DIABETES NEWS No.177
 
No.177 2020 August~October 

糖代謝異常者における
循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 日本糖尿病学会と日本循環器学会との合同委員会から、本年3月に「糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント」が発表されました。すでに旧聞に属しますが、診療の現場で大変役に立つ内容であり、ご紹介したいと思います。

◆本ステートメントの概要
 糖尿病患者に高頻度にみられる循環器病として、これまで冠動脈疾患については繰り返し述べられてきました。本ステートメントでは、冠動脈疾患以外に加え、最近糖尿病患者で増加しているとされる心不全や心房細動の診断、予防、治療についても、最新のエビデンスに基づいたステートメントが記載されています。

◆冠動脈疾患のリスク評価
 糖尿病の細小血管障害である腎症や網膜症の早期診断が比較的容易であるのに対し、冠動脈疾患の早期診断は困難です。かつては運動負荷試験がよく行われていましたが、本ステートメントではスクリーニング検査としての運動負荷試験の問題点が指摘されています。
 本ステートメントでは、40歳未満かつ糖尿病罹病歴10年未満の低リスク群と、40歳以上または糖尿病罹病歴10年以上の高リスク群に対して、どのようなリスク評価を行って循環器専門医にコンサルテーションするかのフローチャートが記載されています。

◆心不全を見逃さない!
 糖尿病患者に多い冠動脈疾患による心不全は、一般に収縮不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)と考えられます。最近では拡張不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)と糖尿病との関連が注目されています。日々の診療で、単に体調に変わりがないかとたずねる安易な問診に留まらず、労作時の息切れや動悸などの有無を詳細に確認することの重要性が記載されています。
 心不全のスクリーニングとしては、年1回血漿BNPまたは血清・血漿NT-proBNPを測定することが勧められています。

◆心房細動診断における検脈の重要性
 心房細動は、糖尿病患者にみられる不整脈で最も多く、糖尿病患者は非糖尿病者に比べて心房細動が多いとされています。そのため本ステートメントでは、心房細動の診断フローチャートが記載されています。無症状の心房細動も多く、検脈の大切さが改めて強調されています。
 本ステートメントを参考に循環器病の早期診断を行い、循環器専門医と密接に連携することで、糖尿病患者の循環器病の発症・進展予防に役立てたいと思います。

 

1型糖尿病に併発する
他の自己免疫疾患

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
志村香奈子
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 准教授
三浦順之助
◆1型糖尿病と他の自己免疫疾患の併発頻度
 1型糖尿病は膵β細胞が特異的に破壊され、最終的にインスリン分泌が枯渇する臓器特異的自己免疫疾患です。しばしば他の自己免疫疾患を併発することが知られており、日本人1型糖尿病患者における他の自己免疫疾患の併発率は12%程度と報告されています(Mimura G,et al.Diabetes Res Clin Pract.1990;8:253-262)。特に自己免疫性甲状腺疾患(autoimmune thyroid disease: AITD)の併発が最も多く、その併発率は欧米で15-30%、日本人では11.3%と報告され、日本人1型糖尿病に併発する自己免疫疾患の約90%をAITDが占めるとされています。
 膠原病を代表とする全身性自己免疫疾患の併発頻度は、本邦では報告が少なく詳細不明ですが、関節リウマチをはじめとしたさまざまな全身性自己免疫疾患を併発した症例が報告されています。1型糖尿病診療において他の自己免疫疾患の併発に留意することは重要と考えられます。

◆自己免疫疾患の併発に影響する遺伝素因
 1型糖尿病は遺伝的素因に後天的要因が加わることにより発症する多因子疾患です。遺伝的素因も単一ではなく、複数の遺伝子が関与すると考えられています。このような1型糖尿病の疾患感受性遺伝子のうち、他の自己免疫疾患にも共通して疾患感受性を持つ遺伝子としてcytotoxic T-lymphocyte-associated protein-4(CTLA4)、protein tyrosine phosphatase, non-receptor type22(PTPN22)、small ubiquitin-related modifier4(SUMO4)、human lymphocyte antigen(HLA)などが知られています。病像が異なる複数の自己免疫疾患が同一個体に重複する背景には、何らかの共通した遺伝素因の存在が示唆されます。われわれは当センターに通院中の1型糖尿病女性74名を、全身性自己免疫疾患を持つ10名(A群)、臓器特異的自己免疫疾患を持つ36名(B群)、他の自己免疫疾患のない28名(C群)の3群に分けて検討しました。その結果、PTPN22遺伝子プロモータ領域 SNPrs2488457(-1123G>C)があると、A群ではC群の4.26倍、同様にB群では2.87倍、さらにHLA DRB1*0405-DQB1*0401を持つとA群7.0倍、B群3.35倍1型糖尿病に他の自己免疫疾患を併発するリスクが高くなることが分かりました(Shimura, K et al, Diabetes Metab Res Rev.2018;34:e3023)。PTPN22遺伝子やHLA classⅡは自己免疫機序の制御や開始に重要な役割を果たすことが知られています。
 免疫反応に影響するこれらの遺伝子多型は、自己免疫疾患の併発しやすさに関連する可能性が考えられます。今回は、1型糖尿病女性に限って検討したものであり、今後は男性も含めより多くの症例での検討が必要と考えられます。

