DIABETES NEWS No.142
 
No.142 2014 September/October


世界の事情とDIACETから

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
◆アメリカ糖尿病学会2014@SF
 アメリカ糖尿病学会は、本来の日中の学会プログラムに加えて、著明な演者を集めて開催される早朝5時半からの共催セミナーと夕方からの共催セミナーが3、4ヶ所平行してホテルの大会場で毎日開催されます。Q&Aコーナーを通して隣の席の先生と話しをする機会がありますので、実地医家の先生方の薬の使い方やアメリカ以外の国の糖尿病事情を知ることができます。多くの医療従事者が集まって「糖尿病を良くしよう」とする姿は圧巻です。
 DeFronzo先生やDel Prato先生が述べているように、血糖の恒常性には、膵(β細胞)、肝臓、筋肉、脂肪組織だけでなく、膵(α細胞)、腸、脳、腎臓の少なくとも8つの臓器があたかもお互いが話し合いをしている(クロストーク)かのように糖調節をしている、このような背景を踏まえた病態を考えながら2型糖尿病の発症機序や進展を考えていかなければならないと、さらに強調されてきたと感じました。

◆2012年のアメリカの糖尿病人口
 ADAの2日前に米国疾病管理センター(CDC)は最新の米国の推計糖尿病人口(小児を含む)を発表しました。2010年から2012年に300万人が増加し2,900万人超になり、人口の9.3%になりました。うち20歳未満の1型および2型糖尿病患者数は約20万人。前糖尿病者数(8,600万人)は成人の4割とのこと。以前と比べれば米国の糖尿病早期発見の考え方は普及してきたが、米国の肥満率と糖尿病有病率の低下にはまだつながっていないようです。また、各州で糖尿病を持つお子さんを十分にケアする「Safe at School Program」を立法化へと進んでいるようです。

◆腸内細菌叢と脳内ドパミンと糖尿病
 インスリンが十分に分泌されているのにインスリン作用が弱まった状態(インスリン抵抗性)が2型糖尿病発症に強く関わっているわけですが、ADAでも最近の論文でも、腸内細菌叢(歯周病菌も?)や脳内のドーパミン分泌リズムと、脂質代謝・糖代謝そして糖尿病発症とに本格的なメスが入りだしました。

◆DIACET2012の結果が読売新聞に
 2012年から開始した糖尿病センター実態調査DIACETから、貴重な結果がいくつか出てきました。そのうちのひとつが上記新聞2014年7月5日夕刊に掲載されました。当センターに通院いただいている患者さんの約半数が65歳以上で、その3割の方にうつ症状があることがわかりました。さらに詳細に検討した上で、対策を講じてまいりたいと思います。
 今後とも、DIACET調査でいただいた貴重な結果から早急の対策を立てて参ります。

 

ADAの1型糖尿病の
新しいステートメント

東京女子医科大学糖尿病センター
講師
 三浦順之助
本年6月サンフランシスコで開催されたアメリカ糖尿病学会(ADA)で発表された1型糖尿病の新しいステートメントと改訂されたガイドラインの一部を紹介します(Diabetes Care June 16, 2014 online)。

◆1型糖尿病の発症率と動向
1型糖尿病の発症率は地域・人種によって差があり、アジア人やアメリカンインデアンで0.1~8/10万人/年と低く、北欧フィンランドで64.2/10万人/年と最も高くなっています。(日本人は1.5/10万人/年)。世界で毎年約7.8万人が1型糖尿病を発症していると報告されています。そして成人に多いLADA(Latent Autoimmune Diabetes in Adults)*や幼児期発症の成人患者が増えたことより、成人1型糖尿病患者が増加していると記しています。
◆1型糖尿病の診断
これまで「1型糖尿病=痩せ型」と考えられていましたが、過体重や肥満の1型糖尿病が増加傾向です。また、1型糖尿病の緩徐進行型は、2型糖尿病と考えられる10代患者の約10%に存在するとの報告もあります。自己抗体(GAD、IA-2、IAA、ICA、ZnT8)はどれも陽性率が発症後徐々に低下することや抗体価の評価や測定感度に問題があることも考慮して、臨床経過から1型糖尿病が疑われる場合は、肥満があっても早期に自己抗体の測定を行う必要があるとしています。

◆小児期の治療目標の改訂
最も大きな改訂は小児期の治療目標の改訂です。ADAはHbA1cを6歳未満:8.5%未満、6~12歳:8.0%未満、13歳以上:7.5%未満という目標値を推奨してきました。小児期の重篤な低血糖発作が認知機能を障害する可能性を考慮した上での判断でした。しかし、DCCT/EDICにおいて、強化インスリン療法による糖代謝の改善がその後の細小血管障害・大血管障害の発症を減少したこと、高血糖状態および血糖変動の増加が認知機能や中枢神経系の有害事象を惹起するという報告が集積してきたことより、小児期の高血糖の持続による影響を重視し、目標値をHbA1c<7.5%に改訂しました。既に小児期のHbA1c値<7.5%を推奨してきた国際小児思春期糖尿病学会(ISPAD)と足並みを揃えた形となります。ただし、あくまでも血糖管理目標は、「個人の状態に基づき個別化する必要がある」という立場を強調しています。

