DIABETES NEWS No.150
 
No.150 2016 January/February

第50回を数える
「糖尿病学の進歩」

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 日本糖尿病学会主催第50回「糖尿病学の進歩」が7年ぶりに関東甲信越地区で開催されます。有楽町の東京フォーラムにて2016年2月19日、20日に開催致します。当センターが開催のお世話を致します。




◆「糖尿病学の進歩」とは
 アメリカ糖尿病学会学術集会は1940年に第1回を開催しておりますが、卒後教育を中心とした会合のニーズが高まり、1953年に地区レベルで開催され、その後は糖尿病研究・診療すべてを一同に聴講できる会合として全米規模となっていきました。当センター初代所長平田幸正は第9回(New Orleans)、第10回(Detroit)の本会に参加し、第10回のDetroit ではインスリン発見(1921年)者の一人ベスト先生にお声をかけられ感激したとの記載があります。
 日本でも糖尿病学会主催として1967年に第1回の「糖尿病学の進歩」が糖尿病領域の卒後/生涯教育としてスタートし、糖尿病に関心のある医師やメディカルスタッフに対して糖尿病に関する知識の向上と最新の知識の全国規模での普及にたいへん大きな役目を果たしてきました。学術集会に次いで大きな学会主催の全国会合となっています。

◆4つの柱となる講演シリーズ
 「糖尿病学の進歩」は、基本となる4つの講演シリーズが2日間にわたって走ります。専門医単位更新のための指定講演シリーズ、糖尿病診療に必要な知識シリーズ、糖尿病療養指導に必要な知識シリーズ、そして臨床医が知っておくべき糖尿病の基礎シリーズです。最初の2つは主に医師向け、3つめは主にメディカルスタッフ向け、そして最後のシリーズは最近の糖尿病学における研究の進歩を交えたものです。1講演の講演時間は30分で、今回はそれぞれ23、23、26、11個の講演が歩調を合わせて進んでいきます。1日目の聴きたいものを逃しても2日目ですこしでもカバーできるように、また聴講することで今の糖尿病学や糖尿病診療のほとんどを手中にできるように組みました。

◆8つのシンポジウムと4つの世話人特別企画
 大規模臨床研究から学ぶ、他科との連携、食事療法などのテーマをシンポジウム形式でおこないます。そして,この50年間の歩み、診断や治療の進歩に欠かせない臨床研究、女性医師のキャリア、さらに糖尿病の進歩をリードしてこられた先生方からの提言を世話人特別企画として進めています。

◆公開市民講座
 立川らく朝さん、JIROさん、渡部又兵衛さん、そして再生医療のオピニオンリーダー岡野教授にご登場いただく市民講座を2月20日の午後に企画しております。どなたでも参加できます。無料ですので多数のご参加をお待ちいたしております。

URL: http://www.50shinpo.com/

 

脂質異常症と
糖尿病黄斑浮腫

東京女子医科大学糖尿病センター
講師
 福嶋 はるみ
 糖尿病網膜症は、日本の後天性失明原因の第2位です(1位は緑内障)。重症(増殖糖尿病網膜症)になると、増殖膜の牽引で網膜剥離を起こしたり、続発性緑内障(血管新生緑内障)を起こしたりして、それらが失明の直接の原因となります。しかし近年網膜光凝固と硝子体手術が発達したため、そのような失明は阻止できることが多くなりました。現在、糖尿病による視力低下の原因の多くは、網膜の中心にある黄斑の浮腫(糖尿病黄斑浮腫)です。

◆糖尿病黄斑浮腫
 実は、これは糖尿病網膜症が重症でなくても発症することがあります。黄斑近くの網膜毛細血管から血液成分が漏出し、網膜が肥厚することで生じます。治療は、点眼薬、内服薬、光凝固術、硝子体手術などの従来法に加え、最近では血管内皮増殖因子(VEGF)抗体を眼内に直接注射して浮腫を抑える治療が普及しています。それでも黄斑浮腫の完治治療は未だなく、複数の治療法を組み合わせて少しでもよい視力を残そうと試行錯誤しているのが現状です。

◆糖尿病黄斑浮腫に対する進展促進因子
 糖尿病黄斑浮腫を促進させる危険因子として、以前から高血糖、罹病期間、高血圧が知られていましたが、最近注目されてきたのが脂質異常症です。血清脂質高値との関連自体は20年前から示唆されていましたが、最近の研究によりさらに詳細にわかってきました。
 糖尿病黄斑浮腫をもつ糖尿病患者は、そうでない糖尿病患者と比べ、血清総コレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪が高いことがわかりました。LDLコレステロールには血管内皮細胞障害作用がありますので、既に高血糖で障害されている網膜の毛細血管をさらに障害し、血管から漏出を増大させるのではないかと考えられます。一方でHDLコレステロールと糖尿病黄斑浮腫の関連は今のところ確認されていません。HDLコレステロールには血管保護作用や抗炎症作用がありますので、理論的には糖尿病黄斑浮腫の抑制作用があっても不思議ではありません。これについてはさらなる検討が必要です。
 硬性白斑は血液中の脂質が血管外に漏出してきて網膜内に沈着することで形成されます。黄斑部に硬性白斑が沈着すると視力低下の大きな原因となり、またいったん沈着してしまうと除去は困難です。この硬性白斑が、脂質の中でも中性脂肪値が高いと形成されやすいとの報告があります。

