DIABETES NEWS No.166
 
No.166 2018 September/October 

1型糖尿病の根治を目指して

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
馬場園哲也
 インスリン分泌が廃絶した1型糖尿病に対するインスリン療法は、現在インスリン製剤のみならず、Diabetes News No.163に掲載したようなデバイスの進歩もあり、その黎明期に比べて格段の進歩を遂げています。しかし今なお1型糖尿病患者さんの血糖日内変動を正常に保つことは困難であり、頻回の低血糖昏睡などのためQOLが著しく低下している患者さんも少なくありません。
 1型糖尿病の根治療法として、すでにわが国でも膵臓移植が行われていますが、臓器提供が絶対的に不足していることに加え、術後の外科的合併症や1型糖尿病の再発などの問題点があります。今回は、1型糖尿病に対する膵β細胞の再生医療と人工膵臓について述べたいと思います。

◆再生医療
 2007年に京都大学の山中伸弥教授らによって開発されたiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療は、多くの疾患に対する治療法として期待されており、その中の一つに1型糖尿病があります。
 私たちも、本学先端生命医科学研究所との共同により、iPS細胞を用いた膵β細胞の再生を目的とした研究を行っています。現在、生体内におけるiPS由来膵β細胞の成熟メカニズムの解明を目的とした基礎実験を繰り返しており、将来的には細胞シートを用いた機能的膵β細胞補充による1型糖尿病の根治をめざしています。

◆人工膵臓
 すでにSAP(sensor-augmented pump)療法という、パーソナルCGM機能を搭載したインスリンポンプ療法が広く行われるようになりました。しかしSAP療法は、CGMで測定された糖濃度とインスリンポンプが連動していないため、open-loopシステムと呼ばれています。
 一方、糖濃度に基づいて自動的にインスリン注入速度を調整することにより、血糖値を正常に維持することが可能なclosed-loop型インスリンポンプ、すなわち人工膵臓の開発研究が精力的に行われてきました。英国ケンブリッジ大学のグループは、Sooil社のDana Diabecare Rというインスリンポンプを用いた人工膵臓システムのプロトタイプ(FlorenceD2W-T2)を開発しました。このシステムは、12分ごとに測定された皮下糖濃度から自動的にインスリン注入速度を計算するアルゴリズムにより、105〜141mg/dLの糖濃度を維持することを目的とするものです。この人工膵臓によって、入院中の2型糖尿病患者の血糖値が15日間に渡って良好にコントロールされたことが、今年の第78回アメリカ糖尿病学会で報告されました。

 今から3年後の2021年はインスリン発見100周年にあたります。その頃までに、上に述べたような1型糖尿病の根治を目指した研究成果が結実し、治療法として確立されることを期待したいと思います。

 

心不全の新たな概念―HFpEF(heart failure with preserved ejection fraction)とは―

東京女子医科大学臨床検査科/糖尿病センター
教授  佐藤麻子
◆左室駆出率が保たれた心不全
 心不全とは、「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されています。
 以前は左室収縮力が低下し、代償的に左室が拡大した収縮不全が心不全の主たる原因と考えられていました。しかし実際には、収縮力が保たれているにもかかわらず、心不全症状を示す患者が多く存在することがわかってきました。その主な原因は、左室が拡張期に膨らむことができない、あるいは膨らむのに時間がかかることによって起こる拡張不全と考えられています。Heart failure with preserved ejection fraction(HFpEF)とは、左室拡張機能低下を主因とする心不全を指しますが、現実には正確な拡張能の評価は困難なことが多いため「左室駆出率が保たれた心不全」と定義されます。ちなみに左室駆出率低下を主因とする心不全はheart failure with reduced ejection fraction(HFrEF)と呼ばれています。

◆HFpEFの特徴
 HFpEFは心不全の約30〜40%を占めます。左室が固くて広がりにくい状態である拡張不全では、血液の左室充満が障害されるため、左室充満圧が上昇します。慢性圧負荷や心肥大、心筋線維化,心内膜下虚血,心筋細胞内カルシウム動態の異常等が拡張障害の要因として挙げられていますが、未だ、その病態の詳細は明らかではありません。臨床的には、高血圧を合併することが多く、ほかには女性や高齢者、糖尿病患者に多く認められます。HFpEFの非代償化要因としては心房細動の合併や収縮期高血圧が指摘されています。HFrEF患者を対象に多くの大規模臨床試験が行われ、その結果からHFrEFの基本治療薬として、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬およびβ遮断薬の有効性が確立しています。一方、HFpEに関しては、大規模臨床試験において、これらの薬剤の有効性は認められず、未だ標準治療は確立されていません。

