DIABETES NEWS No.171
 
No.171 2019 July/August 

高血圧ガイドラインの改訂(JSH2019)

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
馬場園哲也
 日本高血圧学会は、本年4月に「高血圧治療ガイドライン2019 (JSH2019)」を発表しました。JSH2014から5年ぶりの改訂版になります。今回は、糖尿病を合併した高血圧治療に関する本ガイドラインの主な変更点について述べたいと思います。

◆JSH2014における降圧薬の選択
 前回のガイドライン(JSH2014)を含め、これまでの内外のガイドラインでは、糖尿病を合併した高血圧に対してアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬あるいはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が第1選択薬、カルシウム(Ca)拮抗薬および利尿薬が第2選択薬とされてきました。その根拠として、これらレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬に、降圧効果を超えた臓器保護効果があると考えられてきたからです。特にRA系阻害薬が腎症発症後の進展を有意に減少させるエビデンスレベルは高いといえます。また降圧薬間のインスリン感受性に対する作用や副作用の差、なども考慮された結果といえます。

◆降圧薬の臓器保護に関するエビデンス
 意外に思われるかもしれませんが、実はこれまで、腎症の合併がない糖尿病患者では、RA系阻害薬の臓器保護効果に関するエビデンスはありませんでした。例えば、正常アルブミン尿の糖尿病患者を対象としたARBの臨床試験では、いずれも腎症(微量アルブミン尿)の発症を有意に抑制することができませんでした。あるいは、発症を抑制できても降圧の影響を調整するとその有意性は消失していました。さらに腎症の合併の有無にかかわらず、RA系阻害薬が糖尿病患者の心血管イベントリスクを減らすとのエビデンスは得られていませんでした。
 そこで今回のガイドライン改訂にあたり、糖尿病患者に対するRA系阻害薬とその他の降圧薬を比較した16件の報告からなるメタ解析が行われました(Kunimura A, et al. Hypertension Res 2019;42:669-680)。その結果、RA系阻害薬と他の降圧薬間の心血管発症に関して、有意な差が認められませんでした。

◆JSH2019における降圧薬の選択
 このメタ解析の結果を踏まえて今回の改訂では、少なくとも腎症の合併のない糖尿病患者において同等の降圧効果が得られれば、降圧薬の選択は問わない、という結論になったと考えられます。すなわち、微量アルブミンまたは蛋白尿がない糖尿病患者ではARB、ACE阻害薬、Ca拮抗薬および(少量のサイアザイド)利尿薬のいずれか、これらがある場合にはこれまで通り、RA系阻害薬を優先して使用することとされました。すでに欧米の高血圧ガイドラインも同様の方向性が示されています。

 わが国の高血圧患者の総数は1千万人を超えており、高血圧ガイドラインの影響は極めて大きいといえます。今回改定にあたり、エビデンスが不十分な領域に関しては新たにシステマティックレビューが行われ、その結果に基づいた推奨が行われました。JSH2019の作成に当たられた先生方のご尽力に感謝を申し上げたいと思います。

 

糖尿病性乳腺症

東京女子医科大学附属成人医学センター
糖尿病内科 准講師
長谷美智代
 糖尿病性乳腺症(diabetic mastopathy)は1984年Solerらにより報告された、糖尿病患者に認められる特殊な線維性良性腫瘤で(Lancet 1984;1:193)、臨床的に乳癌と酷似するため、その鑑別が重要です。発症機序については自己免疫との関連や長期糖尿病罹患による非酵素的糖化の影響も推察されていますが(Human Pathol 1992;123:780)、未だ原因は解明されていません。

◆糖尿病性乳腺症の特徴
 欧米では閉経前の比較的若い1型糖尿病に好発するとされていますが、本邦では糖尿病罹病期間の長い、高齢2型糖尿病に多いとされています。非常に硬い無痛性の境界明瞭な腫瘤を触知する一方、マンモグラフィーではあきらかな腫瘤として撮影されないことも多く、局所非対称性陰影や非対称乳腺として描出される場合もあります。乳腺超音波では後方エコー減弱を伴う不整形低エコー腫瘤として描出され、浸潤癌硬性型や浸潤性小葉癌に類似しています。
 確定診断は針組織生検により行い、リンパ球浸潤を伴う線維化または間質の硝子化が特徴的ですが、組織が非常に硬いため、以前行われていた穿刺吸引細胞診検査では十分な細胞が得られず、診断に苦慮した報告も散見されます。確定診断後は、良性疾患であり経過観察でよいとされていますが、偶発的な乳癌の合併には注意をはらう必要があります。

◆当センターでの自験例
 当センターでは過去3年間に5症例を経験しました。糖尿病型は1型3名、2型2名で平均年齢は1型42歳、2型74歳、平均糖尿病罹病期間は28年でした。5例中2例は自覚症状を認めず、乳癌検診での発見でした。診察上、全例に乳房腫瘤を触知し、乳腺超音波検査で腫瘤様限局性低エコー域を認めましたが、マンモグラフィーで腫瘤陰影は描出されませんでした。当センターで針組織生検を行った症例では乳腺周囲のリンパ球浸潤と間質の線維化を認め、1型・2型糖尿病で病理組織所見に差異は認めませんでした。

