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No.164 | | 2018 May/June |
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「1型糖尿病治療・ケアのエッセンス―シームレスな診療体制による患者アウトカム」を刊行しました!
東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
馬場園哲也
1型糖尿病は小児期に発症することが多いため、通常内科医は、発症後かなりの期間経過した1型糖尿病患者をみることになります。一方発症期に主治医であった小児科医は、その患者さんが成人後に様々な慢性合併症をきたした状態をみる機会が少ないのが現状です。小児期に発症した糖尿病患者さんにとって、成人後も継続して治療を受けられる診療体制が望ましいことは言うまでもありません。
東京女子医科大学糖尿病センターは、1975年に平田幸正教授が、病型を問わず糖尿病患者さんが生涯一貫して同じ診療体制で治療が受けられる施設という構想のもとに開設されました。以後歴代の教授と医局員がその考えを受け継ぎ、1型糖尿病に対する、小児期から成人後のシームレスな治療とケアを目指してきました。そこで、1型糖尿病のエキスパートである内潟安子教授が昨年本学を退任されるにあたり、わが国での1型糖尿病診療の一助となる図書の発刊を企画し、このたび医歯薬出版から本書が刊行されました。
本書ではまず、内潟教授および、当センターで長年1型糖尿病の診療に携わってこられた大谷敏嘉先生が、当施設における1型糖尿病診療の歴史を振り返り(第I章)、次いで1型糖尿病のエッセンス(第II章)とクリニカルパール(第III章)では、1型糖尿病の病態、治療、合併症・併発症、さらには支援体制・チーム医療まで網羅しました。執筆は主に当センター内科、眼科の現役医局員と当院でチーム医療に携わっているメディカルスタッフが担当しましたが、本学先端生命医科学研究所の岡野光夫特任教授には「再生医療-今後の展望」、九州大学心療内科の瀧井正人先生には「摂食障害(過食を含む)とそのケア」、本学神経内科吉澤浩志先生には「認知症」の項の執筆および執筆指導をいただきました。それぞれの項では、過去の論文の総説ではなく、極力当センターのデータをまとめることで、われわれの診療の実際を理解していただけるように努めました。
本書の編集に携わることで、1型糖尿病診療の難しさを改めて認識し、それでも医療者が力を合わせて努力することによって、患者さんの予後を改善することができたことを素直に喜びました。是非ともご一読いただき、忌憚のないご意見をいただけますようお願い申し上げます。
本書の刊行にあたり、糖尿病診療に携わる医療者が思わず手に取りたくなるような帯のキャッチコピーをいただいた大阪医科大学名誉教授の花房俊昭先生と、力強い推薦文をご寄稿いただいた、本学大森安惠名誉教授に感謝申し上げます。編集者の力不足により、不十分な記載や根拠に乏しいと思われる表現に,発刊後気づくという体たらくをお詫び申し上げます。ご寛容いただけましたら幸いです。
GLP‒1受容体作動薬はLDL‒コレステロールを低下させる
東京女子医科大学糖尿病センター
助教 長谷川夕希子
准教授 中神朋子
◆ 2型糖尿病と高LDL‒コレステロール血症
2型糖尿病と同様、高LDL‒コレステロール(LDL‒C)血症は、脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患のリスクです。このため、LDL‒C値を適切に保つことは2型糖尿病患者さんにとって重要な課題です。一方、GLP‒受容体作動薬(GLP‒1RA)は糖尿病の治療薬で、体重減少作用もあることが知られています。2016年には、GLP‒1RAの一つであるリラグルチドが、2型糖尿病患者さんの心筋梗塞、脳卒中の発症やそれらによる死亡のリスクを低下させるというLEADER試験が報告され、話題になりました。
◆ GLP‒1受容体作動薬のLDL‒コレステロール値に及ぼす効果
今回、私たちは2型糖尿病患者さんにおいて、GLP‒1RAが血液中のLDL‒C値を改善させるかどうか調査しました(Hasegawa et al. J Clin Lipdol. 2017 online)。
2010年から2015年の間に当院にてGLP‒1RAの注射療法を開始された103名を本研究の対象(GLP‒1RA群)とし、同時期に治療の変更がなく、年齢や糖尿病の罹病期間、Hb1c、BMI(体重を身長の2乗で割った値)等を一致させた214名を比較対照(対照群)としました。両群の対象者は、BMIの中央値が29.0kg/m
2と日本人としては肥満であり、HbA1c8.5%と血糖のコントロールは不良でした。GLP‒1RA群では治療開始から、対照群では同時期から約120日後のLDL‒C値やBMI、HbA1c値等を調査し、その変化率を両群間で比較しました。
