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No.154 | | 2016 September/October |
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記念すべきADA
@ニューオーリンズ
東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
内潟 安子
本年の第76回アメリカ糖尿病学会(ADA)は、蒸し暑い6 月のニューオーリンズで開催されました。速報がネットで飛び交っているのでもうご存知のことですが、記念すべきものをいくつか取り上げました。
◆日糖協清野裕理事長Harold Rifkin賞受賞
ADAには糖尿病について際立って国際貢献した人や団体を表彰するHarold Rifkin賞があります。長年ADAや国際糖尿病連合の発展に貢献したHarold Rifkin教授を讃えて1991年に設立された賞です。本年、日本糖尿病協会理事長清野先生(関西電力病院総長)が日本人としてもアジア人としても初めて受賞されました。インクレチンに関する業績とインクレチン製剤の開発、インスリン分泌障害を特徴とするアジア人2型糖尿病を国際レベルにしアジアの国々の関連団体の連携という貢献が大きく評価されました。日本人として誇り高い日となりました。
◆ADAバンティングメダル受賞はカーン女史
インスリンを発見したFrederick Banting博士を讃えるバンティングメダル賞もADA主催の賞のひとつで、卓越した研究を成就した研究者が受賞対象となります。本年はハーバード大学Barbara Kahn教授が受賞されました。
カーン先生は10 代で1 型糖尿病を発症しました。これから一生インスリン治療になると理解した時それならできうる限り糖尿病という病気を学ぼうと誓ったとのこと。グルコース輸送体、レプチン、レチノール結合蛋白と研究し、脂肪組織が非常に活発な代謝組織でありかつ内分泌腺であると突き止めました。最近、教授らは脂肪酸ヒドロキシ化脂肪酸(FAHFAs)が動物実験において1型糖尿病発症を抑制する可能性も発見されました。
◆心血管イベントや腎症発症の明確な抑制効果
SGLT2阻害薬の先陣を切ってエンパグリフロジンの約3年間治療が心血管疾患既往の2型糖尿病患者さんの心血管死などを有意に減少させたことは昨年の欧州糖尿病学会で発表され耳に新しいところですが、さらにGLP-1受容体作動薬リラグルチド(日本承認量の2倍)の心血管イベント抑制効果も報告されました。エンパグリフロジンの約3年間治療はさらに腎疾患の進行を抑えることも報告され、満場の喝采を得ました。糖尿病患者の心臓、腎臓を救おうという参加者の切望の大きさをひしひしと感じました。
◆さらにトピックス
英国史上2人目の女性首相となったメイ女史は4年前から1型糖尿病のため1日4回のインスリン注射をしています。エールを送りたいですね。
妊娠糖尿病の治療
東京女子医科大学糖尿病センター
講師
柳沢 慶香
現在、日本人の妊娠糖尿病の頻度は妊婦全体の7~8%と言われており、糖尿病専門医にとっては日常的に遭遇する疾患となっています。妊娠糖尿病の耐糖能異常の程度は糖尿病に比べると軽症ですが、無治療のまま高血糖を放置しますと、巨大児をはじめとする周産期合併症が増加します。
◆妊娠糖尿病の食事療法
妊娠糖尿病であっても、やはりその治療の中心は食事療法です。ただし、妊娠中は胎児の健常な発育や母体の適正な体重増加を妨げるような極端なカロリー制限を行ってはいけません。妊娠中の摂取エネルギーは、標準体重×30キロカロリー+妊娠時期に応じた付加量です。付加量は、「日本人の食事摂取基準」による妊娠初期50、中期250、後期450キロカロリー、または一律200キロカロリーとする方法があります。しかし、妊娠糖尿病における付加量についての明確なエビデンスはなく、母体の体重や尿ケトン体定性を見ながら調節を行います。
◆インスリン療法の適応
妊娠中の血糖管理の目標は、空腹時血糖値70~100mg/dL、食後2時間血糖値120mg/dL未満です。適切な食事療法を行っても、目標が達成できない場合、インスリン療法を開始します。
東京女子医科大学東医療センターで管理を行った妊娠糖尿病妊婦113人中、36人(32%)にインスリン療法が必要となりました(Yanagisawa K, et al. Diabetol Int. 2016, on line)。使用したインスリン量は人により様々ですが、1日102単位ものインスリンが必要な方もいました。妊娠糖尿病であっても多くのインスリンを必要とする場合もあることを知りました。インスリン回数は、食前の超速効型インスリン3回投与のみでいい方もいれば、朝食前の高血糖のため眠前に持効型溶解インスリンも使用する4回法を行った妊婦さんもいます。インスリン製剤に関しては、ヒトインスリン製剤は妊娠中の使用に問題はありませんが、アナログ製剤使用は、妊娠中の安全性を考慮し、患者さんと相談の上決定します。
