DIABETES NEWS No.162
 
No.162 2018 January/February

糖尿病透析予防指導の現状と今後の展開

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
 馬場園哲也
◆糖尿病透析予防指導
 平成24年4月の診療報酬改訂で「糖尿病透析導入予防指導管理料」が新設され、今年で5年が経過しました。この管理料は、糖尿病性腎症の第2期(早期腎症期)から第4期(腎不全期)の患者さんに対し、医師・看護師または保健師・管理栄養士からなる透析予防診療チームが透析予防にかかる指導管理を行った場合、月1回に限り350点が算定されます。

◆明らかになってきた課題
 糖尿病診療ではチーム医療が極めて重要ですが、この指導の開始をきっかけに、多くの医療施設でより具体的なチーム医療が実践できるようになったといわれています。
 一方で、この指導を行う対象患者さんの選択をどのように行うか、希望者のみか全例か、透析予防が困難と考えられる第4期の患者さんも含めるべきか、各施設によって指導内容、特に看護師・保健師の指導内容が統一されているか、看護師では薬剤に対する専門的知識に欠けるのではないか、医療者間での情報共有が可能か、などの課題が明らかになってきました。また、マンパワー不足により、まだこの指導が導入されていない施設も多いと思われます。

◆都道府県別指導回数ランキング
 日本慢性疾患重症化予防学会・代表理事の平井愛山先生は、厚生労働省が発表した「第1回レセプト情報・特定健診等情報データベース(通称NDB)オープンデータ」を基に、平成26年4月から平成27年3月の透析予防指導管理料の算定回数を都道府県別に比較され、その結果を2017年の5月に名古屋市で開催された第60回日本糖尿病学会年次学術集会で発表されました。
 都道府県によって糖尿病患者数が異なるため、平井先生はこの指導回数をNDBオープンデータのHbA1c測定回数で割ることで、患者数の差を調整されました。私は、同じく指導回数を、厚生労働省「平成26年度患者調査」の都道府県別糖尿病治療患者数で調整しました。
 その結果、平井方式、馬場園方式のいずれの計算法によっても、調整後の透析予防指導回数は多い順に、第1位熊本県、第2位高知県、第3位石川県、少ない順では第1位宮崎県、第2位鳥取県、第3位徳島県でした。指導が最も少なかった宮崎県は、最も多かった熊本県の約40分の1であり、都道府県によって大きな差があることがわかりました。ちなみに東京都は多い順の16位でしたが、それでも熊本県の約4分の1でした。

◆今後の課題
この指導が実際の透析導入患者さんの減少に貢献するかどうかは、もう少し待つ必要があります。今後は、各施設間の指導内容の均一化を図る必要があり、そのことで、より多くの施設でこの指導が行われることが期待されます。

 

糖尿眼科医の糖尿病国際学会見聞録

東京女子医科大学糖尿病センター眼科
講師 廣瀬 晶
 欧州糖尿病学会(EASD:European Association for the Study of Diabetes)の第53回年次総会が、9月11日~15日にポルトガルの首都リスボンで開催されました。ここでは、糖尿眼科に関連した話題についてお話しします。

◆東アジアからの参加者・演題数
 EASDは大きな国際学会で、今年は130の国・地域から15,436人が参加しました。日本からの275人に、中国575人、韓国192人、台湾57人を合わせると、東アジアからの参加者は全体の約7%になります。Retinopathy(網膜症)関連の4つのセッションには、共同演者も含めるとのべ23の国・地域から34題(総演題数1266題の約3%)が出されており、このうち6題は東アジア関連でした。

◆網膜症のセッション
 セッション名は通常、「網膜症の治療」といった無機質なものになりがちなのですが、私の発表のセッションには、The lifelong story of retinopathy「生涯に渡る網膜症の物語」という少々文学的な副題がつけられており、糖尿病合併症を長い眼で見る視点も大切にして欲しいというメッセージが感じられました。
 私の研究は、血糖・血圧・脂質などの状態からどの位の網膜症がいつ頃起こるのかを予測することですが、それを患者さんに伝え全身状態改善のモチベーションをあげることで、長期的な合併症が抑制されればとも考えています。ウェールズとスコットランドからの網膜症スクリーニング間隔についての演題を聴いていて、こちらの知見を応用できるのではないかなと思いました。
 また、EUROCONDOR研究では、神経保護作用のあるソマトスタチンを、初期の網膜症がある2型糖尿病患者に点眼投与し、網膜症の二次予防(多局所網膜電図潜時の障害の進行予防)ができたと報告されました。ある程度以上進行した網膜症には、光凝固術・硝子体手術・眼局所の薬物療法などの治療法があります。しかし網膜症の発症や初期の進行を予防するような、副作用が少ない眼科的治療法は今のところありません。この段階では、もっぱら血糖・血圧・脂質などの内科的コントロールを見守るしかないという現状に、眼科医としてはいささか忸怩たる思いがあるのですが、近い将来この状況が変わる可能性があります。

