DIABETES NEWS No.144
 
No.144 2015 January/February

人工甘味料と腸内細菌叢と
SGLT2阻害薬
-クオリティ・オブ・ミール-
東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 アスパルテーム、スクラロース、サッカリン、アセスルファムカリウムなど人工的に作られた、天然には存在しない人工甘味料が発明されて、1世紀以上が経ちました。カロリーがゼロで砂糖の500倍の甘みの人工甘味料入りの食品はダイエット嗜好と結びつきやすく、我々もどうしても甘みがほしい場合は人工甘味料を最小量使用してもよいとお勧めすることもありました(糖尿病食事療法指導のてびき第2版2009)。

◆砂糖から人工甘味料へ
 「砂糖の歴史」という1992年発刊で本年第32刷の本があります。当初は薬、高価な調味料、儀礼用(非常に白いため)として珍重されていたことがわかります。17世紀ごろから列強国が砂糖きびの栽培(プランテーション)に巨大な資本をつぎ込み、18世紀には栄養状態の悪い一般庶民にも上等のカロリー源となりはじめ、大量生産へと進んできました。こんなに白くて甘くて高価な砂糖が体に悪いわけはないと。今日に至り、砂糖の消費、肥満、糖尿病に歯止めをかけようと、人工甘味料の使用拡大へと進んできたのです。

◆人工甘味料で血糖上昇!
 人工甘味料は、インスリン分泌を促進させて太るとか、味覚を鈍化させて依存性になるとかと、以前から危険性を疑われていました。ここにきて、ついに、人工甘味料が耐糖能異常をきたすカラクリが長年この分野を研究してきたイスラエルの研究者から明らかにされました(Nature514:181,2014)。人工甘味料を摂取すると腸内細菌叢が変化する、この便を無菌マウスに移植するとマウスは耐糖能異常をおこす、そこに抗菌薬を投与すると耐糖能異常はおこさないことがわかりました。これは健康な7人に実施して4人でも同じことがおこりました。

◆SGLT2阻害薬と望ましい腸内細菌叢
 SGLT2阻害薬はもっとも新しい糖尿病治療薬です。血中の血糖値の高い分を尿に流してしまおうという画期的な薬です。この薬を使用して始めて血糖コントロールが可能になり始めた方もおられます。しかしながら、カロリーゼロの人工甘味料入りの食事摂取をして腸内細菌叢の変化がおきてしまえば、良好な血糖コントロールにはなかなか辿りつかないとなってしまうでしょう。  望ましい腸内細菌叢をもたらす食事とは?今後の研究を待ちたいところです。

◆食事の質(クオリティ・オブ・ミール)
 高炭水化物/低脂肪/食物繊維の多いアジア伝統食についても、賛否両論の報告が最近も相次いでいます。
 自分は何を食べるか、食べようとしているのか、この重要性をさらに声高に叫ぶ時代に なりました。

 

角膜神経を用いて
全身の神経障害を診る ―糖尿病性神経障害と
角膜共焦点顕微鏡検査―
東京女子医科大学
糖尿病センター眼科 講師 廣瀬晶

 糖尿病性神経障害は、網膜症・腎症とならぶ3大糖尿病性細小血管障害のひとつで、糖尿病の慢性合併症として大変重要です。自律神経が障害されると立ちくらみや胃腸障害などがおこり、感覚神経が障害されると手足のしびれや痛みが出たり、ひどくなると足壊疽の原因にもなったりします。このような神経障害の悪化を予測したり新しい治療法を研究したりするには、障害の有無や重症度を早期から定量的に把握することが必要になります。
 眼の角膜神経を用いて、神経障害の有無や重症度を早期に評価するという新しい検査法が注目されています(Tavakoliら:JDiabetesSciTechnol.2013)。

◆従来の神経障害検査法の問題点
 アキレス腱反射や振動覚の検査など通常行われている検査は簡便な神経障害判定の検査法ですが、定量性に乏しいといわれています。診断のゴールドスタンダードである神経伝導検査は太い神経線維の機能を評価しています。初期に障害を受けたり状態が改善したとき早期に回復するのは細い神経線維といわれていますので、この神経を評価したいわけです。この細い神経線維を評価するには皮膚の一部を切り取る皮膚生検が確実な評価方法となります。この検査は痛みとともに手間や時間もかかるため患者さんへの負担が大きく、頻繁に行うことはできません。

