DIABETES NEWS No.138
 
No.138 2014 January/February

抗体医薬と核酸医薬

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 1975 年抗原を特異的に認識するモノクローナル抗体作製が成功して以来、マウス抗体からマウスとヒトのキメラ抗体そしてヒト化抗体製剤が遺伝子工学技術により作製可能となり、いろいろな疾患の治療に抗体医薬の生物学的製剤が参入してきて、開発が頂点を迎えています。一方、核酸医薬も注目をあびています。いずれも標的を狙い撃ちするという高い選択特異性と低い直接毒性がその最大の特徴です。

◆抗体医薬とは
 ひとつの抗原だけを認識する高い特異性をもった抗体製剤作製のことです。今日ゲノム解析により標的となる抗原分子を特定することができ、その特異性をより精密にすることができています。いくつかのがん、感染症、アレルギー、関節リウマチ、クローン病、ベーチェット病、尋常性乾癬、潰瘍性大腸炎などに、選択性の高い抗体医薬が利用されています。
 糖尿病領域では抗体医薬品は「移植治療」に必須の薬物として以前より活躍していますが、より身近なところでは加齢黄斑変性ならびに糖尿病黄斑浮腫の治療薬として活躍しています( 抗VEGF 抗体、Diabetes News 119、134 号で紹介)。
 また、LDL コレステロールを下げる薬物としてLDL コレステロールの分解抑制酵素(PCSK9)に対するモノクローナル抗体が開発され(NEJM, 2012)、治験が進んでいます。

◆核酸医薬とは
 遺伝子の発現を調節するRNA を作製する方法と、抗体に代わって核酸(RNA, DNA)を用いる方法があります。いずれも安定して大量合成が可能となります。前者の例としてPCSK9 発現遺伝子の一部に結合するアンチセンス核酸薬が日本で開発され、LDL コレステロールを低下させることが昨年発表されました。
 後者には核酸アプタマーとデコイ核酸があります。加齢黄斑変性などには核酸アプタマー:ぺガプタニブ(マクジェンR)が加齢黄斑変性などにすでに使用されています。これはVEGF の最重要部分と結合して、VEGF 作用を抑えます。つい最近、久留米大から最終糖化産物(AGE)のDNA アプタマーが糖尿病性腎症動物モデルの治療薬になる可能性も報告されました(Diabetes, 2013)。
 本年の欧州糖尿病学会@バルセロナでは、糖尿病患者のグルカゴン過剰を抑制するためにグルカゴンに対するDNA アプタマーが報告され、治療薬としてなかなか良さそうな印象を受けました(JBC, 2013)。

◆探索的創薬から、低免疫原性高特異性低コスト創薬へ
 糖尿病治療薬は新薬流行りですが、まだまだ進歩していくことでしょう。

 

糖尿病黄斑浮腫治療の
トレンド

東京女子医科大学糖尿病センター眼科
教授
 北野 滋彦
 糖尿病性細小血管障害による網膜の血管透過性亢進は、糖尿病黄斑浮腫(以下、黄斑浮腫)を起こし、糖尿病患者の中等度の視力障害の主たる原因となります。近年、網膜の血管透過性亢進に血管内皮成長因子(VEGF)が関与していることが明らかとなり、VEGFを抑制する抗VEGF療法が黄斑浮腫治療に大きな役割を果たしつつあります。


◆抗VEGF療法
 黄斑浮腫に対する抗VEGF療法は、VEGFに拮抗する薬を硝子体注射法で眼内に局所投与する方法で行われています。多くの臨床治験で、黄斑浮腫に対して抗VEGF薬の早期投与、頻回投与が有用であることが示されています。頻回投与に対しては、薬価が高いこととともに局所および全身合併症の問題点も危惧されています。頻度は少ないですが、眼内炎、高血圧、虚血性心疾患、脳血管障害などが報告されています。

◆光干渉断層計(OCT)
 抗VEGF療法の投与回数を削減するために、黄斑光凝固や硝子体手術あるいはステロイド局所投与などの他の治療の併用を検討すべきで、その治療選択の判断に光干渉断層計(以下、OCT)による検査が必要不可欠なものとなっています。
 OCTは、眼底三次元画像解析のひとつで、眼底に弱い赤外線を当て、反射して戻ってきた波を解析して、非侵襲的に網膜の断層を描き出す装置です。

