DIABETES NEWS No.160
 
No.160 2017 September/October

大森安恵先生の原著論文に
ハーバード大学の高い評価!

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
 馬場園哲也
 糖尿病センター第二代所長大森安恵先生の原著論文が、本年のDiabetes/Metabolism Research and Reviews誌に掲載されました(Omori Y, Yanagisawa K, Sato A, Uchigata Y. The importance of nonstop treatment after delivery for pregnant women with type 2 diabetes. Diabetes Metab Res Rev. 2017;33:e2860)

◆継続して治療することの重要性
 大森先生は、ご自身が東京女子医科大学で妊娠分娩に携われ、その後20~50年にわたって糖尿病治療を継続された68名(80分娩)の2型糖尿病女性の経過を詳細に観察され、分娩後も中断せずに糖尿病治療を継続することが、糖尿病の慢性合併症予防に極めて重要であることを、世界で初めて明らかにされました。
 なかには、必ずしも血糖コントロールが良好でなかった方もおられましたが、最終観察時点で84%の方々は網膜症の合併がないか単純網膜症に留まっており、68%は腎症の発症がみられませんでした。
 治療を中断することなく継続することは、たとえ経過中に合併症が発症したとしても早期に発見できること、その結果、早い段階で眼科医や腎臓専門医に紹介することができ、合併症の重症化を予防できたのではないかと結論されています。

◆Co‒editorのコメンタリー
 大森先生の論文に対して、ハーバード大学のMary R Loeken先生が、同誌にコメンタリーを寄稿されました。
 Loeken 先生は、まず大森先生を詳しく紹介しています。先生が東京女子医科大学を卒業された1956年当時の日本の糖尿病医療には、糖尿病女性の妊娠を禁ずる暗黙の了解があったこと、欧米では当時すでに、糖尿病女性の妊娠分娩が可能であった事実に大森先生が啓発されたこと、先生がその後も休む間を惜しんで糖尿病と妊娠の研究を続けられたこと、その成果は今や日本のみならず、国際的にも高い評価を受けていること、などです。
 さらに、一人の医師が数十年以上にわたって同じ糖尿病患者を診ることには多くの制約があっただろうが、68名(80分娩)という多数の糖尿病女性を20から50年間に渡って治療され、その結果重篤な合併症を予防できたことは、驚くべきことと賞賛しています。

◆"You are the Pricilla White of Japan!"
 今でこそ、妊娠前後の糖尿病管理に関する研究論文が多数掲載されます。しかし分娩後の糖尿病女性の経過をこれほど長期間にわたって検討した報告は、欧米でも皆無であり、改めて大森先生の偉大さに打ちのめされました。
 White先生は米国に「糖尿病と妊娠の分野」を創設した偉大な女性医師です。
 大森先生は日本の医療システムが立派だからと謙遜されますが、患者さんとの連携にも教えられることが多々あります。

 

高齢化社会における
糖尿病診療のあり方
―第60回日本糖尿病学会
に参加して―

東京女子医科大学糖尿病センター
准教授 岩﨑 直子
 2017年5月18日~20日、第60回日本糖尿病学会が愛知医科大学糖尿病内科教授、中村二郎会長の下、名古屋国際会議場ほか3会場で開催されました。会場周辺は爽やかな風と新緑に包まれ、初夏を思わせる日差しに恵まれました。糖尿病学会は年々大規模になっていますが、今回は「第4回肝臓と糖尿病・代謝研究会」と、国際学会である「第9回アジア糖尿病学会(AASD)」がジョイントで開催され、総演題数は2,786、海外の参加者も含めて総勢14,000名という大規模な学術集会となりました。

◆高齢者糖尿病の管理について
 我が国の急速な高齢化に伴い、日々の診療においても高齢者の割合が増加し、高齢の糖尿病患者をどのようにみていくか、が重要な課題となっています。今回は高齢者糖尿病のセッションが5つもあり、以前には想像できなかったほど増えてきました。高齢糖尿病患者の診療では、複数の併存疾患、認知症の合併、運動能力の低下、老老介護、など様々な要因が絡んできます。高齢者糖尿病をテーマとしたシンポジウムでは、米国における高齢者糖尿病のガイドライン(1)合併症や日常生活活動度、(2)認知機能、(3)慢性併存症の有無や程度によって患者を3つのカテゴリーに分け、血糖と血圧管理目標を細分化していることが紹介されました。我が国における対策では日本糖尿病学会と日本老年医学会との合同委員会による高齢者糖尿病ガイドラインが示されました。考え方の基本としては、①年齢:75歳以上か未満か、②認知機能:正常/軽度障害/中等度以上障害、③ADLの程度:自立/手段的ADL障害/基本的ADL障害、の3つの観点から患者を評価し、目標レベルを設定することが改めて紹介されました。また、低血糖を来たすリスクのある薬剤(SU薬、インスリン)を使用している場合には、HbA1c 7.0%以下は望ましくない、という留意点も強調されました。

