエフィカシーの重要性
セルフエフィカシーとは、自分が行動しようと考えていることが効果的であると認識し、適切に実施することができる「自信」のことをいいます。糖尿病性足潰瘍の発症予防を目的としたフットケア教育では、医療従事者が患者へセルフケアの動機づけを行い、患者自身が日々の行動を見直し日常生活を変化させていく様に指導することが重要です。この行動変容を起こすには、患者さん自身がフットケアに関する知識やスキルを習得するだけでなく、セルフエフィカシーを高めるような心理的アプローチが必要となります。糖尿病患者に対するセルフエフィカシー向上を目的とした教育的介入は非常に重要です。足の自己管理行動の積極性を促進させるために、海外ではフットケア行動のセルフエフィカシーを評価するFoot Care Confidence Scale(以下FCCS)が活用されています(Sloan HL.J Nurs Meas.2002;10:207)。
◆FCCSに関して
FCCSは、12項目からなる質問票です。フットケア行動に関する自信の有無をそれぞれ1点(ほとんど自信がない)から5点(強い自信がある)にスコア化し、その合計点(12.60点)を算出します。点数が高いほど、フットケア自己管理について自信があることになります。FCCSを用いることで、患者が実際にフットケア自己管理行動を行っているかどうかだけではなく、心理的な面では「やる気」があるのに、行動ができないのかを知ることができ、それにより個々の患者さんへのアプローチを考えることができます。
本邦では糖尿病患者のフットケア行動のセルフエフィカシーに関する報告は少なく、その実態および臨床的背景との関連は十分検討されていませんでした。そこで私たちは、当センターに通院中の1型および2型糖尿病患者4,571名(平均年齢63歳、男性57.5%、1型糖尿病患者866名)を対象に、フットケア行動のセルフエフィカシーの実態と糖尿病合併症との関連を調査しました(Ikura K et al. Endocrinol Diab Metab 2020: e00219)。
『胼胝・鶏眼の状態が分かること』では18%、次いで『足の爪の状態が分かること』では12%、『自分で足の爪をまっすぐ切り整える』に10%の方が「自信がない」と回答しました。爪の異常は糖尿病患者に多く、肥厚や変形、巻き爪、爪白癬が高度であると誤って爪切りで皮膚を切ってしまう場合もあり、足潰瘍の原因となります。ネイルケアに自信のない糖尿病患者を早期に発見し、医療従事者による早期介入を行うことが、足潰瘍予防のため重要であることが改めて認識できました。
◆J-FCCSと糖尿病合併症の関連
J-FCCS合計点は、性別や腎機能低下の有無で有意差は認めませんでしたが、網膜症(p<0.001)や神経障害に伴う足のしびれ・痛み(p<0.001)を合併する群は非合併群と比して有意に低値でした。
以上より網膜症による視力障害や足のしびれを有する患者は、胼胝や爪の異常を放置しており、足潰瘍形成のリスクが高いと予測されます。したがって、医療従事者は糖尿病合併症が進行したこれらの患者に対し、フットケア教育をしっかり行い、セルフエフィカシーの向上を高める介入を行うことが重要と考えられました。