DIABETES NEWS No.176
 
No.176 2020 May/June/July 

(コロナ禍のため Diabetes News を休刊しておりましたが、再開いたします。)
メタボ健診の効果は?

東京女子医科大学  糖尿病・代謝内科学講座  教授・講座主任
馬場園哲也
 2008年に特定健康診査・特定保健指導、通称メタボ健診が開始され、この年の新語・流行語大賞のトップテンにメタボリックシンドロームが選出されるなど、当時大変話題になりました。メタボ健診が開始され10年以上経過しましたので、その意義について私なりに検証したいと思います。

◆メタボ健診の健康増進効果はない?
 最近、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公衆衛生大学院助教授の津川友介先生が、「メタボ健診の健康増進効果はほぼゼロ?年200億円超もの税金を投入する価値はあるのか」という記事をwebにアップロードされています(https://news.yahoo.co.jp/byline/tsugawayusuke/20191209-00153541/)。詳細は上述のサイトをご覧いただきたいと思いますが、結論をそのまま引用しますと、「血液検査のデータや血圧の改善が認められないにもかかわらず、BMIをわずか約0.5%減少させるために、これだけ巨額の保険料や税金を使い続けることが果たしてよい政策なのか、再検討する時期にきているのではないだろうか」ということでした。

◆国民健康・栄養調査からみたメタボ健診
 厚労省が毎年発表している国民健康・栄養調査によりますと、糖尿病が強く疑われる者の割合は、2008年から2018年にかけて男性で増加しておりました(図参照)。私自身の解析では、調査年をX、糖尿病が強く疑われる者の割合をYとした一次回帰直線で、年間増加率0.37%は統計学的に有意でした(p=0.010)。女性の増加率は有意ではありませんでしたが、決して減少傾向ではありませんでした。
 肥満者の割合も、有意ではないものの男女とも増加の傾向でした。

◆メタボ健診の効果は?
 メタボ健診受診者数に比べて国民健康・栄養調査の参加者は圧倒的に少なく、また介入試験ではないことから両者の因果関係を推し量ることはできません。しかしこのような、医療経済学および疫学的な面から検証することにより、わが国でメタボ健診を継続することの必要性、継続するのであればその運用方法などを検討する必要があると思われます。
 

妊娠糖尿病(GDM)は児の糖代謝に影響するか?

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科
田中紗代子
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 准教授
柳澤慶香
 妊娠糖尿病(以下GDM)とは、妊娠中に発症した、あるいは発見された、糖尿病に至っていない糖代謝異常です。
 GDMは分娩後一旦耐糖能が正常化しても、将来の2型糖尿病発症リスクが高いことが知られています。では、GDMは出生した児の糖代謝に影響するのでしょうか?

◆血糖値と周産期合併症との関連
 妊娠中の軽度の血糖上昇が周産期合併症に関連するかを検討するため、9か国25,000人の妊婦を対象にHAPO Study(Hyperglycemia and Adverse Pregnancy Outcome Study)が行われました。その結果、母体の血糖値上昇は出生時児体重の増加、臍帯血中の血清Cペプチド値の上昇、新生児低血糖や帝王切開と有意に関連し、軽度の血糖上昇であっても周産期合併症発症のリスクを上昇させることが示唆されました(N Engl J Med 2008;358:1991- 2002)。その結果を踏まえ、2010年にIADPSG(International Association of Diabetes and Pregnancy Study Groups)は新たな妊娠糖尿病の診断基準を発表し、現在、日本ではこの診断基準を使用しています。最近、このHAPO studyから継続して行われているHAPO Follow-up study(HAPO FUS)から、出生した子供達の10~14歳の追跡調査の結果が報告されたため、ご紹介します。

◆GDM女性から出生した児の糖代謝
 母体のGDMの有無が、小児の空腹時血糖値異常IFG、耐糖能異常IGT、75gOGTT施行時の血糖値、HbA1c値、インスリン感受性 (Matsuda index)、インスリン分泌指数(insulinogenic index)、糖処理指数(disposition index)等と関連しているかが検討されました(Diabetes Care 2019;42:372-380)。試験期間は2013年~2016年で、HAPO Study対象母体から出生した10~14歳の小児4,160例が対象とされました。
 4,160人の母親のうち、IADPSG/WHO基準にてGDMと診断されたのは589人(14.2%)でした。GDM母体は非GDM母体と比較し、高齢でBMIが高値でした。児に関しては、母体GDMの有無で年齢、身長に差はありませんでしたが、GDM母体から出生した児は、体重・皮下脂肪が多く、糖尿病の家族歴が多く認められました。児のIFG頻度は、GDM母体群、非GDM母体群間に差は認められませんでしたが、IGTの頻度は非GDM母体群5.0%に対して、GDM母体群10.6%と有意に高率でした。さらに、糖尿病家族歴、母体BMIおよび児のBMIで補正したオッズ比は、IFG 1.09(95% CI0.78-1.52)、IGT 1.96(1.41-12.73)でした。また、多変量解析では、糖尿病家族歴、母親のBMIおよび児のBMIで補正後も、母体GDMと児のOGTT負荷後30分・1時間・2時間血糖値とは正の相関を、インスリン感受性、糖処理指数とは負の相関を認めました。
 以上より、子宮内で母体GDMに曝露された児は、思春期頃にはすでにインスリン抵抗性や糖処理能力低下を認め、糖尿病家族歴、母体・児のBMIと独立して耐糖能異常と関連することが明らかになりました。