◆インスリン治療および他薬剤との併用療法
近ぢか日本でも開始予定のリアルタイムに血糖値を見ながらインスリン治療を行うSAP(Sensor-Augmented Pump)療法が糖代謝改善と低血糖を減少させる観点から、治療の選択肢として一考の価値ありとしています。インスリン治療と併用しうる療法として、グルカゴン抑制や胃排泄遅延作用を有するアミリンアナログ(Plamlintide)(FDA承認済み)や糖新生抑制や体重増加抑制効果のあるメトホルミンを取り上げています。後者はすでに十分な評価があり、現在2つの前向き研究が進行中です。インクレチン関連薬、SGLT-2阻害薬は評価不十分な状況です。メトホルミンが日本でも通常の治療選択肢になることを期待します。
*35歳以上で肥満がなく当初は食事療法のみで血糖コントロールがつくが、数ヵ月から数年で、薬物療法が必要となりインスリン依存状態となる。膵島関連自己抗体陽性である。

 

1型糖尿病患者における
膵移植

東京女子医科大学糖尿病センター
助教
 入村 泉
 インスリン分泌が廃絶した1型糖尿病患者さんにおいて、インスリン治療は生命維持のために必要不可欠な治療です。インスリン発見後、これまで様々な特性を有するインスリン製剤が開発されてたいへん便利になってきました。しかし、低血糖にならず、できるだけ正常域の血糖値を長期間維持したり、腎症や網膜症などの合併症発症を完全に予防すべく血糖管理をすることはとても困難です。
 臓器移植である膵移植はインスリン分泌が枯渇した1型糖尿病に対して行われる根治療法ですが、臓器提供が少ないわが国では、糖尿病に対する膵移植が極めて少ないのが現状です。

◆膵移植の分類と適応
 膵移植は、腎移植との関連から、腎不全に至った後、膵臓と腎臓を同時に移植する膵腎同時移植、腎移植後に膵臓移植を行う腎移植後膵移植に加え、腎症が発症する以前に行う膵単独移植の3種類に分類されます。
 膵移植の適応となる方は、基本的にインスリン分泌の廃絶した糖尿病患者とされております。慢性腎不全で透析療法を必要としている場合には膵腎同時移植、腎症の合併がないあるいはすでに腎移植を受けている場合には膵のみの移植(膵単独移植あるいは腎移植後膵移植)が適応となります。
 膵移植総数は全世界的に増加傾向を認めており、米国では年間1000例以上、2010年末までに全世界で37,000例以上の膵移植が行われています。しかし、わが国では、諸外国と比べ臓器提供数が極めて少なく、1997年の臓器移植法施行前に15例、臓器移植法施行後は2000年4月から2010年6月までの約10年間に脳死膵臓移植62例、心停止膵移植2例が行われたのみでした。
 その後、2010年7月に臓器移植法の一部が改正され、本人の臓器提供意思が不明な場合であっても家族の同意があれば臓器提供が可能となり、臓器移植法改正後は2014年1月末までに死体膵移植(脳死および心停止膵移植)は計200例となりました。

◆膵移植成績
 膵移植の成績は、膵移植の術式、免疫抑制薬、臓器保存方法、拒絶診断法の向上などに伴い、近年では他の臓器移植と比較しても遜色のない成績が得られています。2000年4月から2012年12月までに行われたわが国の死体膵移植148例の検討によると、5年生存率は94.8%で、移植膵および移植腎5年生着率はそれぞれ68.9%、82.8%でした。当院では1990年から2014年1月までの間に、1型糖尿病患者39例(心停止ドナー11例、脳死ドナー28例)に対し膵移植を行っております。
 当院における脳死ドナーからの膵移植成績は、28例全例生存しており、移植膵および移植腎5年生着率はそれぞれ75%、95%でした。また、膵移植後インスリン離脱が可能であった25例のインスリン離脱までの平均日数は103日でした。

◆今後の検討課題
 現在、膵移植希望者の選択基準による優先順位は、①親族、②ABO式血液型、③HLAの適合度、④膵臓移植術式、⑤待機期間、⑥搬送時間となっており、待機期間が長期化しています。日本臓器移植ネットワークによると、2014年4月現在、膵移植希望患者187例中51例が5年以上移植を待機しています。従って、いまだ膵移植数が十分ではないわが国においては、今後、膵移植希望者の選択基準による優先順位に、重症低血糖発作の有無や血糖の不安定性もより重要視するべきであると考えられます。

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