DIABETES NEWS No.156
 
No.156 2017 January/February

ライフステージと
インスリンプラニング

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 糖尿病患者さんと日々お会いしておりますと、1回の外来受診でわかることは少ないなと感じます。患者さんと長いお付き合いがあればこそ、患者さんの糖尿病のことがわかってくるように感じます。長い糖尿病人生の中のある1 点で、医師と患者という関係を持とうとしても、患者さんの糖尿病、糖尿病をもった人生を理解するには無理があるなと感じます。

◆時間的広がりと空間的広がり
 糖尿病は発症してから長い付き合いとなります。その間に、いろいろなことがおこります。人の一生としてのライフイベントがあり、ライフイベントも自動的なこと(受験など)と他動的なこと(事故など)があります。もしかしたら、糖尿病による合併症が発症してくるかもしれない。
 糖尿病という疾患は、横軸の長い糖尿病人生という時間の流れと、縦軸とも言えるライフステージの空間的広がりを視野に入れて、はじめて捕らえることができる疾患ではないかと思います。
 糖尿病診療に従事する私たちは、患者さんが糖尿病という時間的・空間的広がり、つまり縦軸と横軸のどこに今おられるのかと常に考え、これからの治療方針や療養の方向性を進めていきたいものです。

◆インスリン治療はライフステージとともに
 小児期発症の1型糖尿病のライフステージとインスリン治療を考えてみます。
 小中学生くらいは、インスリン単位数は学校に行く日と行かない日や曜日によって異なります。また、スポーツの日でも異なります。生理がきちんと来るようになればその前10日間くらいはインスリン量は増やさねばなりません。増やす単位数は個人差があります。夏場になればインスリンは同じ単位数でも効きやすく、冬場になれば効きにくくなります。
 成長とともに総インスリン単位数は増加し、活動時間も延びてきて使用するインスリン製剤も変わってきます。インスリン注射回数も変化してきます。インスリンポンプが合う場合もあれば合わない場合も。部活や修学旅行もあり...。
 20代中頃から、総インスリン単位数はだんだん減らしていくことになります。仕事や稽古ごとで帰宅時間が遅くなりやすく、それに合わせてインスリン製剤を変更します。出産、育児、社会復帰、それらにも合わせていきます。そして更年期を向かえ、インスリン必要量がさらに減り、低血糖に注意をしてインスリン製剤を変更することもあります。その後は介護などのイベントが目白押しに出てきますね。

◆一人おひとりの人生を見据えて
 近視眼的な治療ではなく、患者さんの一生を見据えた治療を考えていくことは、インスリン治療だけでなく、運動、食事も、経口血糖降下薬治療であっても同じです。

 

スタチンに
腎保護作用はある?

東京女子医科大学糖尿病センター
助教
 花井 豪
 糖尿病治療の進歩にもかかわらず、糖尿病性腎症による末期腎不全患者数は増加の一途をたどっており、1998年より糖尿病性腎症は新規透析導入の原疾患の第1位、2011年より全透析患者数における糖尿病性腎症の割合は第1位となっています(わが国の慢性透析療法の現況より)。2014年12月末現在、新規透析導入における糖尿病性腎症の割合は43.5%(15,809人)、全透析患者数における割合は38.1%(118,081人)となっています。このような状況から、糖尿病性腎症の新たな治療法の確立が期待されています。
 HMG‒CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は、悪玉コレステロールであるLDLコレステロールを低下させることで、狭心症や心筋梗塞などの心血管病の発症を抑えることが知られており、世界中でもっとも多く使われている薬物のひとつです。
 心血管病の発症抑制以外にも、スタチンは抗炎症効果や抗酸化作用も有するとされており、生体に対してさまざまな利点を有する可能性が考えられています。そのひとつとして、スタチンの腎保護作用が注目されてきました。

◆スタチンは腎保護作用を有する
 スタチンの腎保護作用を示唆する多くの研究がこれまでになされています。
 代表的な研究をひとつご紹介します。この研究はもともと、スタチンのひとつであるアトルバスタチンの心血管病抑制作用を検討したものです。その後の事後解析で、アトルバスタチンを使用すると腎機能が改善したという驚くべき報告がなされました(Clin J Am Soc Nephrol 2007;2:1131)。さらに、これまでの研究をまとめて解析するメタアナリシスにおいても、スタチンが腎保護作用を有することが示唆されていました(J Am Soc Nephrol 2006;17:2006)。