◆日常診療において
 AITDや膠原病などの自己免疫疾患は、血糖コントロールの悪化や多臓器障害を起こす可能性があります。自己免疫疾患は、同一個体および家系内集積を認める、女性に多い、妊娠・出産・感染を契機に発症するなどの特徴が知られており、1型糖尿病診療においてその併発の可能性を念頭においた定期的な問診・診察・検査を心がけることが重要と考えられます。

 

1型糖尿病と
睡眠時無呼吸症候群

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 助教
沈  卓
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 准教授
三浦順之助
◆生活習慣病における睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)
 SASは睡眠中に無呼吸発作を繰り返し、日中傾眠、頭痛など種々の症状を呈する症候群です。糖尿病などの生活習慣病と深い関連があるほか、加齢、飲酒、扁桃肥大、小顎症との関連が報告されています(Diabetes Contemporary 2015;18-23)。欧米では30~60歳の成人におけるSASの頻度は男性4%、女性2%と報告され(N Engl J Med 1993;328:1230-1235)、わが国では成人男性3.3%、女性0.5%にSASを認め、何らかの治療の必要な患者は約200万人と推定されています(Modern Physician 2009;29:858-862)。
 SASでは睡眠障害や睡眠時間の短縮により交感神経活性が亢進します。そのためインスリン抵抗性が増強し、耐糖能異常を合併しやすいと考えられています。欧米人2型糖尿病患者におけるSASの有病率は約40%です(Sleep Med 2001;2:417-422)。またSASは心血管疾患の危険因子とされていますが、SASの治療により2型糖尿病患者におけるインスリン抵抗性や高血糖が改善したという報告があります(Diabetes Care 2009;32:1017-1019)

◆1型糖尿病患者におけるSASの実態
 欧米1型糖尿病患者を対象にポリソムノグラフィー(PSG)を行った結果、SAS有病率は40~46%と高率でした(Diabet Med 2015;32:90-96, J Diabet Complications 2017;31:156-161)。2型糖尿病と同様に1型糖尿病でもSASは心血管疾患の危険因子と報告されていますが、日本人1型糖尿病でのSASの報告は希少です。
 当センター通院中の1型糖尿病(T1DM:平均年齢45歳、平均BMI22.9kg/m2、平均HbA1c8.1%)1,269名、2型糖尿病(T2DM:平均年齢66歳、平均BMI24.5kg/m2、平均HbA1c7.7%)5,838名を対象にした質問票による横断研究で、SAS診断歴があると回答した患者はT1DM20 名(1.6%)、T2DM421名(7.2%)であり、有病率はT1DMで有意に低値(p<0.0001)でした(Tokyo Women's Medical University Journal 2019;3:43-50)。回復に他者の援助を要した重症低血糖の既往はT1DMで47%であり、T2DM11%と比較して有意に高値でした。
 多変量ロジスティック回帰分析では、両病型とも男性がSASの独立した危険因子であり、T1DMでは高年齢、BMI高値、重症低血糖の既往が、T2DMでは脳血管障害、虚血性心疾患、足壊疽の既往がそれぞれ有意な危険因子として選択されました。
 本検討におけるSASの有病率は両病型とも欧米の既報と比較して低値でした。その理由として、本研究は自記式質問票での調査のため患者自身がSASに気づいていない可能性、さらに欧米人と比較して日本人では肥満が少ないことが影響していると考えられました。また、1型糖尿病患者で重症低血糖の既往がSASの危険因子であった理由は、夜間低血糖時の舌根沈下に起因する呼吸障害がSASを誘発する可能性が考えられました。

◆今後の日常診療において
 欧米の報告と質問票による本検討の比較から、未診断のSAS患者が存在する可能性が示唆されました。前述のごとくSASは心血管疾患の危険因子でもあり、日常診療において患者の訴えに留意し、SASが疑わしい場合は精査する必要性があります。さらに肥満2型糖尿病患者のみではなく、肥満のない1型糖尿病患者でも、低血糖の多い症例では積極的なSASの精査が必要と考えられました。

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