DIABETES NEWS No.135
 
No.135 2013 July/August

化学名、一般名、商品名、
分類名...

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 糖尿病の診療ではもちろん、薬と医療者は、毎日切っても切れない関係です。糖尿病薬の種類ですが、降圧薬もそうであるように、特にここ最近多くなりました。本年の暮れから来年早々にはまた新しい種類のものが出てくるようです。「めまぐるしい!」という表現がぴったりです。
 よって、「医療者だけが知っていればいい」ではなく、患者さんも薬の名前に親しんでいただくことが必須となってきました。昨年から始まった糖尿病センターのDIACET アンケート調査は、このことも考慮し、患者さんに薬名の再確認をしていただいております。

◆内服薬には3つの名前があり
 内服薬には3つの名前があります。化学名と一般名と、そして商品名です。3つあるのは薬だけで、物品は一般名称と商品名のみです。たとえば一般名称「階段式昇降機」は商品名が「エスカレーター」です。
 化学名は化学構造式を元素記号で羅列したものをそのまま読むものです。しかし、エイチツーオーと言われても「水(H2O)」のことと想像がつきにくい。
 一般名は、通常は化学名から由来した名前で付けられます。例えば、インスリングラルギンは、グリシン(glycine)とアルギニン(arginine)で修飾されたインスリンなので、グラルギン(gl-argine)。世界で通用するのは薬剤の一般名のみとなります。
 薬の商品名とは製薬会社などがつけた商品の名前です。印象深い名前になるような、名前を聞くと効能のイメージができるような、そんな名前にと、各社工夫を凝らします。例えば、「のどぬーるスプレー」と言えば喉が痛い時に使うスプレーだなと想像できます。

◆インスリン製剤にはさらに分類名が!
 現在、速効型、超速効型、混合型、中間型、持効型溶解という分類名があります。たとえば、一般名インスリンリスプロはインスリンβ鎖の28 位と29 位のリジンとプロリンを入れ替えにしたインスリンで、商品名はヒューマログ、そして分類名は超速効型インスリンに属します。最近市販された商品名トレシーバは一般名インスリンデグルデク。トレシーバの製剤の分類名は、ランタス、レベミルと同じく持効型溶解インスリンです。
 インスリンアナログ製剤が市場に出る以前は、中間型インスリンであるノボリンNには生合成ヒトイソフェンインスリン水性懸濁注射液、ヒューマリンNには単にヒトイソフェンインスリン水性懸濁注射液という医薬品名もありました。

◆さらにジェネリック名があり
 ジェネリック薬品にすると、さらに名前が増えます。患者さんにも医療者にも覚えやすい名前をお願いしたいものです。

 

糖尿病と癌発症の
メカニズムに迫る

東京女子医科大学
中央検査部・糖尿病センター 助教
 菅野 宙子

 2 型糖尿病とがん罹患との関連は血管合併症と同等、いやそれ以上に大きな課題となっています。アメリカでは2010 年に、日本では本年5 月に両学会の合同委員会報告がなされたところです。インスリン抵抗性→高インスリン血症→インスリン様増殖因子受容体→がん発症、高血糖→酸化ストレス→ DNA損傷、その修飾の変化→がん発症が想定されています。
 最近、肥満・糖尿病とがん発生の分子生物学的な機序に新しい報告が出てきています。
◆ Wnt シグナル
 Wnt により活性化される細胞内シグナル伝達があります。細胞外リガンドであるWntが受容体(Frizzled 受容体とLRP5/6)に結合すると、β-カテニン、glycogen synthasekinase-3(GSK-3)、casein kinase 1(CK1)、Axin、大腸腺腫症タンパク質(APC)によって構成されるβ-カテニン分解複合体が分解され、β-カテニンが細胞内に蓄積して一部が核内に移行し、標的遺伝子の転写を活性化します。このシグナル経路は、正常幹細胞の自己複製、増殖や一時的な分化を促進し、脊椎動物の四肢の発達や再生に関与し、毛包、乳腺、皮膚、腸の内層など細胞の細胞分裂の速い組織の成体幹細胞集団を維持します。
胃・膵臓・肝臓・前立腺・脳・肺の腫瘍のほか、多発性骨髄腫、慢性骨髄性白血病のような一部の白血病にも、この経路が悪性化に関与すると報告されています。