◆2型糖尿病と左室重量との関係
 2型糖尿病と対象とし、心エコー図にて左室重量を測定した我々の検討では、2型糖尿病患者で左室肥大の頻度が高いこと、腎症の進行とともに左室重量が増加すること、糖尿病にメタボリックシンドロームが合併すると左室重量が増加することを見出しました。これらの研究では、対象において左室駆出率の低下は認めず、心不全症状もありませでしたが、左室重量の増加や肥大は将来的に左室の拡張障害につながりHFpEFの原因となる可能性が示唆されます。

◆今後の課題
 最近、特に高齢者で、HFpEFが多いことがわかってきました。今後、わが国が迎える超高齢化社会では、糖尿病や高血圧症の合併率増加と相まって、HFpEFの症例がさらに増加する可能性があります。また、高齢者の心不全では、自覚症状が現れにくく、息切れなどの症状があっても、「年のせいだから」と見過ごされてしまいがちです。高齢者では、心不全が疑われる場合は、積極的に脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)や心エコー図検査を行い、HFpEFを見逃さないよう注意が必要です。

 

肥満外科手術と死亡率:文献より

東京女子医科大学糖尿病センター
医療練士研修生  伊藤 新
准教授  中神朋子
 2012年の国民健康・栄養調査報告書によると、わが国の肥満者数は、男性では戦後一貫して増加傾向を認めています。肥満は糖尿病や脂質異常症などの代謝性疾患や、心血管・脳血管疾患、睡眠時無呼吸症候群や腎障害、関節疾患も引き起こすため、肥満抑止のための適切な対応が迫られています。

◆肥満外科手術とその適応
 肥満症のなかでも特に高度肥満(BMI≧35kg/㎡かつ健康障害を伴う)は内科的治療による減量が難しく、外科手術による肥満治療が施行されてきました。近年、糖尿病を含む代謝性障害の改善効果が高いことが明らかになり、それらふまえ、手術の適応が考慮されています。

◆肥満外科手術の実際
 現在、わが国では、①胃バンディング術、②胃バイパス術、③スリーブ状胃切除術、④スリープ状胃切除術+十二指腸スイッチ術(スリーブバイパス)が選択されています。①は人工器具で胃を絞めつける術式、②は胃を上部と下部に分け、上部に小腸をつなぐ術式です。③は胃の一部を切除する手術で、④は②と③を組み合わせた術式です。現在、わが国では腹腔鏡下手術では③のみに保険適応があり、状況に応じた手術方法の選択がなされています。

◆手術効果と死亡率
 これら肥満外科手術の効果に関して多数の報告がありますが、今年イスラエルから肥満外科手術後の死亡率についての報告(JAMA.2018;319:279-290)がありましたので、紹介します。
 同国の国民54%が登録されているデータベースを利用し、肥満外科手術が施行された外科治療群8,385名(術式① 3,635名、術式② 1,388名、術式③ 3,362名)と、肥満に対して内科的に治療された内科治療群25,155名でその効果と死亡率が比較されました。糖尿病患者は各群に28.5%含まれていました。外科治療群ではBMIが術前40.6㎏/㎡、術後4.3年目31.0kg/㎡であり、内科治療群(術前BMI 40.5kg/㎡、術後BMI 39.6kg/㎡)と比較し著しい減量効果を認めました(P<0.05)。術後新規に糖尿病を発症した症例は外科治療群19名(0.2%)であり、内科治療群521名(2.1%)と比較して有意に低下しました(P<0.05)。また、HbA1cは外科治療群では術前6.2%が術後5.7%、内科治療群では術前6.4%が術後6.2%であり、外科治療群で有意に低下していました(P<0.05)。
 主要評価項目の死亡率ですが、外科治療群1.3%(2.6/1,000人年)、内科治療群2.3%(5.1/1,000人年)で、内科治療群に対する外科治療群の調整後のハザード比は0.50(95%信頼区間0.40-0.61)であり、肥満手術は死亡率を半減することが示唆されました。なお、術式間の死亡率に差はありませんでした。

◆肥満手術の問題点
 肥満手術は、高血圧や脂質異常症、胃食道逆流症、非アルコール性脂肪肝疾患、関節症を改善するといった報告もされています。しかし、有害事象も見逃せません。カナダで2006年から5年間、肥満手術(98.5%が術式②)が施行された患者8,815名の経過観察中に自傷行為による緊急事態が111名に生じています。術前に比べて1.54倍増加しており、35歳以上の患者や低所得者、農村部の居住者に多い傾向がありました(JAMA Surg.2016;151:226.)。手術自体の合併症(感染、出血、縫合不全、深部静脈血栓症、ダンピング症候群等)のリスクもあり、術後の心理ケアの重要性が示唆されています。
 肥満手術自体は比較的新しい治療法で、適切な術式の選択が必要です。医師と十分相談したうえで必要かどうか判断し、術後も長期にわたり経過観察の必要があります。

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