DIABETES NEWS No.170
 
No.170 2019 May/June 

わが国の糖尿病診療の質は向上しているか

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
馬場園哲也
 われわれ医療機関は、医学の進歩や医療制度の改革に応じて、患者さんに提供する医療の質を変革し、向上することが求められます。糖尿病診療の質の評価として、長期的には将来の合併症予防や生存率改善といった、アウトカム指標があります。ただし日々の診療では、患者さんの血糖コントロールが良好に維持されているか、医療費を考慮した上で適切な治療が行われているか、合併症を評価しその対策が行われているか、などのプロセス指標を評価することが現実的です。
 最近わが国から、過去10年間の糖尿病診療における質の向上を検証した研究結果が報告されましたので紹介します(Tanaka H, et al. Changes in quality of diabetes care in Japan between 2007 and 2015: A reported crosssectional study using claims data. Diabetes Res Clin Pract 149:188-199, 2019)。

◆レセプトデータを用いた連続横断調査
 国立国際医療研究センターの田中宏和先生、杉山雄大先生らの研究グループは、JMDC(旧日本医療データセンター)によって収集されたレセプトデータを用い、糖尿病およびその合併症に関する検査や治療に関するプロセス指標の経年変化を検証しました。
 2007年から2015年までの間に少なくとも3ヶ月ごとに病院あるいは診療所を受診し、対象特定年に少なくとも1回以上インスリン、GLP-1受容体作動薬または経口血糖降下薬が処方された、20〜69歳の糖尿病患者46,631名が対象とされました。
 その結果、2015年の1年間に1回以上HbA1c、血清脂質および血清クレアチニンが測定された患者の割合はそれぞれ約96%、85% および89%と高かったのに対し、網膜症および腎症のスクリーニングである眼底検査および尿蛋白あるいは尿アルブミン定量検査の施行率は39%および24%に留まっていました。尿検査の施行率は過去10年間に若干の増加がみられましたが、眼底検査の施行率は不変でした。

◆今後の糖尿病診療の質向上のために
 これらの結果から、わが国の糖尿病診療の質として、特に合併症スクリーニングが十分行われておらず、また最近において必ずしも向上していないことが明らかになりました。糖尿病性腎症のスクリーニングとして最も重要な検査であるアルブミン尿定量の施行率が低いことは、以前から繰り返し指摘されています。
 わが国の糖尿病患者を糖尿病専門医のみで管理することは不可能であり、日本腎臓学会と日本糖尿病学会は、かかりつけ医から専門医・専門医療機関への紹介基準を作成し公表しています(http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=92)。特に腎臓専門医・専門医療機関への紹介に当たっては、アルブミン尿と推算糸球体濾過量による腎症の重症度評価が必須です。
 今後かかりつけ医の先生方と専門医療機関がより密に連携し、合併症スクリーニングの普及に努める必要があります。

 

幼児の急激な体重増加は要注意!

東京女子医科大学 糖尿病センター
内科 医療練士研修生
吉村 蘭
東京女子医科大学 糖尿病センター
内科 教授
中神朋子
◆小児と肥満
 世界的に小児の肥満率は増加傾向にあります。学校保健統計調査によりますと、わが国の小児の肥満率は平成10〜18年をピークに横ばいから減少傾向にありますが、1970年台と比較すると増加しています。小児期からの肥満はメタボリック・シンドロームや心血管障害のリスクであり、成人期以降の死亡リスクも上昇させることが知られています(Postgrad Med J 2006)。
 最近ドイツから、小児期におけるBMIの増加と成人以降の肥満との関連を検討した研究結果が報告されましたので紹介します(Geserick M, et al. N Engl J Med 379:1303-1312, 2018)。

◆幼児期の肥満は続く?
 対象は、ドイツの患者登録データベースから抽出した、小児期(0〜14歳)、青年期(15〜18歳)の年齢、性別、身長、体重などのデータが完備した51,505名です。同年代において身長・体重から計算する肥満度指数であるBMI標準偏差スコアを用い、低体重(BMI 0〜9パーセンタイル)、標準体重(BMI 10〜89パーセンタイル)、過体重(BMI 90〜96パーセンタイル)、肥満(BMI 97〜100パーセンタイル)の4群に分け、後ろ向きおよび、前向き解析を行っています。また34,196名では、1年のBMI標準偏差スコアの増加率を評価しています。
 まず後ろ向き解析では、思春期に標準体重であった児は、小児期も概ね標準体重で推移していました。一方、思春期に肥満の児は5歳以降すでに22%が過体重、31%が肥満を認め、年齢とともにBMI標準偏差スコアも上昇していました。
 前向き解析では、3歳時点で肥満児の90%が思春期に過体重または肥満であることが示されました。最大の体重増加は2〜6歳時であり、その後BMI標準偏差スコアは増加し、最終的に過体重や肥満につながることが明らかになりました。思春期に過体重児、肥満児になるリスクはBMI標準偏差スコアが安定していた児より、年々上昇した児で大きいことが分かりました(相対リスク1.43:95%信頼区間 1.35-1.49)。
 次に、出生体重がBMIに及ぼす影響も検討されていますが、在胎期間に比して出生体重が大きかった児はそれ以降もBMIは高めで推移し、43.7%が思春期に過体重か肥満を呈していました。一方、在胎期間に比して低体重か適正体重であった児が思春期に過体重や肥満になる割合は30%未満であり、相対リスクは1.55倍(95%信頼区間 1.38-1.74)でした。
 この結果は、低出生体重児が成人期に糖尿病や高血圧症、脂質異常症といったメタボリックシンドロームを発症するリスクが高いというこれまでの報告(N Engl J Med 2005)と矛盾する結果でした。低出生体重児であっても小児期の急激な体重増加がのちのインスリン抵抗性や冠動脈イベントに関連する可能性があり、今回の結果とは区別して考えるべきと考察されています。

