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糖尿病センター第二代所長大森安恵先生におかれましては、平成26年度第7回糖尿病療養指導鈴木万平賞を受賞されました。1960年代の日本の医学界になかった「糖尿病と妊娠のCureとCare」の分野を開拓され、かつて「糖尿病があれば妊娠してはいけない」と言われていた女性患者さんに妊娠・出産という希望が叶えられることになりました。日本のこの分野の歴史は大森先生の医師としての足跡そのものです。大森安恵先生
平成26年度糖尿病療養指導
鈴木万平賞東京女子医科大学糖尿病センター内潟 安子
センター長
◆糖尿病と妊娠の分野確立から療養へ1960年代まで、妊娠した糖尿病女性は人工流産へ、妊娠を続けると母体は糖尿病昏睡、児は子宮内胎児死亡と、悲惨な状態でした。
大森先生は「良好な血糖コントロールにすれば妊娠、出産が可能である」ことを自ら全国に示していきました。妊娠を希望する多くの糖尿病女性が全国各地から大森先生の外来を受診することとなり、1997年のご定年まで640児を無事出産に導きました。
成長したお子さんにもう手がかからなくなった元(?!)患者さんが大森先生を訪ねてこられることをお聞きします。当事のことに話の花が咲き、大森先生と楽しい時間を過ごしておられます。
◆糖尿病と妊娠に関する研究会発足と学会化医療レベルの向上のために1985年「糖尿病と妊娠に関する研究会」を立ち上げ、代表世話人として良好な血糖コントロールの必要性を説き、周産期死亡率を11%から2%に減少させました。さらに、医師、コメディカルに浸透させるため、2000年にこの研究会を「日本糖尿病・妊娠学会」に発展させ、2005年まで理事長として、この分野の研究の向上と一般病院の治療レベル向上に心血を注がれました。
◆献血時に糖代謝異常スクリーニングを妊娠して初めて糖尿病が診断される妊婦さんは、今も後を絶ちません。献血時に糖代謝異常の検査が施行できるよう日本赤十字社に働きかけ、2009年3月から年間500万人の検査が実施されております。この制度は特に若い女性の糖尿病の早期発見、ひいては糖尿病から母子を守ることに貢献しています。
◆妊娠糖尿病の国際的診断基準先生の主張が認められて、妊娠糖尿病の国際的診断基準が制定されたのは2010年です。欧州糖尿病学会妊娠研究グループでの長期にわたる活躍、母子を糖尿病から守るための国連でのスピーチ、WHOの妊娠糖尿病ガイドライン作成の委員としての活躍等、これまでのご努力すべてが効を奏したものと思っております。
今日、「糖尿病と妊娠」は身近な分野となりました。アメリカ・ボストンのジョスリンクリニックのホワイト女史が妊娠外来を開設したのが1920年代でした。大森先生は日本のホワイト先生といえるでしょう。
近年、糖尿病の病態の解明がすすみ、続々と新規糖尿病治療薬が上市されています。多くの糖尿病治療薬は長期に服用をされるため、血糖降下作用の他に、特に安全性が求められます。新規糖尿病治療薬には
心血管リスク評価が必要東京女子医科大学佐藤 麻子
中央検査・糖尿病センター 教授
◆米国食品医薬局(FDA)の新ガイダンス2008年12月米国食品医薬品局(FDA)は、2型糖尿病治療薬の新規承認申請をおこなう企業すべてに、事前にその薬剤が心血管障害を起こすリスクを評価しなくてはいけないというガイダンスを発表しました。この背景には、すでに認証済みであった経口血糖降下薬であるチアゾリジン薬が心不全のリスクを高めるとの研究が相次いで発表されたことがあります。
問題になった薬剤は、Avandia(一般名:ロシグリタゾン(日本では未承認))およびピオグリタゾン(アクトス)の2剤です。特にAvandiaは、心臓発作リスクも上昇することが報告され、2008年7月にはFDA諮問委員会が同薬による心臓疾患リスク増大の可能性を認め、その勧告ならびにガイダンスが作成されました。
新ガイダンスでは、承認前に心血管系のリスクの増加幅*を80%以内に抑える(1.8基準)ことを要求しています。この基準を満たした上でリスク増加幅*を30%以内に抑える(1.3基準)ことができない場合は心血管系アウトカム試験が要求されます。さらに、このFDAガイダンスは発売中や審査中の薬剤にも適応されました。
企業側にとっては臨床試験でより多くの被験者が必要になると同時に、新規治療薬が上市されるまでにより長い時間を要することになりました。