◆脂質異常症治療が効果的?
 脂質異常症の治療が糖尿病黄斑浮腫の進行抑制につながるかどうかは、まだ証明されていません。しかし脂質異常症が糖尿病黄斑浮腫を悪化させる要因の一つであることはほぼ確実ですので、糖尿病黄斑浮腫が疑われる場合、脂質異常症の治療が特に重要になります。
 脂質異常は動脈硬化を促進し、虚血性心疾患を初めとする様々な合併症を引き起こします。高血圧や糖尿病を併発していたり、喫煙習慣があったり、心筋梗塞の既往があるなら、通常より厳密に脂質異常に対する治療を行います。将来、「それがあれば厳密な脂質コントロールが必要となる合併症」のリストに糖尿病黄斑浮腫が含まれる可能性は十分あると思われます。

◆黄斑浮腫に効果的な内科治療
 糖尿病黄斑浮腫には、多くの全身因子が関与しています。良好な視力を維持するためにも、血糖値、血圧だけでなく、脂質のコントロールにも留意するべきでしょう。内科と眼科の密な連携が望まれます。

 

小児・若年期のBMIと耐糖能


東京女子医科大学糖尿病センター
助教
 大屋 純子
 世界的に糖尿病が増加している原因のひとつに肥満があります。中高年以降年代の肥満度と耐糖能を含む種々の心血管疾患危険因子との関係は示されていますが、若年成人や小児を対象とした同様の報告は多くはありません。最近発表された中高年以前年代の体格と耐糖能の関係についての研究をいくつかご紹介します。



◆若年成人の体格と耐糖能異常
 インド、シンガポール、オーストラリア、グリーンランド、東アフリカに住む30歳以下の若年成人6987人の耐糖能異常と心血管危険因子の関係性を国際比較した研究をこのたび報告しました(Oya et al, Diabet Med, 2015)。対象者は全員75gブドウ糖負荷試験を受け、耐糖能異常の有無を診断されてい ます。インド人、東アフリカ人はBMI が低いにもかかわらず他地域と比較して耐糖能異常有病率が高いという特色をもちましたが、いずれの地域でもBMIと耐糖能異常との間には有意な正の関係があり、BMI 5kg/m2上昇につき耐糖能異常のリスクは1.3‒2.1倍に増加していました。
 糖尿病への感受性や耐糖能異常をきたす機序には人種差がありますが、BMI上昇はいずれの地域住民にもそして若年であっても耐糖能に与える影響が大きいことが示されました。

◆小児から青年期の体格と耐糖能
 アメリカの健康栄養調査から、12‒19歳4237人の肥満と耐糖能異常の有無を検討した報告が発表されました(Skinner et al, N Engl J Med, 2015)。対象を過体重(85‒95パーセンタイル)、Ⅰ度肥満(95パーセンタイルから95パーセンタイルの120%未満)、Ⅱ度肥満(95パーセンタイルの120‒140%またはBMI≥35)、Ⅲ度肥満(95パーセンタイルの140%以上またはBMI≥40)のカテゴリーに分類し、それぞれの耐糖能異常(HbA1c>5.7%、空腹時血糖≥100mg/dl)の割合を調査しました。その結果、小児であっても肥満度が増加につれ耐糖能異常の割合は増加しており、カテゴリーの上昇毎に耐糖能異常のリスクは1.5‒3.5倍に上昇していました。これは、特に男性で顕著にみられました。

◆出生時体重と将来の耐糖能障害
 それでは、さらにさかのぼって出生時の体重と将来の耐糖能には関連性があるのでしょうか。埼玉県済生会栗橋病院の健診受診者のうち、出生時体重を調査しえた847 人の、出生時体重と糖尿病発症、インスリン分泌能と抵抗性の関連を調査してみました(Oya et al, J Diabetes Invest, 2015)。その結果、出生時体重が低下するほど糖尿病の有病率は上昇し、特に低出生体重(<2500g)では正常範囲の者と比較し3.5倍のリスク増加を示しました。この結果は現在つまり成長後のBMIとは独立しています。また、出生時体重はインスリン分泌能とは有意な関連はみられませんでしたが、インスリン抵抗性と有意な負の関連を認めました。低出生体重児は、子宮内環境が悪いために低栄養でも生きられるよう倹約型の体質となり、後のインスリン抵抗性を引き起こすという仮説や、成人してからPPAR‒γやGLUT4の発現が抑えられていることなどが報告されています。

◆若い女性のダイエットに警告
 日本では現在低出生体重児が増加していますが、その原因として若年女性のやせが増加していることが挙げられます。若年者の肥満を防止することはもちろんですが、若年女性の過度なダイエットは次世代の子どもに悪影響が出てしまうことに大いに注目すべきです。

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