◆乳癌検診・医療連携の重要性
 2018年度版乳癌診療ガイドライン(日本乳癌学会編)では、糖尿病の既往が乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実である(エビデンスグレード:Probable)と記載されています。糖尿病外来において乳癌検診の啓発は必須です。しかしながら、本邦の2016年度乳癌検診受診率は44.9%であり、欧米諸国の受診率70~80%に対し極めて低いのが現状です。
 本邦における糖尿病性乳腺症の報告は欧米に比べ少ないとされますが、その一因として検診受診率の低さが偶発的な発見の機会を少くしている可能性も否定できません。また糖尿病性乳腺症という疾患そのものの認知度の低さや、患者が糖尿病であるという情報の共有不足により、乳腺腫瘤を認めた時に糖尿病性乳腺症が鑑別に上がらず、一般的な良性乳腺線維性腫瘤として対応されている可能性もあります。
 1型・2型糖尿病にかかわらず、長期糖尿病罹病期間を有する症例では、乳癌を疑う腫瘤を認めた場合、糖尿病性乳腺症も必ず鑑別にあげる必要があります。前述したように糖尿病性乳腺症は浸潤癌硬性型や浸潤性小葉癌と鑑別困難なため不必要な外科的治療が選択された例も散見されます。癌の見落としや、良性疾患である糖尿病性乳腺症の不適切な摘出を避けるうえでも正確な診断が必須です。そのためには、糖尿病性乳腺症の周知の普及および、糖尿病専門医、乳腺外科医そして、病理医、各専門科の垣根をこえた情報共有が重要と考えられます。

 

腸内細菌叢と肥満、糖尿病

東京女子医科大学 後期臨床研修医
伊藤 新
東京女子医科大学 微生物学免疫学教室 准教授
大坂利文
東京女子医科大学 糖尿病センター内科 教授
中神朋子
◆腸内細菌叢とは
 われわれの体には約100兆個もの細菌が常在し、重量にして1~2kgにも達するといわれています。細菌は皮膚、呼吸器、口腔内、消化管など身体の内側から体表部分にいたるまで、あらゆる部位に存在しています。中でもその数、種類ともに最も豊富なのが消化管で、ヒトに定着している細菌の90%は消化管に存在し、腸内細菌叢とよばれます。胃から十二指腸、小腸上部に常在する細菌はわずかですが、小腸下部から大腸になると、その菌数は著明に多くなります。また腸内には約500~1000種類の細菌が定着しており、その多くがアクチノバクテリア、バクテロイデス、ファーミキュテス、プロテオバクテリアの4つの門に属する細菌です。腸内細菌叢のバランスは加齢や食事の嗜好によって変遷していきます。

◆腸内細菌叢の宿主に対する影響
 腸内細菌叢はヒトの多様な生理機能を補完しています。たとえば、腸内細菌はヒトにとって重要なビタミンA、ビタミンB群、ビタミンK2を供給したり、食事成分からのエネルギー獲得に必要な多様な消化酵素も保有しています。また、抗菌性物質や短鎖脂肪酸などを産生することで、外来の病原体の定着の抑制や免疫系の発達を促しています。一方、腸内細菌叢のバランス異常は、異常な免疫応答の形成、感染防御能の低下、発がんリスクの増加と関連することがあります。

◆腸内細菌叢と肥満、糖尿病
 肥満の有無で腸内細菌が持つ遺伝子配列を解析した研究では、肥満になると遺伝子多様性が乏しくなることが明らかになりました。遺伝子多様性に乏しいと、豊富な場合と比べてより顕著に肥満傾向で、インスリン抵抗性が強く、脂質異常症の状態が悪く、CRPや白血球等の炎症性反応が増加します(Nature 2013)。健常者と肥満者を対象とした腸内細菌叢を比較すると、腸内細菌叢の主要構成種であるバクテロイデス門とファーミキュテス門の比率が異なり、肥満者ではバクテロイデス門の細菌数が減り、ファーミキュテス門の細菌が増えます。その結果、食事をすると腸管でのカロリー回収率が高まり、さらに体重増加や体脂肪率の上昇をきたすこともわかってきました(Nature 2006)。
 肥満に伴って腸内細菌叢のバランスが変化すると、腸のバリア機能が障害され、腸管を細菌が通過するバクテリアトランスロケーションが増加します。そして炎症性サイトカインの上昇やエンドトキシン血症が生じ、全身性の慢性炎症が誘発されることがわかってきました(Curr Pharm Des 2009)。つまり、腸内細菌叢のバランスの変化が耐糖能異常をきたす一因となりうるのです。研究により結果は一定ではありませんが、肥満や糖尿病と腸内細菌叢の構成には深い関連があることは間違いないようです。さらに最近では、食事内容や血糖降下薬の種類、種々の手術による腸内細菌叢への影響も明らかになってきています。
 腸内細菌叢の研究に分子生物学的手法が用いられるようになってから、この分野の研究は飛躍的に進歩しています。また、腸管のバリア機能増強、抗炎症応答、抗肥満を促進する常在細菌(例:アッカーマンシア・ムシニフィラやクロストリジウム・ブチリカム)なども多数発見されています。今後、多様な生体機能の制御を司る腸内細菌叢をターゲットとした病態管理方法が確立されることで、糖尿病の合併症などを含めた生活習慣病の医療イノベーションが期待されます。

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