DIABETES NEWS No.158
 
No.158 2017 May/June

糖尿病センターの新しい時代へ

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 未曾有のマグニチュード9.0の大地震が東日本を襲ったのは6年前の3月11日でした。私が東京女子医科大学糖尿病センターのセンター長に就任しましたのがこの2011年4月でした。3月がめぐってくるたびに、心を新たにして新年度を迎えておりました。被災された皆様にあらためてお見舞い申し上げます。福島から通院されておられる方や上京されて通院されておられる方もおられ、被災から復興するという前向きの気持ちと心を一にて、私は6年間を過ごしてきましたが、この3月末を期しまして退任することとなりました。
 次のセンター長にバトンタッチとなりますが、糖尿病センターの精神は皆様とともに前進のみです。

◆センター化した糖尿病治療のアウトカムを検証
 平田幸正先生が1975年7月に本学に赴任されて、糖尿病センターが開設されました。平田先生が糖尿病治療のセンター化という構想を推進されてきたことがどのような結果をもたらしたのか、これは一度検証しなければならないことでした。センター化とは、小児科から内科へのトランスミッションをなくした治療、科を超えた妊娠出産への治療、内科と眼科の科を超えた治療、科を超えた足病変の治療などなどです。
 例として、東京女子医科大学病院に通院歴のある18歳未満発症1型糖尿病患者さんと通院歴のない同様患者さんの20から25年後の腎不全の有無などを調査した報告があります。若い患者さんが切磋琢磨して糖尿病センターという医療施設を十分に活用して血糖管理してくださった結果と言えましょう(Uchigata, Y, et al. 2004)。

◆DIACETがセンター化アウトカムの検証に
 糖尿病センターに通院してくださっている患者さん一人ひとりの治療がうまくいっているのかどうか、これを知りたいというのが歴代のセンター長の念願でありました。糖尿病センター通院患者さんのご協力のもと、糖尿病診療の実態に関する前向き調査(DIACET)を、満を持して2012年から開始することができました。昨年は、高齢者糖尿病治療について2つの大きなDIACET報告をすることができました(Ishizawa K, et al. 2016, Takasaki K et al. 2016)。患者さんの毎日の努力がかならず良い成果となることを、確実に結実させたいと強く思っております。これから次期のセンター長に繋ぎます。

◆新しい時代へ センター長の交代
 私の後任の糖尿病センター長には、馬場園准教授が就任します。昨年4月、日本医師会、日本糖尿病対策推進会議(日本糖尿病学会、日本糖尿病協会、日本歯科医師会)、厚労省の3者が「糖尿病腎症重症化予防プログラム」を作成しました。今年から動き出します。糖尿病センターにとってもGood Timingな船出となります。

 

糖尿病診断基準の変遷と検証

東京女子医科大学糖尿病センター
准教授 中神 朋子
 糖尿病の診断は日々の研究、蓄積されたデータを基に進歩してきました。血糖値がどれくらい高いと危険なのか、治療すべき値かを判断するためには糖尿病診断基準が必要です。

◆糖尿病診断基準の変遷
 1921年のインスリンの発見により、糖尿病ケトアシドーシスによる死亡を防ぐことができるようになり、次に慢性血管合併症による死亡が大きな課題となりました。慢性血管合併症を防ぐには、糖尿病の早期診断、早期からの治療とその維持が望ましいと考えられるものの、どこからが糖尿病と診断されるべきか不明でした。ここに糖尿病診断基準の研究が始まったのです。
 1965年世界保健機関(WHO)は、世界的標準化を目指し、ブドウ糖負荷試験(OGTT)にて耐糖能を判定し、網膜症の有病・発症に対応する血糖閾値を「糖尿病」の下限としました。また、糖尿病の発症リスクの上昇する血糖値を「境界型」の下限として採用して、正常、境界型、糖尿病という区分を提唱しました。この考え方は現在にも引き継がれています。1997年には、糖尿病の早期発見そして介入する必要性から米国糖尿病学会の診断基準値の改訂がなされて、空腹時血糖値126mg/dL以上、OGTT 2時間値200mg/dL以上を「糖尿病」とするよう改訂されました。その後2012年には、HbA1c値(NGSP値)の国際標準化が進み、疫学研究においてはHbA1c値6.5%以上を糖尿病と判定できるようになりました。

◆わが国の糖尿病診断基準
 日本糖尿病学会は4回にわたり糖尿病診断基準に関する勧告をしています。1999年の「糖尿病型」と判定する空腹時血糖値、OGTT 2時間値は、米国糖尿病学会およびWHOの「糖尿病」と定める基準値と同一でした。その後、2010年にはこれらの数値にHbA1c値6.5%以上を組み合わせた現在の糖尿病診断のアルゴリズムができ上がりました。