◆GDMの血糖管理の必要性
 耐糖能異常の発生には遺伝的要因と環境的要因が関連することは周知の事実ですが、GDMが母体や児のBMIや家族歴と独立して児の耐糖能異常と関連を認めた今回の研究結果から、子宮内環境によるエピジェネティクな変化が児の耐糖能に影響を及ぼす可能性が示唆されます。児の長期予後の改善にも妊娠中の厳格な血糖管理は必要であり、GDM妊婦の出産後には母児ともに定期的なフォローアップを行うことが重要と考えられます。

 

糖尿病患者の受診中断予防

東京女子医科大学
糖尿病センター 内科
廿楽麗香
東京女子医科大学
糖尿病センター 内科 教授
中神朋子
 糖尿病治療にあたり、受診中断は大きな問題です。
 平成24年の国民健康・栄養調査の報告では、糖尿病を指摘されたことがある者のうち、過去に治療を受けたが現在は受けていない、いわゆる受診中断者の割合は13.5%にのぼります。受診中断割合は経年的に減少傾向がありますが、糖尿病患者数の増加を考慮すると、決して無視できない問題です。

◆受診中断の実態と問題点
 受診中断者はHbA1c 8%以上の血糖コントロール不良例が多い一方で、HbA1c 6%未満の症例、薬剤処方がない例にも多くみられます。また男性で仕事を持つ人、50歳未満、特に20~30歳代の若年者において受診中断者が目立ちました(Diabetes Frontier 2008;19:643)。治療中断のタイミングは通院開始6か月以内が多く(糖尿病 2004;47:313)、中断理由で最も多い理由として"仕事や学業のため多忙"、続いて"体調がよい"が挙げられ、治療の優先度や診療の必要性への理解不足が原因と考えられました。また、医療費の経済的負担も挙げられました。診断時に軽症で自覚症状に乏しいこともあり、受診・治療の重要性や、受診中断によるリスクが正しく伝わっていない、理解されていないことが懸念されます。一方で中断者の治療再開の理由は"体調が悪くなった"という理由が最多で(糖尿病 2015;58:100)、受診中断後に合併症が生じ、自覚症状が生じてから受診を再開することがわかりました。自覚症状に乏しく"軽症である(もしくは軽症と感じている)"と考え、症状や合併症が悪化するまで治療を再開しない患者が多くいることが現状です。わが国の糖尿病中断予防対策研究「J-DOIT2」では、かかりつけ医による2型糖尿病診療を支援するシステムの有効性に関する研究を行いました。対象者を通常診療群と診療支援を行う群の2群にわけ、診療支援を行うことで中断割合や血糖コントロールは変化するかが検討されました。診療支援群では、糖尿病治療等に関する情報提供や、手紙や電話での受診勧奨や療養指導(食事・運動療法)などを行いました。その結果、診療支援群では通常診療群に比較しHbA1c、随時血糖共に改善し、中断発生率についても62%減少し、診療支援による一定の効果がみられました。

◆受診中断と合併症の関連
 糖尿病の受診中断と合併症の進行については過去に様々な研究で検討されています。中断者における血糖コントロールが中断のない群と比較し不良であることや、中断により糖尿病合併症が増悪することは明らかです(糖尿病 2003;46:781、糖尿病 2015;58:100)。一方、当センターに通院中の男性患者を対象に、過去の治療中断歴の有無で合併症(腎症、網膜症)の経時的変化を比較した研究では、両群間で血糖コントロールおよび合併症の発生・進展率に差を認めませんでした(未発表データ)。中断群でも治療再開後に定期的に通院し治療継続群と同等の血糖コントロールを得て、合併症の進行を抑制できる可能性があるのか、女性中断者でも同様なのかなど、詳細を検討中です。

◆受診中断対策
 では中断予防のため、実際にはどのような対策が有効なのでしょうか?J-DOIT2の診療支援群では電話や手紙により、受診が滞った場合の受診勧奨や、食事・運動の療養指導を行いました。患者本人に治療を継続することの重要性を理解してもらい、通院中断後に再受診しづらくなるという心理的障壁をクリアするための重要な策と考えられます。また、初診時や定期受診時に、合併症についての説明や食事・運動療法指導やフィードバックを行うこと、糖尿病教室の活用も有効と考えられます。他にも、治療費について患者と相談することも大切でしょう。受診中断による糖尿病や合併症の悪化を防ぐことは、患者の予後やQOLに影響を与える可能性があることを医療者、患者が共に認識し、予防意識を共有することが必要です。今後、糖尿病をはじめとした慢性疾患の治療中断の予防ネットを院内だけでなく地域の中にも構築していく必要があります。

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