◆糖尿病患者における心疾患欧米人の死因の第一位は心疾患です。日本人の死因の第一位は悪性新生物(癌)ですが、ライフスタイルの欧米化により心疾患は脳卒中を抜いて日本でも死因の第二位になりました。このため、心疾患発症予防は糖尿病患者の治療目標のひとつであり、治療薬によって心疾患の危険が上昇することは本末転倒です。
FDAは新しいガイダンスによって心血管疾患の評価をすることは糖尿病薬の安全性を高めるであろうとコメントしています。
◆新ガイダンス登場後の新薬開発2008年のガイダンス発表後、ムラグリタゾールという糖尿病薬が心血管障害の増加で開発中止になりました。また、DPP4阻害薬もそれぞれ1万人前後の症例を対象として約5年間の大規模臨床試験を行い、心血管リスクに及ぼす影響を判定しています。SAVOR-TIMI53、EXAMINE試験によりサキサグリプチン、アログリプチンの心血管イベントへの影響はプラセボに対して非劣性であることが2013年秋に発表されました。シタグリプチン、リナグリプチンの試験結果は各々2014年、2018年に発表予定です。また、すでに米国で上市されているSGLT2阻害薬:カナグリフロジンは計10,285例の2型糖尿病を対象とした9件の臨床試験の結果を持って2013年9月にFDAで承認されました。
新ガイダンスにより糖尿病薬の評価の判断は劇的に変化しました。心血管系リスクの評価のため、1万人を超える大規模試験実施という企業側の努力が求められています。新規糖尿病治療薬は、血糖降下作用だけではなくそれ以上のものを証明しなくてはならない時代に入ったのです。
*95%信頼区間の上限追記:前述のAvandiaですが、その後第三者を立てた検討の結果、今年FDAが承認いたしました。
腎症、網膜症、神経障害は糖尿病性合併症として有名ですが、糖尿病性膀胱機能障害のことは案外知られていません。生活習慣病と膀胱機能障害
東京女子医科大学泌尿器科小内 友紀子
助教◆膀胱の機能とその障害1日24時間の中で、排尿している時間はわずか5分程度です。残りの23時間55分は尿をためている(蓄尿している)ことになります。膀胱機能は出す(排尿する)、ためる(蓄尿する)の二つに分けて考えることができ、よって排尿の障害(排出障害)と蓄尿障害が存在します。前者の症状は排尿症状(尿勢低下、尿線途絶など)、後者は蓄尿症状(頻尿、尿意切迫感、尿失禁など)で、合わせて下部尿路症状と言います。
泌尿器科外来では下部尿路症状を切り口に膀胱機能障害を診断して治療をします。便利なツールとして過活動膀胱症状質問表(OABSS)や国際前立腺症状スコア(IPSS)などがあります。ほかに排尿日誌(排尿量と時間を記入して来てもらう)や尿流量検査(専用の器械に排尿してもらい尿の勢いをみる)、膀胱内圧測定(尿道からカテーテルを入れ、膀胱内の圧を測定する)といった検査を用いて膀胱機能をしらべます。
◆生活習慣病と膀胱機能障害高血圧と夜間頻尿の間には関連ありなしのどちらの報告もありますが、夜間多尿と蓄尿障害の両方が考えられます。肥満ではインスリン抵抗性が交感神経の緊張をもたらし、下部尿路症状を引き起こす可能性がいわれ、糖尿病患者さんの80%以上に下部尿路症状があるという報告の一方で、1/4~1/2の患者さんは特に聞かない限りは排尿の不具合を訴えないという報告もあります。糖尿病患者さんの膀胱機能障害は実際よりも少なく評価されている可能性があります。
糖尿病性膀胱機能障害の初期は膀胱の知覚亢進であり、過活動膀胱(頻尿と尿意切迫感)と蓄尿障害が主な症状です。その後数年を経て、膀胱知覚低下、排尿筋収縮力の低下が見られ、排尿障害が顕著になります。高血糖や酸化ストレス⇒膀胱の知覚神経や膀胱上皮の変化、微小血管障害が考えられます。
◆糖尿病と尿路感染について閉経後の糖尿病女性218名、非糖尿病女性799名を対象にした尿路感染症の研究によると、1年間で急性膀胱炎発症が100名あたり糖尿病群で12.2名、非糖尿病群で6.7名(相対リスク1.8)、無症候性細菌尿発症が100名あたり糖尿病群で6.7名、非糖尿病群で3.0名(相対リスク2.3)という結果でした。急性膀胱炎の発症リスクは「インスリン注射」「糖尿病歴10年以上」であり、HbA1cと急性膀胱炎および無症候性細菌尿との相関は認めませんでした(AmJEpidemiol161;557:2005)。
◆SGLT2阻害薬について数種類のSGLT2阻害薬が日本においても早々に上梓されます。処方開始になったら、頻尿、尿路感染症、膣炎や外陰部掻痒症、脱水などの副作用に注意が必要です。頻尿に対しては排尿日誌や検尿、尿培養を、尿路感染症に対しては検尿や尿培養を、膣炎に対しては婦人科受診を、男性の外陰部掻痒症に対しては皮膚科受診を考慮する必要があります。