◆インスリン治療に至る予測因子
多くの妊娠糖尿病患者さんを管理する上で、どのような妊婦さんがインスリン療法を必要とするか予測できることは糖尿病専門医にとって重要です。そこで、先ほどの妊娠糖尿病113人でインスリン療法に関連する因子の検討を行いました。インスリン治療に到った群は食事療法のみ群に比べ、妊娠前BMIが高く、空腹時血糖値、食事負荷試験のCPR値、HbA1c値が高値で、妊娠糖尿病を診断された週数が早いという結果でした。これらの因子のうち、妊娠前BMI、CPR値、HbA1c値がインスリン療法の独立した予測因子でしたが、インスリン療法を正確に予測できるような閾値は存在しませんでした。現時点では、定期診察時の血糖測定や患者さんの血糖自己測定の結果でインスリン導入を判断することになります。
◆血糖自己測定適応の拡大
2016年4月より、妊娠糖尿病の血糖自己測定の保険適応は、従来の「ハイリスク妊娠糖尿病」に加え、「75g OGTTの基準3点のうち2点以上」、「75g OGTTの基準1点以上かつBMI>25」が追加され、多くの妊婦さんに血糖自己測定実施が可能となりました。血糖自己測定の結果を有効に活用し、適切なインスリン導入を行い、安全な出産を目指しましょう。
30歳未満発症1型糖尿病に
おける末期腎不全の
顕著な発症率の改善と
その危険因子について
さいたま記念病院・内科、
東京女子医科大学糖尿病センター
非常勤講師
大谷 敏嘉
1980年当時、糖尿病センター初代所長平田幸正先生は「1型糖尿病はケトアシドーシスで亡くなるか、末期腎不全(透析)になってしまう」と我々若い医師に向けて話されていました。たしかに、インスリン製剤を用いる治療はありましたが、HbA1cという指標の測定技術もなく、血糖自己測定も簡単にできず、治療目標も明らかにされていない、手探り状態の時代であり、間違いないことでした。
1型糖尿病患者さんにおける良好な血糖コントロールと合併症発症との関連については、米国を中心とした無作為前向き研究DCCTとその後の観察研究EDICから、細小血管合併症(神経障害、網膜症、腎症)も大血管障害合併も良好な血糖コントロールの下に発症抑制されることがすでに明らかにされています。
しかし、この結果は、平田先生が感じていた時代の1型糖尿病の予後より昨今は改善しているのかという問いには答えてくれていません。そこで、糖尿病センターの1型糖尿病コホート調査を用いて、30歳未満発症1型糖尿病の予後が改善してきていることを、最近明らかにしました。
◆近年発症1型糖尿病の末期腎不全の発症率は顕著に改善
30歳未満で診断された1型糖尿病患者さん1,014名を、診断年から1961年~1984年群と1985年~1999年群の2群に分けて、2010年12月末までに末期腎不全(透析導入, 腎移植, 膵腎移植)を発症したかどうかを調査しました(追跡率88.3%、平均追跡調査期間19.3 年)。1961年~1984年群は年間1,000名当たり5.0名の方が末期腎不全を発症していましたが、1985年~1999年群は年間1,000名当たりわずか0.8名しか末期腎不全になっていませんでした(p<0.0001)。このように、1985年~1999年に1型糖尿病と診断された患者さんはそれ以前に診断された患者さんに比べ、末期腎不全になる方が顕著に減少していました。
さらに、より最近診断された1型糖尿病患者さんの末期腎不全発症率は、海外各国で報告された結果より、さらに低値であることもわかりました。
◆末期腎不全を発症させる危険因子
では、どんな因子が末期腎不全を発症させていたのでしょうか。上記の1型糖尿病患者さんを対象に、診断年(連続変数)、性別、初診時年齢、初診時までの罹病期間、初診時蛋白尿、初診時網膜症、通年平均HbA1c値および通年平均収縮期血圧値の8項目のうちのどれが最も末期腎不全発症と関連しているかを、Cox回帰分析にて解析しました。
末期腎不全の発症に強く関与していたのは、通年平均収縮期血圧値(p<0.001)、通年平均HbA1c値(p=0.03)および初診時蛋白尿(p<0.001)でした。その次に、診断年が危険因子として挙げられました(p=0.09)。このことは、血圧管理および血糖の管理が格段に良くなってきたことが末期腎不全の発症を抑制していると考えられます(Otani T, et al. BMJ Open Diabetes Research and Care4:e000177, 2016)。
末期腎不全にならないためには、何にも増して、血圧管理と血糖の管理をしっかりしていくことがきわめて大切であるといえましょう。