◆EASDecについて
 EASDには、糖尿病診療に携わる眼科医と内科医が一緒に集まる日本の糖尿病眼学会のような、EASDec(EASD eye complication study group)という組織があります。こちらは毎年5月頃に年次総会が開かれますが、ベテランから新人までの幅広い層の参加者は総勢150人程度とこじんまりしていて、大変フレンドリーな雰囲気です。しかし内容はレベルが高く、これに参加するだけでその時々の欧州の糖尿病眼科的な研究の流れを概観することができます。私の知る限り米国にはこのような集まりはないようで、大変貴重な学会だと思います。

◆コインブラ大学の図書館
 学会の合間に、欧州でも最も古い大学のひとつであるコインブラ大学の図書館に行ってみました。ダブリンのトリニティカレッジの図書館や大津の三井寺の一切経堂(経典の'図書館')でもそうだったのですが、昔の人の知の集積に対する一種敬虔な心情を強く感じました。EASDのポスター展示会場で、巨大な部屋に千余りの演題が整然と並んでいる眺めもまた、糖尿病についての現在の知の集積のひとつの姿であるかもしれないと思いました。

 

膵移植患者のQOL

東京女子医科大学糖尿病センタ―
内科助教 入村 泉
◆膵移植の現状と効果
 膵移植は1型糖尿病に対する根治療法であり、2010年までに全世界で37,000例以上の膵移植が実施されています。一方、わが国は諸外国に比べて臓器提供が少ないですが、2010年の改正臓器移植法施行後の膵移植数は年間30例程度までに増加し、2017年8月における累計は295例に達しています。膵移植の効果に関しては、糖尿病合併症の進行を抑制することや生命予後を改善することがこれまでの研究で明らかになってきました。しかし、QOL改善効果に関しては、わが国ではほとんど検討されておりません。そこで、われわれは、膵腎同時移植患者のQOL改善効果を検討しました(Nyumura et al. Diabetol Int 2017 online)

◆膵腎同時移植は患者のQOLを改善する
 糖尿病センター内科外来通院中の膵腎同時移植後の患者16名、腎単独移植後の患者25名、移植待機中の透析患者58名、および腎症の合併を認めなかった10名に自己記入式のアンケートを依頼し、QOL、糖尿病に対する負担感情と低血糖の重症度を比較しました。
 膵腎同時移植後の患者は、移植待機中の透析患者と比較し、身体機能および精神機能ともに改善しており、かつ糖尿病の治療に対しても満足度が高い状況でした。その理由として、膵臓移植により頻回のインスリン注射や自己血糖測定が不要となったこと、高血糖や低血糖症状、特に無自覚低血糖がなくなったことなどが考えられました。海外の報告では、移植待機中の透析患者と比較して、精神的健康度は改善しないものの身体的健康度が良好であること、さらに糖尿病に対する心理的負担が良好であることが報告されています(Gross et al(2000)Transplantation)。一方、わが国では身体機能および精神機能ともに改善すると報告されており(Sugitani et al(2006)J. Japan Diab. Soc)、本研究も同様の結果でした。このように、報告によって膵腎同時移植後のQOLは異なっておりますが、これは移植をとりまく環境が各国々で異なっていることが原因と考えられています。

◆膵腎同時移植と腎単独移植との比較
 膵腎同時移植後では腎単独移植後の患者と比較すると、糖尿病による心理的ストレスは有意に軽減していたものの、QOLや低血糖の重症度に差を認めませんでした。膵腎同時移植後は重症低血糖を抑制できる一方で、手術の難易度が高く、腎単独移植より再手術率が高いこと、移植後膵炎など術後合併症の頻度も高いこと、入院日数が長いなどの問題点があります。一方で、腎単独移植のみの状態では低血糖への恐怖が払拭できないこと、移植腎に糖尿病性腎症が再発し、再度透析が必要になるのではないかという不安があると推察されます。これらの因子がQOLに影響するため、先行研究においても膵腎同時移植が腎単独移植に比較してQOL改善の点でより優れているかどうか、一定の見解が得られていません。個々の患者においてどのような因子がQOLを改善あるいは悪化させているかは、本研究を含めてこれまで検討されておらず、今後詳細な検討が必要であると思われます。

◆今後の展望
 わが国において、2017年9月30日現在、211人の1型糖尿病患者が膵移植を希望し日本臓器移植ネットワークに登録されている一方で、これまで登録者累計641名のうち、57名が糖尿病性合併症などにて亡なっている現状があります。いまだ膵移植数が十分ではないわが国においては、今後、膵移植希望者の選択基準による優先順位に、重症低血糖発作の有無や血糖の不安定性も考慮するべきであると考えられます。

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