◆黄斑浮腫分類と種々の治療方法
 OCTによる黄斑浮腫の形態は、血管透過性亢進により、スポンジ様に網膜が膨化するスポンジ様膨化、網膜内に嚢胞を形成する嚢胞様浮腫、網膜下に液性成分が貯留する漿液性網膜剥離の3種類に分類されます。
 現在、適応外使用されているベバシズマブ(抗VEGF抗体)の硝子体内投与は、とくにスポンジ様膨化に有効であり、嚢胞様浮腫にも効果はありますが、漿液性網膜剥離には効きにくいとされています。ステロイドであるトリアムシノロンアセトニド硝子体内投与は、おもに嚢胞様浮腫に有効であるとされ、さらに漿液性網膜剥離ではインターロイキン-6や-8の硝子体濃度が高いことから、トリアムシノロンアセトニド投与との併用が有効であると指摘されています。
 黄斑部の特徴的な蛍光眼底検査所見である、傍中心窩毛細血管、中心窩無血管域とOCT所見を重ね合わせると、漿液性網膜剥離は、蛍光眼底検査の初期では、毛細血管瘤が傍中心窩毛細血管になく、小さい中心窩無血管域で、後期ではびまん性の漏出が周囲にみられます。このことから、漿液性網膜剥離の治療には透過性亢進の是正が必要であることがわかります。
 嚢胞様浮腫は、数個の毛細血管瘤が傍中心窩毛細血管にあり、比較的大きい中心窩無血管域で、嚢胞形成に毛細血管瘤の関与が示唆されます。毛細血管瘤に対する光凝固は有用であることから、嚢胞様浮腫は黄斑光凝固の併用が有効であることがわかります。これらの点から、黄斑浮腫を安全かつ有効な治療を選択するうえでOCTと蛍光眼底検査は必要不可欠であると思われます。

◆黄斑疾患ケアユニットで総合的治療が展開
 現在、糖尿病眼科は、総合眼科とともに黄斑疾患ケアユニットを設けて、黄斑浮腫をはじめとした黄斑疾患に対して、OCTやFAをはじめとした最新の診断機器を用いて、安全でかつ有効な治療を展開しています。

 

外科医からみる膵癌と糖尿病

東京女子医科大学
消化器病センター外科 准教授
 羽鳥 隆
◆糖尿病は膵癌のリスクファクター
 最新の膵癌診療ガイドライン2013年版によると、膵癌のリスクファクターには、家族歴が膵癌や遺伝性膵癌症候群に、合併疾患として糖尿病、慢性膵炎、遺伝性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)、膵嚢胞、肥満が、嗜好として喫煙、大量飲酒が挙げられており、糖尿病を有する場合には常に膵癌の存在を念頭においた診療が必要になってきます。日本膵臓学会の調査でも膵癌と関係がありそうな既往歴の第一位は糖尿病で25.9%を占め、次に多い消化性潰瘍(6.5%)や胆石症(5.9%)と比較すると極めて高い頻度であることがわかります(膵癌登録報告2007)。また、膵癌と糖尿病との関係についてのメタアナリシスでは、糖尿病における膵癌リスクは約2倍(相対的リスクRR=1.94(95%CI1.66~2.27))で、特に1年以内に糖尿病を発症した場合では5.38倍と高く、糖尿病の発症1~3年以内は膵癌の発症が最も高く、糖尿病の新規発症は膵癌発見のマーカーとなりうると指摘されています(EurJCancer2011;47:1928-1937)。

◆膵癌の診断で超音波検査を過信するのは危険
 ではどうやって膵癌を発見したらよいのか?残念ながら各種検査法が進歩した今日においても膵癌を早期に診断することは困難です。膵癌診療ガイドライン2013年版では腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少を認める場合、膵癌を疑い検査を行うことが推奨されていますが、このような有症状例では手術適応のない高度進行例が少なくありません。糖尿病が新規発症した場合や血糖コントロール不良となった場合に、膵癌合併を疑い検査を行うことが大切です。その際、アミラーゼやリパーゼといった血中膵酵素やCEA、CA19?9などの腫瘍マーカーを測定することが多いと思いますが、注意すべきは腫瘍マーカーは膵癌診断やフォローアップには勧められるも、早期診断には有用ではないということです。また、低侵襲で簡便な超音波検査(US)は膵癌のスクリーニングとしては勧められるものの、腫瘍検出率が低い。主膵管の拡張や嚢胞など膵癌の間接所見の拾い上げに多いに活用できますが、肥満例や上腹部の手術歴のある例ではUSによる観察自体が困難ですし、間接所見に乏しい膵癌も少なくありませんので、USの結果を過信せず、変だなと思ったり、疑問を感じたりしたら速やかに次のステップに進むことをお勧めいたします。

◆CTでは造影を行うことが望ましい
 病歴、家族歴、血液検査やUSで膵癌が疑われた場合、CT(造影が望ましい)やMRI(MRCP)(造影および3テスラ以上が望ましい)を行うことが膵癌診療ガイドラインでは強く勧められています(グレードA)。CTを行う場合、ヨード造影剤によるアレルギーを危惧するあまり単純CTのみを行うことがあるかと思いますが、単純CTのみでは膵癌の診断を行うことは困難であり、造影することのリスクなどをよく説明をした上で検査することをお勧めいたします。また、これらの検査でも膵癌の疑いが残る場合には、EUSやERCP、あるいはPETといった検査が必要になりますので、専門医に相談するのがよいと思われます。

◆外科医からの提言
 膵癌を根治できる可能性のある唯一の治療法は外科切除です。糖尿病は膵癌を診断する上で極めて重要なマーカーと考えられますので、外科切除できる段階で膵癌を診断するためには、糖尿病を診療する先生方と膵癌を診療する医師が広く知識を共有していくことが極めて重要であると考えています。

  糖尿病センターからのお知らせはこちらをご覧ください。

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