◆幼児期の体重増加には要注意
 思春期の肥満児は2〜6歳の間で最も体重増加が大きく、その期間に肥満であった児はほとんど思春期に肥満であることが示されました。他の研究では過剰な脂肪蓄積は幼児期から心血管変化を引き起こし、60歳から64歳の男性の頸動脈内膜・中膜肥厚が4歳時のBMIと正の相関にあることが報告されています(Stroke 2007)。
 すでに幼児期から将来の生活習慣病のリスクは始まっています。両親や医療者は将来の肥満関連疾患の予防のために早期介入を行い、世界的規模の肥満や生活習慣病の増加に歯止めをかける必要があります。

 

腎症のバイオマーカー研究最前線

東京女子医科大学 糖尿病センター
内科 医療練士研修生
(現所属:田村クリニック)
山下真平
東京女子医科大学 糖尿病センター
内科 講師
花井 豪
◆尿中アルブミンの重要性とその限界
 糖尿病性腎症の病態把握のために、尿中アルブミン(UACR)および推算糸球体濾過量(estimated glomerular filtration rate:eGFR)の測定は必須であり、特に尿中アルブミン測定の重要性については本ニュース168号「尿中アルブミン測定の意義を再考する」(http://twmu-diabetes.jp/pdf/diabetes-news-no168.pdf)にも記載しています。
 しかし、最近ではアルブミン尿が正常であるにもかかわらず、腎機能が低下している症例も少なくないことが明らかとなってきました。また、微量アルブミン尿が出現する以前から、糖尿病に特有の腎病理組織変化が認められていることも報告されています。
 したがって、UACRとeGFRという古典的な2つのバイオマーカーのみで腎症のリスクを評価するには限界があり、近年、新規バイオマーカーの探索研究が行われるようになりました。

◆新規バイオマーカーとパネル化
 新規バイオマーカーの候補としては、腎症に認められる腎組織変化や発症・進行に関与する代謝・炎症に関連する因子が主に検討されています。当施設からも、尿中Ⅳ型コラーゲンが新規バイオマーカーとなる可能性を報告しています(Diabet Med 2014; 31: 213)。
 さらに、最近の研究の傾向としては、複数のバイオマーカーを同時にターゲットとし、これらを組み合わせることでより精度の高い病態予測を試みる「パネル化」が行われ始めています。最新の研究では、血清kidney injury molecule 1とβ 2-microglobulinをUACR、eGFRに加えてパネル化することで、2型糖尿病の腎機能低下の予測能が向上することが報告されています(Diabetologia 2019; 62:156)。
 腎症の発症・進展には様々な病理生理学的な経路が関与すると考えられており、今後もこれらを反映した複数のバイオマーカーのパネル化を検討する研究が増えていくと考えられます。

◆オミクス研究とは
 生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問を"オミクス"と言います。近年のゲノム解析の進展により原因遺伝子、原因たんぱく質がすべてカタログ化され、多数のたんぱく質が関与する複雑な生命現象を包括的に捉えることが可能となってきています。
 腎症に対するバイオマーカーの探索研究でも、多数のたんぱく質を網羅的に解析するプロテオミクス研究や、細胞内の酵素たんぱく質が産生する全代謝物質を網羅的に解析するメタボロミクス研究が進められています。前述のパネル化を含めたこれらのオミクス研究では非常に多数のバイオマーカーを扱うため、解析には高度な統計処理が必要となります。現在、当施設では東京大学大学院医学系研究科の生物統計学教室(松山 裕 教授)との共同研究で、最新の統計解析を用いた腎症のバイオマーカー研究を行っています。今後は人工知能(artificial intelligence)を利用した解析も検討しています。

◆おわりに
 今後、このような新規のバイオマーカーが臨床の現場で活用できるようになることで、糖尿病性腎症の予防、早期発見・早期治療が促進されることを期待したいと思います。

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