◆栗橋ライフスタイルコホートにおける糖尿病診断基準の検証
 診断基準に関連した数値の妥当性を検証するため、私たちは埼玉県済生会栗橋病院の健診者のデータ(栗橋ライフスタイルコホート)を分析しました(Nakagami T, et al. 2016)。2006〜2007年に糖尿病を持たない2267名を5年間追跡したところ99名の糖尿病発症者がいました。糖尿病発症リスクは空腹時血糖値では100mg/dL 以上、HbA1c値では5.7%以上で有意に上昇しており、これらの値は感度、特異度とも80〜90%程度で高い妥当性があることが確認できました。次に、2006〜2007年の健診受診者のうちで網膜症を持たない3154名の5年間の追跡を行ったところ、50名に網膜症の発症を認め、空腹時血糖値もHbA1cも網膜症発症とは連続した有意な正の関連がありました。また、網膜症発症リスクは空腹時血糖値126mg/dL以上、HbA1c 6.5%以上で有意に上昇することが確認されました(Nakagami T, et al.2017)。

◆おわりに
 糖尿病の診断の基準値は学問の進歩や時代の要求に合わせて変遷してきました。血糖制御に関する昨今のめざましい研究の進歩は、今後糖尿病の診断そのものをさらに大きく変えていくのかもしれません。

 

糖尿病神経障害と顎関節症

東京女子医科大学医学部歯科口腔外科学講座・講師
佐々木 亮
 糖尿病と歯周病の関連は近年報道などにより広く認知されるようになりました。しかし、糖尿病と顎関節症に関係があることはあまり知られていません。そこで、今回は糖尿病と顎関節症との関係について解説したいと思います。

◆糖尿病神経障害は顎関節機能障害の関連因子
 1979‒81年に2型糖尿病と初めて診断された患者45名(DM群)と年齢を一致させた非糖尿病者77名(非DM群)において、顎関節機能障害の有無、神経学的検査による糖尿病神経障害の発症状況を1994年に調査したフィンランドからの報告があります(Collin HL, et al. Oral Surg Oral Med OralPatho 90, 299‒305, 2000)。開口時の下顎の偏位量や開口量、疼痛の有無などの顎関節機能障害の有無を調査したところ、重度顎関節機能障害の有病率はDM群の方が非D群よりも有意ではないもののやや高率でした(27%vs.16%)。しかし、DM群、非DM群の末梢神経障害は42%vs.0%(p<0.001)、自律神経副交感神経障害は54%vs.31%(p=0.01)であり、顎関節機能障害の独立した関連因子をロジスティック回帰分析にて検討したところ、DM群、非DM群とも自律神経副交感神経障害が、DM群では末梢神経障害が選択されました。

◆糖尿病神経障害と顎関節機能障害発生機序
 糖尿病性神経障害は糖尿病における最も頻度の高い合併症であり、罹患10年を経過した患者さんでは約半数にみられるといわれます。糖尿病性神経障害は、末梢神経障害と自律神経障害に分類され、様々な症状を引き起こします。
 糖尿病神経障害から顎関節機能障害に至るメカニズムを考えてみましょう。まず、自律神経副交感神経障害により、交感神経が優位な状態が続くと持続的な"クレンチング(食いしばりや歯ぎしり)"が誘発され、咀嚼筋や顎関節への負担の増大が起こります。また、末梢神経が障害されていると顎関節に障害が起こっていても痛みがないため、外傷の反復によって関節が破棄され、いわゆるCharcot jointの状態が起こり、顎関節機能障害が引き起こされます。さらに歯周病などによる歯の喪失から、咬合異常を引き起こし、顎関節にさらなる負荷が加わり、顎関節の障害が増悪します。この機序は、糖尿病ラットを用いた動物実験において、糖尿病ラットでは非糖尿病ラットに比して、咬合異常を加えた際により44強い下顎頭の障害性変化をきたしたという研究により検証されています(杉浦ら, 愛院大歯誌45, p81‒94, 2007)。

◆糖尿病神経障害に関連した顎関節機能障害の治療
 治療法は、日中のTooth contacting hab(it歯列接触癖)の改善、就寝時のマースピースの使用、開口訓練などの保存的治療となります。歯の欠損がある場合は、咬合を安定化させるため義歯を入れるなどの補綴治療を行うことが重要です。

◆歯科口腔外科と糖尿病内科の連携
 糖尿病患者さんは歯周病だけでなく、糖尿病性神経障害から顎関節に負荷がかかりやすく、障害を起こしやすいことがおわかりいただけたと思います。歯の喪失もまた咬合異常を招いて、顎関節障害を引き起こす可能性があります。"歯科口腔外科と糖尿病内科"。これからも密に連携して診療をしていきたいと思います。

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