その結果、GLP‒1RA群のLDL‒C値は治療前113mg/dLから治療後103mg/dLと4.5%低下(p<0.01)していたのに対して、対照群では治療前114mg/dLから治療後113mg/dLとほぼ変化がなく、この変化率は両群で有意な差がある(p=0.01)ことがわかりました。さらに、両群の患者さんをスタチンというLDL‒Cを低下させる作用を持つ薬剤を内服していた群(60名)としていなかった群(43名)で分けて検討したところ、GLP‒1RA群の中でもスタチン内服群でのみLDL‒Cが低下していた(治療前108mg/dL→治療後98mg/dL、p<0.01)ことが明らかになりました。
GLP‒1RAは体重減少作用をもつ糖尿病治療薬です。GLP‒1RA 群ではスタチンの内服の有無にかかわらず対照群と比較してGLP‒1RA治療の前後でBMIが低下していました(p<0.01)。しかし、スタチンを内服しているGLP‒1RA群のLDL‒Cの低下とBMIの低下との間には相関がありませんでした(β=0.065、p=0.607)。以上のことから、「GLP‒1RA によって体重が減ったためにLDL‒Cが低下したわけではなく、GLP‒1RAそのものがLDL‒Cを低下させた」と考えました。
◆ GLP‒1受容体作動薬にかける期待
本研究から、GLP‒1RAは血糖改善作用、体重減少作用だけでなく、スタチンと併用することによって血液中のLDL‒C値をも改善させることがわかりました。この機序についてはまだ明らかになっておらず、現在検討中です。しかし、GLP‒1RAは高LDL‒コレステロール血症を合併する2型糖尿病患者さんにとって理想的な治療の選択肢となるのではないかと思われます。
SGLT2阻害薬による正常血糖ケトアシドーシス
東京女子医科大学糖尿病センター
内科 後期臨床研修医 加藤勇人
内科 助教 高木 聡
2018年1月20日に新潟で、第55回日本糖尿病学会関東甲信越地方会が開催されました。「薬物療法」のセッションでは、2014年に発売され使用頻度が年々増加しているSGLT(sodium glucose cotransporter)2阻害薬について数多くの発表があり、当施設を含め、複数の施設から同薬剤による「正常血糖ケトアシドーシス」の報告がありました。
◆ SGLT2阻害薬とは
SGLTは体内にブドウ糖とナトリウムを取り込む役割を担う蛋白質であり、少なくとも6種類以上のアイソフォームが知られていますが、そのうちSGLT2は腎臓の近位尿細管でブドウ糖とナトリウムの再吸収を行っています。SGLT2阻害薬はSGLT2の作用を阻害することで尿糖排泄を増加させ、インスリン分泌に直接関与せずに血糖を降下させます。
ただし脱水、脳梗塞、皮膚症状、尿路・性器感染症、ケトアシドーシスなどが主な副作用として知られており、これらを踏まえて日本糖尿病学会では、SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendationを出しています。
◆正常血糖ケトアシドーシスとは
通常インスリン作用の絶対的不足により高血糖とケトン体産生の増加をきたし、代謝性アシドーシスに至るのが糖尿病ケトアシドーシスです。SGLT2阻害薬を服用すると著明な高血糖を伴わない「正常血糖ケトアシドーシス」と呼ばれる状態を起こすことが報告されるようになりました。
機序はまだ十分解明されていませんが、①血糖降下作用のためにインスリンの必要量が減ってインスリン分泌が減少し、逆にグルカゴン分泌が増加する、②利用できるブドウ糖が減少し、代わりにケトン体産生が増加する、③腎でのケトン体再吸収が亢進する、といった機序が推測されています(Diabetes Metab Res Rev, 2017)。
本疾患を起こしやすい条件として、脱水、糖質制限などが挙げられ(Endcr Pract, 2016)、日本国内ですでに15件以上が報告されています。
◆当センターの症例
当センターで経験した、SGLT2阻害薬による正常血糖ケトアシドーシスの症例は、糖尿病と診断されたばかりの40代男性で、SGLT2阻害薬を含む2剤の経口糖尿病薬を内服中でした。自ら糖質制限を開始したところ、口渇、倦怠感が出現したため当院を受診しました。血糖値は183mg/dLとさほど高くはありませんでしたが、ケトアシドーシスの状態でした。この症例については、糖質制限が病態を悪化させたと考えています。
◆正常血糖ケトアシドーシスを防ぐには
脱水が危険因子となるため、SGLT2阻害薬の開始直後は水分を多く取ることが推奨されます。糖質制限や、体調不良などによる食事摂食量の低下にも留意が必要です。あらかじめ、どのような時に休薬するかなどのシックデイルールや適正な食事療法について、医師と患者が十分に相談しておく必要があります。