◆骨折について
 高齢者ではとりわけ骨折が生命予後に影響を及ぼします。「糖尿病と骨―高齢者糖尿病の隠れた柱―」のセッションでは、1型、2型を問わず糖尿病自体が骨粗鬆症のリスクであること、高齢の糖尿病患者では骨折リスクの高いことが報告され、これらのことから糖尿病関連骨粗鬆症の予防が重要である事が強調されました。

◆高齢者医療におけるチーム医療の重要性
 高齢者の医療では、これまで以上に医師と看護師、栄養士、薬剤師、理学療法士などのチーム医療が欠かせません。さらに、病院や診療所のみでは限界があり、地域あるいは自治体におけるサポートシステムとの連携が極めて重要です。これらの現状を反映し、療養指導関連では10セッションが開催されました。また、「チーム医療とテーラーメイド糖尿病療養指導の実現力」、「新しい病診連携システムの未来、展望、そして夢」、「糖尿病患者の治療と就労の両立支援」などのシンポジウムも開催され、患者に寄り添った医療が強く印象付けられた学会でした。
 目新しいところでは、IoT(モノのインターネット)と糖尿病、膵β細胞の視覚化、食事内容と腸内細菌を介した慢性炎症、といった話題も目を引きました。
 糖尿病センターからは、内潟安子センター長の後任である馬場園哲也教授の新体制のもと、32演題の発表があり、若い先生も積極的に参加し刺激を受けて来ました。

 

77th ADA Scientific Sessionsに
行ってきました!!

東京女子医科大学糖尿病センター
助教 長谷川夕希子
東京女子医科大学糖尿病センター
助教 花井  豪
 2017年6月9日~13日、カルフォルニア州サンディエゴで開催された、77th American Diabetes Association Scientific Sessionsに参加してきました。今回、私たちは「Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonists Reduce Serum LDL-Cholesterol Levels via LDL Receptor in Mice and Patients with Type 2 Diabetes」(長谷川)、「Effects of Serum Uric Acid Levels on the Decline in Renal Function in Type 2 Diabetes」(花井)という演題でポスター発表し、質疑応答しました。

◆CANVAS Study
 会期中、数多くの演題の中でも、とくに注目を集めたのは、SGLT2阻害薬カナグリフロジンの、心血管イベント抑制効果を検討した「CANVAS Study」でした。2型糖尿病の標準治療にカナグリフロジンを上乗せした群はプラセボ群と比較して、平均約3.1年後の心血管イベント発症のリスクを14%有意に低下(p=0.02)させました。しかし同時に、カナグリフロジン投与群で下肢切断の発症が約2倍増加しました。米食品医薬品局(FDA)は同薬が下肢切断リスクを上昇させるとは結論しておらず、関連を引き続き調査するとしています。なおこの結果は同日のNew England Journal of Medicine に掲載されました。次に、私たちの研究テーマに関連し、興味深かった発表をご紹介します。

◆ODDYSEY Study(サブ解析)
 近年、PCSK9阻害薬が新たな脂質異常症治療薬として使用されるようになり、LDL-コレステロール低下作用や心血管イベント抑制効果についてはエボロクマブの第III層臨床試験(FOURIER Study)からの報告がありました。本学会では、アリロクマブの第III層臨床試験「ODDYSEY Study」から2型糖尿病患者におけるサブ解析の結果(ODDYSEY DMINSULIN, ODDYSEY DM-DYSLIPIDEMIA)が発表されました。インスリン使用中の2型糖尿病患者において、アリロクマブ75mg/2週の投与したところ、アリロクマブ群ではLDL-コレステロールは48.0%低下(プラセボで0.8%増加)、non-HDL-コレステロールは37.3%低下(プラセボで4.7%低下)、動脈硬化惹起性リポ蛋白であるアポB蛋白やLp(a)も低下していました。脂質異常合併糖尿病患者にて本結果が得られたことは意義深く、今後、心血管イベント発症にどう影響するか検証が待たれます。

◆SGLT2阻害薬の腎保護効果
 アメリカ腎臓学会との合同シンポジウムでは、SGLT2阻害薬の腎保護効果について熱く議論が交わされました。SGLT2阻害薬はtubuloglomerular feedback(TGF)機構の改善による糸球体高血圧の是正といったメカニズム、さらには、前述のCANVAS Study、昨年発表されたエンパグリフロジンを使用したEMPA-REG Studyの腎サブ解析(N Engl J Med 2016;375:323)においても、アルブミン尿発症・進展および腎機能低下抑制といったエビデンスが紹介され、SGLT2阻害薬の腎保護効果については概ね一定の見解が得られていました。今後は、高度に腎機能の低下した患者に対する効果などさらなるエビデンスの蓄積が必要と考えられます。

◆規模の大きさに驚く
 米国糖尿病学会の特徴はなんといってもその規模の大きさです。会場は小さくても数百人、大ホールでは数千人が入場でき、世界中の糖尿病専門家たちが一堂に会します。一日中会場にいても飽きないような演題が盛り沢山であり、実りの多い5日間でした。本学会で学んだことを日々の診療に生かし、今後の研究に邁進していきたいと思います。77th ADA Scientific Sessionsに行ってきました!!

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