◆ Wnt/β-カテニン経路
 上記のβ-カテニンの核内蓄積自体ががんマーカーであるとか、APC、Axin の変異などもいくつかの腫瘍で報告されています。
 Chocarro らは、高血糖自体がWnt/β-カテニン経路を介してβ-カテニンの核内移動を誘導すると最近報告しました。糖尿病とがんの関連に、Wnt/β-カテニン経路が深く関与していることがうかがえます。
 Wnt/β-カテニン経路は、他の多くの経路を経由するシグナルを集約することや、GSK-3 やグリコーゲン代謝と深く関与していることから、糖尿病の諸々の病態に関連することが示唆されます。
◆ PI3K-AKT シグナル
 インスリンシグナルにかかわるPI3K-AKT経路も発癌を促す経路として知られています。AKT/PKB シグナルの活性化によって細胞増殖、分化、あるいはアポトーシスがおきますが、PI3K-AKT/PKB シグナルを負に制御するPTEN は、AKT/PKB の恒常的活性化を引き起こす発癌にきわめて重要な分子と考えられています。Morrison とLi らは、マウスの実験でPTEN 欠損により骨髄増殖性疾患の発症を経て白血病が発症しました。

◆ FOXO ファミリー
 一方、インスリン-PI3K-AKT/PKB シグナル活性化の低下により活性化されるFOXOも注目されます。FOXO は、多くの遺伝子発現誘導を促し、ストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、DNA 修復などを制御していますが、FOXO 遺伝子が造血幹細胞の制御に深くかかわっている報告もあります。

◆おわりに
 糖代謝とがんのシグナル経路にはこのように多くのものがあり、複雑に関与し合って、糖尿病におけるがん罹患リスクを高めていると考えられます。
 がん罹患は糖尿病の重大な合併症ともいえるかもしれません。様々な上記を含むシグナ ルの多面的な役割の詳細な研究には目が離せません。
 


腎機能とビグアナイド薬と
ヨード造影検査

東京女子医科大学糖尿病センター
助教 石澤 香野
 ヨード造影剤を使用したCT、カテーテル検査などの画像診断や治療は現在の医療現場において必須の検査です。
 しかしながら、ヨード造影剤使用後に造影剤腎症(造影後72 時間以内に生じる腎機能障害、contrast-induced nephropathy)を発症し易い病態があります。慢性腎臓病(CKD)を合併した糖尿病がその代表です。

 2012 年に日本医学放射線学会、日本循環器学会および日本腎臓病学会の3 学会合同で「腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関するガイドライン」が作成され、適切にヨード造影剤を使用するための指針が示されたので、ご紹介します。

◆ CKD 合併糖尿病と造影剤腎症
 本ガイドラインでは、糸球体濾過量が60mL/分/1.73 m2 未満のCKD を合併している糖尿病では「造影剤腎症」のリスクが高いことが示されました。
 しかし、腎機能が低下するほど動脈硬化性疾患の合併も高頻度となることは知られています(心腎連関)。それゆえ、糖尿病にCKDを合併すると、冠動脈造影検査などの画像診断がより必要となってきます。私たちは造影剤によって腎機能がさらに悪化する可能性と検査によって得られる情報の重要性を十分に検討する必要があります。

 CKD があっても造影検査が必要なら、造影前後に十分な補液を行って「造影剤腎症」を予防することが推奨されています。保存期糖尿病性腎不全における造影剤の影響を検討した当センターの検討によると、造影前後に適切な輸液を施行することにより造影剤腎症の発症を予防できました(NephrologyFrontier, 2010)。
 なお、糖尿病網膜症の評価のために行われる蛍光眼底造影検査は、用いられるフルオレセインがヨード非含有であるため、造影剤腎症を起こす危険性はありません(DiabetesCare, 2009)。

◆ビグアナイド薬と造影剤腎症
 ビグアナイド薬は、2 型糖尿病の第1 選択薬として広く用いられます。従来から使用されているビクアナイド薬のグリコランR あるいはメデットR は1 日の最高投与量750 mgでしたが、最近上市されたメトグルコR は、最高2,250 mgまで投与が可能となりました。

 ビクアナイド薬は乳酸を増加させる性質があるため、腎機能が低下して乳酸の排泄率が低下すると、乳酸の血中濃度が上昇しやすくなります。それゆえ、ビクアナイド薬を内服中にヨード造影剤を使用して「造影剤腎症」を生じた場合、乳酸の血中濃度が上昇して乳酸アシドーシスを招く危険性があります。

 本ガイドラインでは、ヨード造影剤を投与する場合には、CKD 合併の有無にかかわらずビグアナイド薬を一時的に休薬することを推奨しています。海外の放射線学会ガイドラインでは腎機能正常な場合の休薬を勧めるものはほとんどなく、国内外で見解が一致していませんが、「造影剤腎症」の危険性を考慮すると、休薬が望ましいと考えられます。

◆糖尿病診療とヨード造影検査
 糖尿病患者さんがヨード造影検査を受ける時、事前に採血・採尿検査をして腎機能の状態をしっかりと把握することが重要です。またビグアナイド薬を内服しているなら、前後2 日の休薬が必要です。
 (詳細は糖尿病診療マスター11:183,2013)


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