◆スタチンに腎保護効果はない?
 しかし最近になって、「スタチンの腎保護作用は認められない」、という研究結果が相次いで報告されるようになってきました。
 そのひとつ、本邦で行われたランダム化比較試験の結果をご紹介します(Hanai K, et al. Clin Exp Nephrol 2016, on line)。腎機能低下または蛋白尿を有する慢性腎臓病(CKD)患者さんを対象に、アトルバスタチン投与群と非アトルバスタチン投与群の2群において、登録から2年間腎機能を追跡しました。結果は、両群間で2年後の腎機能に差を認めませんでした。つまり、アトルバスタチンの腎保護作用は認められないという結論でした。
 では、糖尿病患者さんではどうでしょうか? 私たちは、当センターに通院する2型糖尿病の患者さんを対象とした観察研究を行いました(Clin Exp Nephrol in press)。スタチンを新規に開始した患者さんをスタチン群、スタチンを使用したことのない患者さんを非スタチン群として、2群間の腎機能および尿蛋白量の変化を調べてみました。平均約5年間観察した結果、スタチンはどれも腎機能低下を抑える作用も、尿蛋白量を減らす作用も認められませんでした。

◆スタチンの意義は?
 以上のように、スタチンの腎に対する影響について一定の見解が得られておらず、残念ながら現段階では、「スタチンに腎保護作用がある」、と言うことは難しいかもしれません。
 しかし、このことはスタチンという薬を否定することにはなりません。スタチンは強力なLDL コレステロール低下作用を持ち、心血管病の発症を抑えることができる優れた薬物です。現在スタチンを服用されている患者さんが、くれぐれも自己判断でスタチン内服を中止したりなさらないようにしてください。

 

糖尿病患者における
動脈硬化検査の重要性

東京女子医科大学糖尿病センター
助教
 井倉 和紀
 糖尿病の重篤な合併症として、心筋梗塞、脳梗塞、末梢動脈疾患(下肢の動脈硬化症)などの大血管障害が挙げられます。大血管障害は、コレステロールが血管壁に沈着し、血管壁が硬くなって柔軟性を失ってしまう動脈硬化の進展が主な原因です。動脈硬化は自覚症状なしに進行するため、検査による早期発見が大血管障害予防の鍵となります。

◆動脈硬化の検査
 当センターで行っている非侵襲的で簡便な動脈硬化の評価方法には、以下の検査があります。
①上腕足首間脈波伝播速度(baPWV)
 baPWVとは、末梢に伝わる心臓からの拍動の速度を測定する検査です。拍動速度は一般的に、物質が柔らかいと遅く、硬いと速く伝わる性質があります。動脈硬化が進み、動脈壁の弾力性が失われた硬い血管では拍動は早く伝わります。したがって、baPWVの数字が大きいほど動脈硬化が進行していることを意味します。同様な検査にbaPWVより血圧の影響を受けない心臓足首血管指数(CAVI)があります。
②足関節上腕血圧比(ABI)
 足首と上腕の血圧を測定し、その比率(足首収縮期血圧÷上腕収縮期血圧)がABIになります。動脈硬化が進んでいない場合、両腕と両足の血圧を同時に測定すると、足首のほうがやや高い値を示します。しかし動脈硬化を原因とした下肢動脈の狭窄や閉塞があると足首の血圧は低下し、ABIも低下します。したがってABIは下肢血流障害の程度を表します。
 baPWV、ABIとも、ベッドの上で仰向けになり、心電図の電極、心音マイク、両腕と両足首に血圧計の圧迫帯を装着し、検査の所要時間は5分程度で終了します。
③頸動脈超音波検査
 首にプローベ(超音波発振機)を当てて、頸動脈の狭窄や血管の壁(内膜)の肥厚がないかを観察します。頸動脈の動脈硬化が進んでいるほど、他の大血管の動脈硬化も進んでいると考えられ、大血管障害の危険度を推測することができます。検査時間は30分程度かかります。

◆baPWVは糖尿病患者において様々な予後予測因子となる
 baPWV の高値は、ABIの異常値とともに、糖尿病の心血管イベントや総死亡の独立した危険因子の一つであることが報告されています。そこで、下肢切断後の予後にもこれらの検査が使えないか、検討してみました。非外傷性下肢切断を行った糖尿病患者さん102名(平均年齢63歳)のデータを後ろ向きに解析したところ、baPWVは下肢切断後の生命予後の有用な予測因子であることが示唆されました(Ikura K, et al. J Diabetes Investig. 2016, on line)。
 下肢切断となった糖尿病患者さんの多くは、重度の動脈硬化を伴い、生命予後は極めて不良であることが知られています。下肢切断後の糖尿病患者さんの予後を良くすることが喫緊の課題です。baPWVの検査が現状の非観血的動脈硬化検査の中では最良であるとわかりました。

◆動脈硬化の予防と治療
 動脈硬化は糖尿病だけでなく、高血圧、高脂血症、喫煙によっても発症します。いずれも生活習慣が深く関わっていますので、動脈硬化の予防と治療には、日頃の生活を見直すことが必須です。定期的に動脈硬化の程度を把握し、危険因子を積極的に改善していくことが、糖尿病患者における予後の改善に繋がります。

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