◆角膜共焦点顕微鏡検査(CCM)
 角膜は、全身の中でも神経の分布密度がとても高い組織です。透明であるため、共焦点顕微鏡という装置を使ってこの角膜神経を撮影し、画像処理をすることにより、単位面積あたりの角膜神経の本数(NFD)や長さ(NFL)などを定量的に指数として示すことができます。この方法の最大の利点は、組織を切り取ったりすることなく神経を直接観察するため、患者さんへの負担が少なく、繰り返し検査を行うことができることにあります。また、角膜の神経が細い神経線維であることも、早期の神経障害を把握する点で有利であると思われます。

◆CCMの指数と神経障害の重症度との関係
 角膜神経の形態から算出されたCCM指標と、実際の臨床における神経の機能的障害との関係については、従来法による神経障害の重症度とCCMの指標(NFDおよびNFL)とがよく相関していることがすでに報告されています。すなわち、従来法の重症度が上がる程、NFDとNFLの低下がみられていました。また、膵腎同時移植手術を受けた1型糖尿病の患者さんで、術後12か月の時点で角膜神経線維の回復が観察されたことも報告されています。このとき、皮膚生検では神経線維の有意な回復はまだ認められていませんでした。これは、CCMの方がより鋭敏な検査法であることを示しているのかも知れません。
 このような研究から、CCMの指標が神経障害の代用マーカーとして使用できる、すなわち角膜神経を検査することによって糖尿病における神経症の状態を評価できる可能性があると考えられています。

◆眼は糖尿病合併症の窓
 眼は透明性というユニークな特徴を持つ器官であるため、従来から糖尿病による血管病変を直接観察できる窓として、視覚障害だけでなく糖尿病全身合併症を推測するという観点からも、貴重な存在とされてきました。今後はさらに、神経病変に関してもその重要性が認識されるようになるかも知れません。

 

糖尿病とうつ病


東京女子医科大学神経精神科 助教
 内出容子

 糖尿病がうつ病と関連することはこれまで多く報告されています。非糖尿病群のうつ病有病率11.4%に対し糖尿病患者群は20.5%と約2倍高いことが報告されたり(Anderson、2001年)、うつ病を合併すると血糖コントロールが不良(Lustman、2000年)になったり、死亡率も高くなる(Black、2003年)とも報告されています。

◆双方向の関係性
 実は両者には双方向の関係性があり、うつ病は糖尿病発症の独立したリスク要因であるともいわれています。うつ病を発症すると、1)視床下部―下垂体―副腎皮質系(HPA系)の亢進、2)自律神経系の変化、3)炎症系サイトカイン増加、4)睡眠障害によるインスリン感受性低下、摂食調節ホルモン異常による過食などの生理学的変化が起こり、糖尿病との強い生物学的関係を想定させます。
 一方、糖尿病にうつ病が併存すると以下のような影響が考えられます。
・糖尿病治療に対するやる気の低下
・血糖コントロールの悪化
・糖尿病合併症の増加(特に性機能障害、神経障害など)
・冠動脈疾患その他の原因による死亡リスクを上昇
・医療機関受診の利用や医療費の増加

◆うつ病のスクリーニング
 よりよい人生を歩むために、うつ病の予防、早期発見と適切な治療が必要です。糖尿病患者さんは、1)診断時、2)治療開始時、3)インスリン導入時、4)血糖コントロール不良時、5)合併症発症時、6)新たな身体疾患の罹患時、7)ライフイベント発生時、などに感情的に大きな負担を負いやすいので、この時にうつ病が発症しないか、十分な注意が重要となります(石井、2014)。
 簡便なうつ病スクリーニングとして「2質問法」(JAMA.295:2874.2006)があります。(1)この1か月間、気持ちが沈んだり、憂うつな気持ちになったりすることがよくありましたか。(2)この1か月間、どうも物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか。2つのうち1つ以上の質問にyesなら診断的面接が必要で、2つともnoならうつ病は否定的となります。

◆併診と受診の勧めかた
 うつ病を疑われた時は、ぜひ精神科医あるいは心療内科医にご紹介ください。
 その際、専門医受診の勧め方には配慮が必要です。「うつ病かもしれないから精神科を受診するように」ではなく、「気持ちの辛さを和らげる治療をするのがよいと思う、こういうときに精神科にお願いして一緒に診療することにしている」などと併診であることを伝えると、うまく受診に結びつくことが多いようです。受診を拒まれた時は、無理に勧めず、「その気になったらあらためて精神科に紹介できる」と、患者さんに情報提供していただくのがよろしいでしょう。

◆おわりに
 糖尿病もうつ病(精神疾患)も、国の重点医療対策「5疾病」に含まれます。連携を取ってよりよい治療ができたらと思っております。

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